「──はいこちら桐山探偵事務所、ご依頼ご相談どちらも承って…………」
そこまで言うと、電話口の向こうから聞こえてくる少女と女性の中間めいたあどけなさの残る声が、被せるように言葉をぶつけてきた。
【もっしもーし、与一く~ん? 貴方の愛しのほなみちゃんですよ~。いきなりなんだけどさー、今度一緒に食事に行かない?】
「……わざわざ食事に誘う為だけに仕事用の番号に掛けてくるのやめてくれない?」
【だって携帯の方に掛けても出てくれないじゃあん! 最近顔も見ないし寂しいよぉ!】
……このやり取りで、なぜこいつの電話に出たくないかは察してもらえたことだろう。
同い年ではあるけど、電話の向こうでじたばたと駄々を捏ねている光景すら容易に想像できる幼さのある声。ついつい構ってしまいたくなる……というのも、彼女の魅力ではあるのだが。
【実は駅前にオープンした有名なカフェがあるんだけどね? 落ち着いてきたからそろそろ予約しても良いかな~って思ったんだけどぉ……】
「じゃあ大学の友人と行ってこいよ」
【なんでいま与一くんを誘ってるのに他の人誘えって言うのさぁ~~~~!?!?】
「めんどくせーなこいつ……」
もう22歳なんだから、成人してるなりの態度を取ってもらいたいものだ。……しかしまあ、たまにはそういう時間を作るのも悪くないか。
「……はあ。予約はこれからだよな?」
【!! う、うんっ!】
「──なら、もう一人増やせるか?」
【え】
どうせならと、結月をレジ袋に入れて振り回していた真冬を見ながら問いかける。
「ほら、うちの幼馴染の話をしたことあるだろ。折角だからあいつにも楽しんでもらおうと思ってさ。制限とかは特に無いだろ?」
【……………………イイヨ】
「そうか、ありがとな。集合は
【……あっ、うん。次の日曜の13時集合でどうかな? 大丈夫?】
「じゃあそれで」
一瞬機械音声かと疑うほどに棒読みになったが、ちょっと扱いが雑になり過ぎたか?
友人から誘われたことには、素直に感謝するべきだろうな。知り合いから食事や遊びに誘われるなんて経験はそうそう出来ないものだ。
特に
今回の誘いを蹴って、そのあと死ぬことになったとしたら、きっと必ず後悔するだろう。
「──ほなみ」
【ん~?】
「楽しみだよ」
【……うへへ、そっかぁ~】
まさか『次が二度と来ないかもしれない』という覚悟で誘いに乗ってきたのだ、とは露ほども思っていないだろう彼女──ほなみは、一言二言会話を続けたのちに通話をプツリと切った。
「そういうわけだから、次の日曜に駅前のカフェにお出かけするぞ真冬」
「いや……それは別にいいんだけどさ……」
『与一さぁ……』
真冬とレジ袋から顔を出した結月が、なぜかジトっとした目でこちらを見てくる。
「その電話の主、どうせ女でしょ?」
「そうだけど『どうせ』ってなんだよ」
……普通に男の知り合いも居るからな。
『んで、女の誘いに他の女を連れてくるように提案したわけでしょ?』
「不味かったかな」
「こいつはこういうとこがある」
呆れ顔の真冬はそう言って、ふと気になったように疑問を問いかけてきた。
「ていうか、そもそもほなみって誰」
『誰よ! 真冬というものがありながら!』
「……あ、そういや話したことなかったか。
『…………!』
「ん? ああ、パソコンね」
話し込んでいると、ぺちぺちとソフィアに腕を叩かれてねだられる。閉じていたノートパソコンを開くと、電源を入れたそれのキーボードを小さな体で器用にカチカチと押し始めた。
せめてもう少し喋ってほしいのだが、無理強いすることもあるまい。声を聞いたのも名前を聞き出せたときが最初で最後だったし。
『大学ってどこの大学?』
「この辺で大学っつったら……あそこか、水角大学。昔なんかあったらしいけど」
『なんだっけ』
「4年くらい前に起きた、短期間で生徒が五人も自殺未遂したやつだろ。そのあと辞めた警備員の一人が死んでた件で色々と邪推されたの」
「あーそうそうそれそれ」
自分で言っておいてなんだが、過去にとんでもなく物騒な事件が起きていた大学に友人が通っているのはそれなりに心配ではある。
実際、あの事件以降の暫くの間は水角大学に進学する生徒の数は激減したらしいからな。
