とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

177 / 284
神は私を裁いてくれない 3/4

「…………あのー、丞久さん? でしたっけ?」

「なんだぁ」

「これホントに有効なんですよね?」

 

 与一と円花がシセルと戦っている裏で、救助した人質たちを避難させた丞久。

 彼女はスクランブル交差点のど真ん中に標識を突き刺し、そこに茶髪の少女──琴巳を縛り付け、その頭上に『集』と書かれた呪符を浮かばせていた。

 

「さっき殺り合ってた模造品みてぇなのが大量にばら撒かれた、その呪符が【呪言】の一種ならお前のイメージで『集』められるだろ」

「い、イメージ……」

「まあ要するに、誘蛾灯みたいなもんだな」

「────!?」

 

 信じられないものを見るかのような眼差しをする琴巳だが、その傍らに近づいてくるリオンが刀身を片手に話しかけてくる。

 

「大丈夫ですか?」

「この光景を見て!?」

「あ、はい」

「……あの丞久さんって人、いつもこうなの?」

「ヒメをこうしたのを見ているしかなかった手前言いづらいんですが……暴君とやっていくには上手く流すしかないんですよ」

 

 死んだような目で遠くを見やるリオンに、琴巳もまた渋い顔を返す。

 

「なので、まあ、諦めてください」

「『諦めてください』!!??」

「とはいえ……明暗さんたちも、未成年を囮にする以上はきちんと守り切るつもりですよ。僕も近くで守りますから、少しだけ耐えてください」

「…………。はぁ、仕方ないか」

 

 周囲を警戒するように、数メートル置きの等間隔で配置された人員。丞久、秋山、青井、真冬、結月、葉子、ソフィア、大陽、アビゲイル、そして琴巳の近くにリオンと、十人による厳戒態勢。

 

「──来るぞ! …………おぉ?」

 

 すると、数秒置いて丞久が声を荒らげる。直後、周囲の建物の隙間から、夥しい量の大型犬サイズの模造生物──金属製の怪物が現れた。

 その数は道路を埋め尽くすほどの物量で、さしもの丞久ですら少しばかり口角をひくつかせる。

 

「……ちょっと効きすぎたか?」

「物凄い数の怪物が集まってきてる!!」

「あー、そうだな。【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】で壁作って来る方向を四方向に絞る! 全員構えろ!】」

 

 縛られたまま慌てる琴巳を尻目に、全身を黒い魔力で包み、頭に枯れ枝のような角を伸ばす丞久がドン! と足踏みして壁を作る。

 自分たちを囲むように硬質化した魔力の壁を作ると、四方向に意図的に穴を作り侵入経路を誘導。200を超える怪物たちに、全員が表情を固くした。

 

「【うおおおなんとかなれ──っ!!】」

 

 

 

 ──その光景を見ながら、建物の屋上で。顔の半分が削れた女性の横で灰髪の少女が渋い顔をしながら引き気味に口を開く。

 

『作戦は大雑把、実戦では行き当たりばったり。場当たり的に動いて()()って、よくこれまで生きて来られているわね、あの子たち』

『良くも悪くも、その場その時のアドリブが得意なメンバーばかりなものでね』

 

 十人掛かりでなだれ込む模造生物を殴り、斬り、撃つ魔術師たちを見る少女──ソフィアに、顔の断面を包帯で隠すように覆う女性──春秋が返す。

 

『ソフィア、危なそうな時でいいから、適度にここから援護してくれるかい』

『直接下に降りればいいじゃない』

『あそこに居る()()()()()のキミと、顔が半分削り落とされた私が乱入したら、みんな驚くだろう』

『……まあ、それもそうね』

 

 呆れの混じった合点がいった顔をすると、ソフィアは早速と軍刀を【召喚(コール)】し、丞久たちの包囲を抜けた怪物の1体に射出し貫く。

 高速で体に穴を開けて動きを止めた軍刀を誰かに見られる前に魔力に分解して、『これでいいのか』とばかりに横目で秋山を見る。

 

