とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

194 / 284
暗がりを照らすは銀の音色 4/4

 ガゴゴゴゴゴゴン!! と硬いもの同士が衝突する鈍い音が響く。窓の外から高速で撃ち込まれる白い玉と、それを潰したような薄い円盤がシセルの体に叩きつけられ、あまりの()()に顔を顰める。

 

「づっ、ぐ……!」

 

 直撃した玉と円盤、そして逸れた方も反射して軌道を変え、シセルの全身に何百発と打ち付けられてあちこちから火花が散っていく。

 その威力は、壁や床が大きくへこみ、更には巻き込まれた魔術師たちの体がひしゃげ、千切れ、潰れていく光景が物語っていた。

 

「重い……がっ、耐えきれないほどじゃない……! エリヒ、ヴルトゥーム、起き上がるなよ!」

「逆に聞くがなんで耐えられてるんだ?」

 

 視界の端で肉塊が形成されていく光景を横目に、当然のように原型を保っているシセルの後ろで伏せているエーリッヒが疑問符を浮かべる。

 やがて無数の玉と円盤がザザザザザッと室内をひと塊になって飛び、蝗害のように一斉に窓の外へと飛んでいくと、入れ替わるように人影が現れた。

 

「……? おやおやおやおや、これは想定外」

 

 玉に足を乗せて、階段を降りるかのように、コツコツと音を立てて──女性が割れた窓から中へと、軽やかな動作で入ってくる。

 

「妙な魔力を複数感じて、また何か企てているのかと思ってとりあえず攻撃してみましたが……これはこれは、人違いだったご様子」

 

 そう言って三人に視線を向ける女性は、窓の外から入り込む風に金髪を揺らしている。

 自身の周囲に、よく見れば黒い模様が混ざっているらしい白い玉を回転させているその顔を、この場では()()()()()が見覚えがあった。

 

「……お前、()()()をどこかで」

「…………。あぁ、もう会ってましたか。それは、それは、非常に不愉快ですね」

「ん……?」

「何の話じゃ?」

 

 女性はシセルの言葉に露骨に不快感を露にして、エーリッヒとミドリがそれとなく立ち上がりながら疑問に思う。女性が二人に視線を向けると、小さくため息をついてから微笑を浮かべて自己紹介した。

 

「私は白百合。同一個体(どうぞく)狩りが趣味の、しがない魔術師でございます」

「白百合……? …………何かその名前どこかで聞いたことあるな」

「ええ、まあ。白百合は日本各地に百人ほど【遍在】しておりますので、いつかの何処かで私以外の白百合(わたし)に会ったことがあっても不思議ではありません」

 

 女性──白百合が、小首を傾げるエーリッヒにそう返して呆れ気味に苦笑する。

 

「どこから湧いてくるのは知りませんが、どうも私たち【遍在】する個体は、だいたい百人から減らず増えずを保っているようで。かれこれここ数年で二百人以上は殺している筈なのですが、殺したそばから数が戻るようなので……辟易しております」

「……言葉の処理を脳が拒絶するのだが」

 

 エーリッヒは、白百合が語る話をいまいち理解できずに困惑する。その隣で、彼女の魔力を捉える形で輪郭を()るミドリが、それはそれとして周囲に巡らせている植物の蔓を動かしながら言う。

 

「貴様ぁ……わしの復讐の邪魔をした言い訳はそれで終わりで良いんじゃな……?」

「復讐? おや、何か事情が?」

「ああ。こいつらはなぁ、わしの植木鉢を破壊した罪で殺すつもりだったんじゃよ……!!」

 

 握り拳を震わせて力強く語るミドリ。その光景を前に、白百合はポカンとした様子で一瞬固まり、それからエーリッヒとシセルに向かって問う。

 

「────。狂人?」

「それはそう」

「否定は出来ない」

「いやでも、まあ、そうですね。私としてはそちらと争う理由がありませんし……」

 

 ううん、と悩む素振りを見せる白百合。彼女はどうしたものかと逡巡して言葉を漏らす。

 

「ロイガーとツァールの顕現などという危険な計画を企てていた支部を潰したついでに本部も潰そうと思ったら、こうなってしまったわけですし……」

「──なに?」

「ここはお互い、手を引くということで終わりにするのはどうでしょう?」

 

 パンと手を叩いて、揃えた手を顔の横に持っていきながら、おねだりするようなジェスチャーで問いかける白百合。ポロッとこぼした言葉を拾ったシセルは、その問いに反するように構えて言う。

 

「お前がこいつらの言う襲撃犯だったのか」

「はい? ああ、そう……なりますね?」

「……そのせいで、私はこいつらに余計な疑いで襲われたわけか」

「あ〜〜〜……それに関しては多少の申し訳なさはありますが、まあ良いじゃないですか。もう疑う相手が居ないんですから」

 

 ──それに。と続けて白百合は口を開く。

 

「組織ぐるみで神格顕現を行う連中なんて危険に決まっているじゃないですか。私が横から掠め取ったのはある意味善行と言えますよ? なにせ世界征服とか力の誇示だとか、そんなことに興味ありませんし」

「……いいや、お前が危険かどうかを決めるのはお前ではない。この場で拘束しない理由も無いな」

「────。ああ、なるほど。主導権(イニシアチブ)がそちらにあると思っていらっしゃる」

 

