とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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人造神格同時討伐作戦 3/4

『にょわぁあぁあぁあぁあぁあぁあおゔっ!?』

 

 ドンッ、と人造神格の胸板にぶつかる結月。なんやかんやと、その体で抱きつくように持っていた注射器の針が刺さるように持っておく思考はあったのか、遠巻きにも中身が注入されていくのを確認できた。

 

 人造神格の体が一瞬ビクンと跳ねるのを一瞥してから、こちらもまた【韋駄天】を起動して押さえ込んでいる方の背後に回って、触手の隙間を縫って病衣のような居服の背中を掴んで押し出す形で、その場から連れて距離を取るようにして離れる。

 

「白百合! 来い!」

「はいっ」

「そっちは任せた!」

 

 瓦礫を撥ね飛ばす勢いで押し出して人造神格を連れたこちらに白百合がついてくるのを確認し、重ねがけするように起動した【韋駄天】の脚力で背中を蹴り飛ばして、まだ形を保っている民家に叩き込む。

 

 ──バゴォン! と音を立てて室内に吹っ飛んだ人造神格を見つつ、手元に作った【門】で事務所に置きっぱなしの妖刀を引っ張り出す。

 

【まったく、常に手元に置いておきなさいったら。事務所で寝てる時に、いきなり引っ張り出される私の身にもなってもらえないかしら?】

「許可証も無い刀は持ち歩いちゃいけないんだよ九十九。……とりあえず手短に言うぞ」

 

 今の状況と敵の情報を簡潔に伝えながら鞘を腰に差すと、妖刀の付喪神──九十九が、考え込むように間を空けてから言った。

 

【なるほどねぇ。人造の神に、硬くて強い触手……あなたみたいなシンプルな魔術師ほど、ただ強いだけの相手に攻めあぐねるモノなのよね】

「なにかいい手はあるか?」

【あるわよ?】

「…………。えっあるの!?」

 

 あっけらかんとした態度で、さらりと言葉を返されて、思わず過剰反応してしまう。

 

【「どうせ無いんだろうなあ」とか思いながら聞いてたのなら、中々な性格ね。丞久(ししょう)譲り】

「なんてことを言うんだ」

 

 それは、チクチク言葉だろ……!! 

 

 げんなりとした顔が見えているのかは知らないが、九十九は小さく笑ってから続ける。

 

【冗談よ。私は必殺の技と、刀身が折れたりしたとき用で、二つほど特殊な術式を持ってるの。今回は前者の技を撃てるように手伝ってあげる】

「……よし、対人造神格用ウイルス無しでも倒す手段は用意できそうだな」

「与一さん、人造神格は────」

 

 白百合が横合いから投げかけた声を遮るように、民家の屋根を破壊して土煙(けしき)を歪ませている透明な触手で穴の縁に手をつくようにして、体をぶらりと持ち上げる人造神格がこちらを見下ろしている。

 

 ──そしてどことなく、その顔……眉間に、ほんの僅かにシワが寄っているような気がした。

 

「……なんか怒ってないか?」

「そりゃあ、あんな風に押し込んだり背中を蹴り飛ばしたんですから、苛立ちくらいの感情は持っていても不思議ではないですよ」

【アレを斬るなら……そうね、与一。左手で鞘を、右手で柄を握って魔力を込めて】

「わかった」

 

 こちらと白百合を見ながら、ゆらゆらと触手に持ち上げられている体を揺らす人造神格を見上げつつ、言われた通りに鞘と柄を握って魔力を流す。

 

【これはいわゆる抜刀を高速で行い、魔力を細い線状に飛ばして刀の軌道上の全てを無差別に斬り裂く技。幸運にもここなら他人を巻き込まないけど、発動までに少し時間が掛かってしまうの】

「……それはどのくらい?」

【一分】

「ん? まぁ……それくらいの条件なら余裕で達成できるけ──【動いちゃだめよ】

 

 バッサリと。九十九はそう言って、こちらの返答を待たずに更に言った。

 

