とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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Seven_Deadly_Sins 1/5

「──やあ白百合、早速で悪いのだけれど、ムカデを3匹ほど貰えるかな」

「……何のために?」

 

 赤紫の、薄気味悪い空が広がる()()の一角。砂漠化した地面に立つ白百合と呼ばれた黒髪の女性は、胡散臭い笑みを顔に貼り付けた茶髪の女に問う。

 

「いやなに、シセルたちに暴れてもらうとき、特に邪魔になるやつが三人ほど居るからね」

「ああ、悪名高いあいつらか。……そういえば、私が直々に複製(クローン)を用意した組織も潰されてたな。イデアに甘かったあの男は好印象だったが」

 

 女が笑みを崩さないままに言うと、白百合も合点がいったような声色で呟き、懐から圧縮された黒い魔力の玉を3つ取り出して放り投げる。

 

()()()で暴れるつもりではないのなら、好きにやればいい。……それと、私の複製にもちょっかいをかけるなよ。それだけは覚えておけ」

「わかっているとも。『守護者』と『博士』、あとは『姫』と『奪取』か? 他にもアイデンティティを得た個体は居るが、特に我が強いこいつらには、なるべく近づかないようにしておくよ」

 

 指折り数えていた女は、ポケットに玉を入れて白百合から離れるように踵を返す。

 

「やれやれ、()()()()()()()()の為にと無駄な事ばかり。ご苦労なことだね」

()()()()()奴が時間を遡ってきてまでやることは、無駄じゃないとでも?」

「……はははは、口喧嘩はやめとこう。負け犬同士の無駄話にしかならない。ではな、(ショウ)

「本名で呼ぶな」

 

 露骨に渋い顔をする白百合を尻目に、女は姿を煙のように掻き消す。

 白百合は砂漠化した地面をぼふんと蹴り飛ばし、半ばが埋まったビルを見上げて、『終わった世界』に思いを馳せるように呟く。

 

「わかっているさ、無駄な事だなどと。それでも……『これ』に縋るしかないんだ、この世界を()()できるのは、私しか居ないのだから」

 

 赤紫の淀んだ空、砂漠化した渇いた世界、半ばが埋まり風化した建造物という文明の跡。自分以外の全生命体が死滅した、虚空の向こうの滅んだ世界。それでも、頰を撫でる風だけは優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──特殊合金の研究をしていた連盟組織のサブ施設の休憩室で、秋山は警報により目を覚ます。

 ソファから起き上がり、アイマスクを外した秋山は、傍らのテーブルに置かれていた4丁のリボルバーを吊るしたベルトを腰に繋ぎ、立て掛けられていた対物ライフルを肩に担いで部屋を出る。

 

「……こんなところにカチコミか? いったいどんな馬鹿が来やがった」

「──あ、秋山さん! どこに居たんですか!」

「あん?」

 

 遠くから無数の発砲音と金属があちこちに叩きつけられる音が聞こえる最中、ふと声が耳に届き視線を下げると、そこには小柄な女性──妹ということになっている魔術師・秋山小雪が立っていた。

 

「小雪、お前もこっちに来てたのか。なんか……えらく久しぶりに見たな」

「いやまあ、そうですね。タイミング悪く別件であっちこっちに出張してたので──じゃなくて、敵襲ですよ敵襲! 警報ずっと鳴ってたんですよ!?」

「休憩室で寝てた。んで、状況は」

「戦闘音、聞こえます? 突然現れた女が大暴れしてるんですよ」

「ふぅん」

 

 音の方向へと小走りで駆け寄りながら聞いていた秋山は、通路の角で足を止めて奥を覗き込む。

 そこでは確かに戦闘が行われていたが、戦いと呼ぶには異常な光景が広がっていた。

 

「うわすげぇ」

「ひ、人が飛んでる……」

 

 長身の女性の体から伸びた金属の細い板が鞭のようにしなり、棍や刀を手に迫る戦闘員を薙ぎ払い、離れた位置から撃ち込まれる銃弾を防ぐ。

 その細長い金属板がゴウと空気を押し出すように振り回される度に、近接武器を持っている戦闘員たちは紙屑のように吹き飛んでいった。

 

「小雪、回り込んで側面から落とし子を飛ばせ。細波みてぇに体内で加圧すれば速度出るだろ」

「あれわりと痛いんですけどね」

「やれ」

「はい……」

 

