とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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風を纏うは未熟な王 4/4

 ──脳が揺れて、視界がぐわんぐわんと大きく歪む。ゴム弾をこめかみと顎にばかすか撃ち込まれて、力の抜けた足が自然と座り込んだ。

 

「んぬ、ぬぉおぉん……!」

「………………よ、容赦ねぇ……っす」

 

 こちらの傍らには、そう呟く深月が、モサモサのロングヘアーに埋もれるかのようにしてぐったりとうつ伏せに倒れていた。

 

「ふん。3分18秒、【風纏の王(イタクァ)】の起動回数12回。起動時間は最終的に4.8秒から5.2秒の間を行ったり来たり……ま、及第点か」

 

 横に座るシロちゃんにジャーキーをポイッと投げ渡す秋山さんが、そう言いながら片手の撃ち尽くしたリボルバーを魔力に分解して懐から携帯を取り出す。

 

「…………。ふぅん。おいお前ら、このあと暇だろ。仕事の時間だ」

「いやちょちょちょちょっ秋山さぁん!?」

「ンだよ」

「一旦休憩しません? 俺らついさっきまで全身余す所なく撃たれてたんですけど……!?」

「ちっ」

「し、舌打ちされた……」

 

 画面を見て何かを確認していた秋山さんの無茶振りに抗議をするも舌打ちで返され、しかし休憩は認められてようやく一息つく。

 

「まあいい、休みながらでいいから聞け」

「うっす」

「…………っす〜……」

 

 狼から少女に姿を戻したシロちゃんに肩車みたく乗られながら、秋山さんがこちらに合わせて座ってからぽつぽつと言い始める。

 

「実はな、無垢神教が動いてる」

「無垢…………V.I.Pですか」

「に、クローンを発送してたところ、だな。つまりどこかの誰かが依頼した」

 

 ピクリと目元がストレスで跳ねる。また、あいつらは何かしでかそうっていうんだな。

 ──そして、また脳裏にキミの顔がちらつくことになるんだな。なあ、イデア。

 

「小雪が任せろっつうからあいつにやらせてるが、さっきあいつに向かわせた所とは別の施設から特殊な魔力が観測されてなぁ」

「ぁ〜〜〜…………あー、そこに行ってこいと」

「まだ脳が揺れてんのか?」

「誰の所為だと思ってるんですかね」

「俺」

「自覚、アリ……!」

「反省はナシっすけどね」

 

 少しずつ平衡感覚と目眩が治まってきて、秋山さんの言葉が耳に入ってくるようになる。

 

「人造神格を作ってまたなんかやらかそうとしてるなら、潰す必要がある。そんなのが二箇所に現れたとなると、小雪たちにもう片方にも行ってこいと命令するのも難しい、というわけでだ」

「ちょうどよく、そこに鉄砲玉が2発も転がってきたから撃ち込んでやろうってわけですか」

 

 あぐらをかいて座るこちらの膝に頭を乗せてぐったりしている深月の髪をさらさら撫でつつ、呆れの混ざった苦笑をすると、秋山さんはシロちゃんにあげていたジャーキーを自分もつまみながら返す。

 

「わかってんじゃねえか」

「……なんで自分で行かないんすか」

「お前らとの予定がある所に二箇所目の魔力反応が出たんだよ、それに二箇所どころか三箇所目まで発生したらいよいよ俺が出張ることになるんだからなんの問題もねえだろ。普通に報酬も出すし」

「わかるか深月、スパルタ訓練からの実戦任務。これが連盟組織だ」

「絶対にここにだけは就職しちゃいけないってことがよく分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ブロロロロ、とエンジンを奏でるバイクを止めて、深月と共に降りてヘルメット共々【召喚(コール)】したそれを魔力に分解する。

 

「このビルすか」

「聞いた位置情報が確かなら、ね。地上六階の狭いビル……こりゃ本拠地は地下かな」

 

 人の気配がしない、しかし確かに少しばかりの異質な魔力が上ではなく下から漂っているのも加味すると、いつもの魔術的アジトって感じだ。

 

 警戒しながら中に入ると、ビル内は誰も使っていないのかガランとしていて、室内の奥にあるエレベーターも電源が入っていない。

 

