「【ふん、じゃあなロイガー。ボン・ボヤージュ……お盆になったら帰ってこい】」
「ボン・ボヤージュのことをカッコイイお盆の呼び方だと思ってるタイプの人すか?」
「【わかってて言ってるに決まってんだろ】」
「その辺の信頼がゼロなんだよお前は」
「いえ、意外と、『死』と『
「【うるへ〜〜〜〜っ! 人の発言一つで盛り上がってんじゃねえぞザコ共〜〜〜っ】」
──ったく。と苛立たしげに呟きながら【
「……ドレスなんかもう二度と着ねえ。着づらいし動きづらいし」
「じゃあ結婚とか考えてないんすね」
「私がガキなんか持ったら
「お前のテンションの振れ幅どうなってるんだ?」
スン、と冷め切ったように気だるげに言いながら、丞久はスラックスを履いてワイシャツを中に仕舞い、上にコートを羽織ってから扉を破壊した部屋の方に視線を向けて首の骨を鳴らす。
「さぁて、イタクァ捕獲作戦を開始すっか」
「神格を捕獲? そんなことが出来るのか?」
「まあ、出来るだろ。色々あって
「……それで、具体的な方法は?」
丞久の言葉にエーリッヒが問うと、彼女は眉を顰めて視線を斜めに上げながら返す。
「知らねー。とりあえず痛めつけて弱らせれば取り込めるだろ、ポケモンみてーなもんだな。私のゲーム歴はゲームボーイが最後だから最近のは知らんが」
「40年以上前の奴っすねそれ」
「レトロを通り越して化石ですわね」
「こいつらさっきから人のことチクチクチクチク刺してきやがってよぉ……」
「おい馬鹿共、まだ戦いは終わってないんだから真面目にやれ────」
呆れ気味に口を開くエーリッヒ──否、中に宿るトルネンブラが、宿り主である彼女を守るべく勝手に音の壁を張る。一拍遅れて深月と白百合を庇うように立つ丞久が、部屋の中から溢れ出た暴風から顔を守ると、勢いよく飛び出したボロ布が逃げていく。
「……逃げられてるが?」
「ほぉ〜、ほぉ〜、ほぉ〜。そうかそうか、そんなにママと鬼ごっこがしたいのか」
「ママ?」
エーリッヒが呟くと、丞久が独り言のように返す。
「ロイガーとツァールとイタクァは、広義の意味で私の子供だったりする」
「こいつが親とか世も末だな……」
「この短時間で2度も言われんの酷くない?」
「桐山様にすら言われるって相当ですわよ」
「というか、方向的にあいつ屋上に向かってんじゃないっすかね」
「めんどくせぇなぁ〜〜〜」
丞久の攻撃のお陰で弱ってはいるのか、その速度は目で追える程度に遅い。
もう少し削るか──と脳裏で思案して、丞久は三人を連れて追いかける。
──その選択が、一人の人生を歪めることになるとは、露ほども思い至らないままに。
──空中に足の裏を乗せられる程度の小さな空間を固定し、与一は何本目かも分からないほどに【
「なあ、白百合。聞いてもいいか」
「なんでしょう?」
「どうしてここまで
後ろから後頭部を狙って飛んでくる一つを、見ずに三節棍を振るって打ち落としながら問いかけると、白百合は与一を見上げてきょとんとした顔で言う。
「貴方の立場で考えれば分かるでしょう? 日本全土に、自分と同じ顔、同じ名前の人間が何十人も散らばって暮らしている。気味が悪いじゃないですか」
「……あ〜、もしかして、わりとシンプルな動機だったりするんだ……?」
与一は言われた通りに自分で想像して、なるほど確かにと合点がいったように呟く。
「『
ゆらりと揺らめくツァールを傍らに浮かばせて、魔力玉を手のひらでもて遊ぶ白百合は、それを両手のひらで押し潰して薄い円盤にする。
「この次元に居るかもわからない本物を除けば、我々『白百合たち』は、全員が偽物で。……ならせめて、私以外の全員を殺せば。偽物が私一人だけになれば、それは本物と言えるでしょう」
「…………拗らせてるなぁ」
周囲に浮かぶ無数の玉が連動して潰れていき、続けてヒュンヒュンと高速で回転を始める。
それを見て、さしもの与一でも嫌な予感に口角をひくつかせて足に力を入れた。
「っ、やべやべやべっ……!」
「──ツァール!」
