「【ぺっ、ロイガーとツァールに
「なんて???」
口の中の血を言葉と共に吐き捨てて、ドレスの上からボロ布のような黒い魔力を羽織り、頭に枯れ木のように枝分かれした角を生やす先輩が、ヒールを脱いで裸足になりながら爆弾発言をしていた。
「【こいつらは、まあ、あれだ。伝承によってはハスターとシュブ=ニグラスの子供だったりすんだよ。つまり……私は広義の意味で、パパでありママだったのかもしれねぇ……っ!】」
「先輩が親とか世も末すぎない?」
「【なにぃ? なんつった今ぁもっかい言ってみろよあぁ〜〜!?】」
たぶん先輩のことを知ってる人はみんな同じこと言うと思うよ…………と脳裏で思案しつつ。白百合が手を上げるのを合図に、雨のように降り注ぐ白い魔力の玉を先輩と左右に散って避けていく。
「あのー、茶番はもういいでしょうか?」
「あ、はい。悪いね、我慢してもらって」
「いえいえ。ユーモアは大事ですよ、死ぬまでそのテンションを維持できるなら大したものですが」
「ほら言われてますよ先輩」
「【私だけ〜〜〜〜!?】」
だってこっちは騒いでないし……。ロイガー、ツァール、イタクァの3体から風の砲弾による集中砲火を食らい、会場内を飛んで跳ねて避けて回る先輩の声が、ドップラー効果のように上下する。
あの3体は……一応実体はあるんだよな。なんというか、透明人間がローブを着て空を飛んでるようにしか見えないんだけど。
「【っはっはっはァ! どうしたどうしたァ!? ママの胸に飛び込んで来いよォ! 私は意外と着痩せしてるタイプだぜ〜〜〜っ!!】」
「この世で最も要らない情報だ……」
確かにドレス姿の先輩、どことは言わないけどなんか普段よりデカくない? とは思ったけど。
……そういえば未だにスポブラしか着けない人だったな、と思いながら、三節棍を【
──この白百合、おそらく接近戦が得意じゃないな。魔力を圧縮して鉄球のように玉を作り、それを操作することに特化しているのだろう。
「それにしても、いいのか? このまま俺たちと遊んでいて。うちの白百合姫は避難したぞ」
「……ふふ、さあ? それはどうでしょう」
白百合はこちらの言葉に、意味深に笑みを浮かべてちらりと天井──
「? ────っ、あいつらまさか……」
「『姫』個体なら、
などと言いながら、ぶわりと辺りに浮かばせた魔力玉をギュルルルと高速回転させ、その全てをこちらに射出。こっちも【強化】で動体視力と身体能力を底上げして、三節棍の両端を交互にぶつけて軌道を逸らしていくが、この魔力玉……
直感だけど、触るのはマズイ気がする。
ぶつかる度にミシミシと嫌な音を立てる三節棍の耐久度の限界を察しつつ、ふと先輩の方を見れば。
「……! 先輩!!」
「遅い。──イタクァ!」
「【あん?】」
ロイガーとツァールより一回り威圧感や魔力の圧が高い神格──イタクァが、風を用いた攻撃ではなく、直接掴もうと腕らしき輪郭を伸ばしていた。
「【──やべ】」
そして、先輩が気づくより一手早くイタクァが首を鷲掴みした────次の瞬間、ぶわんと空間が歪み、刹那の内に先輩とイタクァの姿が
「なっ……!?」
「はい、まず一人。勘違いされがちですが、イタクァやハスター、ロイガー、ツァールなどの神格はあくまで四大元素になぞらえて属性が当て嵌められているだけ。彼らの能力は、星間移動ですよ」
「星間……」
消えたイタクァと先輩を前に、白百合は傍らにロイガーとツァールを浮かばせて続けた。
「彼女は今頃、イタクァに連れられて宇宙空間を漂っている頃でしょう。幾ら強かろうと、人間は宇宙では生きられないんですよ」
「…………うん、まあ、うん」
──なんだろう、あんまり不安感が無い。
「さて、イタクァが戻ってくるまで十数分……あとは貴方と上に逃げた『姫』個体とお連れの方々を仕留めて終わりです、行ってきなさい」
「ちっ……行かせるか──!」
空中を泳ぐように、しかしてかなりの速度で飛ぶ2体が出入口の方へ向かうのを見て、こちらも足に力を入れて術式を起動する。
「【韋駄天】」
床が爆ぜる勢いで駆け出し、高速で先回りして2体に蹴りを叩き込む──直前、そのうちの1体が、するりと上手いこと避けて部屋から出ていく。
せめて2体目まで行かせまいと、片方を白百合の元まで蹴り飛ばすが…………参ったな。
「さっきのがどっちで、そいつがどっちなのかが分からない……!」
「……どうやら貴方がたは、深刻な雰囲気を続けるのが苦手なようですね。これがツァール、逃げおおせたのがロイガーですよ」
「あんたも人のこと言えなくない?」
なんでそこで律儀に答えてくれるのやら。
──上階で自室に戻り、私服に着替えた三人が、更に上の階へと階段で登っていく。
「私ら、逃げなくていいんすかね」
「ですからわたくしだけでよかったと何度も……いえ、もう何も言いませんわ〜」
「毛玉はともかく、私は好きで首突っ込んでるんだ。ごちゃごちゃうるさいぞ」
通路を駆ける三人が、口々に言う。
