とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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Seven_Deadly_Sins 5/5

『────。真冬! どこか遠くに繋げ!』

「……! よしお前ら喧嘩しとけ!」

 

 皮肉にも、意図せずソフィアの思考を数秒停止させることに成功した春秋が声を荒らげる。

 即座に対応した真冬がパーのように広げた手を()()()と捻る動作に合わせてソフィアの背後に【門】のような穴が空き、春秋が飛び出してソフィアを押し込む形でその場から消えた。

 

 

 

『──っ、こ、こは……!?』

『都内のどこか。少なくとも誰の邪魔も入らない、ここなら落ち着いて話せるだろう』

『混乱の原因がよく言うわ……』

 

 ソフィアに合わせてサイズを可変させ、本来の大きさになる春秋が、さっきまで居たであろう方角に向きながらビルの屋上に立つ。

 

『支部に侵入し、本部にハッキングして【人形化】のデータを盗んだな。まあその辺はどうでもいい。なあソフィア、生き人形の体とはいえ、本来の大きさに戻れた気分はどうだ?』

『……ふん、多少はマシね。人間に戻る解析は出来ていないと分かったときの失望感は、あなたには想像できないでしょうけど』

『どうかな。私も死ぬ寸前で【人形化】を使うしかなかったんだ、分からなくはないさ』

 

 ふわりと隣に降り立つソフィアが、そもそもの疑問を投げかける。

 

『それで、その体は誰のものなの』

『ん。ああ、これが有栖川千夏だ』

『…………。そう』

『色々と、あってね。パンデミックの原因は取り除けたが、結果として私の肉体は死に、彼女と精神を交換して生き延びた。千夏が自分からやったとはいえ……()が死んだのはかなり堪えたよ』

『…………妻……?』

 

 ピシ、とソフィアの表情が強張る。口角をひくつかせる彼女の内心に激情が湧き立っていくのを知ってか知らずか、春秋は呑気に続けた。

 

『ほら、さっき銀髪の女性が居ただろう? 普段は金髪なのだけどね、あの子は私と千夏の娘だ。千夏に似て賢い子だよ、私の数少ない自慢だ』

『…………。ふぅ〜〜〜〜ん』

『? ……どうかしたのか?』

 

 ズゴゴゴ……と威圧感が増していく事にすら()()()()()春秋は、くすんだ灰髪を後ろで結ぶボロボロのリボンを見て、ものの見事に()()を踏み抜いた。

 

『それ、私がかなり前にあげたリボンか? ()()()()()()()()()()

『────』

 

 プツン、と。ソフィアの中の糸が千切れる。抑制をやめたように体外に魔力が溢れ、不意に春秋の背中を、斜め上後方から3本の軍刀が刺し貫く。

 

『お゛っ、ぐっ……!?』

『どうせ明暗丞久たちが京都から戻ってきてシセルとやり合うまでは暇だから、それまではお喋りで時間を潰そうかと思ったけど』

『っ……!』

 

 刺さった軍刀を引き抜く前に、咄嗟に空中に飛び出し自身を【浮遊】で浮かせると、春秋が立っていた場所に夥しい量の槍が突き刺さり床がハリネズミの背中のようになる。

 

『──やっぱりやめた。お喋りは、一通りあなたを穴だらけにしてからにするわ』

『……? ……!?』

 

 本心から困惑している春秋を、まぶたを細めて冷めた眼差しで一瞥しながらも、ソフィアは捨てきれない深い愛情の念を込めて言う。

 

『ジョン・ドゥ、あなたが好きよ。でもね、あなたのデリカシーが無い所だけは本当に嫌いよ』

 

 そう言い放った彼女の背後には、日輪のように、大量の銃火器が整列して回転していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ビルの壁面を跳ねる影が、その手に握る鉛色の刀身を振りかぶる。

 

「──っシッ!」

 

 ガギ、ギィンッ!! と、引っ掛かりつつも浅く削るだけに終わった一閃。

 しかして鬱陶しいと思われたのか、冷気の怪物──ノフ=ケーは、身を翻し刀身を握る少女ことリオンに角を叩きつけようとするが。

 

「『防』」

 

 空中で動けないリオンとノフ=ケーの角との間に札が現れ、表面の『防』の文字が光り、単なる紙切れにしか見えないそれが、太く鋭い角を弾く。

 壁を蹴って地面に着地し、傍らに札を浮かせる少女──琴巳にリオンが言う。

 

「……助かりました」

「それで、なにかわかった?」

「はい。体は金属らしからぬ生き物のような柔らかさ、おそらくとてつもない量のナノマシンの硬さに緩急をつけることで、現実の動物のような質感を再現しているんでしょう。ですが──」

 

 両手の欠けた刀身を擦り合わせ、火花を散らしながら刃を滑らかにさせるリオンは続ける。

 

