とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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野狗子の仮面 1/3

 地方の歩道を大股で歩く、ロングスカートの少女。毛玉のようにあちこちが跳ねた黒いロングヘアーを無造作に伸ばし、メンズのスカジャンに袖を通している彼女は、春先の暖かな陽気にため息を吐いた。

 

「はあ゛ぁ〜〜。ゲスト出演なんか拒否って与一さん誘って博物館に行けばよかった」

 

 少女──否、大学生・蓮枯深月。地方で行われたゲーム大会にゲストで出演した彼女が、当然のように参加者全員をなぎ倒し優勝したことは余談である。

 

「今ごろ誰かとおデートっすかねぇ。事務所の誰かか、ほなみさんか。はぁ〜あ…………ん?」

 

 帰る前にと、観光がてらの散歩をしながらぶつくさ文句を垂れ流す深月は──ふと鼻に刺さる鉄錆のにおいに顔を顰める。

 そして、()()()()()()()道路に車が通っていないことに違和感を抱きながら歩いて、ふわりと膜をすり抜けたような感覚と共に、つい先程まで居なかった数人の男女と────アスファルトに赤いシミを作る死体が視界に入った。

 

「────。うわ」

「…………。えっ?」

 

 思わず声を出してしまった深月の言葉を耳にして、スーツの男女に混じっていた、私服にコートを羽織る少女が振り返る。

 それから明るい茶髪を揺らすように周囲を見回してから、深月に向き直り口を開く。

 

「み、見えてるんですか!?」

「あー……なたがたが幽霊だ、ってんなら塩撒くんすけど、人間っすよね。何がどうなって……」

【人払い】をレジストした? 先天的に魔力が高いのかな

「はい?」

 

 小声でぶつぶつと呟く少女に小首を傾げつつも、深月はその流れで後ろに倒れている死体に視線を向けた。服もろとも腕や肩、腰を食い千切られているそれを見て、眉間に皺を寄せて口を押さえる。

 

「うえぇ、こりゃ酷い」

「あっ、近づかないように!」

「……ういうい。というかあんたら……特にお嬢ちゃんは警察には見えないっすけど、なんなんすか」

「それは……その、警察──関係者、ではあるので。警察……の方? から来た者なので?」

「詐欺の常套句じゃないすかそれ」

 

 手をまごつかせて必死に言い訳を考える少女を見て、深月はふと確信する。

 

 ──この奇妙な感覚、ついこの間味わったな……。

 

 具体的には、とある館でバケモノに追い回されて死にかけたあの時の空気感。

 

 

 

 ──間違っていたらそのときか、と。深月は少女の後ろで自分を警戒するようにじっと眺めているスーツ姿の男女を一瞥してから口を開いた。

 

「……あんたらもしかして、魔術師っすか」

「──!! 貴女も、そうなんですか?」

「あー、いやいや。私は違います、私を助けてくれた人が魔術師だったってだけで」

 

 警戒心を露にする少女に、深月が茶化すように両手を上げて答える。

 

「こないだ、少しばかり面倒な事態に巻き込まれたんすよ。お陰で空鬼? とかいうバケモン相手に鬼ごっこする破目になりましたし」

「よく生きてましたね…………あれ、じゃあ記憶処理をされていない……?」

「されてないっていうか、拒否っただけです。恩人のことを忘れたくなかったんで」

「なる、ほど……」

 

 口角を緩める深月の顔を見て、少女の勘が働く。恩人以上の感情を持っているんだな、と推測しながらも、それを口に出さずに留める。

 それから深月が、少女たちと遺体の因果関係を聞こうとした──そのとき、ふと、背後の路地裏から異質な気配と異臭を二人が同時に捉えた。

 

「……! 貴女はここに居て!」

「は? いやちょっとぉ!?」

 

 コートの袖口からバラララと無数の札を取り出して周囲に浮遊させながら、ガードレールを飛び越える少女は路地裏に向かう。

 深月もまた一拍置いて追従し、二人で路地裏に入り暗がりの向こうを注視する。

 

「なんで来るんですか!?」

「子供に危ねーことやらせて大人が棒立ちはいかんでしょ。ていうかあの人らは?」

「あの人たちは戦闘員ではないので……」

「はあ。そうっすか────」

 

 苦笑しながら言う少女に深月もまた呆れながら呟き、ピクリと反応して視線を奥に向ける。

 深月の目つきが警戒心を強める眼差しになり、少女がその視線を辿ると──暗がりの奥から、ひたひたと静かな足音が近づいてきた。

 

「っ!」

「なんなんすか、こいつ」

 

 僅かに射し込む日差しに晒された足音の正体を前に、息を呑む。

 それは女性だった。素足でアスファルトを踏みしめ、近づいてくる彼女は、しかして異質なモノを被り表情を隠している。

 

