春の陽気が落ち着きつつある五月初頭の昼。建物の隙間を縫うようにして駆け回る金髪の女性が、ふとビルの屋上に飛び移り足を止めた。
「……チッ、また反応が途切れた」
舌を打って不機嫌な声を漏らし、彼女は携帯の地図アプリを開いてメモを残す。
「さっきはあっちで、今回はここ……反応がこの方角で途切れるってことは、この範囲か」
指で地図上に円を描き、それを何度か繰り返し、円を繋げて作ったドーナツのようなマーキングの中心にある建物をくるりと囲んで言う。
「……もう、あの一件は全部終わったもんだと思ってたんだけどなァ」
小さくため息をついて、
「V.I.Pの次は、無垢神教……か。道理で、あたしの中で【
はた迷惑なことに体内に宿り、そして消滅を免れた残滓が異能力として残って、今ではこうして事件が終わっていないことを知らせている。
女性──有栖川真冬は、この問題が確かに前回の件と地続きにあるのだと、静かに確信していた。
「──無垢神教?」
「ええはい、知ってます?」
『いや知らん知らん。なんそれ』
数時間前の朝。小柄な女性──秋山小雪を桐山探偵事務所に迎え入れて話を聞いていた真冬と、生き人形サイズから人間大に可変させた体でテレビに向き合い、ゲームをしながら耳だけを傾けている少女──羽田結月が、問いに対して疑問符で返す。
「あたしも知ら……いや、なんかどっかで聞いたことあるな。なんだったか」
「え〜と、秋山さんからは『有栖川真冬はこう言えば乗り気になるぞ』って言ってましたね。──
「────」
その言葉を聞いた瞬間、真冬の眉がピクリと跳ね、背もたれにぐだっと預けていた体を起こして前のめりになると聞き入る姿勢に入る。
「で、無垢神教ってのは?」
「あ、答えてはくれない感じですか……はいはい、説明しますよ〜。無垢神教というのは、簡単に言えば幼い女の子に神性……いわゆる異能力だとか神の力を宿らせることを目的としてクローン生成を行っている中々にイカれた組織ですよ」
『ヤバヤバのヤバじゃん』
ゲームを一時停止してコントローラーを置いた結月が会話に混ざり、裸足でソファに胡座を掻きながらそう言って顔をしかめる。
人形の時のゴスロリ衣装とは違いシンプルなワイシャツとスラックスを着ている結月は、特徴的な跳ねたセミロングの髪を後ろで結んでおり、真冬の隣に座って小雪と向かい合うと口を開いた。
『ふーん。小雪さんは今回それを追ってんの?』
「そうなりますねぇ。というのも…………んまぁ、まあまあまあ、ちょっと、色々、ありまして」
『すんげぇ嫌そうな顔するじゃん』
「何があったの」
結月の問いに困ったように呟く小雪。真冬が改めて問いただすと、少しばかり疲れたような顔色で深く息を吐いて言葉を絞り出す。
「このあいだ、秋山さんが親子を保護して連盟組織に加入させたんですがねぇ〜〜……娘さんの方がとんでもないくらいのじゃじゃ馬で……」
「なに、そいつも魔術師側の人間なの?」
「人間……ではないんですけど、まあ可愛い娘さんですよ。パワフル過ぎるだけで。有り体に言うと避難もとい逃げてきました」
『ほーん、つまり砂糖とスパイスと素敵なものいっぱいにケミカルXを混ぜた感じの子なのね』
「それはパワパフ…………いや古いネタ持ってくんなよわかりづらいから」
などとツッコミを入れる真冬に、小雪は続ける。
「──で、ですね。今回の件は、ある街の一角から異質な魔力反応が確認され、探りを入れた結果そこが無垢神教の支部と思しき施設だと判明したわけでして。ここから近いということで私が選出されて、助っ人に桐山探偵事務所が選ばれたというわけです」
『いま与一居ないけどね。なんか最近、お気にのチビ毛玉を優先してるから』
