とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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純白の狼に憧れた者よ 6/6

『これ、結局いまのところは要請機と【要請(コール)】は使い物にならねぇのか?』

『えー、あー……あ、そこの引き出しにダウングレード版要請機が入ってますよ』

 

 研究所に向かう数日前、鼻血の止まった鼻からティッシュを引き抜く秋山が、青井に言われて取り出した中から小瓶のような物体を取る。

 

『ただ、それも失敗作なんですよねぇ。1回使うだけで、負荷に耐えられずに自壊してしまう』

使()()()()()んだな』

『ええ。使えは、しますよ』

『ならこれ持ってくか。手持ちの武器を全部使い切る……ことはないだろうけど、敵陣の中で大火力を必要とした時に有用かもしれねえ』

 

 そう言って懐に仕舞う秋山を前にして、ワイヤーでぐるぐる巻きにされて床に転がる青井は、傍らで自身を見下ろす女性──白道に問いかけた。

 

『さいですか。……ところで、だ。白道香織。なぜ私は拘束されているんだい?』

『? ……拷問するからだが?』

『拷問するからだが!?!?』

 

 何を当然のことを聞いているんだ? とでも言わんばかりにキョトンとした顔で言う白道に、青井がドン引きしながらオウム返しする。

 

『先に言っておくが、液状化で逃げようとはするなよ。液状化を感知した瞬間から0.1秒後にこのワイヤーは電気を発するぞ』

『ジュネーヴ条約はどうした!!?』

『そんなもの、この組織にはない』

『だ、断言した…………!?』

『いいか? お前は秋山クンを傷付けた。ただそれだけの理由が、私がお前を痛めつけるに足る理由となるんだ。わかるかね?』

『うおおお広義の意味で捕虜と言えなくはない私への人道的待遇を要求する──────!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドドドドドドドド!! という連続した轟音。秋山が両手で持つ重機関銃から放たれる弾丸が、八木の数十センチ前で着弾せずに潰れていく。

 

 見えざる障壁に阻まれているものの、リボルバーでもトレンチガンでも撃ち出せない弾丸の連射は、確実に『力』のリソースを削っていた。

 

「づっ……ぐ、くぉおぉおお!?」

「どうしたどうしたァ! ご自慢の『力』も50口径(12.7mm)には劣るみてぇだなあ!?」

 

 とは言いつつも、秋山の脳裏には僅かな焦りがあった。【要請(コール)】で弾薬と共に本体を生成したが、装填された弾薬はベルトで繋がれてボックスに収まっている分──約120発だけしかない。

 

 もう既に半数を撃ち込み、カラカラカランと床に空薬莢が落ちていく。

 秋山は八木を守る『力』にどれだけのエネルギーが残っているかが分からず、そして八木もまた、秋山の持つ重機関銃の弾数が分からない。

 

 実質的な我慢比べ。しかしてその拮抗は、弾丸を弾き、逸らし、潰して届かせないようにしていた八木────の、周囲を回転する光の玉から輝きが失せ始めている光景を見た彼女の焦りで崩れた。

 

「……! ちぃ……っ!」

 

 50口径の弾薬から伝わる凄まじい威力を防ぎ続けたことで、光の玉に圧縮されていたエネルギーが浪費されたのか、消えかけの蛍光灯のように明るさが薄れていくのを見て、八木は()()()『力』を拡散させる。

 

「ん? ──ぉ!?」

 

 光が無数の鞭のようにしなり、床や壁、天井を破壊しながら殺到する。それを眼前に捉えた秋山は重機関銃を盾にするように持ち上げるが、ドンッ! と鈍く重い衝撃を叩きつけられて背中から倒れた。

 

「おっ、ぐ……!」

「大丈夫ですか!?」

「っ……さぁ、すがに、いてぇな」

 

 のそりと起き上がる秋山を、白百合が支えて立たせる。ひしゃげた重機関銃を横に置いた彼は、いつの間にか八木が姿を消したことに気づく。

 

「あの野郎、どこに行きやがった」

「────。まずい、エネルギー抽出のための雛を確保しに行かれました!」

「例の【門】のところか? ……案内しろ!」

「こちらです。シロ、来なさい!」

 

 体からの痛みを無視して立ち上がる秋山は、片手にリボルバーを握り、片手でギターケースを持つ。白百合の案内で通路の奥へと駆けると、肌に突き刺すような冷気がどんどんと強まるのを感じる。

 それから少しして、ドアを開けた冷凍庫のように冷えた空気が漏れ出る部屋への扉を前にして秋山が白百合に向けて口を開いた。

 

