とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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神は私を裁いてくれない 4/4

 長方形の塊の真ん中を円筒形にくり抜いたように、高層ビルの屋上から一階までを貫いた与一は、足元でボロ雑巾のように転がるシセルを見る。

【韋駄天】の無茶な運用で全身が悲鳴を上げる彼の足がガクガクと揺れ、仰向けに倒れたままのシセルの真横にストンと座った。

 

「…………何度も、自殺しようと思ったことがある。夫と息子に会いたかったから」

 

 不意に、ポツリと。シセルが視線だけを傍らの与一に向けながら呟く。

 

「……でも、死ねなかった。違うな、死にたくなかったんだ。私だけが……卑怯者だ」

「馬鹿。そんなわけあるかい」

「────。な、に?」

 

 気だるげにため息をついて、与一は続ける。

 

「死にたくなくて当然だろ? だって……あんたが死ねば旦那さんと息子さんのことを覚えている人が居なくなってしまうんだから」

「……ジョンやソフィアが居る」

「どう頑張っても人は忘れる生き物だ。だからこそ他の誰でもない、あんたが、記憶や記録で覚えてなきゃいけない。『誰か』じゃない、『シセル』が」

「…………っ」

「あんたは卑怯者なんじゃない、家族を忘れないようにしてきた優しい母親だ」

 

 与一の言葉に、シセルは強く歯を噛み締める。それから腕を顔に乗せて目元を隠すと、口角を歪ませながら震える声色で言う。

 

「こんな、私が……優しいわけが、ない。……息子に、あの子に、いつもねだられていたんだ。『ママの歌が聴きたい! 教会に連れてってよ!』って」

 

 歯がカチカチと鳴り、声には嗚咽が混じる。

 

「だけど……私は恥ずかしくて、ずっと断ってきたんだ。『駄目だよ、ママはお歌が下手だから』……って。それでも、次は連れていってあげようって、思ったんだ。次なんて……来なかったのに」

「──そうか」

「……絶対に、忘れないよ。家族のことも、私が……良い母親ではなかったことも、全部……」

 

 そこが限界だったのか、シセルは顔を背け、体を丸めて静かに泣き始める。あやすように頭に手を置いて、優しく髪を撫でる与一に、少しの間を置いてから彼女は小さな声で言葉を続けた。

 

「…………ごめんなさい、沢山、傷つけてしまって。なんの、罪もない人まで……殺そうとして、本当に……ごめんなさい……」

「──なあ、シセル。なんで俺たちがあのとき間に合ったか、わかるか」

「…………」

 

 無言で首を横に振るシセル。与一は小さく笑みを浮かべると、髪を梳かすように撫でて言った。

 

「シセルが、ほんの一瞬だけ躊躇ったからだ。その一瞬だけ命令が遅れたから、民間人が誰も死ななかった。精神汚染されながら、あの瞬間だけは、あんたの善性が勝ったんだよ。それを……誇るべきだ」

「……うん、わかった…………」

 

 疲れと、精神汚染からの開放、胸の内の吐露で、シセルの心身が限界を迎えて意識が途切れる。

 その直前、彼女の耳は、地の底から響くような怒声を捉えていた。

 

「────話は終わったかァ?」

「うわ、出た」

「このボクを瓦礫に沈めた挙句、倒壊するビルを支えさせて、京都と渋谷の両方でヨグ=ソトースの完全顕現を行って被害を巻き戻させるんだ。そいつの首で勘弁してやるだけ優しいと思えよ…………!!」

「もしかしてこれも説得しなきゃいけないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──後日。連盟組織本部に改めて呼ばれた与一は、いつぞやのように丞久と歩いていた。

 

「調子はどうだ?」

「全身の骨と筋肉が軋んでて、歩く度にそれなりの痛みが走る程度です」

「あぁ、そりゃ成長痛だな」

「これ以上デカくなる必要はないでしょ」

 

 微笑を浮かべて軽口を叩き合いつつ、そういえばと丞久が言葉を続ける。

 

「なんだったか、決着つけたあとに円花が大暴れ寸前だったらしいけど。よく止められたな」

「んあぁ、『それ以上は弱い者いじめですよ』って言ったら止まりました。自分の強さに自信とかプライドがあると、意外と()()んですよね」

 

 呆れ気味に言う与一に、丞久はなるほどと呟いて口角を緩めて薄く笑う。

 

「あいつもいい加減、我慢とか節操とかそういうのを覚えるべきだな。私のように」

「え?」

「あ?」

「……あ、そういえば円花さんは?」

「どっかの僻地に仕事。あいつは適度に忙しくさせといた方が大人しくなるからな」

 

