とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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王爻怨黎玉藻前 4/4

 白百合の体に、複数の変化が同時に起きる。

 折れた腕や爆発による顔の傷が塞がっていき、頭頂部に金髪と同じ色の獣の耳が生え、腰から九つの尻尾が伸びてゆらゆらと揺れ動く。

 

「…………う〜〜〜ん、ふはぁ」

 

 感情に反応してか耳がピクピクと動き、体を大きく伸ばしてほぐし、肺に溜まった空気を抜くように深く息を吐くと、背後で揺らめく尻尾が持つ能力を理解して口角を歪めながら口を開いた。

 

「なるほど、なるほど。どうやらこの異能は私と相性が良いようですね。おそらく()()()()はあなたには無いでしょう、あったら私が死んでました」

「っ……私の【王爻怨黎玉藻前】を……!」

「奪う力はそちらだけの専売特許ではない、ということですよ」

 

 そう言って、白百合は尾の一つを伸ばして老婆と化した少女の胴体を容赦なく刺し貫く。

 

「──ごぶっ」

「殺生石に蓄えるばかりでなく、それを攻撃に使っていれば私ごときは瞬殺できたでしょうに」

 

 尻尾をブンと振って、胴体に穴が空いた少女を雑に投げ捨てる。続けて殺生石に近づく白百合は、脇に放った彼女のうわ言を耳にした。

 

「…………ごぼっ、すみま、せん……V.I.P用、の、エネルギー……用意、したの、に…………」

「……?」

 

 その言葉の意味は分からずとも、頭の片隅に残して殺生石に近づくと、九つの尻尾を突き刺して、蓄えられた膨大な魔力を根こそぎ吸収する。

 

「これ、私の体が破裂したらそれはそれで面白いかもしれないですね」

 

 苦笑しながら魔力を吸収する白百合。彼女の前で、それを見ている四人の前で、殺生石が放つ緑の光は、やがてその光を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──深夜の一幕が終わり、全員で外に出た頃には、少しずつ空が明るく鳴り始めている頃だった。

 遠くから聞こえてくるサイレンを耳にして、白百合がため息混じりに言う。

 

「貴方たちはこっそり宿に戻って、ここで起きたことは知らぬ存ぜぬを貫いてください」

「その、俺たち、これからどうすれば」

「忘れなさい」

「……え?」

 

 女性二人をそれぞれが背負う男たちの問いに、そう言ってからさらに続ける。

 

「友人が他に一人いたことを胸に、ここで生き延びられたのは幸運だったのだと考えて、これからもただただ普通に、平穏に過ごしなさい」

 

 白百合の言葉に、二人は何も返せなかった。四人で宿に戻っていく光景を見送ると、彼女は少し考えてから携帯を取り出して村のホームページを開く。

 

「ああ、やはり、あの女……どこかで見たことがあると思ったら村長でしたか」

 

 画面に写る一人の老婆。それは先ほど異能を奪い殺害した魔術師の姿。ならばと考えて、白百合は目的地を変えて村の奥へと歩いていく。

 

「それにしても、あのスタッフ含めて他にも魔術師は居たはず……負けを悟ってからの逃げ足の速さだけは一丁前なんですから。まったく」

 

 何度目かのため息を吐いて、整えられた森の間にある道を歩き、しばらくしてから木々に囲まれた昔ながらの木造の平屋にたどり着いた。

 

「おじゃましま~す、と」

 

 ギシッと床を鳴らして土足で上がる白百合。およそあの女の部屋であろう場所に目星をつけてそちらに向かい、襖を開け放って明かりをつけると、重要そうな書類が入れられたファイルを本棚から抜いて読む。

 

「……ふむ。新型エネルギー開発事業V.I.P……この世界の裏側に位置する別次元から『力』を引き出すための異能を持つ人造神格の製造を無垢神教に頼みクローンを造らせる……その関係者、いえ、生き残り?」

 

 その事業が()()()()()()()()に妨害され、関係者が皆殺しに遭ったという記録。

 たまたまその時居なかったことで生き延びた女は、自分だけでも事業を再開する可能性を得るためにと、殺生石に目をつけたのだとか。

 

「私がこの件を知らないということは、当時は別の場所で同一個体殺しに急がしかった時期ですか。そのV.I.Pとやらに白百合が居たのなら、確実に私もこの件に首を突っ込んでいたでしょうし」

 

 独りごちる白百合が、パタンとファイルを閉じて戻しつつ、居間に足を運んで呟く。

 

「さて、殺生石……の魔力は回収、異能を奪い取れたのは思わぬ収穫でしたが、このあとはどうしましょうか。一旦拠点に帰って────「おんやぁ、白百合だ。なぜこんなところに?」

 

 

 

 不意に、音も、気配も無く。

 

 居間に繋がる廊下の方から、そんな声が聞こえて、白百合の背筋に氷を入れられたようにぞわりと怖気が駆け抜けていった。

 

「…………。あな、たは……?」

「ん? あぁ、私とは初対面だったか。そうだな……灰色(グレイ)とでも呼びたまえ、髪と同色だろう」

 

 そこに立っていたのは、灰色の髪を短く切り揃え、白いシャツの上に灰色の上着を纏い、黒いスカートを穿いた一人の少女。

 明らかな乱入者に、しかして白百合は攻撃の構えすら取ることが出来なかった。

 

