とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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神は私を裁いてくれない 2/4

 空中に蹴り上げられたシセルは、肘や腰、背中に生成した戦闘機のようなパーツから、燃料代わりの魔力を噴射して姿勢を整えながらホバリングする。

 

「……づ、ぐ」

 

 シセルの胴体を中心に、全身に響く重く鈍い痛み。高速移動を可能とする尋常ならざる脚力を蹴りに利用した一撃は、下手に斬ったり撃たれたりするよりも、遥かに大きな打撃となっていた。

 

「よう、シセル。俺のこと覚えてるか」

「……村の」

「そうそう。お前があのとき仕留め損ねた魔術師です、リベンジに来ました。ってね」

「こいつ文明が崩壊した未来のロシア人だろ。鶴の恩返しなんか知らないと思うけど」

 

 ──神経まで完璧に再現した体も良し悪しか。と思案していたシセルの前に()()()()()()()()男──与一が言うと、その隣に背中に翼を生やして羽ばたく円花が指摘する。

 

「え、ロシア人なの?」

「『アンチ・スプラヴィドリーヴァスチ』、ロシア語で……正義がなんたらかんたらって意味だぞ。魔術師は異能の名前に母国語を使いがちだ」

「はぇ〜……。あ、じゃあ、もし仮にアメリカ人とかイギリス人が呪言を使ってたら『カースワード』とかになってたのかな。ちょっとダサいかも」

「ンなもんボクが知るかよ」

 

 間の抜けた会話をしながらも、二人はその意識をシセルから逸らしていない。シセルもまた、当然のように空中に立っている与一の足元を見て理解した。

 与一の足元には、20センチ四方の箱型に固定された空間があったのだ。空間操作による足場の形成を、しかしてギリギリ両足を乗せられるか? 程度に収めている理由を逡巡し、理解する。

 

 ──魔力の節約か。

 

 つまり、桐山与一(このおとこ)は魔力量がそう多くない。真に警戒すべきは、底が見えない無尽蔵の魔力を体内で燃え滾らせている春夏秋冬円花(よこのおんな)

 正しく評価し、意識を割く割合を円花に傾けた──「はい隙あり」──瞬間、固めた空間(あしば)に亀裂が走る勢いで与一が力強く踏み込み、跳ぶ。

 

「づぉ……!?」

「【韋駄天】──ありゃ?」

 

 防御の姿勢を取ろうとしたシセルが腕を交差させるが、一手速く刃がすり抜け、横をすれ違いざまに肩から腰までを袈裟斬りにされる。

 

「思ったより硬いな……ってヤバっ」

 

 後ろで固めた空間に足を置いて着地した与一に手を翳したシセルは、体を修復しながらそちらに顔を向けて翳す手を変形させ、銃身(ガトリング)を作り出して回転。

 射線から逃れるために横へと跳ぶ与一の軌道をなぞるように放たれる弾丸が空の向こうへと飛んでいき、あまりの弾速と発射の速度に、けたたましい発砲音がバ──────!! と絶え間なく響き渡る。

 

「──よそ見っ……厳禁(げんっきぃん)!!」

 

 偏差射撃が修正され、あと少しで着弾するというところで、声と共に上から衝撃が降ってくる。

 シセルの頭に欠片の加減もされていないフルスイングの三節棍が叩きつけられて、全身の骨を模した部位がミシリと嫌な音を立てた。

 

「ぐ、っ……逆、だ……!」

「あ?」

 

 衝撃でぐわんと視界が揺れながら、シセルは円花が離れる前に全身の細胞を急速に増幅させ、左腕を起点に恐竜の頭のようなパーツを形成していく。

 

「捕まえろ……【(あぎと)】!」

「おっ──とぉ」

 

 眼前の大顎がぐあっと開き、呑まれ、ガチンと閉まり噛み砕かれ──る直前、両足で下顎、両手で上顎を押さえて閉じないようにつっかえさせる。

 当たり前かのように防いだ円花は、しかし顎の中でシセルの左手のひらが自分に向いていることに気づき、その手に熱が集まる光景を目にした。

 

「充填────照射!」

「円花さん!」

 

 直後、まるで恐竜の口からビームが発射されたかのように超高温の熱線が放たれた。

 顎の間でつっかえ棒になっていた円花はその熱線に直撃。与一が顎を斬り落とそうと踏み込んだその時、ぞわりと背筋に氷を入れられたようにシセルと与一の肌が粟立ち、周囲の温度が低下する。

 

「……? ……っ!」

 

 異変を察知したシセルが、ガトリングから戻した右手をピンと伸ばし、手刀で大顎に変形させた部分ごと左腕を自切して後方に下がる。

 その数秒後に、パキン! と、()()()()シセルの左腕が大顎もろとも氷塊に包まれた。

 

「っはぁ〜〜〜……毎回、業務用冷凍庫に2時間放り込まれてる気分になるな」

 