 

 

 

 

 ともあれ、通路を歩いて数分。食堂らしき部屋に入ると、そこには見慣れた顔が。

 一つの机を占領して椅子に座る三人と、机に乗っている生き人形が1体。

 

「……なにやってんの?」

「ん? ああ与一か。いや、親父に呼ばれたから来たんだけど、こいつ──シセルがハンバーガー食ったことないって言うから買ってきたやつ食わせてた」

『ほらほら〜もっと食べなよ』

「んぶもごごご」

 

 真冬が机に広げていたハンバーガー、ポテト、ナゲットにソース。それをしげしげと興味深そうに眺める銀髪の女性──シセルが、結月に次々ポテトを口に放り込まれながら与一の視線に気がつく。

 

「……! んぐ。……よ、ヨイチ」

「昨日の今日で元気そうだな」

「遊ばれてんなぁ」

 

 見張り役なのか腕を組みながらじっと眺めている秋山の横に丞久が、真冬の横に与一が腰掛けると、ポテトを飲み込むシセルを見て首をかしげる。

 

「シセル、キミ、変異細胞(ナノマシン)で構成されてる体なのにモノ食べられるんだ……」

「ああ、うん。私の体は精巧に人体を再現してるから、味覚もあるし有機物を食べてエネルギーにも出来るんだ。ただ……これは、濃いな」

 

 渡されたハンバーガーを齧り、味の濃さに顔を顰めるシセルに結月が問う。

 

未来(そっち)だと普段何食べてんの?』

「最低限の繁殖ができてる家畜、砂漠化から逃れた土で栽培した野菜、あとはわずかな地下水とたまに降る雨水をろ過した飲み物だ」

『はぇ〜……』

「文字通りの世紀末だな」

 

 ポテトとナゲットをつまみながら結月と真冬が反応し、ふと秋山と丞久が違和感を抱く。

 

 

 ──こいつ、なんかしおらしいな……? 

 

 

 二人がそんな思考をしながら、アイコンタクトを交わして質問を投げかける。

 

「与一たちが集まったところで、だ。そろそろ喋ってもらうぞ、お前らは誰の指示でこんなことをした」

「────」

「……おい?」

 

 秋山が問うも、シセルは結月にナゲットを口にねじ込まれながら黙り込む。結月が真冬に殴られてハンバーガーを入れていた紙袋に仕舞われるのを横目に、ナゲットを飲み込んでから口を開いた。

 

「わからない」

「わからないで尋問されずに済むんならジュネーヴ条約なんか必要ねぇんだけどな」

「ジュネ……? 本当に、私もソフィアもあいつの正体がわからないんだ。なんらかの神格か、それに類するほどに格が高い怪物なのは確かだと思う」

「……無貌の神か?」

「いや、それならナイか円花が気づく」

「アイツは私たちに時間稼ぎをさせたかったみたいだけど、そもそも何のための時間稼ぎかすら知らされていないし、信頼すらされていなかったわけだ」

 

 秋山と丞久がシセルの言葉にそれぞれが思案すると、与一が結月を出してあげながら言う。

 

「まあ、わからないことがわかったのは重要じゃないですか? だって多分、シセルの扱いって鉄砲玉だし。弾丸に情報は渡さないでしょ」

「確かにな。……じゃあ、未来ソフィアの方が知ってそうだよな。どうせ親父と一緒に居るだろうし、あたしが聞いてこようか?」

「それなら俺も行くよ。先輩と秋山さんは、シセルから聞けるだけ聞いといてもらえます?」

「おう」

「んー」

 

 面倒くさそうな声色だが、一応の了承はする二人。与一はシセルに視線を向けて続ける。

 

「シセルも、それでいいか?」

「…………うん」

「それじゃあ、またそのうちね」

 

 結月を頭に乗せて、真冬を連れてその場から去る与一。彼の背中を見送ったシセルは、秋山と丞久に視線を向けて神妙な顔をした。

 

「──答えられる質問なら全て答えるが、その前に一つだけ聞きたい」

「なんだぁ?」

 

 真冬たちが残したポテトを数本つまんで口に放り込む丞久に、シセルは口ごもるように、うつむきがちに指を合わせて問いかける。

 

「……その、えっと……ヨイチ、は……私みたいなやつは()()()だったりするのだろうか」

「────」

「────」

 

 秋山たちは、同時に言葉を失う。

 

「いや、分かってる! 夫も息子もいたのにこんなことを考えるのは変だとは分かってる。でも……彼の顔が頭から離れない、心臓を模したパーツが不安定になるんだ。どう、すればいい、のかな」

