とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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暗がりを照らすは銀の音色 1/4

 とある大学の音楽室。防音ゆえに外には漏れない音が、貸切の室内に響き渡る。

 

「…………。ふぅンむ」

 

 灰がかったセミロングのあちこちが白く染まった髪を揺らす女性──永律陽(えりひ)紫音(しおん)。通称エーリッヒは、首元に当てていたバイオリンを離すと、弓と共に机に置いてから深いため息をついて口を開いた。

 

「イマイチだな」

【────】

「いや、お前の所為じゃない」

 

 虚空から響く音の波長──取り込んで力としている存在(トルネンブラ)にそう言って、エーリッヒは机に置いたバイオリンと弓をケースに仕舞って息をつく。

 

「スランプ……とは、違うか」

【────】

「そうだな、お前のお陰で腕は上がっている。溜まっていた作曲依頼は全部終わったし、どちらかと言えば今の私は好調な方だ」

 

 ケースをパチリと閉じながら、誰もいないのを良いことにエーリッヒは虚空の『音』と会話する。

 

「ふぅん。刺激が足りないのか……?」

 

 イマイチ気分が乗らない。その原因が刺激の少なさにあるのかと、独りごちて思案するエーリッヒは、ふと音楽室に入ってくる音を聞く。

 

「──あん? なんだ永律陽か」

「…………。あー……そう、夏木」

「せめて先生を付けろ先生を。つうか今かなりうろ覚えだったろ。お前俺の授業出てたよな?」

 

 ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、格闘家に勝るとも劣らない体格をした男性──水角大学の英語教諭・夏木大陽だった。

 

「……? あれ、永律陽だけか?」

「ずっとそうだが」

「誰かと会話してた気がしたんだけどな…………いや、そうだな、悪かった」

「おい何を邪推してる。……私は(サボ)るところだ」

 

 変な方向に察したのか何故か謝罪をする太陽に渋い顔を向けつつ、エーリッヒはバイオリンケースを片手に彼と一緒に部屋を出る。

 

「永律陽も蓮枯も無事留年は免れたわけだがなぁ、わりとギリギリなのは変わんねぇんだぞ? あんまり趣味ばっかりにかまけるなよ?」

「蓮枯…………? ……あの毛玉か」

「毛玉て。まあ、言い得て妙だけどよ」

 

 留年間近だった趣味人、という意味では良くも悪くも似ている二人。永律陽とは別の生徒である小柄な女性の、もさもさとした髪を思い出して苦笑する太陽は、廊下を歩く途中でふと視線を上げる。

 

「────。まあ、悪意は感じないからいいか」

「ん?」

「なんでもねえ。あ、音楽室の鍵は俺が戻しとくから、そのまま帰っていいぞ」

「そうか」

 

 扉を閉めた時に片手に持ったままだった鍵を太陽に渡して、エーリッヒは別の通路に足の向きを変える。その背中に、彼は声を投げかけた。

 

「気をつけて帰れよー」

 

 その声に、エーリッヒは後ろを見ずに片手を上げて応えた。残った太陽は、不思議そうに小首を傾げてから辺りを見回して呟く。

 

「……やっぱ、()()()()()よな。永律陽について行った……中に居る? 俺の『シュブ=ニグラスの魔力』みたいなもんか……? つってもまあ、その手の知識はからっきしダメだからなぁ」

 

 異質ではあったが、悪意を感じなかった。ゆえに見逃したが、それで良かったのかと一人廊下で悩む素振りを見せる太陽は言う。

 

「とはいえこれ以上大学(うち)を壊されたくねぇし、なんかあったら相談するか。……外でな。外で」

 

 いつぞやにはクトゥグア爆弾で破壊され、ついこのあいだも戦闘をした覚えがある。

 二度あることは三度あるとは言うが──と、ただ深くため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──帰路につくエーリッヒは、ふとした違和感を覚えながら()()()外を歩いている。

 

「平日の昼間にしては、えらく静かだな」

 

 人が居なければ、車も居ない。半径数百メートル内にあるべき音が無いことに気づいたエーリッヒは、流石に異常だと察したのか足を止めた。

 

「……なんだ?」

 

 けれども、不意に彼女の耳は、ボリュームを0にしていたテレビの音量がいきなり戻ったかのように唐突に響く金属音を捉える。

 それから続けて、道路のど真ん中を高速で何度もバックステップしつつ背中から生やした帯のような金属板で銃弾を弾く女性と、それを追いかけるようにして荷台に人と機関銃を携えたトラックが眼前を通り過ぎていくのは、ほとんど同時の出来事だった。

 

「──くっ、そッ、しつこい奴らだなぁまったく……! ()()に関しては私じゃないって何度言えば分かるんだお前たちは……!!」

 

 などと言いながら別の帯を生やして街路樹やビルの壁面に突き刺して移動速度を増していく銀髪の女性。彼女と追いかけるトラックを見送ってから、エーリッヒは逡巡を挟んで口角を緩める。

 