手のひらに乗せた円盤と、周囲の円盤が凄まじい速度で与一へと迫る。
空間操作で固定した空中の足場を乗り継いで避けると、与一は通り過ぎた空間を飛んでいく円盤が正方形の空間をザンッと切断するのを見た。
更に畳み掛けるように与一の元に飛んできたボロ布を纏う透明人間──ツァールが、足場から足場に移ろうとした所で暴風をぶつけて床へと叩き落とす。
「ぐおっ……な、める、なッ!!」
上から下へと流れる暴風に押し潰されている与一が瞬間的に【強化】の倍率を上げて無理やり風から逃れると、円盤に紛れて飛んできた玉が顔に衝突しそうになり──反射的に上げた腕に接触。
「──っちぃっ!」
回転している玉に魔力を吸い取られていることに気が付き、虫を払うように腕を振って逃れると、魔力を吸った玉は他より一回り大きくなって白百合の方に戻っていく。それを手にして、彼女は笑みを浮かべて中身を自身に分け与えて還元して見せた。
「お前、お前人のモノを……!」
「驚きましたか? 私はこの魔力玉を経由して他人の魔力を奪い取れます。皮肉にも他の白百合は私と同一個体ゆえに拒絶反応はありませんでしたが、どうやら貴方の魔力も悪くはない────」
──すると、最後まで言い切らずに言葉が途切れる。白百合はパッと手で口を押さえると、近くのテーブルに片手をついて、口を押さえていた手で喉を押さえて吐き気をこらえるように顔色を青くした。
「…………き、気持ち悪い……っ!」
「『気持ち悪い』!!?」
「体調が悪い時に揚げ物を食べた時くらい、き、気持ち、悪い…………なん、ですか、この魔力……いったい、
「あ〜〜……俺含めて五人くらい?」
これ以上取り込めないとばかりに、与一の魔力を吸い取った玉を床に放って制御を止めて霧散させる。彼はそれを見て、ちらりと空中を浮遊するツァールを一瞥し、同情と憐憫の混ざった顔をして魔力を集中させ、【韋駄天】を両足に個別に起動した。
「……悪いな、今がチャンスらしい。行くぞ、【韋駄天・
──刹那、ドバンッ!! と床が爆発したように弾け、与一の姿が掻き消えると同時にツァールの体が吹き飛ぶ。続けて天井を足場にした彼の
「っ……! 速さが上でも、この円盤たちの壁を突破できますか……!!」
速度を極限まで高める突進だと察した白百合が、気分の悪い体を守るためにと、高速回転する円盤を自身の周囲に巡らせていく。
「その速さで突っ込めば、自身の体を自身の力で八つ裂きにするだけ──「だから、なんだ」
三歩目。ありえない角度で軌道を変えたピンボールのように、ただひたすらに直進してきた与一は、高速回転する円盤よりも体を硬くさせてそれらを粉砕し、白百合にタックルして壁をも破壊。
「ぉっ、ごっ!?」
通路を経て彼女を窓の外に叩き出すと、【禍理の手】で壁に突き刺して、自分の体を壁と水平になるように吊り下げて固定する。
「俺の体は親から譲り受けた【強化】と相性が良くてな、理論上魔力さえ足りていれば無尽蔵に肉体の強度を上げることが出来る」
「っ、げほっ……!」
「散々殴って破壊したから感触でわかる、魔力玉の硬さは精々が鉄球レベル。なら、接触の瞬間だけでもそれより硬くなればいい」
浮遊させている魔力玉を足の裏に置いて空中に留まる白百合を見上げて、風でバサバサと暴れる衣服や髪を見る与一は、一拍置いて言葉を続ける。
「……俺から言わせてもらえば、お前ら白百合は全員別人にしか見えん」
「────。なん、ですって?」
夜空に浮かぶ白百合の金髪に紛れて、その眼差しが与一を見下していた。
「俺の腕の中で死んだ白百合のクローン、とある村で村長をやってる白百合、才能あるやつを屋敷に集めて催しをする白百合、そしてお前。みんな、顔が同じなだけで、よく見れば全然違う人間だ。……今になってようやく断言できる程度には違ってるぜ」
与一は白百合を見上げて、口角を緩めてあっけらかんとした態度で言う。
「お前らが本当に、真の意味で同一個体だってんなら……なんで世間はドッペルゲンガーだって騒がないんだ? こんなにもわかりやすく顔も姿も同じなのに、誰もそんな噂一つ立てやしない」
