真冬の肌は元々色白な方ではあったが、人形のようになっている前腕から指先までの色合いは、それよりもさらに病的に白くなっている。
そんな左の手首などが球体関節になっていることが、事態の異様さを物語っていた。
「……最初は指先が固くなってた程度で、気づいたら手のひら全体が、手首が、前腕が……って具合に、体がどんどん人形化していった」
「それで万が一にも人に見られる訳にはいかないから、閉じ籠っていた……と。まあ、迂闊に相談なんか出来ないよな」
果たして特殊メイクと思われるか、事実だと理解して恐れられるかのどちらかだろう。
「ところで、こうなる前に妙なものを見たり誰かに変なことをされなかったか?」
「いや、あたしは特に思い付かない、けど」
「……けど?」
思い返すように右手の指で顎を撫でる真冬は、それからポツポツと語り始める。
「結月……行方不明の生徒を知ってる?」
「ああ」
「あいつが居なくなる前に一回だけ『ストーカーされてるかも』って相談してきたんだよ。結月、性格はともかく顔だけは可愛いからな」
「それは真冬にも言えるなぁ」
「うっせ」
適宜軽口を交えて雰囲気を暗くしないようにしつつ、些細な情報もかき集めてゆく。
──ゆえにこそ、おそらく正しいのだろうこじつけめいた結論に至る。
「……もしも羽田結月の失踪と、真冬の人形化は繋がっている……としたら?」
「暴論過ぎないか?」
「真冬の体も心配だし、どちらにせよ行動を起こさないと始まらないだろ。羽田結月の部屋は寮の何階のどこだ? まずはそこから探そう」
ベッドの縁から降りて立ち上がったところ、言いづらそうに視線を斜めに逸らす真冬が、諦めた様子でため息混じりに口を開いた。
「あいつ、寮じゃなくて家から通ってる」
「ここ全寮制じゃなかったか……?」
「強制じゃないから、どうしても嫌なら普通に家から通学しても問題ないんだよね」
「えぇ……」
続けてベッドから降りた真冬が左腕をジャンパーの袖に通してから器用に着込み、左手にグローブを着けて人形化した部分を隠す。
「じゃ、授業サボるか」
「あれ、夏休みは?」
「
「いけない不良生徒め」
鼻で笑いながらも、双方の面持ちは緊張に包まれている。それから廊下に出て鍵を閉め、出入口の方に歩いて管理人室に向かう傍らで、真冬の前を歩きながら携帯を取り出した。
「──、──。出ないな」
「誰が?」
「探偵業の先輩。
「なんて?」
「気にしなくていい」
あの人は今までの事件や事態の全てを自伝や自叙伝にすれば死ぬまで印税で暮らせるであろうレベルの面倒事に巻き込まれ続けているため、連絡できない方が当たり前である。
それどころか外で遭遇しようものならそのまま何かしらの面倒事の巻き込み事故に遭うので、どちらかと言えば会いたくはない。
「あら~与一さん、もういいの?」
何度か掛けた電話が繋がらない携帯を仕舞い、声をかけてきた女性──管理人の声に頭を上げる。管理人室から出てきたところで、後ろをついてきている真冬とも顔を合わせた。
「って真冬ちゃん!?」
「…………っす」
「大丈夫?」
「…………まあ、はい」
閉じ籠っていた罪悪感があるのか、真冬は背中に隠れるようにして管理人に会釈する。
「すいません、数日ほど真冬を預からせてもらえませんか」
「えっ!? 今から!?」
「お願いします」
当然だが訳は話せない。羽田結月の失踪と真冬の身に起きた異常事態を調べるから、などと正直に話せば、管理人をも巻き込んでしまう。
「……う~~~ん、まあいいわっ! こっちで勝手に申請するから行ってらっしゃい」
「い、いい加減……」
「この人はこういうとこある」
悩むのも一瞬で終わり、管理人はあっけらかんと言い放つ。真冬の呆れ混じりの注釈に、同じように呆れたような表情を浮かべた。
「あ、でも明々後日から夏休みだからそれまでに一回帰ってきてね~~」
「っす」
「じゃあ、鍵ここに置いておきますね」
渡された合鍵を廊下の受付の辺りに置いて、管理人を尻目に寮を出て駐輪場に停めておいたバイクの方に向かい、使っていたフルフェイスヘルメットを真冬に被せて予備を頭に被る。
「なんであたしがこっちなんだ……」
「片腕が不自由なんだから念のため」
「あー、そりゃそうか」
後ろに跨がる真冬の左手を掴んで前に持ってこさせ、彼女に右手で動かせない左手の手首を掴ませて上手いこと抱きつかせると、鍵を回してハンドルを握りながら問いかけた。
「結月の家ってどこだ?」
「確か、──の────だったか」
「はいはい」
真冬の情報を頼りにして、バイクに装着した携帯の地図アプリに住所を入力する。きちんと住宅街の内の一ヶ所が目的地として表示されるのを確認してから、ゆっくりと発進した。
──エンジン音を奏でるバイクのブレーキを握り、到着した目的地の家の前で止まる。
