春の季節、四月も初め。そんななか、2体の生き人形が、猛吹雪の雪山を彷徨っていた。
『ねえ、今って何月だったかしら』
『四月に入った辺りだね』
『……ここ、どこだったかしら』
『日本の雪山だね』
『…………もしかして、この時間軸は季節が狂っているのかしら?』
『まさか、四月ならまだまだ雪山登山が出来る場所はある。ここも
視界を埋め尽くす雪。足と膝の間までを埋める雪。別に死にはしないからと形だけ着ている防寒具とむき出しの顔にバチバチと当たる雪。
『この異常気象、確実にこの先に面倒事があることを指し示している。要は
『別に障害は排除すればいいだけだから、それはいいのだけど。……どうするの? このまま彷徨いていたら私たち氷漬けよ、ハル』
『生かさず殺さずの氷漬け状態でも復活できるかどうかは気になるところだけどれも、確かにそれは今するべき実験ではないな』
少女にハルと呼ばれた女性は、それに──と呟いて、吹雪に
『この魔力の威圧感、驚いたな。神格の類いだ』
『ああ、確かに。……なんでこんなところに?』
『こんなところだから、かもしれないね。──ふむ。ものは試しだ、誘いに乗ってみるかい?』
『まあ、いいんじゃない?』
肩を竦める少女。ハルが彼女と共に歩いてしばらく経つと、それから少しして、吹雪の奥に巨大なシルエットを捉えて2体は瞼を細めた。
『…………館ね』
『館だね。こんなところに』
『……罠?』
『まあ、罠だろうね』
ザクザク雪を踏みしめて歩き、玄関の方まで向かうと、2体は更なる違和感を目の当たりにする。何故なら、玄関の扉が既に少し開いていたのだから。
『ねえハル、鍵が開いてるみたいよ?』
『この猛吹雪で扉を閉めていない時点でおかしい、が。……何時でも
近づいて無造作に扉を開け放ち、ハルと少女は館に入る。果たして
──ボロボロと崩れて消える3匹のウェンディゴを横目にして、ハルが口を開く。
『そうだ、一応の自己紹介はしておくべきかな』
そう言いながらパッパッと頭の雪を払い、結んだ髪を防寒着の外に出しながら続ける。
『私は春秋、この子はエリーだ』
『エリーよ、よろしく。で、貴方は?』
「…………。白百合、ですが」
『ふぅん、珍しい感じの名前ね』
「────」
ハル──有栖川春秋と、少女──ソフィア・エリンドールの傍で名前を明かす白百合は、2人の反応を見て【遍在】する
『それで、だ。白百合クン、キミはいったいどうしてこんな所に居るんだい?』
「私は、まあ……端的に言うと迷い込んだ……としか……んまぁ、まぁまあまあ」
『キミも魔術師だからねえ。そりゃあ、おいそれと事情は話したくないか』
「いやあ、まあ、そうですねぇ」
春秋の言葉に、白百合も視線を斜めに逸らしながら誤魔化す。やれやれと肩を竦める春秋はそれ以上は追求せず、それから一階の通路の奥から聞こえてくる轟音を三人が耳にしてそちらを見た。
『別に白百合が何を企んでいようとどうだっていいのだけど、今はとにかくウェンディゴを全滅させたほうがいいんじゃない?』
『そうだね。奉仕種族が居るということは、親玉だって居る筈だ。この豪雪の原因は間違いなく、この辺りにイタクァが居るからだろう』
「……イタクァを、殺すんですか?」
『出来るならやるが、出来そうにないなら……時間稼ぎに徹して実力者を呼ぶしかないかな』
白百合の問いに春秋が返し、エリーと共に傍らに【
「まだ居るんですか……」
『ウェンディゴは人間をイタクァに捧げて同族を増やすの。例えば、館の人間たちがイタクァにウェンディゴにされて、私たちのように迷い込んだ客人を捕らえて更に捧げた──と考えれば辻褄も合うわ』
周囲にヒュンヒュンと高速回転させている軍刀を射出してウェンディゴに突き刺していきながら、エリーが気だるげに言う。
彼女が動きを止めて、春秋が杭を心臓に突き刺すという効率的な攻撃で1匹2匹3匹と仕留める数を増やしていくのを見ながら、白百合は思案した。
──このまま怪物の相手は任せるとして。
──イタクァを殺されるのは困る。
──上手いこと成果は掠め取りたい。
──利用するだけ利用して、というのも、多少なりとも罪悪感はありますが。
一瞬、冷めた眼差しを向けるが、白百合は小さくため息をついて殲滅されていくウェンディゴを見やると呆れ気味に言葉を続ける。
「それにしても、私は相性が悪いのもあって今回はやることがないですね」
『貴女の魔力玉は尖らせられないのかしら』
「無理ですねぇ。生成時の魔力効率なども考えて術式を構築しているので、『円・丸』から形を変えようとすると魔力玉自体の形が崩れるんですよ」
『特定の
「それはそれでキツいのでは……?」
冗談めかして口を開く春秋に苦笑しながらも、白百合とエリーと三人でウェンディゴの崩れて消える死体を踏み越えて廊下を歩いていく。
すると、歩いて一分もしない所の室内側の壁には穴が空いており、反対の壁──窓には吹雪がバチバチとぶつかり、ガタガタと音がしている。
「地下……ですか」
『どうしてこう、この手の館には怪しげな地下があるのだろうか。決まりでもあるのかい』
『どっちでも良いわよ。……ハル、先導して。白百合は真ん中、私が殿を務めるわね』
「さいですか」
壁に空いた穴の奥に見える階段。それを見て口々に言い放つ三人が一列になって階段を下りると、春秋が【
『ふむ。アレらが収まっていただけあって、地下室は広く作られているみたいだ』
一番下まで降りて周囲を照らした春秋が、そう言いながらLEDランタンを【
「…………あれが、イタクァ?」
『厳密には、
『たまに居るのよ、ああいう
「……それは、言うほど悪いんですか?」
『良くはないだろう。神の力を宿したが最後、普通の人生を送れなくなるのだから』
春秋は、脳裏に実例とも言える
うずくまる人影──自分たちよりも遥かに幼い少女に見える存在を前にして、春秋とエリーは同情的な眼差しになり、そしてイタクァが目的である白百合が、ランタンを持つ手とは反対の手を翳して幾つかの魔力玉を生成しシュルシュルと高速回転させる。
「それで、どう、するんですか」
『うーむ。そう、だな。……まず私がコミュニケーションを取ってみよう、もし会話が成立するなら、可能な限り平和的に行きたいところだね』
などと呑気に言い放つ春秋が、懐中電灯を片手に無防備に適合者へと歩み寄った。
気配には気づいていたのか、接近を感知してピクリと反応した少女が、おもむろに頭を上げると三人の方に顔を向けて無機質な濁った瞳で捉える。
『────。あ、これダメだな』
『……馬鹿』
「なっ──!?」
刹那、魔力と共に膨れ上がった敵意と暴風。
──自分たちが完全に敵としか認識されていないことを春秋が確認するのと、懐中電灯を握る手が防寒着に包まれた腕ごと風の刃に切り落とされて宙を舞うのは、果たして同時だった。
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