とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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ヴォイドアウト・ピュア 3/4

 ひたり、ひたり、ひたり。硬い床を裸足で歩いている音が、四人の方へと近づいてくる。

 

『どーすんの?』

「…………。あたしらで戦う戦わない以前に相手がどんなもんかの確認だけしておきたい、一旦通路の角に隠れつつライトで照らす」

「それじゃあまぁ、攻撃が飛んできたら各々が自力で回避ということで。決して受けないように」

「受けないように、って言われてもな……」

 

 手早く動き、真冬の頭に乗っている結月以外の三人が壁沿いに張り付く。

 通路を挟んで懐中電灯を【召喚(コール)】した小雪が反対側に立つ太陽の方へ投げ渡し、同時にカチリとスイッチを入れて足音の方向を照らした。

 

「対応を考える前に、相手が敵として、何をすれば攻撃が来るかは見分けたい。目視、音、匂い、魔力、光源……これで幾つかは判別できる」

「そのいずれでもない場合は?」

 

 下から舐めるようにライトを照らしていく小雪の問いに、真冬はあっけらかんと言う。

 

「その時は……オペーレション結月を敢行する」

「なんですかそれ」

「生き人形の不死身という特性を活かして敵の真横で大量のC4を【召喚(コール)】させるだけ」

『 人 権 って知ってるゥ!?』

おい、声がでけぇぞ

 

 器用に小声で怒鳴る太陽が、三人を横目に片手間で通路の奥を照らす。

 続いて小雪が照らしていくと、その先から聞こえていた足音がピタリと止んだ。

 

「……! お嬢、()()ぞ」

「二人でそのまま照らして。攻撃が来るなら……あたしの【虚空神話(ヴォイド)】ならたぶん受け止められる」

 

 いつでも異能を扱えるようにしながら、顔だけを覗かせて通路の奥を見やる真冬。彼女が懐中電灯で照らされ足を止めた相手を視界に捉えると、訝しむように眉をひそめてその正体を口にする。

 

「……事前に聞いていたから察してはいたけど、子供ね。パッと見……中学生くらいの女の子」

「────。ああ、俺の方でも見えた」

 

 足音の正体、それは真冬の言葉通りの幼い少女だった。ソフィア・エリンドールとはまた違う、絵の具の黒と白を混ぜたような濃い灰色の髪を短く揃え、丈の短い病衣から伸びる手足は細く色白。

 けれども確かに、その身に纏う魔力の量と異質さは、常人の平均を遥かに上回っていた。

 

「こっちは見えてるはず、騒ぎも聞こえてるとして、光にも反応は……してるか、だから足止めたんだし。でも攻撃はしてこない……と」

『ていうかこれ、どーすんの? 人造神格っつったって見た目女の子を殺すのも流石にさぁ』

「俺も勘弁願いたいところだがなぁ、この惨状の犯人だとするなら捕縛くらいはするべきか?」

「それやろうとした結果が惨状(これ)なんじゃないですかね。まあそれは兎も角」

 

 会話をしながらも意識は少女から外さないようにしている四人は、少女もまた自分たちから意識を外さないようにしていることを確認。

 だらりと垂れた両腕には何も握られておらず、全員の覗き込む顔を見やる瞳はぼんやりとしていて無機質。その様子を眺めていた小雪がおもむろに手元に拳銃を【召喚(コール)】すると、当然のように発砲した。

 

「うおぉい!?」

「……おや、無反応」

 

 少女の裸足すれすれに着弾して床に穴を空ける銃撃を見て、太陽が声を荒らげる。

 

「うーん? いよいよをもって、何に対してどう反応するのか分からなくなってきましたね」

『魔力は?』

「それが判断基準ならあたしらとっくに攻撃されてるでしょ。……試しに空間置換(いれかわり)してみようか」

『あー、攻撃ではない行動も攻撃扱いになるかどうか試そうってこと?』

 