「時々、斬った箇所()()が硬くなる時があります。アレが仮に……『核』を守るために反射的に()()()()()()()()()のだとしたら…………ヒメ」

「なに?」

「ヒメの呪符は、こう……爆発させる文字は使えたりしますか?」

「使える、けど」

 

 札のうちの一枚に『爆』の文字を浮かばせる琴巳。リオンはそれを見て、刀身を見せた。

 

「ノフ=ケー……を模したアレを内側から爆破させれば、そのまま倒せるか、駄目でもかなりのダメージにはなるかと。なので、刀身を包むようにありったけ『爆』の呪符を貼り付けてくれますか」

「……わかった、でも刀身に貼り付けた呪符の維持と起動のための集中に入る所為で、『防』や『壁』で攻撃を防げなくなるから気をつけて」

 

 リオンの提案にこくりと頷きつつ、そう言いながら服の袖の中からぱらららと呪符を何枚も取り出すと、表面に『爆』を浮かばせたそれを両手の刀身にペタペタ貼り付けていく。切っ先以外を呪符で包んだ刀身を手に、リオンは身を屈めて足に力を入れる。

 

「ッふぅ〜〜、行きます……!」

 

 縮めたバネを解放するように、ドンッ! とアスファルトを陥没させる勢いで駆け出す。

 ノフ=ケーもまた、6本足をフルに使ってリオンを轢き殺すべく地面を揺らす勢いで突進し────スライディング。まず左手の刀身を腹にめり込ませ、後ろに抜けて踵でブレーキを掛け姿勢を反転。

 

「遅い!」

 

 続けて方向転換しようとして足を止めたノフ=ケーの上を取るように路地裏の壁面を使って三角飛びし、背中に飛び乗り右手の刀身を突き刺──そうとして、ガギッと切っ先が弾かれる。

 

「これ、しき……ッ!!」

 

 咄嗟に【強化】を発動して再度逆手に持った刀身を上げ、下ろす。ミシミシミシ……バキン! と嫌な音を立てて欠けた背中から呪符で覆った部分の全部がめり込み、ダンッと跳躍して琴巳の前に着地した。

 

「ヒメ、起爆を──「リオンちゃん!!」

 

 ほんの僅かに気が緩み、意識が逸れた刹那。ノフ=ケーは体内の『核』の防護のために、リオンを殺害するという目的の最短を辿るためにと、魔力を後方に爆発的に噴射させ突進の速度を上げたのだ。

 

「伏せて────」

 

 真っ先に接触しうる角を逆に自分から掴み、足を地面から離すように背後に跳ぶリオンの体を、ノフ=ケーは高速で押し込みビルの壁に叩きつける。

 

「ご、ぁ……ッ」

「リオンちゃん!?」

「──ヒメ゛っ! き、ばく! して!!」

「っ……!」

 

 ドガンと轟音を奏でて壁の奥に叩き込まれたリオンの声が響く。二度目の突進で確実にトドメを刺そうとするノフ=ケーの後ろ姿を見て、琴巳は逡巡の後に右手の人差し指と中指だけを伸ばす印を結ぶ。

 

「……『爆』っ!!」

 

 その言葉を合図に、ノフ=ケーの体が──否、体内にめり込んだ刀身に貼り付いた無数の呪符が光り、言葉の意味を体現するべく、まさしく()()()()に大爆発を引き起こす。

 頑丈な特殊合金であるために、外側からの攻撃には強くとも。逆に頑丈な特殊合金である所為で、爆発の威力が外に逃げない。

 

 ドムッ……!! とくぐもった爆発音が鈍く鳴り、一拍置いてから、ノフ=ケーは力無く倒れた。

 

「倒した……? ──! リオンちゃん!」

 

 ノフ=ケーが動かないのを確認して、ハッとした様子で破壊されたビルの壁に駆け寄る。

 

「……大丈夫、です。それよりノフ=ケーは?」

 

 しかし、心配を余所に、リオンは空になったスキットルボトルを投げ捨てながら中から出てきた。

 

「動かないし、倒した……はず」

「金属で形作っているなら、頑丈な体は逆に爆発を逃さない……と思って作戦立てましたが、どうやら上手く行ったようですね」

「──って、リオンちゃん!? 怪我は!?」

「ですから大丈夫ですよ、僕が半吸血鬼なのを忘れてませんか?」

 

 口の端に付いた血を指で拭いながらリオンは言う。そういえばと思い出した琴巳が、彼女の体に傷が無いことに気がついてホッと胸を撫で下ろす。

 

「実は最近、与一さんが連盟組織に献血してくれてて、その血を詰めて持ってきているんです」

「そうだったんだ。……血って美味しいの?」

「相手によります。あの人の血と魔力は、なんというか、濃厚なスープみたいですね。複数人の魔力が混ざり合って、奇跡的な味になっています」

「血の食レポ……」

 

