とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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王爻怨黎玉藻前 1/4

 ──殺生石、と呼ばれるモノがある。それは有毒ガスが噴出する火山にある岩を指すこともあれば、九尾の化け狐が退治された際に岩に変身した姿を指すこともある、現実と伝説が入り交じる存在。

 

 けれども、こと魔術師の界隈においては、殺生石は──()()のだ。

 

「……殺生石、厳密には天然物の超圧縮された魔力結晶の俗称、ですか。なるほどなるほど」

「…………ぐ、ぁ……白百合、貴様ぁ……!」

「おや、まだ息があったのですか」

 

 部屋中に肉片と血が散らばる、事務所──に偽装されたビル内の魔術師アジト。

 そこに一人で侵入し、壊滅せしめた女性が、血の池と化した床を避けるようにデスクに腰掛けながら資料をパラパラめくっていると、血溜まりに沈んでいた男が恨みの籠もった眼差しで見上げている。

 

 女性────白百合は、片手間でクイッと曲げた指の動きに連動させた魔力玉を男の頭に叩きつけ、彼が動かなくなるのを横目に、資料を丸めて胸元にねじ込みデスクの上に立つと体を伸ばす。

 

「さ、て……と。私も新たな力を求めて、小旅行といきましょうかね」

 

 白百合がそう言いながらたんっと軽く跳んでテーブルに着地し、血が落ちていない床に続けて降り立ち、薄い笑みを浮かべて小さく笑う。

 

「その力が、果たしてどこまで使えるのやら。……ふ、ふふ。ねぇ、桐山与一さん?」

 

 血を踏まないようにと、軽やかなステップで足を運ぶ白百合は、その動きも相まって上機嫌に見える雰囲気で声色も弾ませる。

 斜めの斬り傷が出来た顔を、その口角を、愉快そうに歪ませて。白百合は、血と肉片の散らばる静かな通路を一人で歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──五月初頭、バスに揺られて移動する白百合は、窓際で肘を突いてぼんやりと外を眺めている。

 

「……まさか、殺生石が普通に観光スポットの村に存在しているとは」

 

 景色が流れていく光景を横目に、白百合が片手間で調べた携帯の画面をちらりと見る。

 そこにはこれから向かおうとしている山奥の村──縁来(えんらい)村の役場に、当然のように殺生石なる石の塊がガラスケースで展示されている様子が画像検索で見られるようになっていたのだ。

 

「こうもあからさまだから、連盟組織すらチェックしていない。或いは知らない? いえ、それならあの程度の連中が知っていることを連盟組織が知らないわけがない。となると──魔術師が全員殺されたから誰も情報を持ち帰れず、危険性が伝わっていない、もしくは潜入するも記憶を消されたか……ですかねぇ」

 

 とどのつまり、殺生石──超高密度の魔力圧縮結晶を強奪し独占できるチャンスがある。

 

「──と、考えた魔術師が、これまで返り討ちに遭ってきた……という可能性が高いですね」

 

 やれやれ、と。白百合は頭を振ってから、停車したバスから降り、じんわりと暖かい陽射しにまぶたを細めながら愉快そうに言葉をこぼした。

 

「そのぐらいでなければ。手に入れた力が弱かったら、取りに来た意味が無い。ロイガーとツァールは仕留められ、イタクァはよりにもよって非魔術師の……あの中の、確か……おチビさんに取られましたし」

 

 同じタイミングで観光に来たのであろう五人組のグループの後ろを歩く傍ら、そう呟いて思考を巡らせる。途中で見えた役場方面に逸れつつ、魔力圧縮結晶の奪取による本来の目的を思い出そうとして──

 

「ここで力を得たら、次こそは与一さんに勝てるはず。そうして、私は──。……。……?」

 

 足を止めて、はたと気付く。()()()()()()? 