「……それ、は…………」
「言い方はドライかもしれないけどな。知ってるか? 世間の人間ってのは、案外誰しも、そんなに他人に興味がないんだよ」
右手に刀を【
「【重力制御】」
「なっ……!?」
唐突に重力の向きが変わり、ビルの壁に落下した白百合は、水平に立ち上がって与一と向き合う形となり──腰を屈めた彼の
「ぐっ、う、うぅうぅぅっ!?」
「もう、良いんじゃないか。いつまでも自分を殺し続けるなんて、虚しいだけだろう。俺がその無意味な行動を、終わらせてやる」
勢いのままに上空へ打ち上がり、空中で刀を振りかぶる与一。だが、白百合の顔を見て動きが止まる。
「……っ、ぁ、ぐっ」
彼女のその顔が、表情が、金髪が、どうしてもイデアと被って仕方がない。
いつまでも引き摺る
「殺っ────せ、る、はず、だ……ッ」
この白百合は危険人物だ。ここで逃せば、もっと力をつけてまた襲いに来る。今が唯一のチャンスだ。斬るしかない。首を刎ねて、確実に殺すしか──
「……くそっ」
「──っあ、ぐッ!?」
ひゅん、と振るわれる刀。それは白百合の顔の、左頬から右眉までを斜めに薄く掠めていく。
それから重力に従い自由落下する二人が屋上に落下。なんとか着地した与一の眼前数メートル先に、白百合はバウンドするように跳ねて落ちる。
「……くそっ、くそっクソッ!」
「…………迷い、まし……たね……?」
のそりと気だるげに起き上がる白百合。彼女は顔に斜めに出来た刀傷に手のひらを当てて、ベッタリと付く鮮血に口角を歪めて笑う。
「ああ、ああ…………。なんて、酷い傷。これで、これで……
「────。何を、言って」
「あぁ……単純な、解決策だったんですね。簡単な、話だった。周りではなく、私が変わればいいだけの、話だったんですね」
理屈として通っているかすら怪しい思考回路を前に、与一は一歩後退りする。
「……ふふ、ふふふふっ。おめでとうございます。これでもう、私が白百合殺しをする理由が無くなってしまいました。貴方は実質的に、『姫』個体と、無数の白百合たちの、命の恩人ですね」
「お前……」
「今は、引きます。またいつかのどこかで、お会いしましょう」
「っ──待て!!」
たんっと軽やかに後方へと跳躍し、屋上の柵を超えて向こうへと落下し姿を消す白百合。彼女が居た痕跡である床の血痕を見て、与一はなにか、致命的に選択肢を間違えたことだけを確信した。
そんな風にしんみりとした空気が流れていた屋上に、しかして一転、下から上へと床が吹き飛び、ビル内から四人の人影が転がり出てくる。
「うぉおぉなんだあ!!??」
「げほっ、おえーっ……よ、与一か?」
「先輩!? 宇宙に行ってたはずじゃ!?」
「あの程度で私が死ぬかよ……」
土埃を払って立ち上がる丞久が、驚愕する与一を横目に近くに転がるエーリッヒと白百合を立たせる。
「そっちは終わったか、こっちはまだだ。いやほんと、最悪の事態になっちまったわ」
「はい?」
──瞬間、土埃がぶわっと晴れて、丞久の視線を辿った与一が目を見開いた。
「……イタクァの野郎、私が嫌だったのかあっちの方が適合してたからか、よりにもよってあのチビ毛玉に乗り移りやがった」
「なん、で……」
何故なら、そこには小さな体からゴウゴウと暴風を撒き散らしてうずくまる深月が居たのだから。
「与一、お前の毛玉が大事なら死ぬ気で制御させろ。それが無理なら────殺さないといけねぇ」
「深月ッ!!」
「【っ、ぁ、あぁあぁぁああ!!!??】」
ノイズ掛かった深月の悲鳴と共に、床を削る威力の風が刃となって辺りに撒き散らされ、そしてじわじわと、深月の長い黒髪のあちこちが少しずつ白く染まっていく様子を目にする。
それはまるで、彼女とイタクァが、体の主導権を奪い合っているようだった。
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