 首を傾げる小雪の横でそう思案して、真冬が魔力を薄く迸らせると、両手を叩ける位置に持っていきながら少女の方へと顔を向ける。

 

「無反応ならもうそれでいいわ。さっさと位置入れ替えて捕まえて終わりに────」

 

 呟きながら視線を少女に合わせ、その存在を意識し、手を叩いて異能を行使しようとした──刹那。

 

 突如として少女の顔がぐりんと動き、曲がり角から覗かせていた真冬の顔をピンポイントで捉えたかと思いきや、少女の背中でぐにゃりと空間が歪み、透明な何かが空気を裂いて飛んできた。

 

「──う、ぉ……っ!?」

 

 視界の端から壁を巻き込む軌道で()()()何かが迫ってきたのを前に、真冬は咄嗟に空間置換に使おうとした魔力で眼前の空間をズラして円形の盾を作る。

 直後、ガゴォッ!! と轟音が響き見えない何かを受け止めた空間のズレは大きく亀裂が走り、少女は更に2本目と3本目の『何か』を振るう。

 

「や、べ……っ!」

「させるか、よォ!!」

 

 2本目に砕かれ、素通りした3本目が真冬に当たる寸前で、横合いから伸びた黒い魔力を纏う腕にその先端が衝突。ミシリと嫌な音を奏でる腕で辛うじて軌道を逸らし、防御をした正体──太陽は、透明な()()を見てあまりの威力に衝突部位を片手で擦る。

 

 当たった部位だけが抉れている硬質化させた魔力を霧散させると、その中から出てきたのは、上着の袖すらも消し飛び真っ赤に腫れている左腕だった。

 

「…………こりゃあ、俺のポジションに居るのが与一か丞久としても2重の意味で骨が折れるぞ」

『まあでも耐えてるし大丈夫じゃない?』

「いや無理無理、耐えたのは偶然だ。こんなの2発も3発も貰ったら腕が千切れちまう」

 

 などと言いながらも、太陽はいつでも魔力を放出できるようにしながら一歩前に出る。しかし彼を含む四人は、ふと違和感を覚えた。

 

 

 ──追撃される気配が無い。

 

 

「……動きが、止まった……?」

 

 何か動きがあれば即座に反応できるようにしていた全員が、自分たちを見ながらピタッと動きを止め、透明な『何か』を引っ込める少女を一瞥する。

 

 無意識に言葉が口から漏れた真冬は、隣でゆらゆらと銃口を揺らす小雪と、頭上で8の字に飛んで注意を引こうとする結月の動きを見て、視線を辿らせるだけで無反応の少女に対する確信を得た。

 

『無反応っすね』

「私が拳銃を向けているのに攻撃してこない……ということは、つまるところ」

「──意識を向ける+一定以上の魔力を放出、この二つが合わさってようやく反応(カウンター)してくる、って感じね。さっきのは、あたしが入れ替わりのためにこいつに意識を向けながら魔力を出したから条件を満たしちゃってて、今はそうじゃないだけ」

「……あ、俺が魔力を引っ込めたのも偶然とはいえ条件から外れる行動だったのか」

 

 警戒心を強めながらも、確信に近い仮説を立てて魔力を操作しないようにして、四人は視線だけで動きを追っている少女の前に立つ。

 

『魔力を燃料にして飛んでる私にも攻撃しないし、これ何も考えずにただ紐で縛ればよくない?』

「もし直接的な接触にも反応するようならカウンター食らいますし、それはやめた方が良いですねぇ」

「んで、どうする?」

「……一応の目的は人造神格の殺害ですからねぇ〜。かといって……これは直感ですが、銃で直接撃とうにも防がれそうですし」

 

 小雪が気だるげに拳銃の照準(サイト)の出っ張りで額を掻くような動きをして、その流れで銃口を改めて少女の頭に向けて引き金に指を置く。

 キリキリキリ、と力を入れていく──瞬間、不意に通路の天井付近に設置された辛うじて無事だったスピーカーから、ノイズ混じりの声が響いた。

 

