宿泊施設にチェックインした白百合は、夕食までの時間を潰しがてら早めの入浴を済ませて汗を流す。風呂から出て髪が乾かし数時間ご、ちょうど時間が来て、彼女は警戒を兼ねて敢えて大部屋で他の客と共に食事を摂る判断をして自室を出た。
事前にそう伝えておいたため、白百合の分の席と料理は既に用意されており、自室の荷物に設置してある警報代わりの魔力玉が無反応であることを確かめつつ、それとなく周囲に視線を向ける。
自分以外には一人旅行の男性、親子、カップルが二組。そして遅れて入ってきたのが、何度か見かけた五人組の恐らく学生であろうグループ。
しかし、その場に現れたのは四人だけ。白百合の記憶には、確かに男性二人女性三人のグループだったとあるが、いまこの場に来ているのは男女二人ずつ。女性が一人、足りていないのだ。
「……?」
ふと、脳裏を過る違和感。四人だけが大部屋で食事をして、一人だけが欠席。それはあり得ない話ではないが、それでも無視できない違和感がある。
それは、白百合自身がここに来た理由が魔術的なモノだったからだ。
「…………ふむ」
「──少し、よろしいですか」
「え?」
夜、男性二人と別れて別の部屋に向かおうとしている女性二人に後ろから声を掛ける白百合。
振り返った二人が彼女の顔の刀傷に一瞬ギョッとするが、露骨な反応を誤魔化すように咳払いを挟んでから白百合の声に対応する。
「あー、えっと」
「確か、そう。バスで降りた頃からちょくちょく見かけました〜〜〜……よね?」
「はい、何度か。それで、聞きたいことがあるのですが、お時間ありますか」
「大丈夫ですよ?」
「なんでしょう?」
短い黒髪の女性と茶髪を後ろで纏めている女性は、通路の壁際に寄って白百合の問いを待つ。
「貴方がたは、学生のグループなのでしょうか」
「そう、ですね? あたしたち、大学のいわゆるオカサーなんです」
「…………。
「オカルトサークル、つまり曰くのある場所を見に行ったりするグループ、ってことですね」
「はあ、なるほど」
頭に疑問符を浮かべながらも、本題に入る前にとその話題に一旦意識を向ける。
「ちなみに、こちらの
「実はですね、『この村に数人で集まって訪れて、村の中で集合写真を撮ると、いつのまにか知らない人が友人かのように振る舞っている心霊写真が見られる』という噂があるんです!」
「……はあ、さいですか」
「実は私たちもその心霊写真、撮っちゃったんですよ! 見てください!」
「まあ、構いませんが」
女性二人の熱量に少し鬱陶しそうにしながらも、情報を得られるならと無視して携帯の画面に表示された写真を見る。そして白百合は、写った写真の内容に目を通して表情に出さないように驚愕した。
「────!」
「見てください、この一番端の女の人、まるで
白百合ですら驚愕した理由。それは、ほんの数時間前に役場までで見てきた彼女らが間違いなく五人組のグループだったからであり──いつのまにやら五人目を幽霊として扱っているからだ。
とどのつまり、彼女らにとっては、最初から『自分たちは四人グループだった』のである。
──記憶を弄られている。その事実に気がついて、白百合は反射的に二人に質問を投げかけた。
「……貴方がたが私と最後にすれ違った、あの役場のことを、覚えていますか?」
「それは、まあ、もちろん」
「貴方たちは、少なくとも、
「…………えっ?」
つい、と指で写真に写る五人目の女性を指しながら、白百合は二人に続けて言う。
「その『曰く』が、心霊写真ではなく、旅行先に一緒に来ていた友人が居なかったことにされた事に気付いていないからだとしたら、どうでしょう」
「っ! そ、そんな、ことが……?」
「だとしたら、あたしたち、友達のことを忘れて、居なかったことにして……!?」
曲がりなりにもオカルトを追い求めているサークルのメンバーだからか、二人は白百合の仮説を疑うことなく可能性として受け入れる。
「あの時、役場ですれ違ったときまでは五人で動いていましたが、先ほど大部屋で食事をしたときは既に四人組だった。つまりそれまでの間で存在を消されたことになる。もう一つ聞きたいのですが……役場に置かれていた殺生石、緑に光ってましたか?」
「は、はい、光ってました。ね?」
「うん、それで、スタッフさんにその事を確認されて、光ってることを伝えて…………」
「──やはり、その時ですか」
光っているかどうかを認識できる人間の選別。そうして、その後はなんらかの理由で素質のある者を消しているのだと、短く思案して推察した。
「村全体を範囲とした術式ではない、個人を対象にしている魔術の類い……纏めてではなく一人を狙っているのは、一度に消せる対象が一つだけだから? 或いは……なにかデメリットがある……」
「あ、あのぉ」
「なんでしょう?」
ブツブツと呟いて情報を纏めていた白百合が、下げていた視線を上げる。
「実は私たち、このあと深夜12時にもう一度役場に来てほしいって、あそこを出る前にスタッフさんに頼まれていたんですけど……」
「これ、もしかして、罠だったりします?」
「まあ、罠でしょうね。十中八九」
あっけらかんと返すと、二人は青ざめた顔で身震いする。白百合もまた、一拍置いて彼女らが次のターゲットにされていることを察して口を開いた。
「では、私も行きましょう。お二人がターゲットにされているとするなら、多少守るくらいは出来ます」
「本当ですか!?」
「……って、お姉さんも、何者なんですか」
「今更ですか。……普通の人間ではない、というのは、
「いやぁ、まあ、確かにそうなんですけど」
今更の疑問に、白百合は小さく笑みを浮かべると、顔にある斜めの切り傷を指でなぞって見せる。
「では、最低限の荷物を取ってくるので少々お待ちください。迂闊に動かないように」
一旦二人を通路に残して、そう言って部屋へと戻る。元々最低限しか持ってきていない荷物を纏めてウエストポーチに仕舞い腰に巻くと、白百合は改めて通路に出て──誰も居ないことに気がつく。
「……まったく、ほんの数分も我慢できませんか。おてんばですね」
などとは言うが、事情を把握している状況では冗談にもならない。少なくともあの驚きようで、自分を置き去りにして自分たちだけで向かおうという判断はするまいと思案して、一つの結論を呟く。
「役場で話をした時点で、魔術で暗示を掛けられていた……とかですかね。無視して眠ったとしても、予定時間に間に合うように仕掛けてある、と」
面倒くさそうに薄くため息をついて、それから顎に指を当てて逡巡し、仕方ないと頭を振る。
果たして白百合が向かったのは、女性二人と一緒に行動していた男性たちの部屋だった。
「──ふんっ! ふんっ!」
「う゛っ!?」
「お゛っ!?」
パァン! パァン! という乾いた破裂音。続けてパチリと点けられた明かりの眩しさに目を覚ました二人がぼやけたピントを合わせると、そこに居たのは顔に刀傷のある金髪の女性。
「ん? ん?? ……???」
「なん、だ、誰!?!?」
「貴方がたと行動していた女性二人が連れ攫われました。親玉に用があるので追いかけますが、二人を助けたいなら今すぐ出る準備をしてください」
彼女に容赦なくビンタで叩き起こされたのだと認識するや否や、更に言葉をぶつけられて困惑する。けれどもボヤけた頭でとにかく外出の準備を始める二人を見て、白百合は満足気に笑みを浮かべて。
「……?」
──そんな自分の表情に手を当てると、小さく首を傾げて、自分の中に湧き始めている正義感のようなモノに疑問を抱くのだった。
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