──戦いが始まって10分。民間人を殺してはならないという神経を使う戦闘を継続して、判明した問題は大きく分けて二つ。
一つは、どれだけ気絶させてもすぐに起き上がること。そして二つ目は────
「あッ……ぶな!?」
「気をつけろ桐山クン! こいつら……起き上がる度に
下から掬い上げるような逆袈裟を【障壁】を貼った左足の裏で押さえ、後ろから胴体を真っ二つにせんと迫る刀身を、左足で押さえた刀を床に叩きつけるように踏みしめながら上体を前に屈ませて避ける。
横を通った高校生らしき少女の顎をすれ違いざまに上体を起こしながら裏拳で叩き、床に押さえた刀を握る男の顎を右足で蹴り抜く。
「これでも、また起きてきたら更に動きが鋭くなるのか……面倒くさい……」
「こっちとしても、そう何度も電撃を浴びせるとなると非殺傷出力でも命に関わるぞ」
【何も思いつかないなら、私が全員の利き手と足を一本ずつ切り落とすわよ】
「待て、考える! えー、あー……」
面倒くさそうに対処する九十九が我慢の限界を迎える前にと思考を回す。二つ目の問題である、気絶から起きる度に少しずつ動きが良くなる現状、最悪手足を破壊するのもやむを得ない……が。
──ここに居る人たちは全員被害者だ、必要以上に傷つけたくはない。なんとか、どうにかして体を押さえ込むことが……できたら…………
「…………。あ!」
『何か思いついたの?』
「すっかり忘れてた。──【禍理の手】!!」
言葉を合図に、ぶわりと影から無数の鎖が飛び出す。それぞれの先端に備わる禍々しい『手』が、倒した民間人の体を床に押さえつけるように飛び掛かり、鋭い指先が杭のようにめり込む。
起き上がろうとする人たちが身動き取れず、悶えるだけで収まったのを見て一息つく。
「まったく、こういう時にこそ雅灯さんはもう少しアピールしてくださいよ」
【……だってそこの神様が怖いんですもん】
『除霊しちゃうぞ〜』
【ヒェーッ】
がおー、と威嚇する蛇神様に、雅灯さんが影の中で本気でビビっている。
「やめてくださいようちの悪霊をいじめるの。というか雅灯さん早く制御変わって……流石に30を超える『手』の同時制御は脳がパンクする……!」
【あっ、すみません。押さえるだけなら私でやりますよ、パンクする脳が無いので】
──そこだけは羨ましい。という言葉が出かかったのを堪えつつ、残りの民間人も気絶させてそれらも『手』で掴んで押さえ込んだ。
「……ふぅ。鼻と耳から血が出るかと思った」
「そんなにキツいのかい? その……変な『手』の操作をするのは」
「思考を30分割してそれぞれに違う動きを命じないといけないこの感覚は、わからないと思います」
「そりゃあ、まあ。ね」
げんなりとした顔で察してくれたのか、竹田さんは余計な追及はしてこなかった。
ともあれ、これで動けなくした……わけだが、ここから何をどうすれば良いんだ?
【本体を叩くしかないわね。私が刀身を斬るか、与一がへし折るかで勝てるわ】
「問題は……
全員でちら、と床に伏せさせた人たちの、その手に握られた刀を見る。封を解かれた刀を、誰かが握っている……と思うのだけど、これ全員のやつを一本ずつ折らないといけないのか?
「──蛇神、どれが本体かは分からないか?」
『ムリムリ。だってどれも
竹田さんに聞かれて周囲を見回すも口を尖らせる蛇神様が、何かに気づいたように言葉を区切る。
その横で同じように何かを察した九十九が分身刀をこちらに見せながら口を開いた。
【……起き上がる度に強くなるのは、刀を通して経験を蓄積しているから、だとしたら?】
「…………。おいおいおい、まさか」
同じ量に分散した刀、経験の蓄積。推測にもしやという嫌な予感を抱いたその刹那、押さえていた民間人たちの握っていた刀が魔力状に霧散し、不自然なほどに白い霧となって一箇所に集まっていく。
「……竹田さん、蛇神様、下がってて」
「言われなくとも」
『がんばれ〜』
ゆっくりと後退りする二人を庇うように、言葉にせずとも九十九と一緒に立ち塞がると、霧はやがて人型を形成し──刀を手にする少女となる。
「キミの親戚?」
【さぁ。付喪神ではあるみたいだけど】
九十九に軽口を向けながら、視線は逸らさず少女に向ける。九十九とはまた違う、黒髪を腰まで伸ばしている少女は、死に装束のような白い和装のままゆったりとした動作で刀を上げ────
「っ、お──ッ!?」
無意識に取った防御姿勢に被せるような斬撃が、危うくこちらの体を切り裂く寸前まで迫っていた。思わず鍔迫り合いに持ち込むと、横合いから刀身を差し込む九十九の一撃を避けるように少女は動く。
【これは、想像より……!】
足元が見えづらい和装の体捌きは、周囲に倒れ伏す民間人たちという障害物をものともせず、一息置いてからこちらと九十九を纒めて斬り倒そうと凄まじい速度で刀を振るい、打ち込み始めた。
「九十九っ! いけるか!?」
【どう、かしら、ねっ……この短期間で、戦闘経験を積ませ過ぎたみたい……!】
絶え間なく響く金属がぶつかり合う音。使えなくはないが得意とも言えない刀を使っている所為もあって、辛うじて押し込まれることは防げているが、妖刀の中身である九十九ですら苦労している。
無表情で淡々と刀を正確無比に振るい続ける少女が半歩進み、こちらは二人揃って半歩下がらせられる。とにかく、一瞬でも隙さえ作れれば、刀を奪い取って破壊できるのだが──と、脳裏で悩みをボヤく傍らで切っ先が少しずつ体に届き始めていた時。
『──ばぁ』
そんな声が、こちらの前から──すなわち少女の背後から聞こえた。
