尋常ならざる暴風の嵐。その発生源であるうずくまっている深月──彼女と体格が近い白百合が、踏ん張りきれずに吹き飛びかける。
「あわわわわわ!?」
「あっ、ぶねぇ……!」
「探偵、腰借りるぞ」
「冷静な顔で鯉のぼりみたいになってる……!」
突風にまくり上げられたチラシのように持ち上がる体を片手で掴み、刀を手放して先輩の襟首を掴む。
一緒になって飛ばされそうになっていたエーリッヒがこちらの腰を両手で鷲掴みにしてきたが、そんなことより聞くべきことがあった。
「うごぉおおぉお!?」
「それで先輩、なんで深月にイタクァが!!」
「ち゛ょ゛っ゛、首絞まってる絞まってる!」
「先輩!!」
「おげぇええっ……話すからっ離せコラァ!!」
咄嗟とはいえ襟首を掴んでしまい首が絞まっている先輩が、ダンッと足踏みをして、風から全員を守るように眼前に硬質化した黒い魔力の壁を作る。
暴風を遮り吹き飛びそうになった二人をキャッチしつつ、こちらも先輩に向き直ると、気まずそうに視線を逸らしながら言った。
「──で、だな。……えー、あー。なんていうか、そのぉ、な。イタクァ捕まえてハスターの代わりにしようとしたら失敗した。マジでごめん」
「じゃあ判決は死刑ということでよろしいですか」
「待て待て待て待て────っつぉあ!?」
冗談半分……いや冗談三割本気七割くらいで苛つきを向けながら刀を拾い上げて構えると、不意に先輩の張った魔力の壁がミシミシと音を立てる。
そして次の瞬間、何度も叩きつけられた風の塊に破壊され、再度全員が暴風に晒される。先輩と横並びに立って風の刃を打ち払うが、たったの数発で刀が半ばからバキンと折れて刀身が魔力に分解された。
「……これ、先輩の【
「そりゃお前……私のは力のみだったけどチビ毛玉は神格100%だぞ。とはいえ急げ与一、魔力のコントロールが出来てないからでたらめに力をぶち撒けてる状態だ。このままほっといたら、相性がよかろうと体が耐えきれずに破裂するぞ!」
そう言いながら、先輩は【
「【仕方ねえ、盾になってやるからチビ毛玉に近づけ。大事なやつだってんならしがみついてでも離れんな、魔力コントロールさえさせればいい!】」
「あのこれマッチポンプ……」
「【行くぞォ!!】」
「だぁもうクソッ!!」
ゴウ、と炎のように揺らめく黒い魔力を腕に纏い、顔と胸を揃えた両腕で守るボクサーのような防御姿勢を取って駆け出す先輩。
彼女の後ろを追従する形で駆け出し、バシュン! バシュン! と断続的に放たれる風の刃を受け止める先輩を盾にして深月へと近づく。
「【ぐっ、お゛ぉっ……! 内臓に響くぞこれ……っ、与一! 次の一発を受けるから飛び込め!】」
「深月……!!」
宿ったイタクァの意志か、先輩に向けられた巨大なハンマーを思わせる嵐がその身を打ち抜く。斜めにかち上げられてこちらの頭上を超えて飛んでいくのを尻目に、一瞬風が緩んだ深月を抱きしめる。
「【づ、いぁ、あぁああぁっ……!】」
「深月、俺だ。ごめんな、辛いだろ」
「【よ、いち、さん……離れて……! 傷つけたく、ない……これ、抑え、られない……っ】」
「お゛っ、ごっ……!?」
バシュン!! という暴風の刃が、深月の体から放たれてこちらの胴体に至近距離から叩きつけられる。それでも深月を放さないように、背中に回した手に力を入れてスカジャンを全力で掴む。
「ぐえ、がっ……深月っ、いま、キミの体内をイタクァ──魔力の塊が暴れている筈だ」
「【っ……は、い。血管の、中を……針が、動き回ってる、みたいで……】」
「それは今はもう深月の魔力だ。大丈夫、ちゃんとコントロール出来る。俺が体を支えるから、一度深呼吸して意識を集中させて」
「【…………っ】」
幾度となく放たれる風が体にぶつかるが、無視をする。内臓が、骨が、筋肉が軋むが、知ったことか。この場で一番辛いのはこちらではない。