「……犬……?」

 

 少女の呟きの通りに、女性の頭は犬になっていた。フルフェイスヘルメットのように犬の被り物で頭を覆っており、そのあまりにも生々しい質感と獣臭さが、()()()()()()()()()と思わせてくる。

 首から上が犬、下が人間の女性。そのチグハグさから、心に直接怖気を突き刺してくるような感覚に襲われて、少女はほんの一瞬硬直した。

 

「っ、しまっ──「はいストップ」

 

 突如として女性が腰を深く沈め、凄まじい速度で突進してくる。その行動に少女の反応が遅れるが、横合いから伸びた足が掴みかかろうと手を伸ばす女性のみぞおちに的確に突き刺さっている。

 

「──プロゲーマー相手に、面と向かってよーいどんで勝てるわけねーでしょ。こちとら反応速度(それ)で飯食ってんすからね」

 

 ロングスカートがめくれないように片手で押さえながらも、ピンと真っ直ぐ伸びた足の先──ブーツがめり込んだ腹部からミシミシと嫌な音が響いた。

 

「た、助かりました……」

「……やべ。咄嗟とはいえ本気で蹴っちゃった」

 

 伸ばした足を振り抜いて女性を数歩下がらせながらも、少女に礼を言われる深月は、()()()()()()()()相手を前に眉をひそめて違和感を抱く。

 

「うげ。鉄板仕込みのブーツがモロに入って無反応て。クスリやってるか痛覚死んでるかのどっちかとしか思えないんすけど」

「気をつけてください、相手の体から魔力が出ています。恐らく【強化】の類い……!」

「その辺の専門用語は未履修す。いやまあ言葉のニュアンスで察せますけど」

 

 深月がそう言いながらいつでも蹴りを放てるように構えると、深く腰を落とした女性が、足元を爆発させるように蹴り砕きながら駆け出す。

 続けて身構えた二人の前で更に強く足元を蹴り、頭上を大きく飛び越えて、建物の壁を蹴り加速して路地裏から出ていく。

 

「……さっきの人ら、戦えないんじゃ?」

「────。まずい……!!」

 

 即座に女性を追いかけて路地裏から出た少女と深月。決して遅くはない速度で走っていたにも関わらず、道路では既に、少女と共に居た数人の男女が女性に蹴散らされたのか地に付していた。

 犬頭の無機質な目元で遺体を眺める女性は、ひしゃげたガードレールにめり込む形で気絶する男を横切って遺体に近づいていく。

 

「まさか、遺体を狙ってる……?」

「させない──『(ばく)』!」

 

 少女が声を荒らげると同時に、展開していた無数の札の表面に『縛』という文字が浮かび、それぞれが意思を持っているかのように女性へと飛ぶ。

 

 札が輪を作り、中心に居る女性を押し留めるように狭まろうとした──瞬間、彼女は来た道を戻るように大きく跳躍して、建物の壁に手とつま先をねじ込んで空中に体をぶら下がらせる。

 

「……んん?」

 

 そして遺体と少女を順に見て、首元に視線を向けた深月の意識から逃れるように屋上に登り、その場から去るようにしてダンッと音を立てながら屋根から屋根へと跳びはねて姿を消した。

 

「……んー、いや、えぇ……?」

「逃げられましたね。ひとまず……待機組に連絡して怪我人と遺体を運び出さないと」

 

 どこかにメールを送っている少女が懐に携帯を仕舞い、疑問があるかのように唸る深月に向き直ると、そういえばと改めて声を掛ける。

 

「巻き込んでしまってすみません。申し遅れました、私は姫島琴巳と言います」

「あー、こっちこそすいませんね。私は蓮枯深月っす。ちな琴巳ちゃんはおいくつっすか?」

「? 17です」

「そっすか。私は今年で21です」

「え? ……? …………え!?」

 

 少女──琴巳は、深月の言葉を聞き、頭に疑問符を浮かべ、数回彼女の背丈を見て驚愕する。

 

「ま、乗り掛かった船ですからね。とことん手伝いますよ。ところで……気づきました?」

「なにが、ですか」

 

 見慣れた反応に小さく苦笑しながら、深月は犬頭の女性が去っていった方角を横目に琴巳に問いかける。指先でスーッと首元をなぞりながら一言。

 

 

 

 

 

「あの被り物、たぶん本物の犬の頭を被せてます。臭いとか雰囲気もそうですけど、あの人の首元に縫い目があったのが見えました」

「……っ!」

 

 ──冷や汗を垂らす深月にそう言われて、琴巳もまた、ぞわりと背筋に怖気が走った。




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