『それにしても、シセルの方はどうなってるのかしら。あの子……ヨイチ? の強さがいまいちわからないから、少し不安だわ』

『まあ確かに、与一クンは()()で言えば中の上……今は上の下くらいかな。彼より()()魔術師は確かに居るよ、例えばほら、あそこでシュブ=ニグラスの魔力を纏ってる女性とかさっきビルの倒壊に巻き込まれた黒ずくめの女性とか』

『無様を晒しすぎていない?』

『強さ以外は持ち合わせていないのでね』

 

 あくまで娘たちの知り合い、程度の立ち位置でしかないために辛辣に言う春秋。

 

『とはいえ、あの子たちが信用してはいる存在だ。……善人ではないとしても、かといって悪人でもないのさ。誰も彼もがね』

 

 けれども、視線を上に。高層ビルの一角から見える戦闘の余波を一瞥して、誰に言うでもなく、呟くようにそう続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──肩、肘、手首から噴出する炎の勢いで、凄まじい速度のパンチを繰り出すシセルの拳を、与一は小さく展開した【禍理の手】と自身の両手で捌く。

 

「それは、もう、見たァ!!」

「がっ」

 

 そのまま連打をすり抜けて懐にもぐり込むと、強烈なアッパーでオフィスの天井まで叩き上げる。

 アッパーで伸びた腕に追従するように影から上に飛んできた『手』がシセルの足を掴み、床へと叩きつけ、振り回しデスクを巻き込むように投げた。

 

「う゛っ」

「うーん、全体的に雑。全身が超微細な金属の集合体なんだからもっと形を崩せるだろ?」

「っ、それ、だけは……しない」

「人間だった頃の思い出だからか? ならまあ、仕方ないか。じゃあ人間の姿を保ちながらでいいから、もっとどんどん来なさい」

 

 立ち上がるのを待ちながら、与一がそう言ってちょいちょいと手首を曲げる。

 シセルは右腕をガトリングに変形させると、銃身を回転させながら左手をパラボラアンテナのように変形。与一の眉が寄って疑問を抱いた瞬間に高速で弾丸の雨あられを撃ち出し、その場から動かす。

 

【韋駄天】の機動力を追いきれず、影をなぞるように撃ち続けると──デスクの残骸を跳ね除け、横合いから接近しながらの蹴りにより銃身がひしゃげる。

 

「づっ……!」

「腕の変形はわりと人間から崩れてる気がするけど、それは許容範囲なんだな」

 

 呆れ混じりに飛び蹴りを食らわせた与一が、空中の空間を固めて2発目の蹴りを打ち込むために踏ん張ろうとして、ふと向けられた左手に視線を送る。パラボラアンテナのような形状の左腕。しかしてその表面を見て、ふと、彼の脳裏に()()()()()が過った。

 

「……ぉおォあ!!」

「ん? やっぱりそれもしか────」

 

 空中にいる与一目掛けて左腕の銃身──否、スピーカーから、ボゴォン!! と轟音を奏でて凄まじい音の壁が発射された。

 その威力に吹き飛ばされた与一は、余波で亀裂が走った窓ガラスを粉砕して外に放り出され、シセルは体の中に響く音波による痛みに顔を顰める。

 

「っ、あ゛、はぁ……っ!」

 

 ──シセルには、怒りや無念はあっても、全力で戦う、本気で戦うという方法がわからない。

 自分と向き合ってくれた男に『どーんとぶつかってこい』と言われたからと、できる限り出せうる力を振り絞ってはみたが。

 

「さす、がに、これ以上は──」

 

 無数の変異細胞(ナノマシン)で構成された体には、余程のことがなければ疲労なんてものは表れない。けれども体に宿る精神が、積み重なる疲労を訴え体を重くさせる。

 ズシリと全身に伸し掛かる重圧に、深く呼吸をしようとした刹那、窓の外で影が動く。

 

「────まさ

 

 音波砲で叩き出された方向()()()()()()()から、高速で何かが飛来する。

 それは【禍理の手】を利用してビルに留まり、振り子運動の要領で迂回し、【韋駄天】で固定した空間を蹴り速度を確保することで戻ってきた与一だった。

 

「どっ……こいしょおい!!」

「お゛!?」

 