 シセルの発言と構えを前に、白百合が口角を緩めながら、片手を開いて上に上げると、その手をぐっと握って魔力を迸らせる。

 

「──お互いに手を引こう、と。私の方が、提案してあげているんですよ」

 

 その言葉の直後、ズズン……! とビル全体が揺れる。続けて白百合の周囲を回転していた玉が4つ、三人を囲うように飛ぶと三角錐を形成する。

 

「【重力制御】」

 

 ──瞬間、ズンッッッ!! という凄まじい重みが三人を襲う。三角錐の内側にのみ発生した過剰なまでの重圧に、動きを抑制された。

 

「それでは、逃げさせていただきますね。果たして……私の玉でビル全体を外側から崩されながら、その重圧に押さえ込まれた状況で、後ろの二人を庇いながら、私を捕まえられますか?」

 

 にこりと微笑んで、白百合が窓の外にタンッと跳躍して落下する。その場からするりと姿を消したのを見送るしかない三人は、続けてビルの揺れが大きくなっていくのを感じ、ふとミドリが口を開いた。

 

「あの女の、言う通りじゃ……! あの無数の玉にわしの植物ごとビルの壁が破壊されている、このままじゃ……崩落するぞ!」

「……っ、くそ……!」

「これもしかして死ぬのか?」

 

 白百合が遠くに離れたからか、次第に三角錐の重圧が緩んでいくなかで、最後にエーリッヒがぽつりと呟く。それからシセルの生成する金属板とミドリの操る植物が三人を包み、一拍遅れてガラガラと垂直に落ちるようにしてビルが崩れるのは、同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──『欠陥工事によりビルが崩落、死傷者多数』という臨時ニュースを、エーリッヒは音楽教室に備え付けたテレビで確認していた。

 

「これが……魔術師の隠蔽技術か」

「そうじゃのう。連盟組織はこういうことばかり得意じゃから呆れるわい」

「私と連盟組織の連中との戦いも、こうやって隠蔽されたんだったな……」

 

 ビルの崩落に巻き込まれるも、シセルとミドリのお陰で生き延びたエーリッヒ。

 ボロボロになりながらも三人で音楽教室にたどり着き、汚れた服を着替え、一時の平穏を享受することが出来たのは幸運と言えるだろう。

 

「それにしても、白百合……か。聞き覚えがあると思ったら、前に私を屋敷に招待してきた奴がそんな感じの名前だったな」

「白百合は【遍在】する同一個体だ、私が以前に訪れた村の守護者も同じ存在だったからね」

 

 エーリッヒとシセルが面倒くさそうに言い放ち、ニュースの音声を聞いていたミドリが椅子の上であぐらを掻きながら疑問を抱く。

 

「ここ最近になって突然聞くように……見るようになったということかのう?」

「まあ、不思議ではない。人は見たいものや知りたいもの以外を観測しない。『白百合という存在を見て、知った』から、視野が広がった。ただそれだけの話だろう。例えば存在を忘れてしまえば、自然と会う機会も無くなっていくと思う」

「ふうん」

 

 シセルの理論に、なるほどと納得するように鼻で返事をしつつ、エーリッヒはおもむろにピアノの蓋を開けてポンと音を放つ。

 

「ヤツが神格の力を奪っていた理由とかは聞けなかったが、それはさておき、だ。一仕事終わったことだし、約束通り聖歌を聴かせてもらおうか」

「……ん。そうだね、実を言うと私は少しばかり音痴だから、改まると恥ずかしいな」

「ほぉ〜う、楽しみじゃのう」

 

 テレビを消して、ニヤリと笑みを浮かべて背もたれに体を預けるミドリを前に、マイクを用意してむず痒そうに頬を染めるシセル。

 それからエーリッヒとトルネンブラの放つ音を合図に、すうっと息を吸って────

 

「お゛っ゛」

「ミ゜゜゜」

 

 バンッ!!! と音の壁を叩きつけられたような衝撃と共に、脳を揺らされたような感覚に襲われる。それが間近でシセルの歌を聴いたからだと判断したエーリッヒは、彼女の言う『音痴』の意味を理解する。

 

 

 

 ──ヘヴィメタルの勢いで聖歌を歌えばそりゃあこうなるだろ……!! 

 

 

 

 反射的にトルネンブラの音支配で耳を保護したにも関わらず、強烈な耳鳴りと頭の奥への痛みが駆け抜け、エーリッヒの視界がぐわんと揺れる。

 けれども音楽家としての意地が、一曲を終えるまで意識を繋ぎ止め、無意識に指が鍵盤を叩く。

 

 そして、最悪なことに────何故か上手いのだ。声量と勢いがあまりにも馬鹿なだけで、シセルの歌う聖歌は、よく聴けば上手い。

 

 視界の端で大音量の聖歌(ヘヴィメタル)を浴びて意識を手放し、ぐったりしているミドリに同情しつつ、エーリッヒは途切れそうな意識の中で感嘆した。

 

 ──こいつ、よくクビにされなかったな……と。

 

 果たしてこの日一番のダメージを負ったエーリッヒとミドリ。二人が目を覚ましたのは、今から丸々一日が経過した翌日だったが、それは余談である。

 

 

 

 

 

『完』




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。