とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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ヴォイドアウト・ピュア 4/4

「……なにが、あったわけ?」

 

 代表で真冬が女性に問いかける。椅子の背もたれに深く体を預ける彼女は、痛みに顔をしかめながらもポツポツと言葉を紡ぎ始めた。

 

「そうだな……話すと長くなる。簡潔に済ませると、先ず以前に……ある計画で人造神格(クローン)を作った。空間の裏──別の次元にある魔力を取り出す新型エネルギー計画というものだ。虚空に干渉する為の力、器、心……まあ、その人造神格も死に、開発事業の関係者が皆殺しに遭い、計画は失敗に終わったわけだが」

「……………………。そ、そう」

 

 ふい、と視線を逸らしながら真冬は短く返す。まさかその件の当事者だとは口が裂けても言えず、意識がハッキリとしていない女性には真冬の中に人造神格(ヴォイド)の残滓が残っていることも分かっていないのだろうと思案して、とにかく誤魔化す方向に舵を切る。

 

「その後……今から一ヶ月くらい前に、次の依頼が来た。『自分が精神を移して使う為の人造神格を、スペア込みで3体作ってほしい』と。個人が3体も運用する事については……疑わしくはあったが、我々には疑う義務が無い。金もきっちり支払われては何も文句は言えなかった。まあ、誤算は依頼者が既に研究員と精神交換を行い侵入してきていたことなのだが」

 

 ──お陰でこのザマだ。

 

 女性は自虐気味に口角を歪め、無くなった左腕と右膝から下に視線を送る。

 

「まったく……お前たちがどこに隠れてやり過ごしていたかは知らないが、大変だったんだぞ。研究員から更に人造神格Ver.CTの3号機に精神を移したヤツは手当たり次第に殺戮を始め……我々も咄嗟に空間転移用の【門】を開いて2号機を今は使われていない支部に押し込み、3号機も人造神格の試験運用時に使う【門】以外の出入口が無い人工都市に隔離してやったが……まあ逃げられているだろう」

「というか、よく依頼者本人だって分かるな?」

「3号機に精神を移したヤツが自分で『注文通りの素晴らしい肉体だ』と言っていたからな」

「あぁ、そういうタイプの敵か……」

 

 太陽の呆れたような声を横目に、女性がふと片手でデスクのキーボードを叩くと、何かのダウンロードを始めるモニターの前で口を開く。

 

「さて、本題に入るが、お前たちにはこの施設内を徘徊している人造神格Ver.CT・1号機を殺してもらう。支部に追い出した2号機と乗っ取られた3号機のことはひとまず置いておけ、ありゃどうにもならん」

「言い切りましたね……?」

「お手上げだお手上げ。あとでこのデータを土産に連盟組織にでもタレコミしてあいつらに戦わせておけばいいんだ、1号機の首と今ダウンロードしてるデータがあれば流石に殺されはしないだろう」

「……ん〜〜まあ、まあまあまぁ。それは……時と場合によるとしか言えませんが

 

 最後だけ小声で呟く小雪は、それとなく後ろ手に隠した携帯を操作してビルの住所を連盟組織に送り、医療班を手配させる。

 ダウンロードが半ばまで進んだ辺りで、女性は失血でぐわんと揺れる頭を振って意識を保った。

 

「それで、だ。人造神格Ver.CTの殺し方だが、これは大きく分けて2つだ。1つはアレらより上の力で叩き潰す、もう1つは……こいつを打ち込んで細胞と魔力を内部崩壊させて弱らせてから叩き潰す」

「どちらにせよ上から叩き潰すんだな……って、そりゃなんだ。注射器?」

 

 女性が片手でデスクを掴んでキャスター付きの椅子を動かし、近くの小型冷蔵庫のような箱の中から1本の注射器を取り出す。

 透明な容器の中には、毒々しい黒と紫の混ざったような液体が満たされている。

 

「この中には、人造神格Ver.CTにのみ効果があるウイルスが入っている。打ち込めば内側で細胞や魔力と食い合って対消滅し、肉体強度とCTを構築する魔力が目に見えて弱体化するはずだ」