羽田と書かれた表札を見て、鍵を抜いてからヘルメットを外し、真冬のフルフェイスヘルメットを引っこ抜いてやると、蒸れたのか真冬は頭を振って髪を右手で掻き上げていた。
「あっっっちぃ……」
「あとでアイス買ってやるよ」
そう言いながら、もう警察の手すら入っていない家のドアノブをひねる。すると、驚くほどスムーズに扉が開け放たれた。
「お、開いてる……まあ、鍵を持ってる奴が行方不明なんだもんな」
「埃臭いな」
「さて、警察の捜査が進んでないのに素人の俺たちに何か見つけられるとは思わないが──手っ取り早く羽田結月の自室でも調べるか」
靴を脱いですぐ近くの階段を上がり、ギシギシと軋む足元に不安を感じつつ、上がりきった先の扉に顔を向ける。扉にはピンクのプレートがぶら下がっていて、『♡結月の部屋♡ 私以外の誰も入るな』と書かれていた。
「いい性格してるな……」
「だから言っただろ、性格はともかくって」
追従して階段を上がってきた真冬に後ろから急かされて、扉の文字のえもいわれぬ威圧感に一瞬躊躇いながらガチャリと開ける。
中は学生の自室のテンプレートなイメージをそのまま形にしたようなシンプルな間取りで、勉強机に本棚、ベッド、可愛らしいゴスロリ服の人形、制服などが置かれていた。
「うん、THE・普通だな」
「荒らされた形跡も何かを隠した形跡も見当たらない……そりゃ捜査が進展しないわけね」
本棚も整頓されていて、ベッドの下にも何もない。机の引き出しに日記が隠されているわけでもなく、ただただ、本人だけがいきなり消失してしまったとしか言えない状況だった。
「……ストーカーされてるかも、って言ってたんだよな。そのことは警察には」
「あくまで『かも』だ。実害が無ければ人影も無いストーカー被害なんて誰が信じるの」
それもそうか、と短く返して、なんとなくベッドの上に転がっているゴスロリ服の人形を持ち上げる。約25~30cmのそれは、艶のある黒いセミロングのあちこちがピョコンと跳ねており、肌はツルツルしていて病的に白くて冷たい。
「結月のやつ、人形趣味なんてあったのか」
「でもこの一体だけだぞ。可愛らしいもんだが……なんか、変な感じだな」
「……与一? どうした?」
両手を脇に差し込むように持ち上げている人形を見ていると、どことなく……
重いから、ではない。もっと根底……奥深く、体から──そう、これは
「……どうしたもんかなこれ」
「なにが?」
「魔力が抜かれてる」
「……なんて??」
体から魔力が抜けて行く感覚と、その原因が人形にあると理解した事実。そして真冬は
どう説明したものかと困りながら持ち上げた人形をまじまじと観察する光景が変だったのか、真冬は暇そうに本棚をもう一度見に行く。
「この子、名前とかはあるのかな?」
「さあね」
などと言いながら改めて観察し、逆に魔力を吸わせ続けたらどうなるのだろうかという好奇心を湧かせていたところ、ふと違和感を覚える。人形を持ち上げている両の手のひらが、じんわりと熱を帯びてきていた。──嫌でも察するだろう、人形が暖かくなっているのだ。
「……なあ、真冬」
「んー?」
「この人形、たぶん────」
『およ?』
──生きてるぞ。そう言おうとしたその瞬間、第三者の声に真冬共々意識が固まる。
『…………?』
「……あー、おはようございます」
『…………!?』
パチリと、人形のクリクリとした瞳が、明確な意思による動きでこちらの顔を見上げてくる。自分が人に持ち上げられている、という状況を理解したのか、すぐさま反射的に顔を蹴られた。
「ぶぇえっ」
『ぎゃ──!? えっち!!』
「なっ……なに!?」
顎を蹴り上げられ、手の力が緩む。するりと抜け出した人形は、天井付近をふよふよと飛び回りながら、きゃーきゃーと悲鳴をあげる。
『人が寝てるときに触るなんて変態めっ! どうせスカートの中とか覗くつもりだったんでしょ!? そういうのは段階を踏んでから!』
「段階を踏めばいいんかい……いててて」
咄嗟のことで後ろに倒れ尻餅をつき、不意の痛みに悶えながらも、ついツッコミを入れてしまう。それはそれとして、驚きの声をあげていた真冬がそれっきり何の反応もしないことが気になり、顎をさすりながらも視線を向ける。
「──お前……!?」
「……真冬?」
その表情は困惑と混乱。現実を受け入れたくないと言わんばかりに歪み、目尻と口角がストレスで痙攣している。人形が動きを止めてそんな真冬を見下ろすと、
『ん? ……あっ、真冬~! なんで私の部屋に居るの~!?』
「なん、で」
『? どしたの?』
わなわなと震える真冬の唇が、浅い呼吸ののち、ポツリと一言だけ続ける。
「…………結月……?」
『そうだよ~。あれ、今何曜日? たしか学校なかったっけ?』
そんな人形は──羽田結月はそう言って、可愛らしくこてんと首を傾げていた。
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