「ああ、それで秋山さんが連盟組織に残るって言ってたんですか。来客がどうのこうのと言ってたので、たぶん与一くんのことですね」
なるほどと合点がいったように頷く小雪。彼女はさて、と言って真冬と結月に視線を送った。
「どうでしょう、手伝っていただけるのであれば……充分な報酬はお支払いしますが」
「もちろんやるけど、そういうのは全部与一の口座に突っ込んどいて。給料もらうときに今回の件の分を上乗せしてもらうから」
「ええ、ええ。そうしますとも」
『んじゃまあ、行動開始って感じ?』
「そうですね、可能なら」
「可能可能。結月、ゲーム終わらせて」
『うーい』
セーブを済ませて電源を落とす結月を横目に、上着を着込む真冬と体を伸ばす小雪が立ち上がり、彼女がサイズを人形大に戻して玄関に向かう二人についていくと、扉を開けた先から驚いたような声がする。
『ほいじゃ行くぞォ!』
「うおっ!?」
「……あ?」
驚愕する男の声。聞き覚えのあるそれに疑問符を浮かべて事務所の外に顔を出した真冬は、勢いよく出てきた結月に驚く男を見て口を開いた。
「……あ、太陽さんじゃん」
「お、おお。結月とお嬢か、ビックリしたぜ」
『めんご』
「私も居ますよ〜、夏木太陽さん」
「あんたは……確か、秋山のとこのおチビ?」
「どうもぉ」
男──夏木太陽は、室内から外にひょこりと顔を覗かせる真冬と小雪を見てから、外に躍り出ていた結月を一瞥して半歩後退りしていた足を戻す。
『なんか用すか? これから仕事なんだけど』
「いや特に。たまたま暇で、近くを寄ったから与一に顔見せに来ただけだ」
「与一なら居ないっすよ、なんか……事務所に来た毛玉みたいなチビ連れて出てるんで」
「毛玉のチビ? …………まあいいか」
真冬の言葉に何かが引っ掛かったのか、太陽は小首を傾げるも気にしないことにする。そんな彼を見て、小雪がふと、口角を緩めて提案を投げかけた。
「ところで太陽さぁん、貴方いま、たまたま暇って言いましたよね?」
「ん? おう」
「で、し、た、ら〜……私たちの仕事、手伝ってくれたりしませんか?」
「仕事だぁ?」
下から見上げながらさすさすと揉み手する小雪に、さしもの太陽でも首を傾げる。
「広義の意味で言うところの、いわゆる街と人を守るためのお仕事ですね、はい」
「あぁ……
苦笑しながら視線を斜めに上げる太陽は、逡巡してから腕を組んで仕方ないとばかりに頷く。
「──良いぜ。人助けは教師の義務だからな」
「いやぁ助かりますね〜」
『いいんだ……』
「いいのか……」
結月と真冬の声が重なり、それを余所に小雪と太陽がガシリと握手する。
──妙に力強いな。と
「ところで、具体的に何をしようってんだ?」
「あ〜〜……簡単に言うと、ちょっとしたクローン実験施設の強襲、最悪の場合は人造神格の殺害──つまるところ、神殺しですね」
「ん?? ……あーすまん、なんて???」
「私たちと共に、神を殺しまっ、
「?????」
最後の発音がやたらとネイティブだったこと以上に、発言の軽さに反した重さを困惑する頭の中で理解して、太陽は小雪と真冬たちを交互に見比べ、ドヤ顔の小雪を一瞥してから改めて真冬と結月を見る。
「こんな……こんなカジュアルに神殺しを提案されることがあんのか……!?!?」
『あるんだよなぁ……』
「なんならこの光景もう見たわ」
──逃さないとばかりに握った手を離さない小雪に対して驚愕の声を上げる太陽。
そんな二人を見て、真冬と結月は、いつぞや以来の既視感に顔をしかめるのだった。
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