「……さっきから言ってるCTってのはなんなの?」

 

 針が蓋で隠された注射器をとりあえずと一番近くに居た太陽に投げ渡す女性に、真冬が聞きそびれていた疑問を問いかけると、彼女は数拍の間を置いてから右往左往する視線を戻してから言った。

 

「…………ん、ああ。言ってなかったか、いかんな、頭が回らなくなってきている。……で、CTか。それは依頼者のオーダーで追加した人造神格の武装……超高密度魔力による擬似筋肉、いわゆる触手だ。透明の触手(ClearTentacle)──略してCT、名付け親は私ではないぞ。ここの連中はネーミングセンスが無いから困る」

 

 やれやれ、と右肩を竦める女性の言葉を聞いて、例の透明触手に触れたことのある太陽が腕に触れた感覚を思い返して深く頷いた。

 

「筋肉、触手……なるほど。俺の腕に触れたあの感覚は確かに、なんつうか、クソデカいタコ足っぽかったな。威力は馬鹿げてたけどよ」

「ああ、わかるよ。私も3号機のCTに手足を()()()()()だけでこうなったのだから。アレは言うなれば、自在に動くプレス機みたいなものだ」

 

 ──と。そこまで言った辺りで、モニターに映るダウンロードの表記が完了を知らせる。

 女性は挿してあったUSBメモリを抜いて先ほどのように太陽に投げ渡すと、改めて深く腰掛け直して、疲れたように長く息を吐いた。

 

「……あとは、そうだ、この部屋と真反対の位置にある部屋に、例の隔離された人工都市に行く【門】を開くための装置がある。ここから遠隔操作で開けば、閉鎖されたこの部屋から出るために1号機が移動を始めるだろう。その後ろをついて行って、向こうでウイルスを打ち込んで死ぬのを待てばいい」

「それあたしらが出られないじゃん」

「問題ない、人工都市の方にも出るための【門】を開く装置はある。中身が人間の3号機はとっくに脱出して行方を眩ませているだろうが、プログラムで動く人造神格(1号機や2号機)は出られない。お前たちは、1号機が内部崩壊で死ぬのを待ってから装置を使って脱出しろ」

 

 ぽつぽつと喋りながら、女性はゆったりとした動きでキーボードを叩き、最後にエンターキーを押して、それから真冬たちを見やると。

 

「……【門】を開いた、何が何でも1号機にウイルスを打ち込め。お前たちが死んでも、他のやつらに2号機を殺させろ。それじゃあ、まあ、なんだ」

 

 ぐったりとした姿勢で、腕を投げ出して。女性は虚ろな眼差しで見据えて──

 

「製作物を壊すのは技術者の理念に反するが……私たちとて、別に無作為に虐殺がしたいわけではない。……勝手ですまないが、あとは頼む」

 

 その言葉を最後に、項垂れて、動かなくなった。

 

 

 

「……ほんとに勝手だけど、まあやるしかないか。安らかに眠ってちょうだい」

 

 はあ、とため息をついて、真冬がそう呟いてから女性に歩み寄る。せめてネームタグから名前でも判明しないかと、物色するべく観察しようとしたとき、彼女は違和感を抱いて指先を首筋に当てる。

 

「────。んん??」

「どうした? お嬢」

「いや、この人……()()()わ」

「なにぃ?」

「なんか……普通に生きてる」

 

 真冬の指先が脈を感じ取り、それから手のひらを口元に当てると、か細く浅いが僅かに吐息が吹きかけられる。致命傷と失血で危うくはあるが、どうやらギリギリのところで命を繋いでいるようだった。

 

『あの流れでマジで安らかに眠ることあるんだ。ヒュンケルかなんか?』

「一応、この建物に連盟組織の医療班を手配させておいたので大丈夫かと。あとは時の運ですね」

「……じゃあ、俺らはさっきの……人造神格1号機? を倒しに行けばいいのか」

「そうするしかないでしょ。あ、傷口もっと縛っといたほうが死亡率も下がるかも」

 