 氷に包まれた大顎が砕け散り、中から円花がのそりと現れるが、その体からはドライアイスもかくやと言わんばかりの冷気が漏れ出る。

 黒い衣服やコートには霜が付着し、髪には快晴の青空のような水色のメッシュが入っていた。

 

「【凍れる灰色(アフーム=ザー)】、お次の()品はなんだ?」

「…………」

 

 左腕を修復させ、服までもを形成して元通りにするシセルは、円花とその傍らに正方形の空間を作り着地する与一を見て逡巡し────質問する。

 

 

 

「……お前たちは、神を信じるか」

「あぁ?」

「なんて?」

 

 唐突な質問にすっとんきょうに返す二人は、改めて思案してから口を開く。

 

(バケモン)とは日夜殺り合ってるけどな」

「たぶん違うでしょ。……宗教哲学だとか、聖書だとか、そういうやつのことだろ?」

「ああ」

 

 与一の問いに頷くシセルは、夜風に銀髪を揺らしながら、ポツポツと語り始める。

 

「周りは信じていた。それに縋ることで心を救っていた。だけど私は信じていない。その所為で、いつも考える。もし私が神を信じていれば、旦那と息子(あのふたり)が殺されることはなかったのだろうかと」

「────」

「信じていなかったから殺されたのか? 信じていれば殺されなかったのか? 信じていなかったから神は試練を与えたのか? 信じていたら神は試練を与えなかったのか? ……なにが、正しいんだと思う」

 

 それは確かに、シセルの本音だった。例え精神を汚染されていようと、それだけは今のシセルの行動原理に他ならない。

 彼女の言葉を聞いて、神妙な面持ちをする与一の横で、あくびを漏らす円花が、肩の霜を払いながらあっけらかんと言った。

 

「運が悪かっただけだろ」

「────。なに?」

「……あのー、円花さん」

「偶然、狙われたのがお前の家族だった。それだけだ。神だのなんだのは、結局は理不尽に対する納得のための言い訳探しに過ぎない」

「……円花さーん」

「────」

 

 円花がズケズケと言い放ち、横で与一は顔を手で覆う。()()()()()()()シセルは、無機質な真顔で固まり、一拍置いて右手を翳して変形させる。大きな銃口の砲身を作ると、ボシュッ! と砲弾を1発。

 空中に打ち上げられた砲弾は山なりに飛んで落下を始めると──バシュッと音を立てて外装が弾け、中から3つの円筒形の()()()が飛び出す。

 

「──!! 凍らせて!」

「……チッ」

 

 それを見て直感的に判断した与一が【禍理の手】を射出。円花は鎖に手を触れて魔力を流し、追従するように凍らせていく。

 3つのうち2つの近くに『手』が来た瞬間に氷を炸裂させ、花のように広がる氷塊でケースを無力化するが、残りの1つを捉えきれず落下させる。

 そして、そのケースは空中で回転し、中身を四方八方に撒き散らした。

 

「あれ全部、例の『核』か……!?」

「チッ。空間、断絶──【せ

 

 即座に左手を向けた円花だったが、ッパン!! という破裂音と共にその場から消える。

 ──否、空気の壁を突き破る速度で突進してきたシセルに、背後のビルまで押し込まれたのだ。

 

「…………あーあー……」

 

 バゴォンと轟音を奏でてオフィスに叩き込まれた円花を見送り、与一は援護に行くよりも下への連絡を優先して、ビルの屋上まで飛んでいくシセルを横目に携帯を取り出して電話を繋ぐ。

 

「──あもしもし先輩? なんかシセルがとんでもない数の『核』を地上に降らせたんで対処頼みます。……言葉だけだとこの世の終わりみたいだ」

【それはそう。……あー見えた見えた、目測……200くらいか? スケールダウンしてるとはいえ怪物の模造品は面倒だな】

 

 地上に落下する過程で『核』を中心に金属が膨れ上がり、それぞれが別々の怪物の姿形に変わっていくのを見下ろす与一に、電話越しの丞久が問う。

 

【つーか、なんかビルが倒壊してるけど誰が何やらかした?】

「え? ……あホントだ」

 

 振り返ると、円花が叩き込まれたビルの四隅を崩すように、上から等間隔にミサイルが撃ち込まれている。支えを破壊されたことで垂直に落ちるように解体されていくビルを見ながら、与一は口を開く。

 

「円花さんが、まあ、色々と」

【…………。あとは頑張れ、こっちも模造品退治に忙しくなる】

「え゛……切られたし。はぁ〜〜〜〜どいつもこいつも〜〜……」

 

 携帯をポケットに仕舞い、深く長いため息をつく与一は、眼前にホバリングするシセルを見やる。

 

「しかし、善悪の立場は言葉遣い一つで決まる、ってのをいい加減学ぶべきだな。あの24歳児(円花さん)は」

「────」

「もしかして俺の答えも聞きたい感じ?」

 

 ただじっと与一の顔を見るシセル。彼は視線を斜めに上げて思考を巡らせると、一瞬口ごもりながらもシセルに言葉を投げかけた。

 