反射的に逆手に持った刀を背後の声に突き立てた少女だったが、その手に手応えは無い。
……それも当然だろう。
『ざぁんねん。この体、不死なの♡』
「──【韋駄天】」
サイズを縮めて上から回り込み、背後で人間大になって刀を腹に受けた蛇神様が、刀身を両手で掴んで抜けなくさせる。その隙にこちらも【韋駄天】を起動して少女を壁際のショーケースにめり込ませるように蹴り飛ばし、無理やり刀を手放してもらう。
【────しッ】
続けて九十九が蛇神様の腹に突き刺さった刀の半ばに刀身をするりとすべらせ、一切のガタつきもない滑らかな断面を作るように切り落とす。
「……これで、勝ちだ」
【悪いわね、こうするしかなかった】
刀の柄側が落ち、床にカランと音を立てる。果たしてそれを見届けた少女の、無念そうに瞼を閉じるその顔を見届けるのと、霧散した体が散り散りになってその場から消え去るのは同時だった。
──問題が起きたことで、ようやくと連盟組織を駆り出す必要性が出来た館内では、民間人たちが記憶処理を受けていた。
「ここで起きたことはどう処理されるんだい?」
「さぁねぇ。配管の劣化によるガス漏れで集団昏倒、とかそんな感じに処理されるのでは。加減はしたけどボコボコに殴っちゃったし、俺の方からも治療費の支払いしといた方がいいのかも」
竹田さんに聞かれるが、どういう内容の処理になるかは、こちらの知るべきことではない。
それよりも、真っ二つになった残骸が布にくるまれて運び出され、連盟組織預かりで処分されるであろう刀の方にこそ注目するべきであった。
【あの刀、私とは違う鍛冶師に打たれたのでしょうけれど、目的が違うみたいね】
「目的?」
【私は単純に鋭く頑丈に、とにかく沢山の人を斬れるようにって願われていたわ。だって、刀ってそういうものでしょう?】
「そりゃあねぇ」
分身刀を消して、巫女服の状態でベンチに座るこちらの隣に腰掛けている九十九が言う。
【けれど、あの刀……付喪神からは……怒りや、狂気? 恨み辛み……みたいなものを感じた。たぶん、復讐とか、そういう目的で打たれた刀が、私のように長い年月で付喪神化しちゃったのね】
「刀が、鍛冶師の目的を果たそうと?」
【だからこそ、ああいう能力を得たのね。刀を通して他人を操る、狂気的な能力を】
「────。なるほど、ねぇ」
……だから、無念そうな顔をしたのか。目的を果たせないまま消えてしまうから。
【ま、刀の付喪神って基本的に意識というか『核』を刀身に宿しているのだけど、それを柄の方に移せば刀身が折れても死にはしないのよ。
「……え、もしかして、その状態で刀身を交換すれば『新しい方』を妖刀にできるの?」
【出来るわよ?】
「こわ…………、ん?」
さらりと言い放つ九十九に引いていると、トントンと後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、竹田さんの隣に立つ蛇神様が肩に伸ばしていた手を戻しながら言った。
『私たちはそろそろ行くわね』
「ん、そうですか」
「ああ。実は夕食を予約していたのだけど、次のバスに乗らないと間に合わないんだ」
【それは、急いだほうがいいでしょうね】
元々の予定から外れてこちらにちょっかいを掛けた結果巻き込まれた二人には、あまり同情できないけど、予約に間に合わせるのは大事だ。
忙しなく館内から出ていく二人を見送って、こちらも予期せぬ面倒事の解決を経て、疲れた体を労うように深くため息をつくのだった。
「あ゛〜。今日は早めに寝よう……」
──バス停までを歩く途中、ガードレールに乗ってバランスを保ちながら歩く蛇神に竹田が問う。
「あまり、桐山クンとヒメの関係を囃し立てるような真似はするべきではないぞ」
『まあ、そうねぇ』
白髪の美少女が綱渡りのように腕を広げてガードレールの上を歩く光景は、かなり周囲に目立たせているが、それを気にせず蛇神は言う。
『私ねぇ、与一クンには幸せになってほしいのよ。だってあの子、他人のためには戦えるのに、自分の幸福を求める気がないんだもの』
「……そうか?」
『与一クンみたいなタイプは、他人の幸せの為にって躊躇いなく自分の人生を削れちゃうのよ。だから、お節介でも必要なのよねぇ……「貴方を愛している人が居るんだぞ」って教えるのは』
「────」
言われてみれば確かに、とでも言いたげな顔で、竹田は与一の行動を思い返す。
しかしそれはそれとして、呆れ気味な表情をすると、蛇神に言葉を投げかけた。
「とか言いながら、結局は桐山クンとヒメをくっつけたいのも本音なのだろう」
『え、うん』
「……ふん、碌でもない神め」
吐き捨てるように言う竹田に、蛇神もまた、足を止めて彼女を見下ろす。
『──あら、今さら気づいたの?』
蛇神は夕焼けをバックに、顔に影を落として、紅い瞳を爛々と輝かせて口を開く。
『碌な神様なんて、居ないのよ』
「…………。やれやれ、面倒なのに付きまとわれて、私も迷惑しているよ」
パーツを直したカメラのような形の電撃銃を首にぶら下げる竹田は、懐から取り出したキャップを目深に被って歩き出し、その後ろをついてくる蛇神も、ピョンとガードレールから降りて追従する。
『……ふふ、ふふふっ』
──愉快そうに浮かべたその笑みが、人ならざる妖しい美しさを持ち合わせていた事に、幸か不幸か竹田が気づくことはなかった。
『完』
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