「奴の狙いはわたくし。他の人たちと一緒に逃げたところで、あの神格にボウリングのピンのように蹴散らされるのがオチですわ」
「それに、あっちの白百合はここで決着をつける気満々だったからな。どうせあの手この手でお前だけは逃がさないようにしてきた筈だ」
「与一さんと……師匠の人? が何とかしてくれるといいんすけどね……」
そう言いながら次の階段へと進めていた足が、ぞわりと肌を撫でる嫌な感覚に止まる。
三人が冷や汗を垂らしながら後ろに振り返ると、そこにはローブを着た透明人間──
「……あいつら死んだか?」
「いえ、それなら他の2体と白百合にも囲まれておりますわ。おそらく上に逃げたと気づかれて、1体だけでもと追っ手に差し向けたのでしょう」
「んで、どーするんすか。流石にこれと殴り合うのは無理っすよ」
深月がそれとなく白百合の前に出るが、対抗手段は持っていないためにそれ以上のことは出来ない。それを横目に、エーリッヒが舌を打ってから二人を後ろに下がらせながら魔力を放出する。
「……ちっ、退いてろ」
「え、永律陽さん?」
「対抗手段ならある。……【
続けざまに呟くと、エーリッヒを中心に音が波打つ。まるで彼女の体が音の塊になったかのように周囲に振動が漏れ、更にエーリッヒは言う。
「【
ゴトンと音を立ててエーリッヒの前になにかが積み上がる。言われた通りに耳を塞いだ二人が見たのは、トーテムポールのように縦に並んだスピーカー単体だった。何にも繋がれていないそれにエーリッヒが指を当てて魔力を流した────瞬間。
────バゴォ゛ン゛!!! と、
「づ、ぐっ……逃げるぞ!」
「……今のでやれてないんすか!?」
「風の壁で防がれた、衝撃で吹っ飛んだだけだ。すぐに起き上がってくる!」
その言葉の通りに、後ろをちらりと見れば、多少のダメージはあるのかふらりと起き上がったロイガーが、しかして何事もなかったかのように浮かび上がって三人を追いかけてくるのがわかった。
「……永律陽様、今のは、何発撃てるのですか」
「っ──まさか、反動が……!」
「…………。ああ。流石に幾らか、私もダメージを喰らう。魔力的にも……あと4発だ。【
そう言いながら振り返り、再度バゴォン!! という轟音。再生成したスピーカーから放たれた爆音でロイガーを吹き飛ばすも、今度はエーリッヒの鼻と耳からポタリと血液が流れ出る。
「──あと3発」
「……逃げましょう、今はあのお二方が手早く倒して合流してくれるのを祈るしかありませんわ」
「それで上に上がり続けて、屋上についちゃったらどうします? まさか飛び降りても無傷で済むような魔術があったりするんすかね」
「あ〜、【重力制御】は不得意なのですわ〜」
苦笑しながら目を逸らす白百合に、深月が呆れたような顔をするが、階段を上がって上階に向かう度に追いつくロイガーに音波砲を撃っていては、すぐにエーリッヒがガス欠を起こしてしまう。
さてどうしたものか、と思案した時。三階上がった辺りで再度ロイガーに追いつかれるも、ふと、窓の外からノイズ掛かった女の笑い声が聞こえてくる。
「……なんだ?」
「【──ッハッハッハッハッハァァァ!!!】」
壁と窓ガラスを破壊して、笑い声と共に、ロイガーと三人の間に何かが飛来してくる。
それは巻き起こる煙の中で、鍵のかかった部屋の扉ごと内側へと何かを殴り飛ばし、そして衝撃で煙が晴れると同時に顔が見えた。
「【……あ゛ぁ゛、寒かった】」
それは、
「なぜ……下で戦っていた貴女が外から入ってくるんですの……?」
「【ちょいとばかしイタクァと一緒に宇宙遊泳しててなぁ。こいつがこっちに戻るまで魔力で体覆って死ぬ気でしがみついてたんだよ】」
「この人ほんとに人間なんすよね?」
深月のごもっともな問いに、口に出さずともエーリッヒと白百合も疑問符を浮かべる。
それを知ってか知らずか、丞久は片手に魔力を集中させる。腕が黒い炎のような揺らめく魔力に覆われていくのを横目にロイガーへと向き直ると、一歩ずつ歩み寄りながら口を開く。
「【まだ誰にも殺られてなくてよかったぜぇ? 合法的に
「倫理観終わってますわね」
「与一さぁん、師事する相手は選びましょうよ」
「【うるへ〜〜〜!】」
後ろで好き放題言ってくるのを背中で受け止めつつ、丞久はダンッと強く踏み込んだ。
ロイガーは迎撃するように風の塊を更に強く圧縮して、強力な一撃として放とうとするが────横合いから放たれた爆音の衝撃波に相殺される。
「仕方ないから、花は持たせてやる」
「【……へっ、ナイスアシストォ!】」
腕を覆う魔力がパキパキと硬質化し、振りかぶった拳の上に骨のような手が重なる。
──咄嗟に風の壁を展開したロイガーを、果たして丞久は、その防御ごと上から叩き潰す。
床や壁、天井をも衝撃で大きく亀裂を走らせて、その存在を消し飛ばす勢いで振り抜き床に突き刺さった拳を引き抜いて、彼女は淡々と呟いた。
「【──あと2匹】」
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