「俺としても、人の死なんてのは運がいいか悪いかでしかないと思う」

「……お前もか」

「けどまあ、嫌なもんだよな。『お前の家族は運悪く死んだ』なんて、たとえ事実でも俺だって、俺の両親は運が悪いから死んだのか! って怒るよ」

「! ……お前も、か?」

「嫌な似た者同士だろ、俺たち」

 

 与一の言葉に、シセルの膨れ上がった怒りが萎む。それに──と続けて、与一は言う。

 

「立場も境遇も何もかもが違うけど、似た者同士分かることもある。お前が許せないのは神でも強盗でもない、自分自身なんだろ?」

「っ……」

「家族の死に何も出来なかったのは自分、復讐してもなお怒りを抑えられないのは自分。シセルが許せない最後の復讐相手は──お前自身だ」

「っ────!!」

 

 強く歯噛みするシセルが、腕の横から三日月のようなブレードを伸ばして飛びかかる。

 空間(あしば)に踏ん張りながら妖刀で迎え撃つ与一に、彼女は表情を歪めて声を荒らげ叫ぶ。

 

「わ、かっ、てる……! 言われ、なくてもッ! ……許せないよ、許せるわけがない!!」

 

 ブレードを妖刀と打ち合いつつ、シセルは左手のひらを翳して熱を充填。与一が妖刀の峰でブレードを半ばから砕き、柄頭で左手首を叩いて射線から逸らし、発射された熱線が虚空を焼き払う。

 

「私が居れば防げた! 二人ともッ……守り通せた! それが、居なかったから守れなかった!? そんなのは、理不尽だ! 納得できない!!」

 

 与一を蹴り飛ばし、膨張させた細胞を引き伸ばし、鞭のようにしならせて着地の暇も与えずに全力で振り回す。ゴウッと迫る先端にはギロチンのような大きな刃が付いており、与一は咄嗟に妖刀を鞘に納めて自分の体を包むように【禍理の手】を展開。

 

 両手を束ねるように重ねた【禍理の手】に刃がめり込み、勢いのままに別のビルに背中から叩き込まれオフィスの床に転がる与一は、続けて中に侵入するシセルの()()()()()()に目尻を細める。

 

「……今なら、なんだって守れるのに、守りたい人はもう居ない。このっ、渦巻く感情を……どうすればいいか分からない……」

「────。なあ、シセル」

 

 胸元を力強く握り締めて皺を作り、そう言って歯を食いしばるシセルに、与一は問いかけた。

 

「喧嘩するか」

「…………は……?」

「裸の付き合い……じゃないな、相撲……って言ってもわからないか、兎に角アレだ、こう──思いっきりぶつかってこいってやつだな」

 

 刀の柄に手のひらを添えて、与一は続ける。

 

「復讐がどうとか、お前の後ろの神格がどうとか、京都のこととか、渋谷のこととか。そういうのはまあ、一旦全部横に置いといてだ」

「……? …………???」

 

 両手で持ち上げた何かを横に置くジェスチャーをする与一に、シセルは心の底から不思議そうに疑問符を浮かべて小首を傾げていた。

 

「だって、お前、全力で戦ったことないだろ。恨み辛みが渦巻いて、向こうには敵が居ない。こっちに来ても自分より強い相手が居ないときた」

「…………」

「かといって先輩とか円花さんあたりとかち合うと、逆にボコボコにされて八つ裂きにされるからな。たぶん()()()()()()と思うぞ」

「…………。なにが、したいんだ」

 

 敵からの親切な提案が、本気で理解できない。()()()()()()()()()()与一が、シセルには、どうあがいても不気味に映るのだ。

 

「私は、敵だぞ? お前と、お前の仲間を傷つけた敵だぞ? 何を考えている……?」

「一つ、俺は連盟組織所属じゃないし、特定のメンバーと友人なだけで仲間ではない。二つ、円花さんはあの程度じゃ死なないから問題ない。三つ、お前がばら撒いた模造生物は先輩たちがどうにかする」

 

 指を1本ずつ立ててそう言う与一は、微笑を浮かべて手を下ろしながら口を開く。

 

「それと、四つ。『あの子を殺さないで』」

「──!」

「誰の言葉か、分かるだろ?」

「……ソフィア……」

 

 シセルはその言葉が誰のものかを悟り、一瞬表情を和らげる。

 

「ま、そういうわけで、俺は別に殺す気とかないから。かといって何もせずに見逃すのもお互いのためにならない、だから提案してるんだ。──どーんとぶつかってこい! ってね。喧嘩しようぜ」

 

 そこまで言われて、シセルはようやく気づく。なぜ眼前の男が敵意を向けてこないのか、なぜ敵視してこないのか。簡単な話だった。

 

 ──こいつ、単なる、底抜けのお人好しなのか。

 

 

 

 

 

「おいで、シセル。俺が全部受け止めてやる」

「…………ぁ」

 

 与一の言葉に、優しげな顔に、ドクンと心臓を模したパーツが高鳴る。その理由に気づくまでには、きっと、そう時間は掛からない。




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