とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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遍在の呪縛を超えて 3/6

 ともあれ、四人──雅灯さんには影の中に引っ込んでもらった──で会場に向かうと、既に広い会場のあちこちで人の塊が出来ている。

 社交パーティー……要するにお偉方の顔合わせだ、そちら方面の社会人同士で人脈を広げる場。我々に向いた視線は、しかして白百合に移ってから霧散すると、彼女は『では』と言って続けた。

 

「わたくしは知り合いと軽く話をしてきます。皆様には一応、わたくしが見える位置で待機していてくれれば良いので、あとはご自由に動いて下さって構いません。呑み過ぎにはご注意を」

「ところで、俺たちは白百合が居ない時に絡まれたらどうすればいいんだ?」

「あぁ……ゲスト参加であることを話して、わたくしの名前を出してくださればよろしいかと」

「わかった」

 

 白百合はそこまで言って、人混みに向かっていく。それを見送ってから、深月とエーリッヒは会場のテーブルに並べられた料理────の横に並ぶお酒を見て目の色を変えて突き進んでいった。

 

「酒酒酒酒酒酒酒酒…………」

「ただ酒、か。世界で一番素晴らしい言葉だな」

「こんな欲にまみれた人間そうそう見ないぞ」

 

 あの二人、酒好きだったんだなぁ。エーリッヒはなんかわかる気がするけど、深月は意外だった。

 

「おーい深月ー、キミ小柄なんだから酔うの早いだろ。呑み過ぎちゃダメだぞー」

「わぁかってますってぇ〜」

「分かってないやつの声色なんだよなぁ」

 

 小洒落たグラスに注がれたシャンパンをぐいっと飲み干す深月に近づくと、もう既に2杯目を貰っている最中だった。元々あんまり呑めないのもあるし、呑まずに見守るように徹するべきか。

 

(わぁ)らしの人生はゲームとカフェインとアルコールで出来てると言っても過言じゃねっす」

「だいぶ過言だと思うけど……? ……あ、俺はいいです。水だけで」

 

 こちらにも酒を渡そうとしていたウェイターから水を受け取って、深月が皿に盛っていたトマトとモッツァレラを横からフォークで刺して一口。

 

「ま、最近は4つ目が私の人生に割り込んできて困ってんすけどね」

「4つ目?」

「…………なんでもないっす。んも〜〜これちびちび飲んどくんで白百合さん見といてくださいよ」

「はいはい、わかったわかった」

 

 誤魔化すように背中を押されて、とりあえずその場を離れる。不機嫌になられても困るしね。

 

「……さて、このまま何も起きないといいけど……起きるんだろうなぁ、嫌だなぁ」

 

 視界の奥では白百合がどこかの社長らしき人とと談笑し、右を見れば深月が酒の肴に料理をつまみ、左を見れば話しかけられてもガン無視しているエーリッヒがワインを呑んでいる。あれは、興味がないのか耳がまだ治ってないのかどちらだ……? 

 

 そんな風に呟いて、ため息をついて水を飲み干しグラスを別のテーブルに置くと────

 

「よぉ、楽しんでるかァ?」

「え? ああ、はい?」

 

 ──ふとそう言って横に立つドレス姿の女性。手元でグラスの中のシャンパンを揺らしている彼女は、流し目でこちらを見上げて口角を緩める。

 

「……えーっと、()()()()で?」

「────。ふっ、くっくっくくく」

「……ん???」

 

 当然の疑問をぶつけると、何故か女性は笑い声を堪えるように喉を震わせた。

 

「くっくっくっ、普段と格好がまるで違うからって、こうも分からないもんか。発見だな」

「…………え」

「これで()()()か?」

 

 黒に緑を混ぜたような色合いのドレスから伸びる腕を上げ、片手で後ろ髪を纒めて掴みつつ、左手で左目を隠す女性。その顔には、どことなく見覚えがあ──あ、あ、あ、あ、あ、あ。……あ゛!? 