 ドロップキックの姿勢でガラスを粉砕し、勢いを維持したままの両足がシセルの顔面に突き刺さり、一瞬の静寂を挟んでからやり返すように吹き飛ばす。

 幸運にもデスクの一つに背中から叩きつけられて勢いが削げ落ち、斜め上に回転してからべちゃりと床に落ちる光景を見て、空中で一回転して着地した与一は体の節々の痛みを堪えながら言う。

 

「──そろそろ、決着と行くか?」

「…………」

「もう戦えないか? そんなわけない。人間、多少疲れてるくらいがベストコンディションだぜ」

 

 のそりと起き上がるシセルが、与一を見やる。口角を緩めて笑みを浮かべながらも疲れを見せる呼吸の荒さを見て、両手のひらに熱を溜めながら呟いた。

 

「……次で、最後だ」

「ああ」

「全力だ。全部を絞り出す」

「分かってる」

「受け止めてくれるんだろう」

「もちろん」

 

 キィィィン……と熱が収束し、シセルが不意に体をくるりと回転させる。反射的に伏せた与一の上を、細く、長く、速く────キュガッ!! と音を立てて熱線が通過して、ずるりと。

 ──立っている部屋を基点に、ビルの上半分が傾き、倒れ始めた。

 

「……神が私を裁いてくれないのなら、お前が私を裁いてみせろ」

「馬鹿だな、裁かれないのは……被害者のあんたに罪が無いからだろうに」

 

 ほぼ同時に傾き始めた部屋の中で上に跳び、窓ガラスを割って外に出る二人。

 斜めに倒れていくビルの上で屋上側にジェット噴射を利用して飛んでいくシセルを前に、与一が靴の調子を確かめるようにつま先を鳴らす。

 

「──【氾濫(フラッド)】ォ!!」

 

 ──瞬間、シセルの声と共に、彼女の足元で膨大な物量の変異細胞(ナノマシン)が液体のように溢れ出し、波打ち埋め尽くしていく。それらは幾つもの塊を作り、それぞれが怪物を形作り、ビルの壁面の上で大津波のように与一へと迫る。

 

「ほんと、一人で質量攻撃が成立できるやつはこれだから困るんだよなぁ」

 

 眼前の光景を一瞥し、与一はふと、片耳に指を当てて言葉を投げかけた。

 

()()()()、いけます?」

【……誰に言ってんだ】

 

 傾くビルの壁面に手をついて落ちないようにしていた与一は、迫りくる怪物の氾濫を前にして、ただそう問いかける。

 耳に仕込んだ通信機から不機嫌そうな声が届き、その数秒後に、ピタリと不自然な程に唐突に、熱線で半ばから斬られたビルの傾きが止まった。

 

【……【浮遊】プラス【重力制御】、さっさと決めろ与一。今だけは、そのビルの壁面が地面だ】

「了、解──ッ!」

 

 ズンッ! と、与一の足が壁面(じめん)を陥没させる勢いで踏み込まれた。さらに深く、深く、力強く体を縮め、腰を落とし、走り出す姿勢に入り────両足に、()()()【韋駄天】を起動させる。

 

「五歩だ」

「……?」

()()()()()()()()()()()()()()()、速度を乗算させるとして、俺の体と足が耐えられるのは五歩の踏み込みまでだ。行くぞ、【韋駄天・(あらため)】」

 

 宣言ののちに、一歩。一瞬姿が消えたのではと言わんばかりの加速で、氾濫の第一波が弾け飛ぶ。

 

 二歩、ビルの壁面の半分以上を駆け抜ける。三歩、氾濫した怪物の残り全てをド真ん中から吹き飛ばし、駆け抜けたあとの衝撃波で木っ端微塵に散らす。

 

 四歩目で──シセルの意識がほんの1秒ブラックアウトしたかと思いきや、気づいた時には遅れて発生した全身の激痛とともに空中に体が飛んでいる。

 

「……は、は。呆れる程に、速いな」

 

 顔を上げれば、上空に打ち上げられた自分よりも更に上の空を跳ぶ与一が、月をバックに天地逆さまに体を置き、まるで月を蹴るかのように足の裏に固定した空間を地面代わりにして五歩目を踏み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その夜、月から落ちた星が高層ビルを貫く光景を、偶然にも一部の人間が観測していた。




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。