──とあるビル内の通路を歩く魔術師が二人。彼らは支部が襲撃に遭った報告を受けて、本部であるビル内の空気がピリピリしていることに辟易していたのだが、ふと違和感を覚えて首を傾げる。
「────?」
「──、──? ──!?」
顔を見合わせて、二人は口をパクパクと動かす。間の抜けた遊びをしているのではない、二人は本気で焦っている。
「──! ──!」
「────!!」
けれども咄嗟の判断で、異常事態を上階の会議室に集まっているであろう上層部のメンバーに知らせようとして懐から携帯を取り出す。
しかし、二人の意識があったのはそこまで。しゅるりと背後から伸びる無数の蔓に全身を絡め取られ、雑に頭から床に叩きつけられるのだった。
「……まさか、ここまでヴルトゥームの植物操作とトルネンブラの音支配の相性が良いとはな」
そう言って、音もなく通路に現れたシセルがエーリッヒとミドリの前を歩く。
ビル内に
「私が電子機器をジャミングで妨害して監視カメラを無力化、エリヒのトルネンブラで音を消して、ヴルトゥームが植物を中に伸ばしてテリトリーを広げながら一人ずつ締め上げて制圧……と」
「呆れるくらいに流れ作業だったな」
「ビル内部全域をわしの魔力で満たしとるようなもんじゃからわりとしんどいんじゃが?」
「でも植木鉢の仇はこの上だぞ」
「うおおお『敵』! 『敵』! 『敵』!」
「殺意でやる気を充填させている……」
エーリッヒとミドリの会話を尻目に軽く引きつつ、ざわざわと蠢いて三人の歩みに合わせてテリトリーを広げていく多種多様の植物の蔓や根が伸びていくのを見て、シセルはその異常な支配力に感嘆した。
「……連盟組織の本部にはちょっかいを掛けなかったのは正解だったか。
盲目の遺体に宿り、地下に籠もってひたすらに畑や花壇を弄っているだけ──という情報から、
「それにしても、【
「宝の持ち腐れとはこのことか……? いいかエリヒ、『音』というのは世界中のどこにでもあるんだ。まあ水の中とかは勝手が変わるが、少なくともこういった空間内ではキミの独壇場だぞ」
エーリッヒの傍らに浮かぶ魔力の塊。波長そのものであるトルネンブラを横目に、シセルは言う。
「音を支配するということは、場のコントロールが容易ということだ。いきなり環境音が無くなったら? 逆に騒音になったら? 喋る声が無くなったら? 何もないところから声が聞こえてきたら? 音が無くなる、音が聞こえる。その匙加減を一人で制御できるんだ、これ以上なく強力な異能といえるだろう」
「なるほど」
「それに、音とはすなわち衝撃波だ。爆音の塊をぶつけるだけでもかなりの威力になる。咄嗟の攻撃の手段もあると覚えておいた方がいい」
「…………。ふぅむ」
シセルの言葉に頷くエーリッヒは、自身の力の幅が広いことを自覚して考え込む。
それからしばらく、階を上がっては音を消して魔術師を気絶させては上がってを繰り返す。
最上階まであと数階といった辺りで、目的の会議室がある階層で三人は一息ついた。
「……ぜぇ〜っ、はぁ〜〜っ……わ、わしの体を少しは労ってくれないかぁ……!」
「やっぱり、年寄りなのか。お前」
「ヴルトゥームは確か……1000年眠り1000年起きる神格、だったか。確かに年寄りと言える」
「この体に宿ってからまだ100年も経っとらんわ。……ビル全体に植物を巡らせつつの行動となれば、魔力が足らんのじゃ。気絶させた魔術師共から少しずつ徴収して賄ってはおるが……あ゛ぁキツい」
壁に背中を預けて深呼吸するミドリ。それでもあともう少しという所まで来たからと、気合を入れ直して立ち上がり、二人と共に部屋の前まで来る。
「……念の為に私たちの周りの音を最小限に下げておく。それと部屋の中の音を確認したが、中に居るのは四人だな。魔力の量で言えば下の連中の何倍もあるが……強いか弱いかは流石にわからん」
「いや、それだけ分かれば充分だ。エリヒは私が中に突入すると同時に室内から音を奪ってくれ、ヴルトゥームは動けなくした奴を縛り上げろ」