 自分には無い感覚を語るリオンを見て、琴巳はクスリと笑う。それからふと、リオンは何かに気づいたかのように表情を切り替えた。

 

「…………ん?」

「どうしたの?」

「……いえ、()()()()()()んです」

 

 倒れたノフ=ケーが機能停止したようにボロボロと崩れていくのを見ながら、リオンは琴巳に続ける。

 

「秋山さんが1体、楠木さんとソフィアさんが1体、有栖川さんたちが1体、夏木さんとアビゲイルが2体、僕とヒメが1体を対応している。でも……空中で飛ばされた『核』は7個あった。上空に1体残ったのを有栖川さんたちが対応しているとして、下にも6体で合計7体居ないとおかしい……()()1()()は何処に?」

 

 そう言って周囲を見回すリオンに続いて琴巳が辺りを警戒する。だが、二人の警戒の外──ビルの屋上から、不意打ち気味に何かが落ちてきた。

 

「っ……! ヒメ!」

 

 琴巳を庇うように背中に隠すリオンが、落ちてきた何かを見やる。それは腕が4本あり、口が大きく縦に裂けた巨躯の怪物。幻夢境──ドリームランドに住まう怪物、ガグだった。

 

 ──防ぐ、避け、刀身で、迎撃、退避……!? 

 

 リオンの思考が駆け巡り、行動が数拍遅れる。ガグが腕を振りかぶり、叩きつけようとした光景がスローに見え、果たして────

 

 

 

 

「【韋駄天】」

 

 

 

 

 ──握り拳は何にも当たらずに地面だけを砕く。思わずまぶたを閉じていた二人は、誰かに抱き上げられていたことを理解する。

 

「……え」

「あな、た……は」

「ごめん、遅れちゃったね」

 

 リオンと琴巳は、自身を抱き上げていた男性にそっと降ろされて、ようやくガグよりも数メートル離れた位置に居たことを知る。

 あちこちが焦げたコートを脱ぎ、ワイシャツ姿で腰に刀を挿した彼は──桐山与一は。二人のよく知る、親愛なる存在だった。

 

「与一さん……!」

「久しぶり、琴巳ちゃん。なんでここに居るのかとかはあとで聞くからね」

「与一さん、アレはナノマシンで構成された金属体です! 体のどこかに『核』が……」

「わかってるよ。上で真冬が狩人と戦ってて、先輩が殴り砕いたら『核』が出てきたのを見てるから。まったくなんで二度も空中に繋ぐかな……」

 

 そうぼやきつつ鞘を腰から外し、すらりと妖刀(つくも)を抜き、コツンと鞘の先端を地面に立てる。

 

「俺たちなら……どうする? 九十九」

【深く速く鋭く、全身くまなく刻みましょう】

「ふっ、すんごい脳筋」

 

 二人を背に、立てた鞘を支える左手をパッと離し──両脚を起点に魔力を迸らせると。

 

「本当に、嫌な京都ツアー(パワーレベリング)だったな」

 

 そんな言葉すらをもその場に置き去りにする速度で、一瞬にして二人の視界から与一が消える。

 ──かと思いきや、気づけばガグの背後を取り、一拍遅れてガグの片足が半ばから断ち切られてバランスを崩し、()()()()()()、地面を、壁を、超高速に跳ね回りながらすれ違いざまに切り裂いていく。

 

「す、ご……!?」

「【韋駄天】を、完璧に使いこなして……いや、それだけじゃない。まさか、空間操作……?」

 

 リオンは気づく。与一が地面や壁だけじゃなく、不自然なタイミングで軌道を変えていることに。それが空中を蹴って行っている方向転換だと察し、この短時間で何があったのかと驚愕する。

 

 そして最後の一閃で胴体を切り裂いた与一が戻ってきながら、傾いていた鞘を落ちきる前にキャッチし、スゥ──と妖刀を納めてカチリと入れた。

 彼の背後で『核』ごと全身をバラバラに切り刻まれたガグを余所に、リオンはおずおずと問いかける。

 

「……京都(むこう)で、なにがあったんですか」

「んー。先輩にビルよりデカいムカデ1匹を一人で殺れって無理難題押し付けられたり、全力でガードしたとはいえビームに焼かれたり? あの二人は俺を助ける気が一切無かったから、戦い方を工夫するしかなくてね。大変だったね、お互い」

「私とリオンちゃんよりも、遥かに与一さんだけが艱難辛苦を味わってません?」

 

 あっけらかんと言いながら、げんなりとした雰囲気を出す与一。しかして彼は、妖刀を納めた鞘を腰に挿し直して、ふぅと一息ついてから呟いた。

 

「……それじゃ、シセルを止めに行くか」

 

 

 

 

 

『続』




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