「ガチのやつだこれ」

「俺らの手に余るぞ」

 

 指先を合わせてモジモジしているシセルに若干の気色悪さを抱きつつ、二人は顔を見合わせて逡巡し────特に躊躇いなく与一を売った。

 

「ウン、ダイジョブダイジョブ。与一はそういうのダイジョブヨ、多分きっとおそらくメイビー」

「なにせ死んだ人妻(おまえみたいなの)に取り憑かれてるんだからな、今さらお前一人許容できないわけがない」

「……! そう、か。そっか……!」

 

 小さく笑みを浮かべるシセルを前に、秋山と丞久は揃って天を仰ぐように顔を上げるのだった。

 

「先人は言った、『俺じゃない。あいつがやった。知らない。済んだこと』ってな」

「カスのオアシスやめぇ。……私もしーらね」

 

 

 

 

 

 

 

 ──春秋の使う研究室に向かう途中、通路を歩いていた与一が突然の悪寒にぶるりと身震いする。

 

「うぉおぅ」

「どした?」

「なんか急に悪寒が……噂されてんのかな」

『さっきの未亡人ターミネーターじゃないの』

「なんて酷い呼び方なんだ……」

 

 頭の上でうつ伏せに寝そべる結月は、呆れ気味に与一へと言葉を続けた。

 

『……なんてゆ〜かさぁ、与一ってやっぱり歳上から好かれる変な匂いとか出てるよね』

「出てたまるか。……出てないよな?」

 

 隣を歩く真冬が鼻を近づけてすんと鳴らす。

 

「出てない。っていうか、あたしと匂い同じじゃん。シャンプーが同じなんだから」

『……? ……!? なんて???』

「ああそうか。俺と真冬、昔からまとめ買いで割引されるシャンプーばっか使ってるから匂いそんなに変わらないのか。確かめてみ」

『うーん? ──うわほんとだ!?』

 

 与一の頭を嗅いでから真冬の方に体を傾けて同じように嗅ぐと、多少の差はあれどほぼ同じ香りがして結月は大声で驚いた。

 

『最近の真冬はヒロインポイント低下してるなあと思ってたけど、こういうところで最低限は稼ぐ辺りがさすがっすねぇ〜〜』

「またバーガーの紙袋に詰められてぇか」

『肉と油臭くなるからやめルルォン!!』

「馬鹿言ってないで、部屋についたぞー」

 

 ため息混じりにそう言って、足を止めて扉の前に立つ与一が、数回ノックしてからドアノブを捻る。ガチャリと開けられた部屋の中には資料の山が出来たデスクがあり、椅子に座る少女──くすんだ灰髪の未来ソフィアと、傍らに立つ春秋が視界に入った。

 

『やあ、三人とも』

「あ、顔治ってますね」

『魔力を集中させれば、このくらいはね。……シセルには会ったかい?』

「ええまあ。それで、ちょっと聞きたいことがありまして…………あ、そうだ」

『ん?』

 

 春秋から真冬へと視線を移した与一の意図を察してか、真冬が口を開く。

 

「あたしを呼んだでしょうが。なんの用?」

『ああそのことか。いやなに、ソフィアもシセルも、こっちの時代に来てしまった以上は帰ることも出来ないからね。シセルが日本各地を巡って歴史や文化を見て回りたいと言っていたから、私もソフィアを連れて別の方向から旅でもしようかと思ったわけだ』

「……あー、要はしばらくのお別れになるから挨拶したかったわけね」

『そういうことだね』

 

 などと、親子の会話をしているのを横目に、椅子に座っていたソフィアが、与一の頭に乗ったままの結月を一瞥して問いかけた。

 

『あなた、噂に聞く被害者1号?』

『うっす。純然たる被害者っす』

『その割には元気ね……』

「こいつその辺深く考えてないから」

 

 椅子の上で体育座りしている未来ソフィアを前に、与一は結月をサラリと馬鹿扱いしつつ質問する。

 

「こっちのソフィアとは会わなくていいのか?」

『いいのよ。わざわざ顔合わせて余計な混乱や悩みを与えたいわけじゃないから。……聞きたいことがあるんでしょう? 私たちを利用したヤツについて』

「察しが良くて助かるよ」

 

 サイズを可変させて小さくなると、未来ソフィアは春秋の肩にちょこんと座って足を組む。

 

『アイツは……神格のようで、怪物のような……妙な存在よ。人の姿をしてはいるけれど、()()()()姿()()()()()の。それに──』

「それに?」

『──隠しきれないわずかな腐臭からして、アイツは死体を使って活動してるわね。元の時間軸に居たときから()()だったわ』

「……死体を……」

 

