とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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暗がりを照らすは銀の音色 2/4

「【音階の王(トルネンブラ)】ッ!!」

 

 バイオリンの残骸を見下ろしていたエーリッヒが、顔を上げると同時に金属板の隙間からトラックの方へと手を伸ばして声を荒らげる。

 続けてパチンと指を弾いた瞬間、トラックを中心にバゴォン!!! という轟音が辺りに響き渡り、走ってきていた車体がフラフラと揺れたかと思えば、三人を逸れてガードレールに衝突した。

 

「……なにをした?」

「トラックの中に直接高周波を拡散させて脳を揺らした。()()殺してはいない」

「まだ、なのか……」

「ふん。奴らから何の情報も確保してないんだから当然だろう。とはいえ、だ」

 

 ちら、と横を見て、白杖を捨てて盲目の演技すら忘れたミドリがズンズンと歩いていくのを一瞥し、くいっと親指を向けて言う。

 

「早く確保しないと、植木鉢を割られた悲しきモンスターが私の代わりに皆殺しにするぞ」

「殺す殺す殺す殺す……!!」

「うおおおちょっと待てぇ────!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──運転席と助手席、荷台の合計三人を引きずり下ろした銀髪の女性。彼女はガードレールに腰掛けると、エーリッヒたちに事情を話した。

 

「私はシセル。まあ、色々とあって、ついこの前そこの神格の所属する組織の支部に襲撃を仕掛けたり都市を2つほど襲撃したりしたが、今はこの国を見て回って文化を学んでいる最中だ」

「私が最近会う人間はこんなのばかりか」

「異能を持つ人間は()()なる運命じゃからのう。諦めた方がいいぞい」

 

 街路樹の植え込みから蔓を伸ばして三人の男女を縛り上げるミドリにそう言われて、エーリッヒはうげぇと声を漏らす。それから銀髪の女性──シセルに視線を向けると、彼女に質問を投げかける。

 

「お前、さっき『それに関しては私じゃない』って言ってたよな。どういうことだ?」

「実は……つい数時間前、こいつらの組織が謎の女に襲われて、顕現して宿した神格2体を強奪され、ついでに施設を壊滅させられたらしい」

 

 シセルは縛られている三人を横目に続ける。

 

「異質な魔力反応を遠くから感知した私が、その少しあとにそこに現れたものだから、襲撃犯が私だと誤解されて襲われたわけだ」

「……いくらなんでも、それで疑われるっていうのもおかしくないか?」

 

 エーリッヒの当然の疑問。シセルは気まずそうに視線を斜めに上げると、渋々語り出す。

 

「……こいつらは、以前に雇った魔術師グループの仲間だ。雇った連中と共にとある村を襲撃したとき、逃げる際に余計な情報を喋られないように殺していたからな。その所為で話を聞いてくれなかった」

「この状況で前科があるお前に半分ほどの非があるんじゃないのか??」

「否定はしない」

 

 呆れの混じった顔でシセルを見るエーリッヒは、逡巡して状況を纏める。

 

「なるほどつまり、『以前に仲間を殺したのは事実』だが、『襲撃して神格を強奪したのは別人』で、だがお前は両方の実行犯として疑われたと」

「そうなる。半分は自業自得だが、半分は謂れのない疑いで襲われたとなると、流石に見過ごすのも面倒だ。今日できっちり潰すとしよう」

 

 よし、と気合を入れ直すシセルは、それから傍らで何かを弄っているミドリに声をかけた。

 

「……さっきから何をしている?」

「んー? ああ、ちょっとした自白剤の調合を、な。まあ自白剤なんてものは無いがの」

 

 ミドリは足元の植え込みに魔力を流して何らかの植物を生成し、それらの絞り汁を混ぜて小瓶一杯分の液体を抽出しながら言う。

 

「じゃあなんなんだそれは」

「違法と合法の狭間にあるアレな薬物じゃ。温めて蒸気にして吸うと丸一日トリップするぞ。わしはやったことないけどのう」

「その話のどこに合法要素があった?」

 

 ドン引きするシセルを尻目に、ミドリは注射器を【召喚(コール)】すると、その液体を充填させて拘束した三人の首に容赦なく突き刺した。

 

「ほいブスブスブスっと。ここからはアレじゃな、おぬしは見てるだけにしといた方がいいのう」

「……いま注射針使い回さなかったか?」

「どうせ死ぬやつに遣う気は無いのう」

 

 当然のように同じ針で三人に打ち込んだミドリの行動に疑問を抱きつつ、エーリッヒは明らかに異常を来した人間特有の激しい痙攣を始めた魔術師たちを見て、余計なことを言わないように顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──薬物投与からの尋問という、あまりにもおぞましい光景を眺めて数分。

 

「えー、と。ここからの予定だが、こいつらの組織本部がここからしばらく移動した先にあるビルで、本来ならそこに輸送した双子の神格を持ち込む予定だった為にメンバーが全員集まっているそうだ」