 手短に指示を出し、小雪が別の通路から回り込みに行ったのを見送ってから、秋山も戦闘に参加するべく腰からリボルバーを抜いて接近。

 彼は女性の銀髪を見て、脳裏にどこぞの探偵から提供された情報を思い返す。

 

「長身、銀髪、金属を体から出す……与一のやつが隠蔽された村とやらで出くわした敵か。──とすると、例の()()も食らうか?」

 

 そう呟きながら銃撃を担当している戦闘員に紛れてリボルバーを構えると、秋山は別のライフルの発砲に被せるようにして引き金を引く。

 銃声がドッドンッ!! と二重に響き、女性はライフル弾は金属板で防いだが、秋山のリボルバーから放たれた強装弾に左目の辺りを抉り取られる。

 

「────。っ」

 

 ギョリリッと金属同士が衝突する嫌な音が響き、女性は反射的に顔を背け──ふと戻したとき、強烈な違和感が駆け抜ける。

 ()()()()()()()()。女性の左目辺りは銃弾に貫かれて穴が空いているにも関わらず、それどころかパキパキと内側から盛り上がる金属が傷口を塞ぎ、左目を、皮膚を再構築して無傷に戻っていた。

 

「ターミネーターかよ。丞久呼ぶしかねぇわ」

「──【正義は我にあり(アンチ・スプラヴィドリーヴァスチ)】」

「…………!!」

 

 その光景を見て即座に撤退を視野に入れた秋山は、不意に女性の口が動き、歌うように言葉を紡いだことを確認。即座に下げていた銃口を上げ直し、引き金に指を置いて頭に撃ち込もうとした刹那。

 

()()()()()()()()()

「っ、()()か……!」

 

 その場にいた、女性以外の全員が。ピタリと、不自然な程に動きを止める。

 秋山ですら例外ではなく、リボルバーを持つ手が意思に反して動きを止め、その隙にと無数の金属板がジャラララと音を立てて振り回され、戦闘員たちが薙ぎ払うように吹き飛ばされ宙を舞っていく。

 

「……俺も死ぬか?」

 

 とは言いつつも、()に繋げられるようにと、秋山は必死に情報を得ようともがく。

 皮肉なことに、後ろから戦闘に参加したおかげで、前方で薙ぎ払われる戦闘員という無数の壁が時間稼ぎをしてくれているからだ。

 

「『攻撃を禁ずる』……その結果俺たちの行動を封じた、いや……行動の抑制はどこまでが範囲だ…………攻撃を行うための思考までが封じられたわけじゃない、あくまで行動だけ……()()()()()()()()のが切っ掛け? だとしたら、もしや────」

 

 背中から尾のように伸びる平べったい金属板。それの先端が上から叩きつけられようとした瞬間、秋山はリボルバーで狙うことをやめて()()()()()()

 

「…………」

「──はっ、やっぱりな。大層な名前だが……要するに単なる【呪言】なんじゃねえか」

 

 金属板を避け、眼前で床にめり込むのを視認しつつ、それとなく効果範囲から逃れながら続ける。

 

「精神系の【呪言】だな、周囲に強制的に反映させる代わりに、特定の行動を禁止することしかできず効果範囲も絞ってる。あと使ってる間は動けないな、それを金属板を振り回す形で誤魔化してるだろ」

 

 ──目測約30メートル。効果範囲の1センチでも外側に居れば【呪言】は届かないだろ。

 

 そう冷静に判断し、一歩ずつ後退りしながらリボルバーを発砲。

 しかし女性も、当然ながら【呪言】を解除したのか秋山を追うように一歩ずつ歩み寄る。

 弾丸は尻尾を丸めるようにして体を包んだ金属板に阻まれ、いよいよ背負っていたライフルを取り出した──その時、十字路の真ん中に立つ女性は、ふと横合いからの猛烈な威圧感に視線を向けた。

 

「──なんちゃってウォーターカッター、食らえぇいあ!!」

 

 両手をピタリと合わせ、指先を女性に向ける小雪の全身の血管が、凄まじい勢いでボコボコと膨らんではヘコんでを何度も繰り返す。

 体内を循環する質量のある血液もどき──無形の落とし子が高速で駆け巡り、圧力を加えられて限界まで速度を高めた状態で、手首の皮を突き破り合わせた手のひらというレールを経て──発射。

 