「与一さん与一さん」

「んー?」

「このビル、館内のマップだけ見た感じ、地下が無いみたいっすよ?」

「まあそれは今から判明するよ」

「はい?」

「【禍理の手】」

【あいあ〜い、お任せあれー】

 

 足元の影からにゅっと現れた2本の『手』が、即座にエレベーターの扉を引き裂くように左右に開く。一緒に現れた雅灯さんが、傍らにふよふよ浮かびながらこちらを見て少しばかりムスッとする。

 

「なんですかなんですか」

【いえいえいえいえ? 私だって? 自分から空気の読める善良な悪霊を自称しているわけですから? 最近出番が無いことに文句は言えませんが?】

「拗ねないでくださいよ」

「幽霊も拗ねるんすね」

 

 つーんとしながら空中に三角座りの姿勢で回転している雅灯さんを見て、深月も呆れている。

 

【愛しのあなたに都合の良い時に都合よく使われるのも悪くないですけどねぇ〜。やっぱりこう、鞭ばかりはいかんのですよ。飴ちゃんもくれないと】

「実体を得てくれないとあげられるものもあげられないので諦めてください」

【頑張っちゃおう、カナ!?】

「やりすぎたら岩塩撒きますよ」

「あ、悪霊だから塩効くんすね」

【掛けられすぎると、この半透明ボディがちょっと溶けますよ〜。すぐ戻りますけどね】

 

 カラカラと笑いながら、雅灯さんは【禍理の手】でこじ開けた扉の方を見やると、霊体を利用して上半身を床に突っ込ませて下を確認した。

 

【う〜〜〜ん、結構深めのスペースがありますよ。地下があるみたいです】

「つっても、どうやって降りるんすか? エレベーター本体が邪魔で下に行けないっすよ」

「あー……秋山さんコピーしとけって言われた穴空けるやつがあったはず、え〜〜〜と、脳内データベースの……これだな。【召喚(コール)】」

「…………。杭?」

 

 確か範囲と距離を指定して、刺した場所を基点に円形の穴を開けるんだったか。

 事前に聞いた通りにエレベーター内の床の直径を調べてから、真ん中にグサッと突き刺して起動。数秒の間を置いて、杭の側面から出たワイヤーが床に刺さると、ジジジジッと音を立てながら高熱を放つ先端が回転して床に丸い穴を空ける。

 

 自重で下に落ちていった床の一部が、一拍置いて下方から遠さでくぐもったガラァン! という音を響かせた。確かに下にかなりのスペースがあるな。

 

「じゃ、降りよっか」

「……え、どうやって」

【私が居るじゃないですか〜?】

「あー、あー…………。マジすか」

 

 こちらと雅灯さんを交互に見やる深月が、()()()()()降りるかの方法を察して渋い顔をする。

 

 まあ他にいい方法もないしね。ともあれ【禍理の手】の指先を床にめり込ませて固定し、深月を抱き上げて穴から下へと自由落下。

 人造神格のモノであろう魔力がある階層までヒュウウウと空気を裂いて落下して、それから少ししてから反応の強い深さの扉の前でブレーキを掛け、背中から更に伸ばした複数の『手』でこじ開ける。

 

 振り子運動の要領で中に飛び込み、【禍理の手】を解除して着地し、深月を降ろすと──室内には上でうっすら感じ取れたのと同じ、しかして人造とはいえ神格であることに変わりはない魔力が熱気のようにむわりと溢れてぞわりと頬を撫でた。

 

「……これが、人造神格とやらの魔力すか」

「人造ではない神格を宿したキミでも嫌な感じがするみたいだね」

「まあそりゃ、敵地で緊張しながらだと嫌なもんは嫌ですよ。こんなの」

「そりゃそうか」

【与一くん与一くん、あっちから異音がしますよ。マシンの駆動音、ですかね】

「あっち?」

 

 深月の嫌そうな顔を横目に、不意に暗い室内で怖さ3割増しな雅灯さんが指さした方には、通路が伸びていて歩けそうだった。

 人造神格と遭遇する可能性を考慮して警戒しながらそちらに向かうと、扉ごと切り刻まれ、深い切り傷が入った壁を見つける。

 

【だぁれも居ませんよ】

「……扉の残骸が外側にある、つまり何者かが中から出てきたってことだね」

「それが例の、人造神格?」

「かもね」

 

 短く返して、中へと入る。

 