 

 メモ帳にペンで書き込みながら情報を纏めたシセルが、それを閉じて懐に仕舞う。

 

「言ってしまえばこれは私と奴らの問題なわけだが、本当に来るのか? ヴルトゥーム、エリヒ」

「わしは植木鉢くんの仇を取らねばならんのじゃ。ゆえに殺す。地獄を味わわせてから殺す」

「私は、まぁ、バイオリンも安物だし、私より殺意にまみれてる奴を見て頭が冷えたからなぁ」

 

 薄く傷跡の残っているまぶたを開き、視力が無い濁った目をギョロリと動かすミドリを見て、エーリッヒはシセルに顔を向けて続ける。

 

「とはいえ……だ、音楽家としては道具を壊された分の仕返しだけはしておかないと気が済まない」

「充分キミも殺意にまみれていないか?」

 

 苦笑するシセルは、改めてエーリッヒを見ると、彼女に宿る魔力を見て口を開く。

 

「……エリヒ、キミに宿る神格は何時から宿っている? 日は浅いはずだ」

「そうだな。それこそほんの一ヶ月くらい前だ、ちょっとした……クセの強い探偵に協力させてな。その前後でも色々あったが」

「ふむ。──なるほど、発展途上か。ここで突き放して勝手に暴走されるよりは、今のうちに最低限のコントロールを身に着けさせるべきか。才能も凶暴性も理性で抑えられているし、な

「ん?」

「いいや」

 

 小声でブツブツと呟いていたシセルに小首を傾げるエーリッヒは、そういえばと思い出したように道路に転がる三人────の遺体を見やる。

 

「ところで、アレはどうするんだ」

「んぉ? おー、おー。そうじゃのう」

 

 異常事態の連続で心が麻痺しているのか、かつて神格を宿した流れで妙な戦いに巻き込まれたからか、嫌に冷静な思考で遺体の処理を考えると、おもむろにミドリがポケットに手を突っ込みまさぐった。

 

「困ったときは連盟組織に丸投げすればええんじゃ。電話するから静かにのう」

「…………キッズケータイかよ……」

 

 ミドリがポケットから取り出した携帯電話。それは登録したボタンに該当する番号へ電話をかける機能しか無い、もはや今どきの子供ですら使わなくなってきているキッズケータイだった。

 

「……うい、もしもし。わしじゃ、今いる座標に遺体が3つ、それと半径1キロ圏内の諸々の()()を頼むぞい。わしは……んまぁそう、アレじゃアレアレ、ちょいと敵対組織を潰してくるからのう」

 

 そこで通話を終わらせたミドリは、携帯を仕舞い直して凝り固まった首をバキバキ鳴らす。

 

「うっし、それじゃあ、わしの植木鉢くんとエリヒのバイオリンの敵討ちと行こうかの」

「そうするか」

「……なんだか、奇妙なことになったなぁ」

 

 目的地へと踵を返す三人。成り行きとはいえ神格を宿した民間人とかつて襲撃した組織所属の神格を連れて行くことになるとは、と。シセルは先導するエーリッヒとミドリの後ろで髪を掻いた。

 

「……まあ、これも死に損ないの役目か」

 

 そう独りごちるシセルは、それにしても────と数時間前に見た例の現場の惨状を想起する。

 

「……魔力を絞り尽くされた魔術師の死体と、宿した神格を奪い取られて結果として亡くなった二人の依代(しょうじょ)の遺体。……何か、厄介な事が起きようとしていると見るべきだと思うけど……」

 

 自分とソフィアを利用した例の黒幕が関わっている可能性も考慮して、いざというときは自分を盾にすることも視野に入れつつ。

 シセルはエーリッヒが持っていたバイオリンを思い返し、小さくため息をついた。

 

「しかし、しばらく歌えていないな……」

「──ん、お前歌えるのか」

「ん? ああ、まぁね。こう見えて元聖歌隊のメンバーで、教会で歌ってた事がある」

「ふぅん。なら、あとで私の店に来るか?」

「わしも行ってみようかのう。楽器のことはさっぱりじゃが、歌は嫌いじゃあない」

 

 ふとしたボヤキを拾ったエーリッヒが、シセルにそう問いかける。流れに乗って便乗したミドリも参戦して、のちの予定が自然と決まる。

 

「問題が解決する前にのちの予定を決めるのは、なんというか妙な不安感があるが……まあ、観客二名の聖歌も悪くないか」

 

 この時代に来てからしばらく経過し、久しぶりの気軽なノリに、シセルの口角が自然と緩む。

 だが、エーリッヒとミドリは知らない。シセルの歌が、いったいどれほど恐ろしいかを。

 

 

 

 

 

 ──自信満々な態度で元聖歌隊メンバーだと言われれば、疑えないのも無理はないだろう。

 

 果たして約二名の鼓膜と音楽教室のガラスが破壊されるまで、残り数時間。




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