ビルで起きた白百合との戦いから、それなりに時間も経過した五月初頭。
毛玉の大学生こと蓮枯深月が色々あってその時にイタクァに適合してしまったことで、責任を取るべく彼女に異能の制御を教えている……の、だが。
個人で教えるのにも限界というものがある。こちらとしてもあくまで魔力の制御方法を教えて暴発を防ぐ程度しか出来ないために、今回は新たな人選による刺激を求めて、連盟組織にやってきたのだった。
「与一さん与一さん」
「ん? どうした?」
ゴウンゴウンと降りていくエレベーターの中で、ふと深月が声を投げかけてくる。
「ここって、あの時の…………丞久? さん? が所属してる組織なんすよね?」
「そうだね」
「なんで私たち、都心の高層ビルに入ったのに地下に降りてるんすかね……?」
「あのビルは単なるデコイだからね。上に行っても何の関係もない普通の会社員しか居ないよ」
「悪の組織みたいなカモフラージュすね」
「────。間違っては、いないかなぁ」
連盟組織そのものは世界平和……というか敵性魔術師の対処とかで結果として国や人を守ってる組織だから、まあ、
「……それで、私は今日からここで訓練することになるんすか。いつもの公園とかではなく」
「俺が教えられるのは基礎的な魔力制御くらいだからねぇ。実戦形式とかで訓練するとなると、多少暴れても問題ない場所が必要になるから」
「神格の魔力に耐えられる訓練センターが、連盟組織の中ってことっすか」
などと会話していると、長いこと動いていたエレベーターが止まって扉が開く。
こちらの先導で通路に出て、いつぞや以来の訓練室に向かいながら続けて口を開いた。
「深月の魔力制御もまだまだ甘いし、たまに暴発して宙を舞ってるしね。もしアレを人に見られたら、キミのアダ名が風の又三郎になっちゃうよ」
「別にくるみもかりんも吹き飛ばさないっすけど、まぁ確かに人に見られるのは不味いですもんね」
合点がいったように呟く深月。彼女が後ろをついてくるのを確認しながら歩いていると、目的地に到着して揃って足を止める。
「ここっすか」
「そう。……あ、今回の訓練に付き合ってくれる人、わりとスパルタというか雑というか、んまぁそう……厳しいから気をつけてね」
「なんで入る直前で言うんすか???」
「いや言い忘れてて」
ドアノブを捻りながらそう言うと、深月の疑問付混じりの声が飛んでくるが、言い忘れていたものは仕方がないだろう。恨めしそうな眼差しを背中に受けつつ扉を開き、有無を言わせず中へと入る。
相変わらず凄まじく広い体育館のような訓練室には連盟組織の戦闘員や調査員もおり、そして目的の人物である今日の先生こと秋山さんを見つけ────
「……んん??」
「あの、あれは……??」
「おう。時間通りに来たか」
訓練室のど真ん中に仁王立ちしている秋山さんを見つけて、そちらへ向かった……は、いいのだが。なんというか、こう……なんかおかしくない?
具体的には──なぜか女の子を肩車しているのがもうおかしい。しかもその子は、白髪の頭に白い犬のような耳を生やしているし、長い髪に紛れて同色の尻尾が揺れている。どこから突っ込めばいいんだ。
「……秋山さん」
「なんだ」
「誰との子なんですか」
「俺の娘じゃねえよ」
「あ、よかった実在してるんだ。俺たちにしか見えない妖怪なのかと思った……」
肩車している女の子が左右にぐわんぐわんと揺れるのに合わせて上半身がワイパーみたいに揺れている秋山さんは、そう否定してから女の子の胸ぐらを掴んで横にポイッと容赦なく投げ捨てる。
「鬱陶しい」
「ちょっ!?」
一瞬ギョッとしたけど、女の子は空中で身をよじって四つん這いで軽やかに着地すると、なぜか尻尾をブンブン振り回して戻ってきて秋山さんの足にしがみついていた。もしかしてあの耳と尻尾、本物……?