「深月、魔力のコントロールで抑え込むのに必要なのは、如何に心を落ち着けるイメージが出来るかだ。例えば……逆立った毛並みを均すように、丁寧に。ゆったりと、一定の方向に流していく」
「【丁寧に、均す……一定の……方向に……】」
腕の中の小さな体が、呼吸を荒らげながらもなんとかコントロールしようと必死に集中している。
すると、少しずつだが周囲に無差別に放たれる暴風や、こちらを突き放すように放たれる風の刃が、明らかに威力を落としていく。
「【与一……さん】」
「深月……?」
「【たぶん、もう、大丈夫……っす」
それから続けて、周囲の空気が渦を巻いて──深月の中に巻き戻るかのように吸い込まれていく。
そして、玉の汗を浮かべて顔を上げた深月の瞳は、黒に緑が混ざったような色合いになっていた。
「…………すいません、少し、眠い……」
「ああ、大丈夫。寝てていいよ、次に目が覚めれば、家のベッドの上、だか、ら────」
深月を抱いたまま、ぐらりと体が背中から倒れる。胸の上で穏やかな寝息を立てる彼女の温もりが、ちゃんと生きていることを伝えてくれて、ただただ安堵しながら、こちらも意識を暗闇に落とすのだった。
「……なんとかなったか」
「これに限っては全面的にお前のミスだぞ」
「分かっとるわ〜〜〜〜い。しかし、なんつうかなぁ、意外だったな」
「意外、とは?」
気絶した与一と眠る深月を見下ろす丞久が、エーリッヒと白百合に言葉を返す。
「与一のやつがここまで他人に執着したのは初めてだからな。イデア以上か? ……こんなチビ毛玉のどこがいいんだか」
「まあ、探偵の趣味は置いておくとしてだ。このあとどうするんだ?」
「ビルの処理と〜〜民間人の記憶処理と〜〜情報規制と〜〜〜……あー頭がおかしくなる」
「それは元々かと」
「お前ら私の扱い方を心得てきてるな?」
指折り数えてげんなりとする丞久に、白百合がバッサリと言い放つ。
──めんどくせぇ〜〜〜。と呟く丞久は、携帯でメールをしながら、屋上に倒れている二人を一瞥して面倒くさそうに口を開いた。
「こいつらどっちかの家に送っとくか。……いや与一の事務所はダメだな、毛玉抱いてるこいつを見られたら修羅場になるかもしれない」
「じゃあ毛玉の方の家に送ればいいだろ」
「ああ。住所ならわたくしが知っていますから、今から言う座標に【門】を開いてくださいませ」
「ところで、なんで知ってるんだ?」
丞久の問いに、白百合はあっけらかんと言う。
「え。……非合法な手段でちょちょいと」
「そんなこと、しちゃあ……ダメだろ!」
そんな丞久の声が、屋上にこだましていた。
──全身の痛みに起こされて、パチリと目が覚める。感触的にベッドの上なのだろう、むくりと起き上がると、ずしりとした重みが片腕に乗っていた。
「……深月」
「…………んぐごごごご……」
あんまり可愛くないいびきをかく深月が、こちらの腕を枕にして眠っていた。
……というか、ここどこだ。事務所とは違う間取りの部屋。しかして視界の端に映るゴテゴテしたモニターやパソコンを見て、思い至る。
「深月の家か? もしかして」
彼女を起こさないようにゆっくりと、やたらとデカいベッドから降りて部屋を出る。
誰もいない廊下で、敵の白百合と神格たちの攻撃でボロボロになったタキシードから【
「おや、起きましたか」
「白百合。ここ、深月の家か?」
「ええ。数時間前までは永律陽様と明暗丞久も居たのですが、それぞれ帰宅しました。わたくしは、まあ……聞くことがありましたから」
そう言ってティーポットからおかわりを注ぐ白百合が、対面に座るように促す。……あ、こっちの分を用意するとかはないんだ。
「奴の存在がうっすらと感知できます。あの白百合を、殺し損ねましたわね」
「…………悪い。ダメだった。殺るべきだったのに、どうしても、決断しきれなかった」
「わたくしたちがいなかった時に、いったい何があったのですか?」
