とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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純白の狼に憧れた者よ 3/6

 後日、単独で現場の研究所に向かった秋山は、キャップを被りジャンパーを着込み、背中には大きなギターケースを背負っていた。

 

 荷物検査でケースの中身を確認されるも、当然だが中にはギターがすっぽりと納まっており、返されたそれを背負い直した秋山は片耳に装着したワイヤレスイヤホンで、留守番中の身内と連絡を取る。

 

「ザル警備かよ。……まさか、こんなアホみたいな格好で潜入しなきゃいけなくなるとはな」

【いやはや、普段からスーツでキチッとしてるから余計に違和感すごかったですね。秋山さん】

【なんなら虎が背中に縫われたスカジャンでも着せたほうがよかったんじゃないですかねぇ。秋山クンにはエンタメ性が足りていない】

「てめぇこの前の件で白道に凍らされてシャーベットにされたのをもう忘れたか」

 

 要請機の失敗で秋山を負傷させたのがほんの数日前。青井が白道に冷凍され、シャーベット状に削られるという罰を受けていたのは余談であった。

 

【う〜〜〜んまぁ、まあまあ、まあまあまあ】

【細波さんめっちゃ痙攣してますよ】

「ほっとけ、どうせ核を移しとけばどんだけ体削られても死なねぇんだから。……ったく、白道が別件で居ないからって暇なお前らにオペレートさせたのが間違いだった。少しの間通信切っとくからな」

 

 通信の向こうから聞こえてくるガタガタという貧乏揺すりの音に顔をしかめると、秋山はイヤホンを外して携帯を弄って通話を切る。

 

「──さ、て。噂のニホンオオカミの復元ってのはどんなもんなんだか」

 

 キャップのつばを目深に下げて、周囲をそれとなく警戒しながら歩を進める秋山。

 人混みに紛れる彼は、やがて円筒形のガラスで遮られた展示コーナーを囲うような通路へやってくると、その奥に作られた人工の自然を模したケースの中に居る『生物』を視界に捉えて目を見開いた。

 

 

 

「……なるほど、こりゃあ()()()()だな」

 

 周囲の人々ですら、その生物を見て息を呑む。そこには大きく、雄々しく。犬と呼ぶことが失礼な程に──生物としての格の違いを感じさせる、純白の毛皮を揺らすニホンオオカミが佇んでいた。

 それから秋山はジャンパーのポケットから縁が分厚い伊達メガネを取り出すと、側面を押してから装着して通信をし直す。

 

「どう見る、ボンクラ共」

【んぇ? あ〜〜はいはいはい、犬ですね】

【ニホンオオカミですよ小雪クン】

「確かに狼だ。──が、どうも()()()

 

 眼鏡に仕込まれたレンズを通して連盟組織の一室でモニタリングしている二人に、秋山は言う。小雪と青井は彼の言葉に問い返した。

 

【と、言いますと?】

【そりゃあ、この狼たちは推定だけど液体生物の擬態。ホンモノではないでしょう】

「それもある。要するに作り物っぽい、ってことだ。()()()()()んだよ、本来の狼ならもっと毛皮は汚れてるし野性味もある。だがこいつらは────」

【作り物特有の、完璧()()()綺麗さ……ですか? 確かに映像越しでも、このニホンオオカミたちは妙に整い過ぎている気がしますね】

 

 なるほどと、合点がいったように青井が秋山の言葉に続く。偽物であることは確定、であるならば──問題は『作り方』にある。

 

「とりあえず、上手いこと秘密基地に潜り込むところからだな────、あ?」

 

 ひとまずの行動方針として、より深く内部に入らなければと思案する秋山だったが、不意にその耳がけたたましい警報を捉えた。

 

「お、ラッキー。なんか問題起きたみてぇだ」

【こういう施設ってなんで必ず1回は何らかの問題が起きるんですかねぇ……】

細波青井(オリジナル)の時もそうだったので、なんというか、こう……そういう宿命なのかと】

「ふん。馬鹿と天才はなんとやらだな」

 

 秋山の耳に刺さる『緊急事態発生につき、研究所内の人間は速やかに避難してください』というアナウンス。その音声を横目に、彼はケースと外界とを阻むように降りてくるシャッターを見やる。

 

 ニホンオオカミたちの姿が見えなくなったのを確認し、それから慌ただしく人混みに逆らい駆けていく研究員らしき男を見つけて、秋山は気配を薄めるようにして音も無くその後ろをついていく。

 

「──敵陣に踏み込む、しばらく通信切るから今のうちに施設の周囲に人員を配置させとけ。全部終わって戻ってきたら突入の合図をする」

【ういうい。お気をつけて〜】

 

 ブツ、と通信を切る秋山。彼は一度物陰に隠れてから背負っていたギターケースを下ろし、蓋を開けた中に収まっていたギターを引っ張り出す。

 

 しかしそのギターは、前半分だけをケースの浅い部分に入れていただけで、その裏側のスペースには畳まれたジャケットと武器が収納されていた。

 

「だからザル警備だっつったんだ、高いギターって言われただけで碌に調べもしねぇとはな」

 

 後ろ半分が無いスカスカのギター模型を手近の空き部屋に放り込み、ケースの中からグリップのある金属棒を取り出した秋山は、蓋を閉じて背負い直すとその金属棒を片手に握って男を追いかける。

 

 カードキーで認証したエレベーターの扉を開けた男の背中を見て、咄嗟に速力を上げた秋山は────中に身を滑り込ませると同時に金属棒を首に押し当てながらグリップのトリガーを引いた。

 

「はいお疲れ」

「なん──がッ!!??」

 