「っと、()()()との取り決めでキミら同一個体どもには手を出しちゃいかんのだ。だから戦わない、まあ戦っても勝てないだろうけどね。お互い、新しい体や力を得た万能感に酔いしれておきたいところだ」

 

 くつくつと喉を鳴らすように笑う少女──グレイと名乗る『何か』に、白百合は警戒心を隠そうともせず、頬に冷や汗を垂らす。

 

「私に、何か御用ですか」

「いやいや、偶然にも隔離された人造都市の空間から脱出したらこの近くに出てね。そこらの家で服やらを拝借していたら面白い魔力反応があったものだから、まあ、ちょっかい掛けに来ただけ」

「────っ」

 

 白百合とて、【王爻怨黎玉藻前】と殺生石の魔力を得て実力が数段階跳ね上がった。自惚れでもなく事実として強くなっている。しかし、この女には勝てないと本能が訴えかけてきていた。

 

 ──文字通りに生物としての枠組み、格、そういったモノが根本から違う。

 

「……あなたは、神格の類ですか」

「そうとも、そうでないとも言える。神格やら魔術師やらが色々混ざって1つの魂になって、それが時間を超えて過去に戻ってきて、そろそろちゃんとした肉体が欲しくて無垢神教に体を注文したのさぁ」

「は、はあ」

「わかんなくていいよ、今はその話をする段階じゃあない。ちなみにスペアというか予備のボディも用意させたんだけどねぇ、要らないから暴走させて暴れさせてるんだけど、今面白いことになってるよ」

「は???」

 

 矢継ぎ早の言葉に脳を僅かに混乱させる白百合が、グレイのニヤリとした笑みに警戒する。

 

「連盟組織の連中と、仲の良い連中が、その相手をしてるっぽいねぇ。いまホットな注目株の魔術師くん……桐山与一も参加してるよ」

「……!! 与一さん、が?」

「えなにその反応。──ははぁん、そういう」

 

 グレイは白百合の過剰反応を見て、何かを察したように口角を歪めると、ふと問いかけた。

 

 

 

 

「キミ、アレだね。桐山与一に恋をしているね」

「…………。?? 何を言ってるんですか??」

 

 

 

 

 いきなりの言葉に、白百合はパチクリとまばたきをしてグレイの顔を見やる。

 

「いやいや隠さなくていいよ、わかっちゃうんだよねぇ私って凄い魔術師だからさぁ」

「私が……与一さんに、恋を……???」

 

 宇宙を垣間見た猫のような顔で困惑する白百合に、グレイはさらに畳み掛ける。

 

「ふとした時に、彼の顔が頭を過るんじゃないかなぁ? それは彼を愛しているからだぁ、ン間違いないよ。思い当たる節があるんじゃないかなぁ?」

「た、確かに……!? あの日以来、私は確かに、彼の事ばかりを考えている気がする……!」

「それが恋、そして愛だよ」

 

 瞳をぐるぐると回し、困惑に混乱を重ねる白百合。グレイがどさくさで暗示を掛けることで思考を誘導している事に気付けるわけもなく、彼女が生成してその手に掴んだ()()()を虚空に突き刺し捻り【門】を開く光景をすんなりと受け入れていた。

 

「さあ、この先に、キミの愛しの桐山与一が待っているぞ!」

「えっ、あっ、う」

「ほらほら早く行かないと!」

「えっえっえっ!?」

 

 ぐいぐいと背中を押して【門】の向こうに入れて、入り切らなかった尻を蹴り飛ばして押し込み切るグレイは、【門】を閉じて虚空に刺さったままの銀の鍵を引き抜くと、視線を斜めに上げて呟く。

 

「いやぁ〜〜〜、面白い個体(しらゆり)だったなぁ。爆弾発言で心のガードを緩めてからの暗示ですんなり誘導できたけど、感情に反することには拒絶反応が出るから、恋してるのはマジっぽいのがまた面白いね」

 

 カラカラ笑いながら、グレイは続ける。

 

「しっかし、どこに行っても現れるなあ。桐山与一。()()()にも連盟組織の魔術師と桐山龍一ご一行に邪魔された所為で私もこうなっちゃってる辺り、あの一家はこの世界線の特異点なのかもねぇ」

 

 一転、心底面倒くさそうにげんなりとした顔で言うと、別の鍵を生成して他の場所に繋げた【門】を開いてから、空中へと言葉を溶かしていく。

 

「私のリベンジマッチ計画、アイツの崩壊世界再生計画、きっと桐山与一は結果として両方の邪魔をしに来る。……いやあ、楽しみだね。時間と次元を超えて、親子二代で2度も私を止めるのだとしたらさ」

 

 少女の体で、グレイは愉快そうに表情を悦楽に歪める。存在と活躍を認知されている桐山与一、本人の預かり知らぬところで進む計画。次々と起こる問題を解決せねばならない彼の実力に、密かに期待して。

 

 果たして【門】を跨いで向こう側に渡った彼女の姿は、空間が閉じることでその場から消え去り、残った銀の鍵は一拍置いてぽとりと落ちて消滅した。

 

 しかし、グレイは知らない。

 

 ──自分が面白半分でけしかけた、知り合いの複製したとある個体が、自分の掛けた暗示も原因とした強い感情を暴走させて、例の()()()()と全力の鬼ごっこを開始しているなどとは。

 

 

 

 

 

『続』




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