とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

184 / 284
野狗子の仮面 3/3

「──『隠』」

 

 咄嗟の思いつきで札を展開する琴巳が、手術室の隅に深月を連れて移動する。

 その姿を背景に溶け込ませるようにして消すのと、扉が開けられたのは果たして同時だった。

 

 不快な羽音で中に入ってくるのは、平らなキノコのような頭に甲殻類の体、鋭いハサミ、体を浮かせる羽を持つ──地球上の何処にも存在しない生物。

 

 それは超特例を除いて、基本的には人類に敵対している怪物──ミ=ゴと呼ばれる存在。

 

【────】

 

 ミ=ゴは何か異変を感じだったのか、違和感を探るように頭に該当する部分でキョロキョロと辺りを見回す。それから隠れている二人を見つけることなく、後ろをついてきた犬頭の女性を椅子に座らせる。

 

 すると、手のハサミで器用に首の糸を解き、犬のマスクを外して中のケースに収まった脳を弄り始める。目の前で起きている異常な光景に、琴巳も深月もただただ絶句するしかなかった。

 

 

 

 ──暫くして、何らかの調整を終えたのか、ミ=ゴがマスクを被せ直して女性を()()()させた。

 一瞬ビクン! と体を痙攣させた女性──野狗子は、椅子からすくっと立ち上がると、一拍置いてギュルンと首を動かし、的確に隠れた二人を察知する。

 

「逃げて!」

 

 脊髄反射で口を開いた琴巳と、手術室の出入口へと即座に駆け出す深月。直後、野狗子の弾丸のような飛び蹴りが、屈んでいた琴巳の頭上に突き刺さる。

 

「琴巳ちゃん!?」

「そのまま出て! ミ=ゴは私が!」

 

 考えるより先に足が動いていた彼女が『隠』の範囲から出て姿を現すと、野狗子は部屋を出た深月の背中を追いかけるように駆け出す。

 残された琴巳が『隠』を解除して姿を現した光景を前に、ミ=ゴはスラリと電撃銃を抜いていた。しかし琴巳は、まるで人間のようにミ=ゴが纏う上着の下に重ねられた発光する()()を見て、ギョッとしたように表情を強張らせて展開した札を『盾』にする。

 

「バイオ装甲!? まずっ────」

 

 

 

 

 

 

 

 ──廊下を駆ける深月の背後を、床を踏み砕く勢いの野狗子が追いかける。

 足を止めた深月を追い詰めるように距離を保つ野狗子は、振り返った彼女の決意した顔を見ることはない。そして、遂には凄まじい勢いで走り出す野狗子を前に、深月は蹴りの姿勢に入り────

 

「……ふんッ」

 

 スパァン!! という乾いた音が響く鋭い蹴りが、野狗子の膝を蹴り砕く。

 鉄板入りのブーツは、怪力ではあるがあくまで人間と変わりない強度をした骨を容易くへし折り、野狗子は何が起きたのかも理解できずにすれ違いながら勢いのままに廊下を滑るように倒れ込む。

 

「動きが直線的すぎ。カウンターの的でしかない。……悪いっすね」

 

 けれども片足で立ち上がろうとする野狗子を見て、深月は罪悪感を抱いた渋い顔でそう言うと、続けてその膝に足の裏を押し付けるような蹴りを叩き込んで無理やり倒れさせる。

 

「私の勘が言ってるんすよ、あんたはきっちり殺し切らないと不味いって。それに──」

 

 更に両肘を踏み砕き、深く呼吸をしてから、深月は転がっていた点滴スタンドを持ち上げると。

 

「あの子に、やらせるべきでもない」

 

 ──スタンドを振り上げて、ガン! と頭に叩きつける。痛みを感じる機能すらカットされているのか、無反応の野狗子を見下ろす深月は、怪物と呼ぶべきかまだ人間にカテゴライズされているのかわからない女性を痛めつけている現状への嫌悪感を隠さない。