「白百合、【門】はどうやって閉じる?」

「機械によって制御された空間を操作します。室内のパソコンがどれか一つでも無事なら、そこから介入して閉じることができますよ」

「なら入ったらすぐに閉じさせろ。あの女がまだエネルギーを抽出できてねぇなら撃ち殺すが、もう既に回復されてたら……どうにか時間を稼ぐ」

 

 

 

 ふう、と小さく呼吸を挟み、秋山は言葉を区切ると同時に扉を蹴破る形で侵入。

 ぶわりと溢れた冷気に顔を顰めながらも中へと躍り出た秋山の視界は八木の背を、そして────彼女の周囲に3()()()光の玉が回転している光景を見て、銃口を向けながら白百合とシロが移動してデスクの陰に隠れるのを横目に彼女へと声をかけた。

 

「お前、それだけのエネルギーを集めていったい何がしたいんだ?」

「……? 別に、なにも?」

「はぁ?」

()()()()()()()()。それだけだ。自身の知識と技術を形にする──科学者兼魔術師として、それ以上の行動原理なんかあるものか」

 

 八木が振り返ると、そう言って小首を傾げる。

 

「生物に擬態させるだのといった実験も悪くはなかったが……ただ純粋にエネルギーを抽出して操る事の方が楽しくはある。ここは良い施設だぞ? いつでもウボ=サスラの雛を確保できて、いくらでも実験に使っても咎められることはない」

 

 そんな風に言う八木。彼女を見て、背後の【門】に視線を移す秋山は、不意に思いついたかのように、脳裏に浮かんだ説を確認するべく問う。

 

「…………なあ、一つ聞いてもいいか」

「ふん。なんだ?」

 

 もう秋山の手元に重機関銃は無く、エネルギーの再充填を終えた自分を貫ける攻撃は無い。確信にも近い慢心を抱く八木は、ニヤリと口角を歪めながら、有意に立っている余裕から秋山の問いを待つ。

 

「ウボ=サスラは雛を食おうとしていて、()()()()()()()()()だったんだよな?」

「ああ、そうだな」

「お前は今、ウボ=サスラの雛からエネルギーを抽出して纏っているんだよな?」

「──それが、なんだとい

 

 

 

 

 ぐじゅり。

 

 

 

 

 最後まで言い切ることなく、八木の体が不意に前に──秋山の方につんのめる。それは、【門】の向こうから伸びた触手にも帯にも見える何かが、彼女の胸を刺し貫いていることが原因だった。

 

「が、あ、ごぼっ」

「ふと思ったんだが……つまり、今のお前は、ウボ=サスラにとって()()()()ってことになるんじゃねえか? って、聞こうとしたんだがなぁ」

「…………なん、だ……? なん……だ、これ、は、ァあぁああぁあぁあ!?」

 

 八木の声が響く。騒いだからか、捕らえたからか、【門】の向こうからの触手が一つ、また一つと増えていき──彼女の腕を巻き取り、足を押し潰し、胴体に巻き付いて骨をバキバキと砕いた。

 

「……? もしかして、ウボ=サスラがこっちに介入してきたことって無かったのか?」

「え、ああ、はい。ありませんでした。まさか、こんなことが……」

 

 もしやと白百合に聞く秋山は、返ってきた言葉に苦笑しつつジェスチャーで【門】を閉じさせるように手短に指示を飛ばして続ける。

 

「──神を思い通りに出来ていたかもなんて、おこがましいにも程があるってこったな」

 

 怒声が悲鳴に変わり、周囲を回転していた光──雛のエネルギーすらも取り込み、触手は…………否、ウボ=サスラの一部は、まるでご馳走を食べて満足したかのように【門】の中に引っ込んでいく。

 

「…………まあ、いつだって、あの手の輩の末路ってのはこんなもんだぜ」

 

 哀れな死に様を見届けた秋山は、リボルバーをホルスターに納めて呟く。

 それから室内の爆破と脱出、連盟組織メンバーに事後処理の通達。そういった処理を終えたのは、しばらく後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──後日、秋山は連盟組織の通路を駆けていた。本気も本気の全力疾走をしている途中、彼は呑気に歩いている小雪を見つける。

 

「小雪!」

「うわっ、なんですか秋山さん」

「これ着ろ」

「えっ」

「そんでもってあっちに走れ」

「えっえっ」

 

 小雪を見つけるやいなや、秋山は着ていたジャケットを彼女に投げ渡して着るように急かし、何が何やらと言わんばかりの顔をしながらも言われた通りにジャケットを羽織る小雪は指差された方を見る。