 そこには複数のパソコンやサーバと繋がった金属製の輪っかが鎮座していて、その輪の中──否、()()()()に、別の空間が広がっていた。

 

「これは……【門】か、どこに繋がってるかわからないけど、人造神格がここから出てきたと仮定したら…………別の場所に飛べるように、この【門】の向こう側にある空間が中継地点になってるのかな。これは閉じておかないと面倒なことになりそ────」

 

 ピリッ、といううなじに駆け抜けた嫌な予感。振り返りつつ可能な限りの【禍理の手】を展開して、深月を抱き寄せ鎖と『手』で全身を包み込む。

 

 次の瞬間、視界の奥──通路の外からこちらを見ていた灰色髪の少女が、見えづらい魔力の塊を伸ばして『手』に叩きつけていた。

 

 

 

 

 

「う゛、お゛っ!?」

 

 1秒、ほんの1秒だけ意識が飛んでいた。背中にぶつかる硬いアスファルトの感触を感じつつ起き上がると、謎の少女が跨いだのを最後に彼女の背後で開いていた【門】が閉じ、少女もまた逃げるようにして背中から伸びる魔力の塊……触手? を地面に叩きつけて反作用で体を跳ねさせてその場から消える。

 

 咄嗟のガードに使った【禍理の手】を咲いた花のように開くと、そのほとんどがえぐれ、ひしゃげ、破損しているようだった。なんてパワーだ。

 

「今のが、人造神格か……深月!」

「う、うぉおっ……大丈夫、っす」

 

 衝撃で少しばかり目を回していた深月が、こちらの腕の中で意識をはっきりさせた。

 

「俺たちに追撃せず逃げた……俺の魔力に反応して咄嗟に攻撃しちゃっただけ、とかか? というかこの空間……なんか、()()な」

 

 上を見れば空があるが、どことなく開放感が無い。おそらく、どこかに作られたハリボテの都会、人造神格に加えて人造都市とはなんでもありか? 

 

「……これ、こっからどうするんすか」

「秋山さんからは人造神格の抹殺を命じられてるけど、どうしたもんか────」

 

 と、そこまで口にして、不意に。再現された街なかの通路からこちらに曲がってきた何者かと鉢合わせ、そして深月と同時にギョッとする。

 

「──まあ、まあまあまあまあ! こんな所で出会えるだなんて!」

「な、ん、うん!?」

「うっ…………わぁ」

 

 ぱあっと顔色を明るくさせる金髪の女。その顔に刻まれた刀傷が、否応なしにこちらに嫌な記憶を思い出させる。彼女は間違いでも何でもなく、あの日あの時殺し損ねた同一個体の一人だった。

 

「なんで、白百合が、ここに居る……!!?」

「いわゆる一つの運命、ですね!」

「違うと思う!!」

 

 なんだ、なん、だ!? なんであの時自分の顔を切り裂いた相手であるこちらに、あんなにも()()の籠もった顔を向けてくる!? 

 

 異質な雰囲気の白百合が、こちらに駆け寄りながら、その身に纏う膨大な魔力を変質させて体に這わせて異能を口にする。

 感情の変化もそうだが、白百合の中にある魔力もおかしい。ここはとにかく逃げたほうがいいと、そう判断して深月とアイコンタクトして即座に駆け出すが。それよりも早く、白百合の言葉が耳に届いた。

 

 

 

「【王爻怨黎玉藻前(おうこうえんらいたまものまえ)】」

 

 

 

 つい先ほど人造神格から感じたものとは違う、同等かそれ以上の嫌な予感。

 白百合の頭にはぴょこんと獣の耳が、腰の辺りには九つの尻尾が生えたかと思えば、ぐんと上がった身体能力で加速してこちらへと追い縋ってくる。

 

「怖い怖い怖い怖い! なんなんすかあれ!?」

「うおおおおお来るんじゃねえ〜〜〜〜ッ!!」

 

 人造神格を探して訪れた先で、殺し損ねたあの日のあいつと鉢合わせる。いったい、これは、どんな罰だと言うのだろうか。

 

 果たして本来の目的が頭からすっぽ抜けるほどの恐怖を味わいながら、我々は二人で、乱入してきた第三者からの逃亡劇を始めることとなるのだった。

 

 

 

 

 

『続』




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