 

「……クソっ、クソっ……クソっ!!」

 

 ミシミシ……パキッ、バキン! と。嫌な音を奏でて、野狗子の犬マスクの中でケースが割れた。

 トドメの一撃で何か()()()()()()を潰す感触が手に伝わり、深月はスタンドを投げ捨てて壁に背中を預けるようにもたれ掛かる。

 

「はぁーっ……はぁーっ……!」

 

 ケースに満たされていたのか、脳を保護する何らかの液体が床に漏れ、犬のマスクが中身を失いぺしゃりと萎む。例え普通の人間ではないとしても、明確に他者を害し、命を終わらせた深月は、その脳裏にお人好しの青年を思い浮かべてポツリと呟いた。

 

「……貴方も、こういう気分を味わったことあるんすかね。与一さん」

 

 

 

 

 

 

 

 ──バチチチチ! バチチチチ!! という電気の爆ぜる音が通路に響く。

『盾』の文字が浮かんだ札を幾つも焼き焦がしながら迫る電気の弾丸をなんとか凌ぐ琴巳だが、いち個体としてはさほど強くない筈のミ=ゴに対してここまで苦戦し、攻めあぐねているのには理由があった。

 

「バイオ装甲さえなければ……!」

 

 バイオ装甲。それは一部のミ=ゴが持つ特殊装備。炎や電撃、物理攻撃に強い耐性を持つそれを纏われると、一転して強敵と化すのである。

 

「なにか、何か手段は……っ」

 

 一進一退。ミ=ゴの攻めが琴巳の守りを貫くことは無いが、琴巳の手札でミ=ゴを倒す手段も無い。しかし、ちらっと手元の札を見た彼女は、その表面に浮かぶ()()()を見て、そういえばと思案する。

 

 

 

 ──なんで、一文字しか使ってないんだろう。

 

 

 

 そう思案して、琴巳はいつからか無意識に自身の呪符の範囲を狭めていたことを理解する。

 そして、バイオ装甲が粘()であるという知識から、確信に近い仮説を実証するべく集中。片手の指に挟む札の表面に、『冷凍』の二文字を浮かばせると、手首をスナップさせてミ=ゴへと投擲した。

 

「────『冷凍(こおれ)』」

 

 瞬間、着弾した札を中心に、ミ=ゴの体に纏われていた粘液がパキパキと冷え固まっていく。

 その影響はミ=ゴ自体にも及び、咄嗟に逃げようとした動きを、体を凍らせていった。

 

「……づ、ぁ」

 

 つぅ……と鼻から垂れた血を袖で拭い、頭に走った痛みを無視して、琴巳は更にミ=ゴの周囲を取り囲むようにして札を幾つも展開。

 

 その表面には、『爆炎』と書かれている。

 

「……げほっ、これで、終わり──!」

 

 人差し指と中指だけを伸ばす印を結び、琴巳は魔力を放出。果たして言葉通りの結果(いみ)を与えられた札から強烈な熱と爆発が発生し、ミ=ゴの体を木っ端微塵に吹き飛ばす形で決着をつけるのだった。

 

「げほっ、ごほっ! ……これ、あんまり、多用しないほうが良いかも……」

 

 口と鼻から垂れる血を見て、頭痛が酷くなってきた琴巳は、懐から携帯を取り出しながら呟く。

 呪符に一文字しか使わなかったのは、使えない理由があったからか──と、他人事のように推察し、疲弊した体を引きずって深月の元へと向かう。

 

 

 

 深月の方も琴巳を探していたのか、道中で合流し、戦闘が終わったことを察して二人で外に出ると、暫くしてから連盟組織の調査員──スーツ姿の男女が数人現れ、二人の代わりに中へと入っていく。

 

 それから互いに何をしたのかを話し、言葉を濁した深月の真意を悟って、琴巳は暗い顔で口を開く。

 

