とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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神は私を裁いてくれない 1/4

『ジャック〜、アダム〜! ママがただいま帰ったぞぉ〜う!』

 

 ガチャリと勢いよく玄関の扉を開ける銀髪の女性。パンデミックにより世界が終わってから数十年、崩壊後世代である彼女──シセルは、多少の魔術が使えることを除けば、ごく普通の母親だった。

 

 ────()()()

 

『今日も気持ちよく歌えたよ、参加者が半分くらい気絶したけど。酷くない? 私はただ普通に聖歌を歌ってるだけなのにみんなして白目剥くわ泡噴くわ……子供にはバカウケなんだけどなあ』

 

 砂が付いたコートを玄関の外に出してバサバサと振りながら、シセルはボヤく。

 

『アダムにもせがまれてるし、ママ音痴だから恥ずかしくて聴かせたくないんだけど、次こそは連れて行ってもいいかもね〜。あそうそう、ジョンとソフィアが明日遊びに来るんだけど…………。……?』

 

 扉を閉め、コートをラックに掛けながら続けるシセルが、ふと違和感を抱く。

 家の中が静かすぎるのだ。そして、旦那(ジャック)息子(アダム)の『おかえり』が聞こえてこない。

 

『……ジャック? アダム?』

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。靴の踵が床を踏み鳴らす音が嫌に鮮明に聞こえる。頬を冷や汗が伝い、シセルはいつでも魔術を撃てるようにしながらリビングに向かう。ドアを開き、片手を銃身に見立てて指を伸ばし、片手を横に伸ばして照明のスイッチを入れる。

 

『────』

 

 パチンと音を立ててスイッチが押され、部屋が明るくなったのと、鼻に突き刺さる鉄錆の臭いが惨状を知らせるのは、果たして同時だった。

 

『………………嘘だ』

 

 散弾銃か何かで頭を吹き飛ばされ、首から上は顎しか残っていない旦那の遺体。

 斧かマチェットか、肉厚の刃物で頭を叩き割られた、脳がはみ出た息子の遺体。

 

『──あぁあっ……ぁあああ!?!? ジャック!! アダム!! 嘘だっ、なんで!?』

 

 弾かれたように駆け出し、躓いて転び、四つん這いになりながらも必死に近づいて。シセルは床に転がる二人の元へ向かい、涙となって思考回路から溢れ出た激情を抑えないままに遺体を抱きしめる。

 

『はっ、はーっ、かっ、ぁあぁあ』

 

 過呼吸に陥りかける息を必死に整えながら、シセルは血が乾き始めていることから時間がかなり経過していること、そしてリビングと地続きのキッチンに目をやり、荒らされていることから。

 

『────』

 

 彼女は、誰が、何のためにこんな事をしたのかを、冷静に理解した。

 

『──食料、目当てか。たかが……そんなことの、ため、だけに……???』

 

 終わった世界では、いつだって、どこでだって、水と食料の少なさに困っていた。

 備蓄する余裕があるのは、それだけ実力があるからで、シセルは()()()側の人間である。

 

『私が、魔術師だからか?』

 

 ()()()、この家が狙われて、シセルが居ない時に犯行に及ばれた。

 

『私が、聖歌を披露しているからか?』

 

 ──彼女は、母親だった。

 

『だったら何故、私が狙われない』

 

 ──彼女は、幸せだった。

 

『……これが、試練だとでも言うのか?』

 

 ──今日、この時までは。

 

『…………ふざけるなよ』

 

 

 

 

 

 

 

 ──シセルの身に、彼女の家族に何が起きたのかを教えられ、こちらとしても絶句するしかない。しかしそれ以上に……

 

『……なんだい?』

「いやぁ、随分とまあこっぴどくやられたなと。恨み買いすぎでは」

『だいぶ不当な恨みもある気がするけれどね』

『正当よ』

「うーん、じゃあ春秋さんが悪い」

『何故だ…………???』

 

 呼び出されて合流したはいいけど、未来ソフィアにボコボコにされた春秋さんが凄まじいことになっている方に意識が割かれるなぁ。

 男女のあれこれで問題があったら男が悪い。世界がそういう風に出来ているから仕方ないんだ。

 

 ともあれ、未来ソフィアのストレス発散に付き合っていたのだろう全身をズタボロにされ顔半分が削り取られて頭の中が見えている春秋さんからの説明で、事情はだいたい把握できた。

 

「復讐を果たしてもなお収まらない怒り……それを利用された感じか。その──例の神格? に」

『そうね。ジョン……今はハルアキだったかしら。彼が過去に飛んだあと、暫くしていきなり現れたあいつに、私とシセルは精神汚染を食らった』

 

 こちらの言葉に、未来ソフィアが続く。

 

『でもまあ、不変・不老・不死の生き人形に精神汚染は効かないから、普通に効いちゃったシセルの為にも従ってる振りをしていたのだけど』

「あ、キミずっと正気だったんだ」

『でなきゃ()()()の命令通りに支部内の人間を皆殺しにしてたわよ』

「また女か……」

 

 異能は女と子供に宿りやすい、という説がどんどん補強されていくなぁ。

 

