とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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かわらぬ挨拶 2/6

 ──カララン、カララン、カララン。

 

 その音を聞いたのち、気がつけば駅前のベンチに腰かけている。

 事実を理解した瞬間、ぶわりと冷や汗が滲み、手は既にバッグから携帯を取り出していた。

 

「与一! いま、東間ほなみが……」

「死んだ。で、時間が巻き戻った……これは駄目だ、俺の関与できるレベルを超えてる。時間操作系の怪物や魔術は今すぐ専門家(せんぱい)にどうにかしてもらわないと厄介なことになる……!」

 

 直ぐ様電話を掛けるが、案の定先輩は電話に出ない。苛立ちが募りながらも画面の時間を確認すると、時刻は13時5分……それを確認して少し時間が過ぎてから、()()と同じようにパタパタと小走りで駆け寄ってくるほなみが現れた。

 

 

 

「──おはよー、ごめん遅れた! 信号が赤ばっかりで、ほんとごめんね」

 

 ()()と同じようにハンカチで汗を拭い、前回と同じように真冬に反応し、初対面として前回と同じように挨拶をする。

 そして前回と同じように、道路の方からブレーキ音とぶつかる音。それから女性が二人撥ねられた、救急車はまだか、という声がした。

 

「やだ、怖いね……ここ、事故なんてめったに起きないのに」

「真冬!」

「────!」

 

 このままでは順当にカフェに行くことになり、そしてまた落ちてきた少女と衝突してほなみは死ぬ。とにかく流れを変える必要があり、その事を真冬にアイコンタクトして察してもらう。

 

「……よ、与一……気分悪くなってきた」

「えっ!? やだ大変、大丈夫?」

 

 まるで今の事故が原因であるかのように、真冬はわざとらしく顔を青ざめさせた。迫真の演技にほなみは慌てて彼女の背中をさする。

 

「……なあほなみ、今日の予定はキャンセルしないか? 事故も起きて、なんだか気分も盛り下がったし、近場で怪我人が出た状況で食事をするっていうのも……なあ?」

 

 純粋な優しさで背中をさすられていて罪悪感に苛まれている真冬を横目に、カフェに向かおうとする彼女よりも先に帰宅を促す。

 

「えっ、うっ、うぅ~ん……まあ……仕方ない、かなあ……じゃあキャンセルの連絡入れるから、ちょっと待っててね」

 

 そう言って背中を向けて電話を始めるほなみ。今日が楽しみだっただろうことは想像に難くない彼女がこれから死なないようにするための行いなのに、どうしてこちらが罪悪感による精神的なダメージを負わなければならないのか。

 

「このあとどうするの」

「『はいこれで解決しました!』なんてことにはならないだろうからな……でも、こうすればほなみが死なずに済むなら、犯人探しはこいつを帰らせてからすればいい」

「あのビルから落ちてきた……んでしょ?」

「ああ。それに男が見下ろしてたし、ビルの方でも別の事故が起きるのは確実だ」

 

 ──つまり、この短時間で起きるのは、『横断歩道の事故』と『少女の飛び降り』と『ほなみの死』と『ビルの方での事故』の4つ。

 

 横断歩道の事故はもう起きた、少女の飛び降りは救えるか不明、ほなみの死の回避はこれから確かめる。ビルの方での事故もこれから起きることだが、何が起きて誰が死ぬのかは不明。

 

 そもそも時間が巻き戻った条件すらまだ不明なのだ。少女が死んだから? ほなみが死んだから? 両方が一度に起きたから? 前回と違う行動を取ったら? 今は、何もわからない。

 

「お待たせ~、キャンセルしたけどこれからどうしよっか。──与一くん? 顔怖いよ?」

「ん。ああ、いや、なんでもない」

「なぁにぃ、もしかして今日のデートがダメになったから責任感じてるの~?」

 

 ニヤニヤと笑いかけるほなみは、検討外れの推理で勝手に盛り上がっている。そもそもデートじゃないし……と否定するのも野暮か。

 本人の命に関わることなのに、本人だけが蚊帳の外。悪いのは理由をでっち上げてカフェの予約をキャンセルさせたこちらにある。

 

「わかったわかった。じゃあ、あれだ。また今度どっか行くときに付き合うよ」

「ほんと? 絶対だよ? 当然、また真冬ちゃんも一緒に三人でお出掛けねっ」

「あたしもかよ」

「…………そうだな」

 

 予期せぬ乱入を果たした真冬すら邪険にせず、こうしてまた一緒にと言ってくれる。これが東間ほなみという人間の魅力なのだろう。

 

 ──だからこそ、だからこそわかってしまう。異常事態に関わってきた一日の長の経験から、この時間の巻き戻しがまだ続く事と、それはほなみの死がトリガーになっていることが。

