とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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純白の狼に憧れた者よ 4/6

「まず、ですね。元々この施設はショゴスを使ってニホンオオカミを再現しようとしていたんです」

「だろうな」

 

 研究員の女性──白百合の言葉に、少女に視線を向ける度に隠れられる秋山が相槌を打つ。

 

「ですが、殆どが形を固定できない、仮に再現できても『生物』として動かそうにも失敗し行き詰まってしまう……そこで上層部が、より上位の怪物を利用しようとして【門】で南極とを繋ぎ────」

「──今度はウボ=サスラの雛を使って研究して、(アレ)を作ったわけか」

「はい」

「馬鹿なことしやがって……」

「まあ、それはそうですが」

 

 呆れ顔の秋山に、白百合は同じような表情を返す。続けて秋山は彼女の背後に隠れている少女──シロを一瞥してから口を開いた。

 

「で、そいつも……狼なのか?」

()()()、ですかね。この子は……まあ、その、なんと言いますか。…………見せたほうが早いですね。シロ、姿を変えて?」

「は?」

 

 疑問符を浮かべる秋山の前に出てきたシロが、白百合に言われてから一拍置いてぶるりと身動ぎする。その瞬間、体が波打ったかと思えば、ゴキゴキと音を立てて幼い体の骨格を変えていく。

 

 

 

 やがて音も止み、そしてそこには──純白の毛を揺らしている、通路で見た二匹よりも一回りサイズが小さいニホンオオカミが立っていた。

 

「……どうなってんだこれ」

「シロはウボ=サスラの雛を『狼に』擬態させたのではなく、『人間に』擬態させたうえで、狼の因子を混ぜて変身能力を与えているんです」

「おえっ。まさかとは思うが、コイツ以外にも同じ能力を持った動物が居るとか言わねぇよな」

「居ませんよ。……()()この子だけ」

「────。ふぅん」

 

 さらりと行われているおぞましい行為に嫌悪感を示す秋山の問いに、白百合が間を空けて答える。含みのある言葉には敢えて何も言わず、秋山は彼女の吊るされた左腕を見てそういえばと言葉を続けた。

 

「まあそれは置いておくとして、だが。その傷はどうした? 誰にやられた傷だ」

「え? ああ、これはシロにガブリと」

「謀反起こされてんじゃねぇか」

「いえそうではなく……実は、擬態させた狼たちの暴走が起きたのは一時間前なのですが……()()()()()正気に戻ったんです」

 

 姿を少女に戻したシロが、喋れなくとも言葉は理解できるのか申し訳無さそうに俯く。

 それを横目に、秋山は視線を傍らの机に置いたトレンチガンに移しながら逡巡する。

 

「…………。待て待て待て、まず順を追って話せ。最初に起きたのは擬態狼の暴走だろ? そもそも、その原因は何にあるんだ?」

「そうですね。ええと……事の発端は、一時間ほど前……この研究所の上層部が『雛』を更に取り出そうとして【門】を開いた時のことです」

 

 そう言って、白百合は三角巾のズレを直しながら、思案しつつ言葉を続ける。

 

「……【門】を開くまでは、なんともなかったのですが……その直後でした。研究所の地下全体に、南極の向こうから異質な魔力が漏れ出して……とうとう向こうに()()()()()のだと察しました」

「勘付かれた?」

「ウボ=サスラの雛は、文字通りウボ=サスラが産み落とす子供なのですが、あの神格は無限に産み落とす雛を自分で食べます。当然、雛は食べられないようにと逃げますが、この施設の地下に設置した【門】を雛の逃げ道に作ることで、開く度に勝手に素材が向こうからやってくるわけですね」

「…………。なるほど、向こうに勘付かれたってのはつまり、()()()()()()()()()()というわけか」

 

 秋山の推測に、白百合は頷く。

 

「ウボ=サスラは自分の子供であり餌である雛を奪われたことを知ったのか、【門】の向こう──つまり我々への攻撃のために、こちらに居る雛に指令を飛ばしたのでしょう。データを測定するために外に出していたニホンオオカミたちは、突然攻撃性を増して研究員たちを食い殺し始めました」