『……シセルが精神汚染されているなら、ソフィアの言う事を聞いて皆殺しにしなかったのは少しおかしいんじゃないか?』

『別に洗脳魔術じゃないもの。精神を無理矢理揺らがせたり、既に揺らいでいる精神に付け込んで言う事を聞かせやすくするだけ。結果として洗脳みたいになるだけで、決定権は本人にもあるわ』

「はぇ〜……」

『ねえハルアキ、このアホそうな子が本当にシセルに勝てる人間なの?』

「誰がアホじゃい」

 

 確かに今、すごいアホっぽい反応したな……とは自覚してるけども。

 

『安心しろ。なにせ、こっちの時間軸のキミを救ったのは彼だ。それに……明暗丞久と春夏秋冬円花はシセルに悪影響すぎる』

「それはそう。あの二人リアルで『ギャハハハハァ!』って笑うからね、漫画のゴロツキ以外であの笑い方する人は先輩たちくらいだよ」

『こっちはこっちで世も末ね』

 

 まいったな、何も言い返せない。

 

『……ともあれ、あなたがシセルと戦うというのなら、これだけは約束して』

「なに?」

『あの子を殺さないで』

「────」

 

 呆れた顔から一転、未来ソフィアは真剣な顔でこちらを見ると、縋るような眼差しで言う。

 

『都合の良いことを言っているのはわかってる。でもあの子は悪くない。家族を殺した強盗と、消えない怒りを()()()に利用されているだけ』

「────」

『精神汚染も、一度気絶させるくらい追い込めば解除される。だから──』

「未来ソフィア、一ついいか?」

『……なに?』

 

 腕を組んで、思考を巡らせる。それからだらりと下げて、腰に手を当てて問いかけた。

 

「お前とシセルは、こっちに来てから、一度でも民間人を傷つけたか?」

『──いえ。少なくとも私とシセルは「支部に侵入したら魔術師たちを殺せ」と言われたけど、魔術的な命令で強制されなかったから無視したわ』

「……んー、んー。じゃあいいか」

『えっ……?』

 

 全身をほぐすように、特に足の柔軟をしながらそう言って、改めて立ち上がって続ける。

 

「民間人に手を出してるなら流石にアウトだろうけど、うん。まだ止められるな」

『善悪の判断そこなの……??』

「いや別に? だって、なあ」

 

 脚に魔力を集めながら、未来ソフィアに向き直る。善悪ではないんだ。だって、ここに居る全員、別に善人でもなんでもないんだから。

 

「──俺だって、魔術師(ひと)殺しだもの」

 

 その言葉を最後に、【韋駄天】で跳躍し、その場から高速で姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズガン! という轟音。

 

 それは根元を散弾で破損させ、【浮遊】で無理矢理引き千切った道路標識が、ムーンビースト型の模造生物を刺し貫く音だった。

 

「……ようやく、倒せたわね」

『魔力に余裕は? あるなら他の援護に行き──』

 

 槍を受け止めてひしゃげた散弾銃を捨て、片手に拳銃を【召喚(コール)】する葉子にソフィアがそう言った瞬間、横合いの建物の向こうから破壊音を奏でて巨大な何かがドゴォン!! と吹き飛んでくる。

 

「な゛──!?」

「──ホームランンゥウァ!!」

 

 何事かと反射的に拳銃を構える葉子と傍らに浮かぶソフィアが見たのは、氷漬けになった魚人のような怪物2体と、それをこの場まで吹き飛ばすように畳んだ三節棍を振り抜いた姿勢で着地する女性の姿。

 

「た、丞久さん……?」

「おん? 葉子か。そっちもコピー品を退治済みだったか、やるじゃん」

「はあ、ど、どうも」

 

 女性──明暗丞久が曲がった三節棍を魔力に分解させて消し、氷漬けの魚人を見やる。

 

「大陽たちがやり合ってたダゴンモドキとハイドラモドキを横から貰って仕留めた……が、秋山の方にも真冬たちが行ったし、こりゃ大詰めだな」

「……? あちらに何か?」

 

 首をゴキリと鳴らして、とある一点に顔を向ける丞久。気になったように葉子が問いかけると、丞久は少しばかり気まずそうな表情で言った。

 

「与一のやつ、いきなりすっ飛んできたかと思ったら円花を連れて黒幕の所に向かいやがった。強引だよな、いったい誰に似たんだか」

「誰……でしょうね……」

『…………誰かしらね』

 

 類は友を呼ぶ、蛙の子は蛙。果たしてどれが適切なのかと、二人はすっとぼける丞久の顔をジトッと見ながら思案する。

 だが、丞久は逡巡の後に懐の携帯を取り出して、与一と円花以外の全員にグループ通話を繋げた。

 

「向かった方向は……渋谷駅の方、交差点の辺りか。じゃあそこを中心に散らばるか」

『……どういうこと?』

「シセルとの戦いは与一たちに任せっきりにしたほうがいいが、更に模造生物(コピー)をばら撒かないとも限らない。全員を互いにカバーし合える程度に散り散りにさせて警戒しておくべきだろうと思ってな」

