とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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雪山の悪魔は人形と踊る 1/3

 ──とあるビルで桐山与一たちと戦ったよりも半月以上も前、春の季節の四月も初め。

 

 ビュウビュウと吹き荒ぶ猛吹雪の雪山を、げんなりとした顔を隠そうともしない金髪の女性──白百合が、防寒着に包んだ体を震わせながらザクザクと雪を踏みしめ前へと歩みを進めていた。

 

「……同一個体(しらゆり)を潰し回る傍ら、神格の魔力を感知して来てみたものの……なぜ私がこんな苦労をしなくてはならないのですかねぇ……」

 

 念の為にと数メートル置きに配置した魔力玉が、地動説の惑星のような軌道で周囲をくるくると円運動し、雪に埋もれた木々にぶつかることで危険を察知するのを横目に、白百合は白い息を吐いてぼやく。

 

「まあ、まあ、まあ。いいでしょう、日頃から頑張っている私へのご褒美だと思えば、多少の苦労はこれまでの苦行よりは軽い方です……」

 

 何年も何年も自分と同じ顔の人間を殺してきたストレスを抱えている彼女が、端から聞いていたら身勝手にも思える発言をしながらも歩き続ける。

 

「自分と同じ魔力を奪い、圧縮して還元し、魔力総量と質を高めるだけでは……力が上がるわけではない。やはり、外部から異質な魔力を加えることも視野に入れるべき────とは、いえ」

 

 周囲に飛ばした魔力玉を通して異常を感知していた白百合は、吹雪の向こうに見えてきた大きな影を見上げて言葉を区切って間を置く。

 

「『姫』や『守護者』、『博士』を殺すとなれば、生半可な力では邪魔なだけ。……並以上、を期待していますよ? まったく」

 

 影の正体──雪山の中にそびえ立つ館を見上げ、そう言って玄関の扉へと向かう。

 

「……ふむ」

 

 それからドアノブを捻り、開かないことを確認すると、傍らに浮かばせていた魔力玉の1つを手元に持ってきて、ぐにゅうううっと押し潰す。

 

「おっと、こんなところに鍵が1つ」

 

 続けて薄く伸ばして円盤状に形成した魔力玉を、館に相応しい大きな両開きの扉の間に差し込むと、鍵が掛かっている部分に当たるところで止め──それを超高速で回転させ始めた。

 チュィィィィィン! と、電動ノコギリもかくやと言わんばかりに回転した魔力玉で、火花を散らしながら鍵をガリガリ削っていく。

 

「さてはて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 やがて内部で鍵を切断したのか、抵抗がなくなるのを感じ取った白百合は魔力玉を隙間から出し、円盤状から玉に戻して浮かばせドアノブを握る。

 

「──お邪魔しま〜す」

 

 妙なところで礼儀正しさを見せる白百合が扉を開けると、中は()()()、ほのかに()()()

 

「……人の気配がしないながらに、居た痕跡はある。なるほど、今回は事件が()()()()()でしたか」

 

 後ろ手に扉を閉め、歩を進める。エントランスから二階に上がり、閉め切られた窓を叩く吹雪の音を耳にしながら無造作に扉を開く。

 中に散らばる男女のモノらしき荷物を見て、その持ち主の気配は感じない事から、呆れと同情の混ざったような顔で扉を閉め直した。

 

「誘い込まれて、美味しく戴か(いけにえにさ)れた……と考えるべきでしょうかね」

 

 一人で明るい廊下を歩き、間を置いてから、白百合は心底面倒臭そうに呟く。

 

「とはいえ、館の謎を解きたいわけでもなければ悪い魔術師を成敗したいわけでもないですし────()()のが早いですね」

 

 異質な魔力の発生源は、館の中。けれども、姿は見えない。ならば──敢えて魔力を垂れ流し、向こうから来てもらったほうが手っ取り早い。

 そう逡巡した白百合が、早速と周囲に魔力玉を無数に浮かばせて無防備に魔力を撒き散らす。

 

 

 

「…………おや?」

 

 ──と、直後。館の中のどこかから、過敏に反応した()()()が硬いものを粉砕したのか轟音を奏でて向かってくるのを耳にする。

 ドカドカドカドカ!! という間隔の早い足音が迫ってきて、そちらへと意識を向けた白百合は、見覚えのない怪物たちを視界に入れた。

 

「こいつら……は、違いますかね」

 

 その怪物は、産毛1つ無い骨ばったミイラのような異形であり、辛うじて『人』の枠組みからはみ出ることだけは避けたかのような巨躯を四足歩行で支え、床以外に壁や天井すらも這い回っている。

 

 続けて彼女を視界に収めた3匹の怪物たちは、一拍の間を置いて──空間を軋ませるかのような怒声を張り上げて突進してきた。

 

「これが神格ではないことに安堵するべきですかねぇ……私にも選ぶ権利はありますし、こんなの捕まえても使いたくないし()()()()たくもない」

 

 などと独りごちりながら白百合がパチンと指を弾く。魔力玉の数を増やして高速で回転させ、その指を怪物たちに向けると、それらは銃弾をも上回る速度で射出され怪物たちを迎え撃つように放たれる。

 

 3匹それぞれに砲弾がごとき魔力玉が叩き付けられ、ガゴゴゴゴン!! と鈍く重い音が響く。

 並の生物なら着弾地点がへこむか抉られる威力のモノが幾つもめり込むが、しかし、その想定を下回るかのように怪物たちは無傷だった。

 

「っ! おっ、とと」

 

 再加速して接近してくると同時に振りかぶられた鋭い指先の手を避けつつ、何度か魔力玉をぶつけても結果が変わらないことから推察する。

 