『…………! …………!!』
「どうしたソフィア」
──と、なにやらパソコンを弄っていたソフィアが、興奮気味に画面を見せてくる。
後ろに回って覗き込んできた真冬と結月と一緒に見ると、彼女が調べていたのは、くだんのカフェのホームページだった。
「さっき言ってた駅前のカフェ? へぇー、なんか普通に良さげじゃん」
『オープンテラスで店内に席が一つも無い……なんかすごい挑戦的じゃない?』
「ほなみも良い店見つけてくるなあ……ま、もしテイクアウト出来るなら二人の分も何か買って帰ってくるから、期待して待ってな」
『…………??』
『えっなんで?』
そう言うと、何故かソフィアと結月が揃って顔を見てきた。心底不思議そうにしているが、二人とも恐らく根本的なことを忘れている。
「当然だけど君らはお留守番だぞ」
『…………? …………!!??』
『ナンデ──────!?!?』
無言だがソフィアの表情は驚愕に染まり、結月と一緒に顔に張り付いてきて頭をべちべちべちべちと叩いてくる。痛くはないが鬱陶しい。
「なんでってそりゃあ、ねえ。逆に聞くけど、久しぶりに会う友達がバッグの中に30cmくらいの人形を入れて現れたらどうするよ」
「あたしだったらそっと縁を切って電話番号とメアド消してSNSアカウントブロックする」
『あっ、そっかあ……』
──人形化事件も終わり、暫くして真冬のとこの女子高も夏休みを迎え、それから数日後の日曜。少しばかりハードスケジュールな気もするけど、隙あらば問題に巻き込まれてほとんど休みが存在しない丞久先輩と比べればマシな方だ。
「与一」
「お、真冬」
それぞれ事務所と寮から直接集合することにしていて、最初に到着して待っていると、いつものラフな格好の真冬が現れる。オシャレのオの字も考えてないのはいっそ安心感すらあった。
「例のカフェは?」
「あそこ」
「ん──うわ近っ、すぐそこなんだ」
駅前のベンチに腰かけている隣にすとんと座る真冬は、ホームページで見たときよりも近く感じたのかカフェとの距離に驚いている。
ともあれ、きっかり13時に集合したわけだが、何故か当の本人だけが現れない。
「東間ほなみとやら、遅くない?」
「遅いなあ……あ、メール来てる。『ごめん! 少し遅れる!』だって」
「ふうん。まあ、待つしかないか」
二人で遠巻きに例の店を眺めていると、噂通りの人気店だからか、落ち着いてきたと言うわりには席のほとんどが埋まっている。
予約しているわけでもないなら、自分も真冬もああいう店には立ち寄らないだろうな。
それから時間の経過を待って13時5分になった頃、少しして視界の端からこちらにパタパタと小走りで駆け寄ってくる人影を捉えた。
「──おはよー、ごめん遅れた!」
ハンカチで汗を拭う女性は、そう言って軽く息を整える。真冬と違ってファッションに気を遣っている可愛らしい服装に、たまに会うときとは真逆の珍しいミニスカート姿。
「信号が赤ばっかりで、ほんとごめんね」
久しぶりに顔合わせした女性──東間ほなみは、申し訳なさそうにぎこちなく笑った。
「それで……そっちの子が与一くんの幼馴染ちゃん? こんにちは~」
「っす」
「こら、挨拶」
にこやかに手を振ってくるほなみに対し、真冬は人の背中に隠れるようにして小さく会釈するだけ。こういうときに限って借りてきた猫みたいに大人しくなるんだから、社会に出ても人付き合いとかは苦手なままになりそうだ。
「……有栖川真冬。よろしく」
「ほあ~~可愛い子は名前も可愛いんだからズルいよねぇ…………チラッ」
真冬の中に流れる外国の血由来のプラチナブロンドや碧眼、自分よりも高い身長を見るほなみは、露骨な態度でこっちを見てくる。
「お前も可愛いぞって言って欲しいの?」
「欲しい!」
「じゃあ言わない」
「…………高校の時はいっつも可愛い可愛いって言ってくれたのに」
「歴史を捏造するのはやめろ」
厳密にはたまにしか言ってない。
──そうして軽く駄弁っていると、不意に、道路の方からけたたましい甲高いブレーキ音と何かがぶつかるような音が響いた。突然の騒音にびくりと肩を跳ねさせた真冬とほなみを庇うように立ちながら、少しだけ魔力を使って聴覚を強化し、野次馬の会話を盗み聞きする。