「また()()()面倒事か」

 

 刺激が足りないのであれば、刺激に関わればいい。そんな軽い気持ちで首を突っ込む選択をとったエーリッヒが、軽率な行動を後悔するまであと5分。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日、言乃葉ミドリ……の、姿を借りているとある神格・ヴルトゥームが外に出ていたのは、ただただ純粋な偶然だった。

 

「んっふっふ、たまには自分の手で植木鉢を買うのも悪くないのう」

 

 カツカツと白杖で床を叩きながら歩くミドリは、生前の体が負傷により視力を失っており、盲目の生活を強いられていた。けれどもヴルトゥームとしての異能の一つとして、彼女は辺りの草木花を通して周囲を感知する事ができ、白杖を使う動作は演技である。

 

 白杖を握る手とは別の手に新品の植木鉢を大事そうに抱えるミドリだったが──ふと、タッタッタッという走る音を耳にしてそちらを向く。

 

「うん、なんじゃ?」

「──あ?」

 

 ばったりと曲がり角で出会した声を、否──彼女が纏う神格の魔力に興味を抱いたのか、ミドリは関わるか関わらないかで前者を選ぶ。

 

「おう、どうしたどうした。そんなに急いで何処へ行くのじゃ。神の魔力を宿した娘っ子」

「────お前、わかる奴か?」

「まあ、わしも似たようなもんじゃからのう。少ぉしばかり複雑なんじゃが」

 

 カラカラと笑うミドリの閉じられた瞼と片手の白杖を見て、エーリッヒは()()()()人間かと思案するも、その身に纏う魔力が妙におかしい事だけは素人判断でも分かるのか、流石に警戒心を見せる。

 

「かっかっ、そう警戒するでない。わしは人を取って食う方のバケモノではないからのう」

「……ここ最近は妙な奴とばかり出会うな。探偵に、人形に、イカれた女」

「それわしのことか?」

「──雰囲気は似てる」

「…………。あー、あー。なるほどな」

 

 ──姉者め。と小声で呟いたミドリの言葉は、しかしてエーリッヒが聞くより前に金属音や銃声、スキール音に掻き消される。

 先程の異常な光景を追いかけていたエーリッヒは幸か不幸か先回りしてしまっていたらしく、道路の奥から迫ってくる女性と、それを追うトラックが視界に収まり、うげっと声を漏らして反応した。

 

「? ──ッ!? 【人払い】から漏れて……!」

 

 話し声を感知したのか、バックステップするように何度も斜め後方に跳躍していた銀髪の女性が、歩道に立つエーリッヒとミドリを見て驚愕した。

 自身を狙うトラックの機関銃の射線が、二人と被ってしまう事に気付き、一瞬の思考を挟んで軌道修正ではなく纒めて防御することを選択。

 

 ダンッと大きく跳躍して二人の前に立ち、女性はカラララララと音を立てて伸びる金属板で纒めて覆うと、それから一拍置いて無数の銃弾が立て続けに着弾して金属板に弾かれて周囲の地面や壁を抉る。

 

「なんでこんなところに……とにかく動くな! 奴らの狙いは私だ、すぐに離れるから安心し────」

 

 二人と向き合うように立つ女性は、ふと、ミドリの方を見て言葉を詰まらせる。

 ミドリもまた目で見えないなりに魔力で判別したのか、眉をひそめながら問いかけた。

 

「…………ん? ん~~? 貴様この前、連盟組織の支部にカチコミしてきた奴か?」

「お前は……本部の地下に居たヴルトゥーム……!? なんでこんなところに居る!?」

「いやまあ、買い物に。ほらこれじゃ」

 

 ほれ、と言って、ミドリは植木鉢を見せるように腕を広げ────チュイン! と高速で何かが掠めて行く。更に遅れてバキン! という音と共にエーリッヒの手に衝撃が走り、ミドリと揃って声を出す。

 

「づっ!?」

「うおっ、なんじゃ!?」

「…………あっ」

 

 エーリッヒとミドリの間にあったある()()()。その共通点に起きた悲劇に最初に気づいたのは、金属板で自分と二人の()()守っていた銀髪の女性。

 

 続けて二人のうち、反射的に手に走った衝撃に視線を向けたエーリッヒが、その手に持っていた筈のバイオリンケースが無くなっていることに気づき。

 それからミドリが、見せようとした植木鉢の上半分が消し飛んでいる事に気づく。

 

 女性は、二人を守ろうとした。二人の、身だけを。最低限の防御はきちんと二人を守り、そして、その範囲から漏れたバイオリンケースと腕を広げた事で範囲から出た植木鉢は、金属板の隙間を貫いた銃弾によって、容赦なくバラバラにされたのだった。

 

 

 

 

 

「……すまない、そこまで気が回らなかった」

「私のバイオリンンンンンン!!?」

「わしの植木鉢がぁぁぁぁ!?!?」

 

 ──片や自業自得、片や不用意な行動。そのツケは、軽率さに対してあまりにも重かった。




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