 念の為にと更に患部をキツく縛り直す真冬が止血を終わらせ、四人で部屋を出る。【虚空神話(ヴォイド)】としての空間干渉能力が、例の【門】の位置を感知し、数分ほど歩いてその部屋へとたどり着く。

 部屋には無数のパソコンや部品をケーブルで繋いだ円形の機械が鎮座し、それを()()として扱い、内側に【門】を形成していた。

 

「ここに来るまでに1号機とは会わなかったし、この先に居るってことでいいのよね?」

「でしょうねぇ。では早速行きますか?」

 

 つい、と指差して視線を向ける小雪に真冬と太陽が頷き、決心して横並びに歩いて【門】を跨ぐ。

【門】を跨いだ一瞬、エスカレーターに足を置いたときのように立ち位置がズレる感覚に襲われたが、それが空間を超えた感覚だと無意識に察する。

 

「……人工都市、ね。どの国のどこにこんなもん作ってやがるんだかな」

「東京の都心っぽいけど、アメリカっぽくもある……変な感じだわ」

 

 太陽と真冬が思わずそう呟く。ビルの地下の中から、一転してどこかの都市部を再現したようなコンクリートジャングルに移動している状況。

 その異様さは、上を見上げた際に見えた空にある境目のようなモノがなければ、本物の地上と見間違えていただろうと思わざるを得ない。

 

『それはともかくさぁ、さっきの子を見つけてウイルスぶち込むんでしょ? こうも広くちゃどう探せばいいのか分かんないよねぇ』

「あの女性も探し方は教えてくれませんでしたものねぇ。最悪の場合は魔力を撒き散らしながら歩くことになりますが、どうしましょうか────」

 

 うーん、と悩みながら、結月の小雪がそう言いながらなんとなく顔を横に向けて道路の奥を見やる。

 それは純粋なる偶然とも言えるし、はたまた──怒号のような声が聞こえたからとも言えた。

 

 

「うおおおおお来るんじゃねえ〜〜〜〜ッ!!」

 

 

「ん?」

『今なんか……』

 

 それから一拍置いて、広い十字路の右から左へと駆けていく姿が二人の視界に映る。それは見覚えのある成人男性と、見覚えのあまり無い小柄な少女と、一切見覚えの無い女性の三人組だった。

 

「なんっ、でっ、お前がここに居るんだよ!!?」

「今一番会いたくない人なんすよあんたはぁ!?」

「まあまあまあまあ、そんな悲しいことはおっしゃらずに! 一度立ち止まって話し合いましょう!」

 

 ズドドドドド! というけたたましい足音を立てて駆けていく三人。成人男性は足元の影から伸びる禍々しい『手』で飛んでくる魔力の玉を弾き、小柄な少女はその身に風を纏って走っている。

 そして二人を追いかけている金髪で()()()()()()()女性は、頭に獣の耳を生やし、腰の辺りからも──九本の尾を生やして全力疾走していた。

 

「なに、どうしたの」

「1号機が居たか?」

『い、んやぁ〜〜……?』

「なんと、言い、ますかぁ……?」

 

 太陽と真冬が振り返り、絶句していた二人に声を掛けると、結月と小雪はどう反応すればいいのかわからないように言葉を詰まらせる。

 

『なんか、なん、かさぁ……見覚えのある探偵と、見覚えのあんまりない毛玉が、見たことないケモミミ女に追いかけられてるんだけど』

「なんて???」

 

 口角をひくつかせてドン引きしながら説明する結月に、真冬は疑問符を浮かべて言葉を返す。

 ──数秒後に、その説明が事実であることを理解することになるのだが、それは新たな疑問と困惑を生み出すことになるのは言うまでもない。

 

 ──なぜこの場に、居るはずのない者たちが来ているのか。それは桐山与一がこの日、別件で動いていた結果、偶然にも真冬たちと同じタイミングで人造神格に関わっていたからに他ならなかった。

 

 

 

 

 

『続』




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