 

「……ん? ……ん!?」

「相談もせずに楽しそうなことしてんじゃねえか。私も仲間に入れてくれよ」

 

 などと宣う、ドレスの女性。それは、ポニーテールと眼帯を外した、明暗丞久その人だった。

 

「ひ、ひぃえぇえぇええっ…………!!?」

「──ドレス姿の師匠を見て悲鳴を上げる弟子が居るってマジ?」

 

 腰を抜かしそうになったけど、なんとかそれだけは耐えたのが数少ない意地だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ──衝撃の事実による恐怖と驚愕を乗り越え、バクバクと煩い心臓が落ち着くのを待って数分。

 

「んで、まあ。ミドリから例のビルの件を聞いてな、その白百合って奴の対処を任されたわけだ」

「……あぁー、そうか。神格が2体も個人に確保されたわけだからなぁ」

「それもあるけど、最近うちにも白百合が加入したから、本当に同じ顔なのか見てみたかったってのもある。いやあ、今の連盟組織、面白いぜ?」

「どこにでもいるなぁ……」

 

 苦笑しながらも、先輩の言葉に問う。

 

「それで、面白いっていうのは?」

「白百合とそいつが育ててるガキを秋山が拾ってきたんだけどな、ガキの方が秋山に懐いてて振り回されてる。子連れ狼っつうか、子が狼だった」

「えぇ〜〜、なにそれめちゃくちゃ見たい」

「まあ、まあ。そのうち顔見せに来いよ」

 

 こちらの知らぬ間に連盟組織の方でとんでもないことになっている事を知らされ、なんかもうそっちの方に関心が向かっている。

 後日の予定が確定しつつ、互いにふうと一息ついて意識を切り替えた。

 

「例の確保された神格……ロイガーとツァールだったか。風系統の双子の神格だな、【黄衣の王(ハスター)】で慣れてる私なら適任っていうか、あいつの力を宿してたからこそ私が担当したって感じか」

「はい?」

「いや、なんでもねぇ〜〜」

 

 カラカラと笑って、片手間で料理をつまむ先輩。それからふと、視界の端から、深月とエーリッヒを連れた白百合が歩いてくる。

 

「……あら、そちらの方は?」

「こいつの師匠。よろしくゥ」

「ああ……明暗丞久でしたか。お噂はかねがね、わたくしは白百合ですわ〜」

「知ってる。いやほんと、顔が同じ人間を二人も三人も見てると頭痛くなってくるな」

「わたくしに言われましても」

 

 先輩と白百合が会話をする横で、こちらも深月たちに顔を向けて声を掛ける。

 

「深月、呑みすぎてないか?」

「まだ6杯くらいしか呑んでないっすよぉ〜」

「俺いま呑みすぎてないか? って聞いたんだけど? その耳はお飾りか???」

「んににににぃい……」

 

 得意げに中身が半分無くなってるグラスを揺らす深月の片耳を、指でつまんで軽く引っ張る。

 グラスを取ってテーブルに置き、取りに行けないように体の前に立たせて後ろから肩を押さえていると、エーリッヒが面倒くさそうな顔で言う。

 

「おい、いちゃついてないで静かにしろ探偵と毛玉。このあと一曲やるらしい」

「一曲?」

「どこかの会社で楽器を作ってるらしくてな。それを使うパフォーマンスをするんだと」

「へぇ〜」

 

 ──と、まるでタイミングを計ったかのように会場が薄暗くなり、パッと照明が一箇所を照らす。

 そこにはマイクスタンドとドラム、コントラバスとピアノが並び、ボーカルの女性の後ろで三人の男性たちがそれぞれの楽器を構える。

 

「……この曲、なんだっけ」

「FLY ME TO THE MOONだな。……探偵も、少しは勉強したらどうだ」

「ピアノのドレミの並びすらわからない程度だったの覚えてるでしょ。ムリムリ」

 

 曲が始まり、小声で話す眼前で歌が響く。肩を押さえる手に深月の手が重なり、曲に合わせて動く指がこちらの手の甲をトントンと叩く。

 

「……や〜、生歌はいいっすねぇ」

「そうだなぁ」

「…………中の上だな。悪くはない。……いやヘヴィメタル聖歌と比べれば大抵は悪くないか?」

 

 一人だけ謎の苦悶の表情を浮かべているが、シセルの歌はそんなに酷いのだろうか。

 自分で歌は下手って言ってたし、もはや自覚があるだけマシなのかもしれない。

 

 

 

 それからゆったりと流れた曲と歌も終わり、会場の明かりが灯る。

 拍手喝采に混じって手を叩いていると、ふと──ほんの一瞬だけ、ぞわりと嫌な気配が肌を撫でた。

 