「……『女性が二人撥ねられたぞ』、『早く救急車を呼べ』、『警察はまだか』──酷いな、向こうで事故が起きたみたいだ」
それでも今時にしては迅速に事が進み、あれよあれよと救急車とパトカーがやってくる。救急車は事故に遭った両方あるいはどちらかを連れて離れ、残った警察が応援を呼んで現場となった横断歩道を封鎖して事後処理を始めた。
「やだ、怖いね……ここ、事故なんてめったに起きないのに」
ほなみがそう言って、おずおずと服の裾をつまんできた。真冬も顔色が少し青ざめており、二人とも気分が落ち込んでいるのがわかる。
「……怖いけど、行こう? 美味しいお昼ご飯食べたら、きっと忘れちゃうよ。ね?」
「そうだな。真冬、大丈夫か?」
「……平気」
警察関係者と知り合いの探偵、という
それに野次馬の人だかりのせいで、見に行こうにも押し退ける必要がある。
仮に見に行こうとするならば、事故が起きる直前直後に既にあの場にいる必要があるが──終わったことに介入する術は、もうない。
やや暗い気分になりながらも、三人でカフェに行くと、ほなみが店員に話し掛ける。
予約していたことを伝えて空いている席に通され、それぞれが好きな席についた。
「なんかごたごたしちゃったけど、美味しいもの食べてリフレッシュしよっか!」
「あたしカルボナーラと追加の粉チーズ」
「そんなのあるか? ……あるんだ」
メニュー表を見る限り、わりと手広くやっているらしく、真冬が早速と注文していた。
「じゃあ俺もなんか…………、ん?」
ひとまずコーヒーでも頼むかと思いながらも、ふと、別の席の女性の違和感に気づく。
そちらに視線を向けると、なにやらフォークを片手にポカンと口を開けたまま女性の目が上に向いており、何かを見ているようだった。
「ここのお店、ピザが絶品なんだって~。折角だし一枚注文して三人でシェアしよ?」
ほなみが何かを言っているが、耳に入ってこない。女性の視線を辿って上を見ると、カフェの隣のビルからその『何か』が降ってきており、なかば無意識に視力を強化して正体を確かめ──それが幼い少女であり、ちょうど落下地点がカフェの客席であると気づいたときには遅く。
「っ────ここから離れ
降ってきた少女が客席に落ち、食器は割れ、テーブルはひっくり返り、悲鳴と怒号が響く。
パンパンの水風船を勢いよく叩きつけて破裂させたような音と共に、ビシャッと液体が顔に跳ね、濃厚な鉄錆の臭いが充満する。
「…………な、に、これ」
ついこの間経験した非日常とは比べ物にならない異常性に、真冬はただそう呟くだけ。それもそうだろう、つい先程まで朗らかに笑みを浮かべていたほなみが、落ちてきた少女の直撃により、床に転がって死んでいるのだから。
逆さまに落ちてきた少女の頭とほなみの頭が触れ、食い込み、肉がはじけ、骨が砕ける光景を、強化した視力が最後まで捉え続けて──だからこそ、揃って床に転がる頭蓋骨が破裂した二人が即死したことを思考が理解している。
「……誰だ?」
改めて上を見上げると、少女が宙に躍り出たのだろうビルの屋上に、別の人影がある。
それは男性で、ぼんやりとした表情で無機質にこちらを見下ろしていた。
続けてビルの近く──ここから反対にあるのだろう出入口の方から、先ほど聞いたような耳障りなブレーキ音と悲鳴が響いている。
「与一、これ、どうすれば」
「……とりあえず救急車と警察か。俺が警察呼ぶから、真冬は救急車を──」
嫌になるほどに冷静な頭がひとまず通報をと動き、流れでバッグから携帯を取り出そうとしたその刹那。おもむろに、耳元で音がした。
──カララン、カララン、カララン。
ガラス瓶の中で一定のリズムで何かを転がすような音。はっきりと聞こえるにも関わらず、周りの人たちは全く気にしておらず、反応から察するにこれは自分と真冬にしか聞こえていない。
──カララン、カララン、カララン。
音が鳴り、視界が白黒に明滅し、そして。
そして、気がつけば、真冬と共に駅前のベンチに腰かけていた。
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