【──やめておけ。魔力を伴わない物理攻撃を当てた場合、超高速反応で防御したうえで、それを行った相手を殺すまで止まらないプログラムが組まれている。今日はそれで23人が死んだ】

「おわっ」

 

 驚いた拍子に力が入り切り、パンッと乾いた発砲音が鳴る。咄嗟に片手で銃口を塞いだ小雪のその手に、高速回転する鉛玉が直撃して痛みが走った。

 

「あ(いて)ぇ〜〜っ」

【お前たち……我々が雇った在野の魔術師の生き残りか? 朝からの虐殺で、うちの研究員もろとも全員死んだと思っていたが……】

「いてててて。……えーと、生き残り……?」

【なんだ、違うのか?】

「いや生き残り生き残り、ここに残ってるのはあたしらだけ。あんたは?」

【私か? 私は────】

 

 さらりと嘘をついた真冬の断言に声の主はそこで一度区切り、スピーカー近くの監視カメラを少女の方に向けると、一拍置いて言葉を続ける。

 

【──その前に、人造神格Ver.CTを隔離する。その場から2メートル下がりたまえ】

「ん?」

 

 そう言われ、疑問符を浮かべながらも四人は言われた通りに少女から離れる。

 すると、少女の前後を挟むように上から降りてきたシャッターが、ガシャンと彼女を閉じ込めた。

 あっさりと隔離してみせた光景を前に、太陽がぼそりと愚痴をこぼす。

 

「……最初からやれよ」

【無理だ。人造神格Ver.CTは、移動できなくなったと判断してから1分後に、こちらが攻撃せずともCTを展開して壁かシャッターに穴を空ける】

「CTって?」

【その説明もしてやるから、ひとまず私の研究室に来い。ロケーター代わりに非常灯を点滅させるから、それを辿るといい】

 

 そこで、プツンと通信が途切れる。そして早く来いとでも言わんばかりに、四人の背後で壁に埋め込まれた非常灯がチカチカと点滅して急かしてくる。

 

「虎穴に入らずんばなんとやら、か。敵の誘いに乗る形にはなるが、行ってみるか?」

「話に進展が欲しいし、このままだとあの人造神格を殺そうとしても返り討ちに遭いそうだし、あたしとしては行っていいと思う」

 

 太陽の問いに、真冬がちらりとシャッターで閉ざされた向こうを横目にして言葉を返す。

 とはいえ、反論する理由もないために、それから特に何も言わずに四人で非常灯を辿り、数分掛けて通路の奥に掛けていく。

 途中で後方から凄まじい轟音が聞こえてきて嫌な予感を覚えたが、けれども到着した目的地の部屋に、念の為にと小雪と太陽が先導して侵入する。

 

「……ふむ。やはり見覚えがない……が、まあいい。在野の魔術師なんていちいち覚えてられない」

『──!?』

「──! あんた、それ……」

「おいおい、マジかよ」

「これはまた、むごい」

 

 中に入った三人と、人形の振りをして真冬の頭にうつ伏せでしがみついて動かない結月が、室内に入ってすぐ視界に入った女性を見て驚愕する。

 

「さて、時間もない。単刀直入に言おう、私たち無垢神教は……()()()()()()()()()。お前たちには、人造神格Ver.CTを殺す手伝いをしてもらう」

 

 そう言って、額に汗を滲ませて深いため息をつく女性。それも当然だろう。

 

 なぜなら、彼女の左腕は付け根から指先までが無く、右足の膝から下が無く。

 その断面からは、包帯での止血も無駄な程にぼたぼたと血が垂れているのだから。

 

 

 

「どちらにせよ、私はもう失血で死ぬ。……拒否権はない、何が何でもやってもらうぞ」

 

 ──ヒビの入ったメガネの奥で、女性の瞳には、裏切りに対する報復という名の炎が灯っていた。




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