 バチン!! と強烈な破裂音を奏でた金属棒から、凄まじい光と共に電気が弾ける。

 口から煙を吐きながら床に崩れ落ちる男を尻目に、秋山はキャップとジャケットを脱ぎ捨てて、ギターケースから取り出したジャケットを着込む。

 

「さて、奥の手は使わずに済めばいいが」

 

 続けてホルスターを繋いだベルトを腰に巻き、4丁のリボルバーを挿し、ケースの底からトレンチガンを引っ張り出して蓋を閉める。

 それから金属棒(スタンバトン)をベルトに仕舞いケースを背負うのと、エレベーターの到着と装備の準備が終えるのは、ほとんど同時だった。

 

「……エレベーターの稼働時間からして、地下4階分くらいは下ったか?」

 

 チン、と軽い音を立てて扉が開き、通路を警戒するように秋山のトレンチガンの銃口が向く。

 電灯が点いているために明るい通路だが、しかして不自然なほどに人の気配が無い。

 

「さっきの警報と男の慌てようからして……こっちで何かが起きたのか。あ〜〜くそ、さっきの野郎を尋問すりゃよかったな」

 

 はあ……とため息をついて、秋山は仕方なく通路の壁際に寄りながら歩き始める。

 途中の十字路で左右を確認するべく顔を少し覗かせ、左を見てから右へと顔を向けようとして────右の通路からの異音を捉えた。

 

 カチャッ、カツッ、カツッ、という軽い音。それは言うなれば、硬く軽く鋭いモノが床とぶつかっているような。秋山はそれを動物の足音だと察して、顔だけではなく体ごと右の通路に意識を向ける。

 

「…………。面倒くせぇな……!」

 

 ──そこに立っていたのは、純白の毛並のあちこちを赤く汚し、大の大人程の体格をした、口元に鮮血を滴らせる二匹の狼だった。

 即座に銃口を向けて引き金を引いた秋山だったが、彼の視界にはトレンチガンを向けられた途端に()()()()()()()ように左右に展開する二匹の姿が映る。

 

「こいつら……()()()()()のか!?」

 

 ドガァン!! と轟音を奏でて飛び散る(ペレット)を避けた狼の一匹が、秋山へと飛び掛かる────瞬間、跳躍した狼の下を潜るようにして避けた彼の左手が抜いたリボルバーの銃口は後ろの一匹に向けられた。

 

「──なんつって」

 

 ドバン! と音を立てる一発。吸い込まれるように額を撃ち抜いたリボルバーをホルスターに戻し、トレンチガンのフォアグリップをガションと引いて弾薬の排莢と装填をすると、後ろで着地した狼よりも撃った狼を優先して近づき、床に倒れた頭に更に追撃。

 

「まず一匹」

 

 頭部を木っ端微塵に吹き飛ばし、警戒している狼に視線を向けつつ、秋山は互いの間に設置されている消火器を見つけてそちらに発砲。

 破裂して中の粉を通路にぶちまける消火器で視界を遮り、即座に通路の奥へと逃走した。

 

「……はい撤収撤収、一回離脱しねぇとな」

 

 ベルトにかつての西部劇のガンマンがしていたように挿しておいた弾薬(シェル)を抜いてトレンチガンに装填しながら、秋山が気だるげにぼやく。

 

「何匹居るかもわかんねぇ、素早い、銃を武器と認識できる知能、頭に45口径(リボルバー)を撃ち込んでもギリギリ生きてる生命力……はっ。これをもう一回絶滅させろってか、馬鹿野郎」

 

 後ろから追いかけてくる気配を感じないが、あの二匹しかいないとは考えられず、とにかく奥へと進みながら周囲を見回す。

 やがて床のあちこちに体の一部を食い千切られて死んでいる研究員らしき男女の遺体を見かけるようになり、『こっちから来たのか』と思考する。

 

【────、──、…………、──】

「あ?」

 

 そうして走ってると、不意に通路の角に備え付けられていたスピーカーからノイズが響く。

 訝しげに足を止めた秋山の方へと、スピーカーの向こうから、ノイズ混じりの女性の声がした。

 

【貴方がど…から来た誰…は知り…せんが、この状…の打破に協力し…く…るなら、通路の奥に…るド…を開け…おきます。入…てくだ…い】

「…………」

 

 ザザザ、というノイズを最後にスピーカーの音が途切れた。逡巡を挟む秋山は、床の血溜まりと遺体たちを跨いで通路の奥へ駆けていく。

 

 

 

「ま、虎穴に入らずんば虎子を得ずってな。今回の敵は虎じゃねぇけど」

 

 独りごちて苦笑する秋山。彼がふと半開きの扉を見つけると、つま先でこじ開けつつ中に銃口を向けながら室内に入り込む。

 背後でガチャンと扉が閉まる音がして、それから前に向き直る秋山は、二人の女を見る。

 

「──私たちに手を貸してくれる、ということでよろしいんですね?」

「情報による。まずお前らは誰だ」

 

 一人は研究員の一員なのだろう、白衣を羽織り左腕を三角巾で吊るした女性。

 そしてもう一人は、頭に毛むくじゃらの犬耳を──腰にも尻尾を生やした白髪の幼い少女。

 

 背中に隠れる少女を後ろ手に庇うように立ちながら、女性は痛みを堪えるように顔を顰めて、頬に冷や汗を垂らして言う。

 

 

 

 

 

「この子はシロ、私は……()()()と申します。この研究所は、南極と【門】を繋げてウボ=サスラの雛を呼び寄せる事でそれを研究材料に使っています。どうか、【門】の破壊を手伝ってくれませんか?」

「…………。あー、もう一回言ってくれ」

 

 とんでもない爆弾情報を叩きつけられた秋山。彼は思わず、反射的にそう返すのだった。

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