 

「走れ小雪! 速ァく!!」

「うえっ!? わ、わかりましたよもう……」

 

 なんのこっちゃと思いながらも、小雪は左右に分かれた通路の片方に走り始める。秋山が即座に近くの個室に隠れた直後、ドッドッドッ! と力強い足音がして、彼女は後ろに視線を向けた。

 

「……な、なにっ?」

 

 その足音の正体は────純白の毛並を揺らして走ってくる、興奮気味の狼だった。

 

「なに!? なになになになに!?!? えっ、ちょっ、待っ──ぬぉわ〜〜〜〜ッ!!??」

 

 ボウリングのピンのように撥ね飛ばされた小雪は、そのまま狼に咥えられて容赦なくブンブンと振り回される。遅れて追いついたのか、左腕を三角巾で吊るした女性が現れると、狼に声を荒らげる。

 

「シロ! やめなさい!」

「ぬおぉんおんおんおんおん!?」

 

 ブンブンブンブン!! と振り回されていた小雪が、狼が動きを止めた際の勢いのままに宙を舞ってからべちゃりと床に落ちる。

 

「うべ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「んえぇ、おう……大、丈夫、です」

「──おい白百合、いい加減シロが追いかけ回してくる癖をやめさせろよ」

 

 更に遅れて後ろから歩いてくる秋山が、小雪を立たせるついでにジャケットを脱がせて羽織り直す。狼から少女の姿に戻ったシロは、尻尾を振って秋山の傍に近づいて頭を擦り付けていた。

 

「……なんで俺は懐かれてんだ?」

「さ、さあ? でも、秋山さんは他の狼を単独で全滅させて、八木所長を追い詰めましたからね。ボスとして認めてしまったのでは?」

「まあ、害が無いからいいが」

「ありますねぇ!!」

「お前あの程度じゃなんともねぇだろ」

 

 ガシガシと雑にシロの頭を撫でながら、騒ぐように言う小雪の抗議をバッサリと切り捨てつつ、秋山はそういえばと白百合に視線を送る。

 

「ああ……そうでした。初めまして、先日こちらに所属した白百合と申します。この子はシロ……簡単に言えば娘? みたいな感じです」

「おお〜〜? ……とうとう、秋山さんも人妻を連れてきたんですか」

「なんだ『とうとう』って。与一(あいつ)と一緒にすんな」

「いやぁ、秋山さん、そろそろ与一くんのこと笑えない立ち位置に居る自覚しましょうよ」

「してるから深掘りしねぇんだろ」

 

 なるほど、と独りごちる小雪。

 

「それで、この二人はアレですか、例の研究所から連れてきたんですか」

「ああ。ウボ=サスラの雛の擬態技術と、こいつの所長が持ってたエネルギー抽出技術をちらつかせて俺の部下枠にねじ込んどいた」

「よく行けましたね?」

「『こいつになんかあったらデータ全部消えるぞ』っつったら通ったぜ」

「すんごいシンプルな脅迫……」

 

 腕を組んでカラカラと乾いた笑い声を上げる秋山。それから一拍置いて、白百合に視線を向けた。

 

「あ、そうそう。お前が持ってた録画データの復元が出来たぞ」

「……! そう、ですか」

「録画データ?」

「おう。なんか俺らに頼みたいことがあるとかで、復元を頼まれてたんだよ。で、直ったから呼びに行こうとしたら通路でシロに見つかって……鬼ごっこが始まってお前にヘイトを擦り付けたわけだな」

「改めて聞くと私は純然たる被害者ですね」

 

 呆れ気味にぼやきつつ、小雪は自身の体内を流れている無形の落とし子を感じ取っているのか、シロから奇妙そうなモノを見る視線を送られながら、秋山と白百合と共に彼の自室へと移動を始める。

 

 

 

 

 

 

 

「──皆さんに……この組織に頼みたいのは、シロの姉……()()の捜索なんです」

「名前安直すぎません?」

「あの研究所はあくまで絶滅動物の再現に注力していたので、凝った名前なんか必要ないと釘を刺されまして……白いからシロ、黒いからクロと」

 

 USBメモリを挿したパソコンをテレビに繋いで、監視カメラの録画データを表示する作業をする秋山を横目に、白百合が説明をする。

 

「録画データ、再生すんぞ」

 

 そう言って再生ボタンを押した秋山。テレビに映っているのは、研究所地下の狼を収納している個室を並べ、ガラス越しに目視できるようにされた、言うなればペットショップの展示用のような空間。

 