 

「…………。もう、私に同一個体(しらゆり)を殺す理由は無いのに、力を手に入れて……与一さんに勝てたとして。それがいったい、何になるんですかね……?」

 

 ここまで来て、ようやく気付く。自分という偽物が居て、白百合たちという偽物が居て。自分たちが偽物であるがゆえに、自分以外の同一個体(しらゆり)の存在を許せなくて。だから、可能な限り沢山、沢山、殺して回ることを生き甲斐としていて。

 

 だから、今になって気付く。自分こそが同一個体という輪から外れたことで、同一個体への不快感と、存在していることへの怒りを失ったことで。自分は偽物(しらゆり)への殺意以外に何も持っていなかったのだと。

 

「──ふ、ふ。まさか、今になって……こんなにも中身が無い人生だったと自覚させられるとは。ある意味では、与一さんに感謝するべきですかねぇ」

 

 とはいえ、と思考を切り替える白百合は殺生石の存在を思い返し、止めた足を再度動かす。

 

「どちらにせよ、ああいう魔術師たちに使われる前に私個人で確保してしまう方がいいでしょう。良くも悪くも、私は()()を働くつもりはありませんし」

 

 ──まあ、悪事の定義によりますが。口には出さず脳裏で独りごちる白百合は、少しして辿り着いた役場に入り、早速と殺生石を探すべく視線を向ける。

 

 受付に問いかけた白百合が顔の刀傷を見られてギョッとされる一幕を挟みつつ、言われた場所に向かうと、そこには──ガラスケースに飾られている、バスケットボールサイズの鉱石が鎮座していた。

 

「……ふぅむ」

 

 ガラスケースには『殺生石』と書かれており、この鉱石がとある山で採掘されたものだと説明されているが、問題はその鉱石が放つ()()だった。

 

「偽物……ではない、かといって本物とも呼べない。しかし内包された魔力とこの色合いは──」

 

 殺生石の内側、その中心から滲み出すように目に優しい色合いの緑色が放たれ、量は少ないがそこには確かに、質の高い濃密な魔力が籠もっている。

 すなわち、そこらの石ころに本物から魔力を移して殺生石に見せかけているか、或いは本体から削ったモノが、()()であるか。

 

「原石がどこかにある、と見るべきですね」

「──ちょっと、よろしいですか?」

「……はい?」

 

 そうしていると、不意に背後から声を掛けられる。白百合は先ずガラスケースの反射で役場のスタッフが立っていることを確認し、それからすっとぼけたように間を置いてから振り返り顔を見合わせた。

 

「なにか?」

「…………いえ、いえ。先ほどから熱心に眺めているものですから。どうしました? もしや、この殺生石が、()()()()()()──とか?」

 

 女性スタッフの、にっこりと微笑みながらも笑っていない目元を見て、白百合は逡巡を挟む。

 

「輝いて……? というと? 日が差し込んで反射するとか、そういった話でしょうか」

「…………。実は、ですねぇ、この石は見る人によっては石そのものが光を帯びている……だとか、光っているように見えるだとか、まあ色々と言われておりまして。私にはくず鉄にしか見えないんですがねぇ」

 

 肩を竦める女性スタッフに、白百合もまたとぼけながら脳裏で思考を加速させて首を横に振る。

 

「残念ながら、私にもこの石は鈍い色にしか見えませんね。もっと若者向けに、七色にでも光らせたほうが人気も出るのでは?」

「そぉ……れはちょっと派手すぎますねぇ」

「それもそうですね。では、私はこの辺で」

 

 くつくつと笑い、白百合はさらりと話題を切り、軽く会釈をしてその場から離れ出口に向かう。

 探りを入れてくる様子のスタッフから背けた顔を無表情に戻すと、彼女は小さく呟いた。

 

「選別……といったところですか」

 

 ──()()()、ですね。と脳裏で独りごちて、一度離脱しつつ宿泊予定の宿に向かうべく出入口に向かうと、白百合は外から入ってきた五人組とすれ違う。

 

「おや、失礼」

「ああいえ、こちらこそ」

 

 先頭を歩いていたリーダー格らしき女性を含めた五人は、先ほど同じタイミングでバスから降りたグループだったらしく、向こうも白百合に見覚えがあるのか小首を傾げながらも横を通って中に入っていく。

 

 

 

 

 

 ──それとなく振り返った彼女は、飾られた殺生石の()()()()()()()()()五人組たちを見て、改めてその場をあとにした。

 

「まあ、私は、正義の味方ではないので」

 

 などと、自分に言い聞かせるように、誰に言うでもなく言葉を虚空に紡ぎながら。




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