「…………俺は魔術師じゃねえっつの」
意識を失った──
「ぐっ、ぉおぉごご」
「──派手にやられましたねぇ」
「……よう防刃ベスト。出てこなかったのはいい判断だ、手札は隠してぇからな」
スーツから染み出した液体が重力に逆らい、秋山の眼前に溢れて人型を形成。
白衣に眼鏡の少女──
「俺はいい、アドレナリン出まくってて痛覚が鈍いから今のうちに医務室に行きてえ。それより、向こうでぶっ倒れてる小雪拾って来い……」
「はあ、わかりました。……それにしても、これだけやられて死者0人ですか」
「あいつらの発言が正しけりゃな。まあ、手足切断されてるやつも居るし、出血多量で勝手に死なれるのはノーカンとか思ってそうだが」
そう言って、よろよろと医務室の方向に歩いていく秋山を尻目に、青井は言われた通りに小雪を拾いに行く。曲がり角を曲がった先に転がっている彼女を見つけて抱えようとしたが、触れた瞬間にジュッと指先が焼けて悲鳴を上げるのだった。
「アッッッッッツ!!?? た、体内で落とし子が沸騰してる……!?」
──秋山さん、小雪さんの居た連盟組織支部の襲撃から数時間。外では昼も過ぎ、少しずつ陽が傾き始めているであろう時間帯。
本部の医務室は、血液を抜き取っている最中のこちらと、パソコンと睨み合っている包帯まみれの秋山さんが対面する奇妙な現場となっていた。
「あの、何やってるんですか?」
「お前にだけは言われたくねえ。……例の銀髪ターミネーターが支部に
それから一拍置いて、秋山さんは続ける。
「……お前には見せた方がいいか」
「はい?」
「与一が出くわしたのはこいつだな」
「え? ああまぁ、はい」
画面を二人で見られるようにパソコンをずらした秋山さんが見せてきた録画には、いつぞやにシラユリ様の村で戦った、例の銀髪の外国人が。
「なら、こいつは?」
「…………。ソフィア……?」
そして、その傍らに浮いている生き人形──ソフィアの姿。見間違えるはずのない唯一無二のその姿は、しかして僅かな違和感を生む。
「いや、ソフィア……じゃない、あの子こんなくたびれた顔と雰囲気してないし」
「ソフィアであることには、間違いないぞ。目の前で見たからわかる、何より俺はそいつの出した軍刀で肩と腹を貫かれたんだからな」
「……じゃあ、ソフィアが二人いるってことに────もしかして、
「そういうことだろうな」
ふと思い至る可能性。秋山さん共々頷き、この場にいない彼女……リオンちゃんに呼びに行かせた相手の到着を待つべく出入口の扉を見やる。
「……御剣です、入りますね」
『早く入りたまえよ、つっかえてる』
「あっちょ、押さないで……」
すると、ガチャリと扉が開けられ、外から中にグイグイと背中を押されながら件のリオンちゃんと、30センチの2体の人形。
『やあ、与一クン。久しぶり』
「ナイ、せめて1秒でいいから秋山さんにも意識を向けてさしあげろ」
入ってくるなりこちらにハートマークを飛ばしてくる全身真っ黒の服を着た、長い黒髪に紅い瞳をした春夏秋冬円花──の、姿を模した生き人形を使っている神格・無貌の神ことナイ。
そしてもう1体、ニットセーターの上に白衣を羽織り、髪を後ろで一房に結んだ女性の生き人形──春秋さんがふわりと浮かびながら言う。
『大変なことになっているみたいだね。ナイ共々【人形化】の研究で本部の奥に引っ込んでいる所為で、あまり情報が入ってこないのは難点だ』
幼馴染・有栖川真冬の父こと有栖川春秋。真冬の母である有栖川千夏の体を借りている状態で生き人形として活動している、という非常に頭の痛い経歴をしている彼は、更にはパンデミックにより崩壊した『本来の時間軸』からやってきた未来人である。
「……春秋さん、早速ですけど、今回の事態はおそらく
『? ……どういうことだ??』
そんな彼
「これを見てください」
『とりあえず皆で見ようか。ほら詰めてくれ』
「リオンちゃん横に座りな、春秋さんとナイはサイズ的にテーブルに座ればいいでしょ」
「あ、はい。隣失礼します」
少し横にズレてリオンちゃんが座れるようにして、春秋さんもテーブルに直接座る。
ナイはこちらの発言を無視して頭にうつ伏せに寝そべり、秋山さんが監視カメラの録画映像を巻き戻し、該当の部分を再生した。
『……ほう?』
「これが侵入者、ですか」
銀髪の女が暴れ、そしてくたびれた雰囲気のソフィア(仮)が出てくる映像。それを見て何かを察したような声を漏らすナイと、注視するリオンちゃん。
『────。そんな……馬鹿な……』
その傍らで、春秋さんだけが、襲撃に来た二人に対して違う理由で驚愕していた。
──映像を一通り見終えた春秋さんは、体のサイズを変えて人間大に戻ると、椅子に座り両手で頭を抱えながら深い息を吐いてポツポツと話し出す。
『彼女はシセル。私が来た世界線における、いわゆる世界崩壊後の世代生まれでね、キミたちと同じく魔術の才能を持った人間だ』
「頭半分吹っ飛ばしても死なねぇどうやったら殺せるかも分からないターミネーターが人間?」
『ああなったのにも原因がある。元々の彼女は、純度100%人間だよ』
春秋さんは呆れと苦笑を混ぜたような顔で言うと、顔を上げて言葉を続ける。
『シセルは街の教会で聖歌隊……の真似事をしていてね、まあとんでもなく音痴なのだけど、娯楽なんてものが無い崩壊世界の人々にとってはアレが救いの一つになっていたのも事実だろうね』