「…………まさかなぁ」
「? なんすか?」
「いや。なんでもない」
どことなく抱いた既視感。いつぞやに夢の最深部で出会った
──こういうときの勘って当たるんだよなぁ。とは口には出さず、改めて問いかける。
「それで、その子は?」
「……先にこっちのこと話しとくべきか。つってもまあ特にドラマがあったわけじゃねえ、このあいだ向かった先で保護した親子の娘の方だ」
「はあ、娘さん」
「こいつはシロ。ウボ=サスラの雛を使って作られた擬態人間で、狼の遺伝子も混ざってる」
「…………はい?」
秋山さんの足にしがみつきながらこちらと深月を興味深そうに眺めてくる少女──シロちゃん。
なにやら話を聞くに、ニホンオオカミの再現をしようとしていた研究所ではショゴスを使っていたが、結果が芳しくないためにウボ=サスラの雛を利用し始めて……色々あって壊滅したらしい。
秋山さんは来た時点で既に半壊していたのを後押ししただけとか弁解してたけど、トドメを刺したのは間違いなくあなたですよね。
「──こっちからも聞くが、そいつが例の……イタクァの適合者か? 丞久の報告通りだな」
「絶対まともな報告書出さないでしょあの人」
「ああ。添削する係のやつは毎回頭抱えてるぜ」
「……えーっと、報告通りというと?」
おずおずといった様子で深月が声を出すと、秋山さんは特に悪意はないだろうけど鋭くなってしまう目線で彼女を見下ろして口を開く。
「蓮枯深月、20歳、水角大学2年生、在野の魔術師・桐山与一と接触しこちら側に関与、イタクァを制御し神格の魔力と異能を得た……と」
「あれ、普通の報告っすね?」
「これは添削後のやつだ。添削前の丞久の報告そのまんまだと『チビ毛玉、確かみづき? とか呼ばれてた気がする。あと与一はロリコンの可能性が高い、ヤバいかもしれん』って書かれてたからな」
「えぇ……なんすかそれ」
想像の5倍くらい酷い報告だな、と思いつつ。なんかいま……不名誉な文章がなかった? と一拍遅れて気がつき問いかける。
「誰が、なんだって?」
「お前が、ロリコン」
「たぶん秋山さんに限っては人のこと言えないと思うんですけど……??」
しがみついているシロちゃんに視線を向けながら、脳裏には小雪さんの顔を思い浮かべる。
あの人、確か……戸籍上は成人してるけど、実年齢はまだ14くらいだったよね? どちらかと言えばロリコン扱いされるのは秋山さんじゃない?
──こちらは大人なのでそんな追求はせず、喉元まで出かかったそんな言葉を飲み込む。
「俺がそう思ってるわけじゃねえよ。丞久もふざけ半分だろ、そいつがチビだから一緒にいるお前をそう扱った。馬鹿の考えそうなことだ」
「あの〜、デリカシーって知ってます?」
「先輩と秋山さんには無いものだよ」
「お前後で覚えてろよ」
三人揃って渋い顔をしているのを、おそらくシロちゃんは不可思議そうに見上げているだろう。
それはさておき、互いの近況を知り合ってから少しの間を空けて、改めて会話を続ける。
「まあそれは置いといてだ、今回は蓮枯深月がイタクァを制御する訓練をするんだろ」
「そうですね」
「……というか具体的に、私はこの力をどう使えばいいんすかね? 与一さん的には……私も戦いに参加すべきだと思います?」
ちら、と。深月は不安そうに見上げてくる。こちらとしても戦わせたくはない、が、そういうわけにもいかないのが世の常だ。
「────。戦う戦わない以前に、まずイタクァの制御は出来るようになるべきだ。深月の意思とは関係なく、この世界の魔術師、魔術、神格、怪物……『敵』はキミの準備を待ってくれない」
「……ま、それもそうっすね。このまま放っておいた所為で体内で爆裂! とかされても困りますし、バックアップが手厚い内に飼い慣らしておけば、いざって時に逃げる手段にはなりますからね」
なるほどと合点がいったように頷くと、早速と深月はまぶたを閉じて集中を始める。
ぬぅぅぅぅん……と唸るようにして集中している彼女だったが、それから少しして閉じたまぶたを開き、悩むそぶりを見せて言った。
「そもそもの話なんすけどね」
「うん?」
「
「……うん??」
──異能って、どうやって、使う?
「『異能ってどうやって使う』……? あれ、まずそこからだったっけ?」
「なんか当たり前のように話が進むから聞きそびれたんすけど、いやほら、私の中に宿るイタクァが暴走しないように魔力を抑えてるじゃないすか」
「そう、だね……?」
「魔力の制御
「…………。そう、だったね……!」
そういえば、そうだったね……!!
──果たして深月のイタクァ制御訓練は、最初の一歩目で躓くのだった。
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