 

 その旨を他のメンツにも伝えるように通話する丞久を見て、感嘆するように葉子は言う。

 

「…………。そういえば、丞久さんって、ちゃんとそういうのを考えられる人でしたね」

「喧嘩売ってんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──渋谷駅前の名物とも言えるスクランブル交差点。その中心点に立つ銀髪の女性を取り囲むようにして、老若男女の民間人が集まっている。

 けれども人々は誰も、何も言わない。当然だろう、突然現れ、手近の車を素手で解体した女性──シセルが生み出した模造生物に囲まれ、ただ一言『騒いだやつから殺す』と脅されているからだ。

 

 唐突に現れ、混乱のうちに制圧。

 

 それを済ませたシセルは、しかして四方に飛ばした『核』が一つずつ反応を消失させる様子を前に、脳裏に響く声との会話をしていた。

 

「……()()()()とやらに厄介な魔術師を隔離して、時間を稼げるんじゃなかったのか?」

【連盟組織所属の魔術師なんだ、多少の正義感は持ち合わせていると思っていたんだよ】

「……?」

 

 脳裏の言葉は、呆れの混ざった声で言う。

 

【あいつら、()()()()()()()()()と被害度外視でムカデを仕留めに掛かっていた】

「…………は??」

【少しは街を気にしながら戦うと思っていたが、まったくの誤算だった。あいつらはイカれてる】

 

 実際のところは()()()だけは街を心配していたのだが、そこを意図的に省いて、女の声がシセルに次の指示を飛ばす。

 

【さて……そろそろ例の厄介な奴らが来る。シセル、その人質を全員殺せ】

「────。断る。敵でもない、何もしていない、そんな奴らを殺したところで何になる」

【……いつまで善人ぶるつもりだ? 復讐のために人間を辞めたクセに。バケモノならバケモノらしく、その力を存分に振るえ】

「駄目だ、私は誰も【()()()()()()()()()

 

 不意に、ぞわりとシセルの背に怖気が走る。結局の所、精神汚染で揺らいだ心に付け入られていることに変わりはなく、数秒前の会話すら対等ではない。

 魔力の伴う言葉(めいれい)の通りに、シセルはふつふつと夥しい憎悪と殺意──すなわち強烈な怒りに支配される。理性が揺らぎ、脳裏には血溜まりに沈む家族の姿がこびりついて離れない。

 

「…………」

 

 片手を上げ、周囲の模造生物に指示を飛ばす合図を始める。あとはその手を下げるだけで、集めた人質たちの虐殺が始まるだろう。

 彼ら彼女らが復讐相手ではないと、分かっていてもいなくとも、そんなものは関係ない。

 憎くて、辛くて、苦しい。そんな感情が混ざり、怒りとして発露する。

 ──無理矢理思い出させられた怒りを以て、この場の全員を虐殺しようとする。そうして上げた手を下げようとした刹那、偶然、ふと。

 

「────」

 

 ふと、視界に、男と少年が映る。自分たちを取り囲む怪物に怯える少年を、父親なのであろう男が安心させるように抱きしめていた。

 

「──、────。ぁ」

 

 刹那の逡巡。親子を見て、ほんの一瞬、彼女はウボ=サスラの欠片とナノマシンを混ぜた変異細胞に体を置き換えたバケモノから、ただの母親(シセル)に戻る。

 されど、それで生まれた猶予はたかが数秒。怒りを押し退けて表に出てきた、母親としての情で歪んだ表情のままに、シセルは手を下ろす。もはや、これから行われる虐殺は誰にも止められないだろう。

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()

 

 

 

 

「シセル──ッ!!」

「……!」

 

 怒声と共に、空中からアスファルトを砕く勢いで着地する二人の男女。その内の一人──桐山与一が、ズンと大きく踏み込む。

 手を下ろしつつ、背中から鋼鉄の尾を伸ばすシセルは、まばたきをした瞬間既に眼前に迫っている与一の蹴りを土手っ腹に食らう。

 

「吹・き・飛・べ……っ!!」

「がっ!?」

 

 キィィン……と、魔力がかき集められた足が魔術の行使を証明するように淡く光る。

 脚力強化魔術【韋駄天】、それを走るためではなく蹴るために使うことで、凄まじい威力となり──全力で引っ張ったパチンコ玉もかくやと言わんばかりに蹴り飛ばされ、シセルは建物の壁を破壊しながら逆再生する隕石のように上空へと打ち上げられた。

 

「チッ……円花さん!」

「……ふん」

 

 けれども合図だけは済ませていたのか、模造生物たちは錆びた人形のように動き、民間人たちに武器を、爪を、牙を向けた。

 声を荒らげた与一の後ろで、円花は左手を伸ばし、親指と中指の腹をくっつける。

 

「空間、断絶──」

 

 一区切り。それから、パチンと指を弾く。その音が静寂の中に響くのと────

 

 

 

 

 

 

 

「──【(せん)】」

 

 交差点に立つ人質を避けて、模造生物1体1体だけが乱雑に切断されるのは、果たして同時だった。




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