「どんな感じなんですか?」
『……間近で聴くと、しばらく耳が使い物にならなくなる程度の音痴だよ』
「それもう音響兵器じゃない……?」
リオンちゃんの問いへの返答に軽く引きつつ、けれども彼の表情が暗くなるのを見て口を噤む。
『シセルとは、彼女の家族も含めて仲良くしていたよ。ただ……あるとき事件が起きた。殺されたんだ、彼女の旦那と息子が』
「────!」
その場の全員、さしものナイですら押し黙る。
『いつもの聖歌隊の仕事で、たった数時間家を留守にしている間にシセルの家族は殺された。向こうの世界は土地の砂漠化と海面の下降で物資が少しずつ減っていく消耗戦の世界でね、どこも食料が足りていない。
『なるほど。聖歌隊モドキの仕事をしながら、その裏では魔術師でもある。事実として貯め込めるだけの実力はあるはずだ』
「それは……ツラいというより、キツいだろうな」
「善意に悪意で返されたわけですからね……」
三者三様の反応。こちらとしても、向こうの世界の状況はあまり理解できないし、食糧難ゆえの強盗殺人なんてそれこそどこかの貧しい国で起こり得る無関係の事件だ。そのツラさはわからない。
──けれども、その気持ちだけは理解できる。
「復讐のために、あの体になったのか。怒りを抑えられなくて、徹底的に叩き潰したくて、生身を捨ててでも全てを奪われた復讐がしたかった」
『……きっと、与一クンにはわかってしまうのだろうね。シセルの復讐心と怒りが』
「俺はきっちり済ませたし、もう引きずってはいないですがね。でも、たぶんシセルは違う」
「──で。そろそろ、あの体が『なに』なのか説明してもらってもいいか」
と、そこで秋山さんが手を叩いて話を戻す。春秋さんも頷くとさらに続けた。
『私と未来のソフィア・エリンドールは、シセルの復讐に手を貸した────と、言うよりは、シセルを合意の上で魔改造した、が適当かな』
「倫理観が終わりすぎだろ」
『私が過去に行く選択をする前の話だからね。どうせ崩壊世界で死を待つばかりの生活をしていたんだ、それにシセルも、失敗して死ぬならそれはそれで……などと半ば自分の命を諦めていた』
遠い目をしながら言う春秋さんに、こちらも呆れ半分で口を開く。
「……やけくそ染みた魔改造で、あんなロボットになったわけですか」
『厳密にはロボットではないよ。あれは神格の肉片と特殊合金ナノマシンを組み合わせた変異細胞を、彼女の肉体と置換しているんだ』
「なんて???」
あっけらかんと言い放つ春秋さん。全員の視線を浴びながら、彼は少し考え込む。
『──ウボ=サスラを知っているかい?』
「あー……えー……なんか、南極の洞窟にいる……神格……だったっけ」
「全ての生物の祖、と言われている特異な神格……です、与一さん」
「そうそれ」
『で、だ。崩壊世界ではその南極も氷が殆ど溶けていて、ウボ=サスラが居る洞窟も剥き出しになっているんだが……そこから回収したヤツの欠片と、古い施設から回収した特殊合金ナノマシンを組み合わせて、無限増殖する変異細胞を作れないか実験したんだ』
「どうせもう滅んでるからって世界をサンドバッグにするのやめましょうよ」
こちらが言うと、春秋さんはやれやれとばかりに肩を竦める。やれやれじゃないが。
『……私とソフィア、シセルは
「良くも悪くも、執念って感じですね」
『まさか自分の体に打ち込むとは思わなかったし、完璧に制御するとも思っていなかった。……それから復讐対象を見つけ出し、圧倒的な武力で皆殺しにして、シセルの戦いは終わったと思ったのだけどね』
ふぅ、とため息をついて話を一段落させる……けど、じゃあ、なんだ?
「つまるところ、春秋さんにもシセルと未来ソフィアがこっちに来てる理由はわからない?」
『わかるわけないだろう。あの二人は過去に戻って何かをしたいだなんて考えていない、過去に戻って改変したところで、今の自分が救われることはないと理解しているはずなのだから』
──使えな……。と呟いたナイを軽く手刀で叩きつつ、ともあれ戦闘は避けられないわけで、一番聞くべきは彼女の過去よりも。
「お前に女心の何が分かるのかは甚だ疑問だが、問題はそこじゃねえ。ヤツの殺し方だ。無限増殖細胞で傷を無制限に治せるなら、最悪心臓や脳を吹っ飛ばしてもそこすら
『……シセルの殺し方は簡単だ、修復に使う変異細胞の起点を作らせないように全身を消し飛ばすか、意識外から首から上──脳を破壊すればいい。治そうという意思すら与えずに殺せば死ぬ』
「なるほど。じゃあ最低出力の低速レールガンでホローポイント弾狙撃をすれば殺れるな」
即座に戦法を組み立てる秋山さんに、春秋さんは苦笑しながら言葉を返す。
『私としては、殺したくはないけれどね』
「それについては、俺も同意です」
「与一、お前は女に甘すぎる」
『与一クンが女性に甘いのは事実として、だ。私も殺すのはやめてほしいねぇ』
人の頭の上でうつ伏せで寝そべっているナイがそう言うと、こちらの額を小さい手のひらで撫でながら、口角を緩めて続ける。
『シセルとソフィア(未来)を利用してこの時代に来た
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