「うい、わしに任せい」
手短に会話を終わらせ、扉の前にシセルが立つと、腰を緩く下げて拳を引き、右腕と肘を変形させてジェットエンジンを点火させるように炎を噴射。
ヒュィィィィィン────!! という甲高い音が中に聞かれないようにと【
特殊部隊の突入もかくやと言わんばかりの勢いで扉が粉砕され、銀髪を揺らして中に弾かれたような勢いで吹っ飛んでいく彼女の動きには、一切の音がしない。それどころか、中での動きは伝わってきても、それに伴うはずの音すら聞こえてこない。
無音状態で襲われる恐怖は分かりかねるが──と思案するエーリッヒが、数秒遅れてミドリと共に部屋に入ると、そこには凄惨な現場が広がっていた。
「…………うわ」
「むごいもんじゃのう」
一人は亀裂の走った窓ガラスの近くに倒れ、一人はデスクを砕いて床にめり込み、一人は天井に投げ上げられたのか背中に破片を付着させて床に倒れて、リーダー格らしき一際魔力量の多い男が首を掴まれ、今しがたシセルの手から離れて床に崩れ落ちる。
ドン引きするエーリッヒの横で言われた通りに四人の魔術師たちを室内に伸ばした蔓で縛ると、男だけは意識があったのかうめきながら三人を見た。
「…………ぐ、くっ……何者だ……お前たちは」
「わしらか? わしらはな……復讐者じゃ」
「なに……?」
「貴様らに割られた植木鉢くんの復讐のために……貴様らを殺す……!」
当然の疑問をぶつけた男は、しかして怒りに染まった──濁っていて焦点が合わない──ミドリの眼差しを向けられ、心の底から困惑する。
「……………………なんの話だ?」
「割れたんじゃよなあ! 植木鉢がぁ! 貴様らの所為でよぉなあ!!」
「本当に何の話だ……!?」
「貴様らを植木鉢のようにバラバラにするまでわしの怒りは収まらないと思え!!」
「会話をしろ!! なんなんだお前たちは!?」
体を縛り上げる蔓の力が強まりながら声を荒らげるミドリに、男はただただ困惑する。
その光景を前に、シセルとエーリッヒが憐憫の眼差しで口を開いた。
「流石に少し同情しているぞ」
「傍から見たら私たちの方が異常者だからな」
「くそっ、支部を襲撃されたかと思えば、ロイガーとツァールを奪われ、更には本部には異常者共の襲撃……! 何がどうなっている……!?」
男の言葉に、シセルが反応する。
「ロイガーとツァール……それが例の2体の神格か。お前たちはその力で何をするつもりだった」
「……魔術師が力を求めることは本能のようなものだ、確かに神格を得た力で他の組織を牽制しつつ組織拡大を狙ってはいたが、そんなことは他の連中もやっている。とやかく言われる筋合いはない」
男にそう言われ、シセルは心底興味がなさそうな顔で言葉を返す。
「その辺の事情は興味がない。神の力で暴れようとすれば連盟組織に潰されるだけだ、どうだっていいさ。だが問題がある。奪った奴が居て、奪われた力が居なくなった。お前たちは神格の力を奪い取れるような個人に餌を与えたようなものだろう」
「…………。わかった、情報提供してやる。だから交換条件として──
彼女と鋭い指摘に言い返せず、男は黙り込む。けれども何かを言おうとして────パリンとガラスを割った何かが、そのこめかみに突き刺さる。
「…………が、ぁ、あ……?」
「──! エリヒ、ヴルトゥーム! 伏せろ!!」
薄く引き伸ばされた白い円形の何かが頭に深々とめり込み、回転が止まった。
それと同時に視界の端、窓の外から何かが飛来したのを捉えて、シセルはエーリッヒを自身の後ろに投げつつミドリの前に躍り出て盾になり、全身の
その一秒後、会議室内に野球ボールより少し小さい白い玉と、それを押し潰して薄く伸ばしたような回転する円形の板が高速で飛び交い、夥しい量の
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