 

「どしたの?」

「気にするな」

 

 小首を傾げるほなみの問いに頭を横に振る。帰路を歩きながらそれとなく時間を確認すれば、もう13時19分を回っていた。

 前回の少女の飛び降りが何分に起きたことだったかは確認できていないけど、体内時計が正しければ、恐らくそろそろのはず。

 

「与一くん、真冬ちゃん、私喉乾いちゃった。そこのコンビニでお水買おう?」

「いいんじゃない? 与一、屋内なら安全かも

「そうするか」

 

 上から何か落ちてくるのが死因になりうるなら、店内に避難するのはアリかもしれない。

 まさか重機が降ってきて建物ごと潰されるなんて事はあるまい──と、そこまで考えて、完全に油断しきっていたことを後悔する。

 

 もっと深く警戒するべきだったのだ。今現在、()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

 いざコンビニに入ろうとしたその刹那、こちらに接近してくるエンジン音を耳にして振り返る。奇しくも真冬とほなみと三人で同時に後ろを見て視界に入ってきたのは、一切スピードを緩めるつもりのない大型トラックの姿だった。

 

「────。そこまでするか?」

「よい──」

 

 とん、と。驚くほどスムーズに真冬をトラックの範囲から逃がすように横に突き飛ばし、次はほなみをと思った。しかし困惑と驚愕の混じった表情のまま体を硬直させた彼女を見て、咄嗟に抱き寄せながら強化魔術を全力で使う。

 

 そして、すさまじい質量の衝突で、一瞬ブツリと意識がシャットダウンした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……が、ぐ、お」

 

 軋む体が訴える鈍痛に叩き起こされ、電気が消えた薄暗い店内で目を覚ます。上半身を起こすと、眼前の出入口と窓ガラスにちょうど蓋をするようにトラックがめり込みんでいる。

 

「──いち、与一!! トラックが邪魔で中に入れない! 生きてるか!?」

「う、裏口……」

「東間ほなみは!?」

 

 裏から入れと言おうとしたが、なんとなく見た壁の時計は13時20分となっていて、それから数秒と待たずにかちりと21分になる。

 ほんの数十秒だけ気絶していたのだと理解して、コンビニの外から聞こえてきた真冬の声で僅かにぼんやりしていた頭が働く。

 

 恐らく一緒に店内に弾き飛ばされたであろうほなみを探そうとして、おもむろに床に手をつき、ぬるりとした水気がその手を濡らす。

 視線を下に動かすと、そこには──血の池に沈むほなみが倒れていた。

 

「────」

 

 本気で使った強化魔術で骨と筋肉を頑丈にさせた自分の体を盾にしたお陰で即死は避けたのか、ほなみの腹が小さく上下している。

 しかし店内に弾き飛ばされた際の衝撃に加えて商品棚に叩きつけられた所為か、手足はひしゃげ、割れたガラスが首に深々と突き刺さり、呼吸の度に鮮血が漏れていた。

 

「が、ぶ、ごぼ……よ、いち、く」

「ほなみ、喋るな」

 

 激痛なのかほなみの両目からはボロボロと涙が溢れ、何かを喋ろうとする度に、口の端でブクブクと血の泡が出来ては垂れていく。

 

「ほなみ」

「よい、ち、くん、さむ、いよ」

「大丈夫、大丈夫だ」

 

 先輩ほどでないにしろ、人が死ぬところに立ち会ったことはある。──即死を避けた、けれどもこれから死ぬ人の命が抜け落ちて行くこの光景は、どうにも慣れない。

 そして何より、こんな時でも頭が冷徹になろうとしている自分の事が嫌になる。

 

「……ほなみ、もしもまたループが起きたら、この先もお前は何度も死ぬことになる」

「……な、に?」

「死ぬ運命が殺しに来るのにループの起点から終点までが約15分しかない以上、俺たちはもう、お前を見殺しにする前提で動くしかない」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と。冷徹な頭は、状況整理を兼ねてそんな言葉を口走らせる。

 

「──ごめんな」

「い、い、よ」

 

 きっとほなみは何を言われているのかすら理解できないだろう。それでもこの子は、笑うという選択肢を選んだ。笑みを浮かべて、そしてそのまま呼吸は止まり、瞳から光が失われる。──こうして東間ほなみは、二度目の死を迎えた。

 

「……ほなみ、お前、なんで俺みたいな奴(こんなの)を好きになっちゃったんだよ」

 

 この言葉に、返してくれる奴はもう居ない。続けて遠くから聞こえてくるサイレンとは別の、ガラス瓶の中で何かを転がす音を耳にする。

 

 おぞましくも清涼感を覚える音と共に、視界は白黒に明滅して、そして。

 

 

 

 

 

 ──カララン、カララン、カララララン。




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