「……! 【正義は我にあり(アンチ・スプラヴィドリーヴァスチ)】、攻撃を禁ずる」

 

 女性も即座に【呪言】を放ち、果たして────半径30メートルの効果範囲内に入ったその液体は、空中でビタッ! と勢いよく停止。

 水鉄砲のように放たれた、しかしてドロリとした粘液のことを彼女は知っている。

 無形の落とし子は、生物である。故にこそ、【呪言】が正しく機能したことで、小雪と同じように攻撃の意思を抱いていたそれは攻撃できずに動きを止める結果となった。……が、女性はミスをした。

 

 ──ドガァン!! という轟音。

 

「……っ」

「バカが。駄目だろ、銃から目離したら」

 

 小雪と落とし子に意識を逸らし、【呪言】を使って足を止めた瞬間、秋山の対物ライフルが容赦なく女性の顔左半分を消し飛ばす。

 続けての2発目を心臓に定める秋山と、【呪言】を解けば落とし子を加速させるだろう小雪。どちらを、なにを、優先するべきか。

 

 

 

『まどろっこしいわね』

 

 

 

 そうして悩んだ女性────()()()()

 そんな声が聞こえたと同時に、彼女の頭上から2本、4本、8本と倍増する軍刀が現れ、切っ先を秋山に向けてきていた。

 

『殺すつもりでやるくらいでちょうどいいのよ、魔術師は頑丈なんだから』

「…………。はぁ」

「伏兵かよ──ッ」

 

 女性のため息を合図に、無数の軍刀が秋山めがけ射出された。咄嗟にライフルを捨てて足元に転がるマシンガンをつま先で蹴り上げ、キャッチして発砲して撃ち落としていくが、その内の数本が突如として意思を持っているかのように軌道を変える。

 

「【浮遊】、いや練度がおかしいだろ……!」

 

 ガガガガガッと弾丸が連射されるが、軍刀たちは泳ぐようにくぐり抜けて秋山へと殺到。

 弾切れのマシンガンで2本を防ぐも、残りの1本が右肩に深々と突き刺さり壁に縫い止められた。

 

「がっ……!」

『まず一人』

「秋山さん!? 何があっ「充填──」マズっ」

 

 十字路の別の道同士での戦闘故に、何が起きたかを把握できず小雪の反応が一瞬遅れる。

 

 けれども【呪言】を解除しないまま手を翳した女性の手のひらから熱が迸る様子から、どんな攻撃が来るかを察して落とし子を引き戻しつつ、傍らのドアを引き剥がして眼前に構え────

 

「──照射」

「く、そっ……!!」

 

 キュガッ!! と高音のレーザーが放たれると、ドアとぶつかり爆発。小雪は両腕で顔を庇いながら吹き飛び、全身から湯気を立てて倒れる。

 

 動かなくなったのを確認した女性が【呪言】を解除して顔を修復し、目的の道である秋山が居る方向に向かうと、懐から更に少女の声が飛び出す。

 

『これで終わり。支部で一番強いのはこの二人かしら、本部の方にバレる前にハッキングして魔術データを吸い出したいし、早く行くわよ』

「────。お前……!?」

 

 そう言いながら、声の主が女性の懐から出てくる。その姿を見て、秋山は目を見開いて驚愕した。

 

「なんで、ここに」

『……? ああ、そういうこと』

 

 30センチの小さな体、ボロボロのリボンで一房に結ばれたくすんだ灰色の髪。

 生きる気力を失いながらに死ぬことを許されない、呪われた体を得てしまった少女。

 

()とそっちの()は別人よ』

 

 傍らに【召喚(コール)】した軍刀を【浮遊】で飛ばし、壁に縫い止められた秋山の腹に深々と突き刺しながら、ソフィア・エリンドールは気だるげに言う。

 

 

 

『シセル、行くわよ』

「……本当に殺さなくていいのか。あの女の注文(オーダー)は可能な限りの虐殺だったが」

『皆殺しより、全員重軽傷の方が手加減されたのが丸わかりでしょ。それに、皆殺しなんてしたら丞久と円花(あの二人)が速攻で出張ってくるわ』

「……なるほど」

 

 ガクンと項垂れて意識を失った秋山を一瞥して、シセルと呼ばれた女性はソフィアと共に通路を歩いていく。連盟組織支部が襲撃され、重軽傷者が出たことが報告されたのは、数時間後の話だった。




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