 片手間で携帯を弄り、メッセージアプリで丞久にその情報をそのまま飛ばしつつ、与一は未来ソフィアの言葉を慎重に耳にする。

 

『それと…………そう、アイツは自分のことを灰色(グレイ)と名乗っていたわ。あと、前に一度だけ私に目的を口走ったことがあるわよ』

「どんな?」

『……リベンジ? がどうとか、それで……適合者を作る? とも言ってた気がする』

「────。なにか重要な情報が脳裏を掠めたような気がするけど、駄目だな。いまいち繋がらない」

 

 顔をしかめながら、その情報も丞久にダイレクトパスして携帯を仕舞う与一。

 

「うん、まあ。今のところはこれくらいか。こればかりは、情報を絞りながら裏で暗躍してるグレイ(なにがし)が上手だったとしか言いようがない」

『……大した情報も渡せなくて悪かったわ。それと、ありがとう。シセルを助けてくれて』

「ん? あぁ、気にしなくていいよ。身内を亡くしてる同士で、同情してたのも確かだから」

 

 薄く笑みを浮かべる未来ソフィアに口角を緩めて返す与一は、ふと思いついたように言う。

 

「俺たちずーっとキミのこと『未来ソフィア』とか『ソフィア(未来)』って呼んでるんだけど、こっちのソフィアと分けるとしてどう呼べばいいかな」

『え。いや、そんなこと聞かれても。……なにか新しい名前でも考えてみる? 酷すぎず、呼びやすければ、なんだっていいのだけれど』

 

 唐突に問われ、しかして確かにと納得したように考え込む未来ソフィア。

 

「ソフィア、ソフィア・エリンドール。エリ、ンド、ール……うーん」

『──エリー、でいいんじゃないか?』

『エリー? ……エリー、エリー……』

 

 名前を区切って良い響きを探っていると、不意に春秋が肩に座るソフィアにそう言って問いかける。彼女もまた言葉の響きを確かめるように呟いて、満足げに頷いてから春秋の傍らに浮かぶ。

 

『悪くないわね。これからは、こちらの時間軸の私と分けて、エリーって呼んでちょうだい』

「……親父が考えた名前だったら『花子』でも喜びそうだなこいつ」

「しっ。そういうこと言わないの」

 

 ボソリと嫌味っぽく呟く真冬を、与一が窘める。未来ソフィアあらため、エリーを連れて、春秋は三人に背を向けるように部屋から出ようと歩みを進めた。

 

『私たちはそろそろ行くよ。【人形化】の改良も、ソフィ……エリーの日本観光をしながらのんびり行うとする。しばらく会えなくなるが、これが今生の別れではない。お互い元気で居ようじゃないか』

「はい。お元気で」

「ま、どうせ死なないんだから心配はしないわよ。迂闊に生き人形なのバラさないようにね」

『改良できたら魔術データ送ってくんさーい』

 

 三者三様に言葉を返し、春秋とエリーは笑みを浮かべて応え、それから部屋を出る。

 

『さて、最初は……そうだな、キミの新しいリボンでも買いに行かないか?』

『あら。……ふふ、わかってるじゃない』

 

 

 

 そんな会話を最後に姿が見えなくなるのを待ってから、ふと与一は呟いた。

 

「春秋さんって、再婚とか考えてないのかな」

「なんでこのタイミングで聞いた? ──なんでこのタイミングでそれを聞いた???」

「いやだってほら、お似合いじゃんあの二人」

 

 ぎゅるんと首を曲げて凄まじい顔をする真冬が、視線を右往左往させ、悶えるように上半身をぐねぐねと動かすと、絞り出すように返す。

 

「…………体は母さんで中身は親父の生き人形が、別時間軸の生き人形と再婚なんてしてみろ、なんかもう、色々とアウトだろ……!?」

「まあほら、前例が無いし、案外いいかもよ」

「前例があってたまるか!」

 

 からからと笑いながら言う与一に声を荒らげる真冬。珍しく逆転してるなあと思いながら、頭の上であぐらをかいて座る結月が更に問う。

 

『しばらくして帰ってきた二人がさあ、薬指に指輪してたらどうする?』

「──数日寝込む」

 

 げんなりとした顔の真冬の即答に、与一と結月は苦笑を浮かべる。果たして未来からの襲来は一時の解決をするも、その黒幕は逃げおおせたまま。

 

 新たな戦いの始まりと、出会いと別れ。いっぺんに訪れた変化は、様々な問題を引き寄せることになるのだが──それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

『完』




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