 無数の狼たちの中には、獣の耳と尻尾を生やした、白髪の少女と黒髪の少女が混ざっていた。

 

「絵面が犯罪現場すぎません?」

「俺も思ったけどさあ」

「……私も思いながら作業してましたよ」

 

 そんな会話をしながら、録画を見進めて数分。なんの変化もない光景が続くと、瞬間、まばたきを挟んだ0.5秒も無い刹那。()()()、黒髪の少女──クロの姿が、不自然なほど唐突に()()()

 

「え?」

「は?」

「これが、あの日起きた全てです。あの子──クロは、何の前触れもなく、内側から開ける手段は一つとして無いあのケースの中で、一切の予兆も無く姿を消して……研究所内では死亡扱いされました」

 

 録画を何度巻き戻しても、スロー再生しようとも、ほんの一瞬の内に、クロは消失してしまう。

 

「狼ではなく様々なネコ科動物の因子を混ぜていたキメラであるクロは……その所為かシロと違って()()()知性が高く、『自分が閉じ込められていて、外には自由が待っている』ことを正しく認識していました。だからいつも、育て役の私だけと会話をしていました。『ここは退屈だ、外に出たい』……って」

 

 無事な右手で顔を覆って、深いため息をついた白百合は言葉を続ける。

 

「自分の研究のために、クロの言葉をいい加減に流して……だからきっと、あの子は目覚めた異能で『消える』という過程を利用して外に出ていってしまったのだと推察しました。絶対に死んでなんかいないと、願望を抱いて……そう、信じたくて……」

「クロとやらはきっと生きている、だから探す手伝いをしてほしいってことか。ま、他の問題のついでになっちまうが、出来なくはねぇか」

「でも、無理難題では? 『消える異能』だと仮定して、じゃあ見つけようがないですよ」

「だよなあ。…………ん?」

 

 彼女の言葉に続く秋山と小雪。けれどもふと、秋山は何かに気がつく。

 

「────。猫……?」

「はい、クロはシロの猫バージョンです」

「いや、なんかこう、引っ掛かってな。……ともあれ、だ。俺の方と……あとは外でフットワークが軽くて(パシ)れるやつにも聞いておくとするか」

「なんでしょうね、名前を出されずとも誰のことかが鮮明に浮かぶのは」

 

 秋山がさらりと外道めいた発言をし、小雪もまた苦笑して呟く。白百合が疑問符を浮かべて、膝に乗せたシロを撫でながら問いかけた。

 

「……誰のことを言っているのですか?」

「桐山与一くんと言いましてねぇ。秋山さんが爪の垢を煎じて飲んだ方がいいレベルの、苦労人と女難の相のハーフみたいな善人ですよ」

「ま、あいつに頼るのはしばらく後でいいか。こっちも暇じゃねえし」

 

 パソコンを閉じ、USBメモリを返しながら、秋山はあっけらかんと言う。

 

「早めに言っといた方がいいと思いますけどね。知りませんよー、あっちが情報持ってても」

「それで困るのは俺じゃねえからな」

「白百合さん、この人はこういう人なので気をつけてくださいね」

「ええ、まあ……覚えておきます」

 

 薄々察していたのか、白百合は呆れと感嘆の混じった微笑を浮かべる。

 ですが──と続けると、彼女はシロにしがみつかれて仕方なく肩車の姿勢を取らされる秋山を見て、感情の籠もった眼差しで口を開いた。

 

「秋山さんは、見捨てたっていい筈の私たちを拾い上げてくれましたから、贅沢は望めません。クロの捜索も、長い目で見るくらいでいいですよ」

「────。ほー、ほー、ほーん……?」

 

 なにか合点がいったように、小雪は間の抜けた声でニヤリと笑う。

 

「まあ、まあまあ。頑張ってください」

「……? はい、そうですね」

 

 クロ探しを応援されたのだろう、と勘違いをした白百合が、小雪の言葉に反応する。

 シロに振り回されている秋山を見ながら、小雪はやれやれと肩を竦めていた。

 

「いやもうホントに、与一くんのことをとやかく言えませんよぉ、秋山さ〜ん」

 

 

 

 果たして、技術者の白百合と擬態生物のシロという奇怪な新人を迎え入れた秋山たち。

 猫のキメラ・クロの捜索という新たな目的を定めたものの、情報収集を後回しにしてしまう判断が間違いだったことは言わずもがな。

 

 ──この段階で聞きに行っていれば、もっと早くに重要な情報を得られていたのだろう。

 白百合はもっと早くに、娘との再会を果たせていたのだが、それは、そう遠くない未来の話。

 

 

 

 

 

『完』




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