「魔力を圧縮した物質を叩き付けて無傷……となると、何らかの魔術で無敵になっているか、特定の弱点を狙う以外で殺せないか……両方か」

 

 と、そこまで呟いて、円盤状にさせた魔力玉を高速回転させて切断を試みても無傷な光景を前に、げんなりとした顔を隠そうともせずに言う。

 

「非常に、面倒、くさい……っ!」

 

 声を荒らげる白百合の体から、ぶわりと夥しい量の魔力玉が溢れ、それら全てがシュルシュルと音を立てて高速回転し始める。

 効かないとは分かっていながらも、これ以外の攻撃手段を持っていないがゆえに、ひとまずは()()()()ことで時間を稼ごうと判断したのだ。

 

「……仕方ないですね。魔力を浪費するから、あまりやりたくないんですが────」

 

 轟音を奏でて大量の魔力玉を撃ち込み、怪物たちが来られないようにしながら、廊下の幅ギリギリの間隔で4つの魔力玉で特定の形を作る。

 それから強くグッと握り拳を作った白百合の合図に反応して、4つの魔力玉同士でラインが繋がり、1つの結界のような三角錐を作り3匹の怪物を覆う。

 

 

 

「──【重力制御】」

 

 

 

 瞬間、ズンッ!! と凄まじい圧力が加わり、怪物たちがべちゃりと床に押し付けられた。

 

「打撃も斬撃も効果が薄いですが……重圧で押し潰すのはどうですか? これも効かないとなると、いよいよ手詰まりに、な、る…………」

 

 ミシミシと廊下の床を砕く威力の重圧が、怪物たちを襲う。けれども、それだけで終わる。

 何度目かもわからないげんなりとした顔をする白百合が魔力供給を切って魔術を解くと、そこには多少のダメージが入っている以外は大して変わりない姿をしてピンピンしている、怪物の姿があった。

 

「……もう見なかったことにして帰っていいですかね。ダメですねこれ、私の手には負えません」

 

 はぁ〜〜〜〜〜……と重いため息をついて、もはや『面倒くさい』という感情に脳を支配されつつある白百合は、二度目の【重力制御】で3匹の動きを抑制すると横に辛うじてある隙間をすり抜ける。

 

 そのまま来た道を戻り階段の方へ躍り出た白百合の額には、魔力消費の重い魔術を2連続で使った負荷が汗となって滲み、面倒臭さとは別のため息を口から漏らしながらも階段を降りていく。

 

「さて、どうしますかね。ここがテリトリーなら外まで追っては来ないでしょうけど、かといって放置するのは……まあ、私の義務ではないとはいえ……う〜〜ん……どう、します、かね」

 

 玄関に近づきながら、白百合の思考が()()()。このまま逃げるか、どうにか倒そうと試みるか。義務ではない戦いに身を投じることへの是非が渦巻き、それからふと、視界の端で────外から扉が開けられ、二人の女性と鉢合わせた。

 

「……うん?」

『うん?』

『おや、この館の人かな』

 

 灰色髪の少女が訝しむように白百合を見上げ、黒髪を後ろで括った女性が片眉を上げながら彼女に問いかける。しかして、白百合は、二人の異質な雰囲気に対して言葉に出さないように困惑した。

 

 

 

 ──人間? 

 ──の、わりには、気配がおかしい。

 ──怪物じゃない、神格でもない。

 ──第三者の乱入? 

 ──魔術師、に、しては……? 

 

 

 

 返答せず眼前で硬直する白百合を前に、二人は顔を見合わせ、黒髪の女性が言葉を続ける。

 

『そうにしろ、違うにしろ、この館の異常性には気づいているだろう。私たちが気にするべきは1つのみだ、キミが敵か、そうでないか』

「…………。私は……ええ、と」

 

 女性の言葉に白百合が声を詰まらせるが、その数秒後に、二階の廊下からけたたましい足音を立てて一階に向かってくる怪物の気配を察知して、僅かな逡巡の後に後ろ手を向けて指を差しながら言った。

 

「──少なくとも、アレに襲われてる立ち位置です」

『なるほど、なるほど。であるならば……だ、今はとりあえず、脅威を除くとしようか』

『それもそうね。それじゃあ、ちょっと貴女』

「あ、はい、なんでしょう」

 

 パンと手を叩いて話をまとめた女性の横で、灰色髪の少女がジトッとした眼差しで白百合に問う。

 

『魔術師なのはわかってるから、手短に教えてくれるかしら。貴女は何が出来るの?』

「────。魔力を圧縮して形成した玉をぶつける程度の、簡単なモノくらいなら」

『ああ、そう。道理で、私たちより先に来ていたわりに倒せてないわけだわ』

 

 呆れたような物言いで、少女が白百合の横を通り後ろに歩くと、今まさに迫ろうとしている怪物たちを見据えて手袋を嵌めた手のひらを翳す。

 

 ──刹那、少女を軸に周囲を回転しながら何十本もの軍刀が次々と複製されていき、それらが白百合の魔力玉もかくやと言わんばかりの速度で射出されると、呆気ないほどに簡単に怪物たちの体に突き刺さり、壁や床に縫い留めて動きを止めてしまう。

 

 

 

『ウェンディゴ──イタクァの奉仕種族ね。こいつら、刺突しかまともに効かないし、心臓を潰さない限り死ぬことはないのよ』

「……もう少し早く知りたかったですねぇ」

 

 ドドドッ! と連続で3本の軍刀が怪物たちの胸元に突き刺さる光景を見ながら、白百合は静かに、二人への警戒心を強めながらそう呟いていた。




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