「…………!! 先輩っ」

「わかってる、何処かに()()な」

 

 咄嗟に先輩に視線を向け、同時に周囲を警戒。既に会場に入り込まれていた事に驚きながらも、あちらこちらへと視線を動かして────

 

「……くそ、なんで気づけなかった……!?」

「エーリッヒ?」

「探偵、()()()!!」

 

 ──不意に、エーリッヒが声を荒らげた。

 

 

 彼女の視線に釣られてそちらを見やると、マイクスタンドの前から離れて、集まっていた観客の方へと足を進めるボーカルの女性が、何らかの力で着ていたドレスを私服のような格好に戻し、空調で金髪を揺らして宙に無数の白い玉を形成する。

 

「こう見えて、歌は得意なんです。お代は結構、ただ……皆様の魔力を頂ければな、と」

 

 にこりと、笑みを浮かべる女性。その顔は、白百合と同じ顔で。しかしてその背丈は、似ていないが。

 

「────。イデア……?」

 

 別人だとわかっている筈なのに、無意識に口から出た言葉。わかっている。彼女ではない。ただ、顔と、髪色が同じなだけの、別人。

 

「与一!! ボサッとすんな!!」

「っ……【禍理の手】ッ!」

 

 けれども、ふと……過ってしまった。

 

 ──今から、危険人物と呼ぶに値するこの白百合を、()()()と同じ顔をした女を、止めるために戦い、最悪の場合……殺せるのか? と。

 

 そんな迷いを抱くと同時に、無数の玉が、その場の全員を守るように展開されたこちらの【禍理の手】と先輩の放出した硬質化した魔力の壁に、凄まじい速度で叩きつけられていた。

 

「づ、ぁ、おっも……!?」

「与一! 民間人の避難を優先するぞ! あの魔力玉は何かまず────」

 

 先輩の声が、言い切る前に途切れる。後ろを見れば、咄嗟に白百合姫を庇って屈ませていた先輩の体が見えない塊に打ち抜かれて宙を舞う。

 そこに追い縋るように3()()()()()が群がり、更に見えない塊──否、ハンマーのように固めた風を打ち込んで、先輩を誰も居ない床に叩きつけ、ドカドカと轟音を奏でて尚も打ち込み続けていた。

 

「…………。白百合、深月、エーリッヒ、民間人の避難誘導を頼む。ここは俺と先輩でやる」

「ええ、わかっていますわ。ここは頼みます」

「与一さん、気を付けて……!」

「死ぬなよ、探偵」

 

 ……甘かった。敵を甘く見ていたし、自分の判断も甘かった。三人に強く言って、続けて一拍遅れて悲鳴を上げて出入口へとなだれ込む人たちを横目に、敵の白百合とその傍に浮かぶ異形3体を見やる。

 

「ったく、いきなりカードを切ってくるとは」

 

『手』がほとんど破壊された【禍理の手】を魔力に分解して霧散させつつ言うと、白百合が言葉を返す。

 

「いえいえ。今日この日、今回、ここで『姫』個体を殺し切るために力を蓄えたのですから……使わにゃ損損、というやつです。しかし、いやはや、玉を囮に神格で仕留める算段を防がれるとは」

 

 くつくつと優雅に笑いながら、白百合が逃げ惑う人たちと一緒に部屋から出ていった三人から、ちらりと陥没した床──先輩に視線を移してに言う。

 

「ですが、厄介そうな魔力の持ち主を最初に仕留められたのは僥倖でした。あとはあなたと、おチビさんと、トルネンブラの適合者を殺して、最後に『姫』個体……と行きましょうか」

「殺させるかよ。俺と先輩が死ぬ前に、民間人が死ぬことは、決して無い」

「先輩? ああ、つい今しがた死んだ魔術師のことですか? ダメですよ、大言壮語は程々に──」

 

 そこまで言って、言葉を遮るようにドンッと音を立てて陥没した床から魔力が溢れ出る。

 ゆらりと立ち上がった先輩は、その体に黒い魔力を纏い、指で鼻血を拭っていた。

 

 

 

 

 

「おい、こら。誰が死んだって? 元ハスターの適合者・現シュブ=ニグラスの適合者が、同属性の()()()()ごときに殺されるわけねぇだろボケ」

「……どいつもこいつも、バケモノですか」

「俺もたまにそう思う」




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