「それが一時間前……? 俺が来たのはほんの十数分前だぞ、そんな短時間で皆殺しにされたのか?」

 

 疑問の声を聞いて、秋山の顔を見やる白百合が、小さくため息をついて言う。

 

「例えガワが動物だとしても、中身はショゴスなんかよりも遥かに格上の神格の落とし子です。基礎スペックの高さに加え、絶滅したとはいえ狼の知能がある。その強さを『殺し』に特化させれば、()()()()ことは想像に難くありませんよ」

「それもそうか。……で、このガキにも襲われたが、何故かこいつだけ正気に戻ったと」

 

 件のシロに視線を向ける度に隠れられる秋山。彼の言葉に、白百合もまた小首を傾げて返した。

 

「謎ですよね」

「どう考えても『謎ですよね』の一言で片付けていい話じゃないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──部屋から出て数分。更に下の階へ向かう為のエレベーターの前に立つ三人のうち、秋山が閉じられた扉の前で不意の寒気に違和感を覚える。

 

「……なんだ?」

「あぁ、【門】を繋いだ先が南極ですからね。そのためここから下の階は温度が低いんですよ」

「なるほどな。で、その下の階にはいつになったら行けるようになるんだ」

「えー、あー、と。どうやら生き残りが下の階に降りて籠もっているみたいで……電源をハッキングしてこじ開けるので少し待ってください」

 

 そう言われて仕方ないとばかりにため息をつく秋山だが、彼はふと、来た方向とは別の通路に意識を向けながら、トレンチガンを強く握った。

 

「────。白百合、具体的にどれくらい掛かる」

「……! 来ましたか?」

「ああ。ちょっと片付けてくる」

「でしたら……これを」

 

 ハッキング用の端末とは別の端末を懐から取り出して、白百合は秋山に投げ渡す。

 

「狼たちは位置情報を表示するチップを心臓に埋め込み、鼓動で充電するようになっています。数はシロを除いて全部で六匹、お気をつけて」

「さっき一匹仕留めたからあと五匹だな。……まあ、なんとかなるだろ」

 

 端末を起動し、三人のもとに近づいてくる5つの赤点の配置を確認しつつ、秋山は問いかける。

 

「──いいんだな? 狼を全員殺してくるぞ」

「…………。仕方ないこと、ですから」

 

 トレンチガンを手にする秋山に、白百合は苦笑しながら呟くように言う。

 

「私は狼が好きです。強く、雄々しく、気高く、美しく……そんな狼に憧れて、絶滅動物の再現をする研究の存在を知って、ここに所属しました」

 

 白百合がそう言って、シロをちらりと一瞥してから秋山の顔を見て続けた。

 

「だからこそ、研究結果が人を傷つけた以上、この研究を終わらせなければなりません。本来なら私がやるべきだった処理を貴方に任せることになってしまって……本当にすみませんでした」

「気にすんなよ。こっちも民間人とか街とか国とかそういうのを守る責任があるからな」

「……そちらも何処かに所属を?」

「まぁな。でなきゃこんな武器持ち込んでこんなとこに来ねぇだろうが」

 

 白百合の疑問符を浮かべる顔に、秋山はそう言いながらも、考えるように視線を斜めに上げる。

 それから二人に視線を送り、口角を緩めていたずらっぽく笑みを浮かべて口を開いた。

 

「お前ら、うちに亡命(てんしょく)するか?」

「……はい?」

「俺んとこの組織はお前みたいな研究者がわんさか居るし、横のチビみたいなワケアリのガキが働いてたりする。行く宛が無いなら考えとけ」

「えっ、あ、ああ。はい……?」

 

 それだけ言い残して、秋山は通路の奥へと駆けていく。残った白百合は、器用に片手でエレベーター脇のパネルと端末をケーブルで繋ぐと、キョトンとした顔のシロに微笑を向けて小さく言う。

 

 

 

 

 

「……ついて行ってみる?」

「────」

 

 言葉は理解していても、今のところは喋ることが出来ないシロは、何も言わずにただじっと白百合を見上げているだけ。

 ──もう決めているのだろう? とでも言われているみたいだと、白百合は頭を振るのだった。




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