駅前の広場に置かれたベンチに座る琴巳は、缶コーヒーを飲んでいる深月に状況の説明をする。
「ここ数日、奇妙な殺人事件が続いているんです。これまでで3回、道端で人が死んでいると通報が入ったらしいのですが、警官が駆けつけた頃には血の跡だけを残して遺体が消えている……のだとか」
「ンなことになってたんすね。今日来て大会終わらせて帰るつもりだったんで知らなかったっす」
ゲーム大会の疲れを誤魔化すようにブラックコーヒーを啜る深月は、琴巳に言葉を返す。
「で、その犯人はさっきのヤツかもって推測したんすね。まあ目の前であんな動きされちゃあ疑わざるを得ないってもんすけど」
飲み干した缶を自販機横のゴミ箱に捨てに行った深月は、戻ってきながら思案した。
「……つーか、軍とか警察と魔術師がズブズブの関係ってマジなんすね」
「そういう情報も知っているんですね」
「──んまぁまあ、例の助けてくれた人とは今もちょくちょく通話してるんで」
「ちなみに、その人の名前とかは」
琴巳がおずおずと質問するが、さしもの深月も渋い顔で首を横に振る。
「いや駄目っすよ、流石に。プライベートだし、魔術師同士って別に仲良いわけじゃないんでしょう? どうするんすかあの人と琴巳ちゃんの組織が仲悪い同士だったら。私とばっちり食らいますよ」
「……それもそうですね」
「まあその代わり、琴巳ちゃんたちのこともあの人には話さないでおくんで」
「はい、出来ればそうしてください」
ひとまずそこで話題を一区切りして、二人はため息の後に気だるげに口を開いた。
「んで、このあとどうするんすか」
「遺体を調べてもらっているのと、怪我をした連盟組織メンバーの治療に他調査員の方々を割いているため、今はあまり動けません。なので……少し調べものをしたいので図書館に行きませんか」
「図書館?」
「ええ。あの犬頭について、少し」
──地方の市内、小規模ながらに存在する図書館に訪れた二人は広げた資料を前に視線を向け合う。
「これすか」
「だと、思います。それに思い出しました、前に蛇が……あぁ、古い知識を知っている人から、ある呪術の存在を聞かされたことがあったんです」
資料──中国の神や妖怪を纏めた図鑑の1ページに描かれた、
「人の死体の脳を吸うと言われている中国の妖怪──
「……【野狗子の仮面】?」
深月のオウム返しに、琴巳は思い出すように思案してから更に言葉を続けた。
「簡単に言うと、まさにその野狗子のような力を得る儀式系の呪術です。本物の犬の頭を切り落とし、中身をくり抜き、それを被ることで怪物になりきる──というとても古いモノですね」
「……初歩的な部分を聞くことになるんすけど、魔術と呪術って何が違うんですか」
「あまり違いませんよ。場所や地域、時代や人によって呼び方が変わるだけで。──何かしらのリソースを支払うか、何かしらのリスクを背負って力を行使する。ただ、それだけの話なんです」
「はぇ〜〜」
わかったような、いないような。といった微妙そうな返事に、琴巳も微妙そうな顔で返す。
「……脳を、吸う……
「どしたんすか」
「いえ、ちょっと黒幕の正体に予想が」
心底面倒くさそうな表情をする琴巳が、パタンと図鑑閉じながら言う。すると、一拍置いてマナーモードにしていた携帯がポケットの中で震える。
取り出した琴巳は、メールの内容を見て眉間に皺を寄せながら深いため息をついた。
「今度はなんすかぁ」
「先ほどの遺体の死因が判明しました。……どうやら、あの傷が出来たことによるショック死だそうです。そしてその傷の付け方ですが──」
琴巳は深月に片手を伸ばすと、開いた手をゆっくりと、力強く閉じた。
察しのいい深月は、その動作を見て彼女が何を言いたいかを理解する。
「まさか、
「はい。【野狗子の仮面】により怪力を得て、その力で殺害をした。問題は、なぜ遺体を持ち去るのかについてですけど」
「いやぁまあ、わかりますよ。脳を持ち去りたいんでしょう? 食べるのか使うのかは知りたくもないすけど、ともあれあの犬頭を探しませんと」
図鑑などの複数冊の本を仕舞いながら会話を交わす二人。片手間でメールを確認する琴巳は、その内容に目を通して更に息を吐く。
「戦闘員の増援は、少なくとも明日の午後まで待たないといけないみたいですね」
「っすか。んじゃあ私らでどうにかしないと」
「なので深月さんにはお帰りいただいて────、あの、今なんと?」
「だぁから、私と琴巳ちゃんでやりませんと」
あっけらかんと言い放つ深月に、琴巳は声を荒らげようとして、図書館に居ることを思い出して小さな声で会話を続ける。
「何を言ってるんですか、非魔術師を戦いに巻き込まないために私たちが居るんですよ!?」
「それが子供に危ねーことやらせて大人が帰る理由にはなりませんね。戦えるのが琴巳ちゃんだけだってんなら、そりゃあ
深月はそう言ってニヤリと口角を歪めると、琴巳を見上げてふと問いかけた。
「さっき逃げられた時に、札の一枚でも貼り付けてたんじゃないすか? 場所、分かってるんでしょ」
「────。はぁ……わかりました、ただし無茶はしないでくださいよ?」
「今目の前で無茶やろうとした人の言うことじゃねぇっすねえ」
「うぐ」
根負けしたように何度目かのため息をつく琴巳に、深月が笑いながらズバズバと指摘する。
果たして、敵陣に向かうことになった二人は図書館を後にする。目的地は、山奥の廃病院だった。
──割れたまま放置されたガラスを踏まないようにしながら、鬱蒼とした木々に囲まれた古い病院に入る二人。
人気は無い。人気
「今どき肝試しでも来ないすよこんなとこ」
「まあ、来ない方がいいですよ。……こういうところは、知性のある怪物や敵性魔術師の根城にされていることの方が多いですから」
「うぇえ」
うげ、と舌を出してげんなりとした顔をする深月。それから二人で歩を進めていたところ、ふと──院内の更に奥、手術室から照明が漏れていることに気づき、足音を立てないようにしながら近づく。
慎重に、少なくとも
「────。なん、すか、これ」
「……っ、やっぱり、ヤツが……」
中を確認した二人は、絶句の後に言葉をこぼす。室内には、3つの手術台が並べられ、その上に人が乗せられている。しかし、それを『人』と呼んでいいのか──そんな思考が同時に過っていた。
──三人の人間の遺体。
まず、路上で殺された時に抉れたのであろう手足や肩、腰の傷が埋められ、着ている服は脱がされて病衣を着させられている。
だがそれすら気にする余裕が生まれないほどに、歪でおぞましいのは、彼ら彼女らの
「なん、でっ……
思わず深月がそう言ってしまうのも無理はなかった。何故なら、遺体の首から上には頭が無く、代わりのように透明な球形のケースに納められた脳が、直接首の断面に繋げられていたのだから。
──それは、遺体の筈だった。けれども確かに、胸が上下し、傍らの心電図が脈を計測している。
あまりにもおぞましい状態を前に、吐き気を堪え、手に握る札を掴む力が強まる琴巳もまた、口にせずとも同じことを言いそうになる。
──しかし、心を落ち着ける暇すら与えてくれないのか、部屋の外からはぺたぺたという足音と、ブゥゥゥンという不快な
「っ──隠れる、場所が……!」
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