などと問われて、こちらもどんな会話をしたか、どんな変化があったのかを話す。
──最後まで聞き終えた白百合は、なるほどと呟いて呆れ気味に口を開く。
「やり方や結末はどうあれ、あちらの白百合の凶行はもう行われないのならそれでいいでしょう」
「確信があるのか?」
「ええ。我々『白百合』は、結局のところ『何か』に固執して生きています。わたくしや村の守護者が他人の人生に固執するように、博士個体が絶滅動物に固執するように。あの個体は白百合そのものに固執して、だから、自分以外の全白百合を滅する事で自分といういち生命のアイデンティティを確立したかった」
紅茶を一口含み、飲み込んで。
「それがおそらく、自分が『全く同じ白百合たちの輪』から外れたきっかけとなった貴方への固執に切り替わった。もう白百合への凶行は行われないでしょう。
そんな風に、爆弾を投下した。
「…………なんでこんなことに……」
「貴方がこの世に生を受けたから、ですわねぇ」
クスクスと笑う白百合を前に、こちらも重苦しいため息で返しつつ。
「深月のこともあるし、近い内に連盟組織に顔出さないとなぁ……」
「蓮枯様、イタクァに適合してしまいましたからねぇ。大変ですよ、これから」
「わかってる。……こればかりは、全部、俺が悪いんだからな。責任は取るよ」
こちらの言葉にきょとんとして、訝しげに眉をひそめた白百合が問い返す。
「流石に、あれもこれも自分が悪い、とは生きづらいだけではないかと思いますが」
「────。俺は、お前の屋敷の時点で、深月の記憶を問答無用で消すべきだったんだ」
……白百合はそう言うが、違うんだよ。
「深月の記憶処理を拒否する行動に甘えてしまった。──ほんの一瞬でも『この子に忘れられたくないなあ』って思った俺の落ち度なんだよ」
「……本当に守り抜くつもりなら、二度と魔術の世界に関わらせないようにさせるべきだった、と。まあ、言い分としては理解できますわね」
呆れたような表情を崩さない白百合が、やれやれと頭を振ってから紅茶を飲む。
どう思われようと、呆れられようと、こればかりは絶対に譲れない。
「言い訳はしない。俺が悪い。だからこそ、あの子には自衛の手段とイタクァのコントロールを身に着けてもらわないといけない。そんなあの子を──深月を守る。それが俺の新しい使命だ」
「まあ勇ましい。
「…………ん?」
クスリと笑う白百合が、つい、と指を差す。その動きに従って、そちらを見やると。首を向けた先には、頬を染めた深月が立っていた。
「あの、何が何やらなんすけど……んまぁ、まあまあ。その……ふ、不束者ですが?」
「────。全部先輩が悪い!!」
「前言撤回が早すぎますわ〜……」
「んやぁ〜〜……ちょっと、顔洗ってきますね……」
変な部分からこちらの話を聞いていたのか、妙な誤解をしている深月が、赤い顔を冷ますようにそそくさと浴室に向かう。……まぁともあれ、何十回と続く面倒事がまた一つ区切られ、無事ではないが解決して終わりを迎えたわけで。
「端から見てもお二人はお似合いですが、想いは伝えなくてよろしいのですか?」
「……いいんだよ。別に、恋愛がしたいわけじゃない。そんな暇も余裕もないし」
深月の今後に加え、逃がしてしまった白百合のこともあり、まだまだ不安は残るが。──今はとにかく、こちらと深月のやりとりを愉快そうに眺めていた白百合姫にそう言って何度目かのため息をつく。
……なんだかんだと、忙しなさと面倒事と戦いまみれの人生は嫌にはなれない。
ゆえにこそ、未だにあの子の死を引きずり、死と隣り合わせの人生を送るこんな人間が、無数の知り合いの中からいち個人のみを選び、愛するなどという器用な真似が出来るわけがない。
だから、今はただ。この感情に名前を付け、答えを出さないように。……そっと、蓋をするのだった。
『完』
第三部完、お気に入りと感想と高評価ください。