「……あの、深月さん」

「なんすか?」

「ごめんなさい、戦いに巻き込んでしまって。それに……手を、汚させてしまった。あれは死体だから人殺しではない……としても、嫌な感覚ですよね」

「あー……あ゛ぁ〜〜、まあ、そうっすね。嫌な気分だし、暫く夢に出そうっすよ」

 

 はぁ、とため息をついて、深月は続ける。

 

「でも、琴巳ちゃんに──子供に殺らせるべきでもなかった。『もし野狗子を逃がしたら? ここで仕留めなかったら? あなたが危ない、民間人が危ない。()()が手を汚さないと』……そう思ったんすよ」

「…………深月さん……」

「──そんじゃあ、私はそろそろ帰りますよ」

 

 病院の出入口付近の段差を埋めるような小さな階段に腰掛けていた深月は、立ち上がって尻を叩いて土埃を払うと、琴巳に振り返って笑みを浮かべる。

 

「元々、日帰りの予定だったし、新幹線に乗らないといけないんで」

「ああ、そう、ですね。わかりました、こちらも……報告書には上手いこと誤魔化しておきますよ、あなたの名前は載せません」

「うい、助かります」

 

 陰のある笑みに、何も言わず──言えず、琴巳はそのまま手を振って深月を見送る。

 背中を見送って、琴巳は手のひらに呪符を生成してぱさりと乗せると、それを空中にひらりと舞わせてから魔力に分解して消す。

 

「……もっと、強くならないと。()()()()()が、あんなに良い人ばかりを傷つけてしまう」

 

 いつか、いつの日か。自分を助けてくれる人の横に並び立ちたいと、琴巳は改めて決心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日の夜、博物館から帰宅した与一は、事務所のデスクで資料をまとめながら傍らに置いてある携帯でビデオ通話をしていた。

 

【与一さん、博物館はどうでした】

「え。あー、うん。すごかったよ、なんかこう、すごい……すごかった」

【小学生すか?】

 

 善意でチケットを譲ってくれた相手に『妖刀に襲われて大変だったよ』などとは言えず、与一はキーボードを叩きながら苦笑する。

 

【──あのー、与一さん】

「なにかな」

【例え話なんすけど……例えば、子供にやらせるべきではない酷いことを、自分がやればその子を守れる……としたら、与一さんはやりますか?】

「…………」

 

 一転、暗い声色でそんなことを言う深月に、与一は視線を向ける。ベッドの上で横になっているのだろうその表情に、少し考えてから言葉を返す。

 

「……うーん、難しいな。それこそ例えば、俺が怪物や悪い魔術師を殺さないと、キミや民間人が危ないとしたら、手を汚すことを躊躇ってはいけないからね。俺としては『やる』としか言えないよ」

【…………っすよね】

「でもね、深月」

【?】

 

 一拍置いて呟くと、与一は言う。

 

「その行いが正しいものではないとしても、せめて自分だけは、その行いが間違いではなかったと納得しないといけない」

【……納得、すか】

「まあ、色々あったんだろうし、言いたくないことは言わなくていいけど、あんまり一人で抱え込んじゃ駄目だよ。これからも相談してくれ」

【……わかりました】

「キミ今、もしかして眠い?」

【まあ、はい。()()()()()んで】

 

 画面越しの彼女の眠たげな顔を見て、与一は薄く笑みを浮かべる。

 

「わかった、電話繋げながら寝ていいよ。あとでこっちから通話切るから」

【…………。……ぅい】

「なんなら、寝るまでお話でもしてあげようか」

【…………うーん、うん、うん……】

 

 うとうとし始める深月を横目に、与一は逡巡してから思いついたように口を開いた。

 

「じゃあ、そうだ。俺の師匠が戦闘中に爆発に巻き込まれて、敵と一緒に地面に頭から突き刺さって抜けなくなったときの話でもしようか」

【人が寝ようとしてるときに面白そうな話をするのはルール違反っすよね???】

 

 

 

 

 

『完』




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。