【鞘と柄を握って、魔力を流し込みながら、()()()()()()()()()()。簡単に聞こえたのでしょうけれどね、この技、わりと繊細なのよ】

「…………?? なんだって???」

 

 

 

 

 

 

 

 ──人造神格に注射器ごと衝突し、ウイルスの注入を終えた結月は、刺激しないようにとなるべくゆっくり後退して戻ろうとして。

 

 バチリと、目が合った。

 

『ッスゥーーーー。あの、世にも珍しい生き人形の空中土下座を見せるんで、それで許してくれませんかね』

 

 口角を引くつかせながら言う結月。けれどもその問いへの返答は、背後から伸びて叩き潰さんと迫る、透明触手による殴打であった。

 

『でぇっすよねぇ〜〜〜ッ!!?』

「小雪さん、太陽さん!」

「はいはぁーい」

「分かってる!」

 

 即座に真冬が声を上げつつ【虚空神話(ヴォイド)】を起動。振り下ろされた触手を受け止めるように、その軌道上の空間を操作して固定する。

 

 衝突し、ヒビを入れ、固定された空間を砕くまでのほんの1〜2秒の間。

 小雪は手のひらを突き破って飛び出した無形の落とし子を伸ばして結月を絡め取り、太陽はその手に黒い魔力を纏って空間を砕いた触手を殴り弾く。

 

『私の扱い雑ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ

「よし────ん?」

 

 勢いよく伸ばしたゴムを縮めるように戻っていく落とし子と、絡め取られた結月。

 それを見届けながら触手を殴っていた太陽は、その感触に違和感を覚えた。

 

「お嬢! 触手が弱くなってるぞ!」

「ぶっちゃけ半信半疑だったけど、ちゃんとウイルスは効いてるってこと……なら、あたしと小雪さんでサポートするから太陽さんは殴って! あと毛玉の……「深月っす」……深月はこいつ預かってて!」

 

 手短に指示を出しながら、小雪から受け取った結月を流れで深月に投げ渡す真冬。

 

『投ぁげないでもらえるぅ!?』

「えっあっはい」

『私の扱い雑だって!』

「これ終わったら新作ソフト買ってやる」

『──自分、鉄砲玉イケます!! 自爆特攻やらせてくださいよ!!』

 

 ゲームソフトを餌にされ、機嫌を治す結月。そんな風に説得されている手元の生き人形を見て、深月は呆れたような顔で苦笑した。

 

「こいつチョロいな……。深月はそのアホ連れて下がっといて、狙われたら回避最優先で」

「っす。とはいえ同じゲーマーとしては、ちょっと納得しかねる説得なんすけど……」

 

 スカジャンの裏側に結月をしがみつかせて、ジッパーを上げて隠し、【風纏の王(イタクァ)】を起動して風を纏う深月。彼女は、透明触手と黒い魔力を纏う拳を打ち付け合う太陽を見て軽く引いている。

 

 しかし、この場では一番戦闘経験が少ないのは自分である。深月は自分が出しゃばっても余計なことにしかならないと察して、言われた通りにいつでも触手から逃げられるように後方で注視していた。

 

 ──()()()()()()()

 

「────? …………! 真冬ちゃん、そっちから見て二人の左上と右上の空間を固めてください!!」

「あん? ──まずっ……!」

 

 数メートル先で不調な体をふらつかせている人造神格と、彼女が背中から生やして駄々をこねるように振り回す触手。

 それらを見切って避けつつ、当たりそうな触手を殴って逸らす太陽と、落とし子を鞭のように振るって牽制する小雪は、視界の端で蠢く別の触手を見る。

 

「ん?」

「え?」

 

 困惑する声を上げた二人。その視線の先で、丸太のように太い触手が、不意に、()()()()()()()()

 

 その触手──『透明化の術式を組み込んだ超高密度の魔力式疑似筋肉』である()()は、6本の触手を束ねて、1つの触手として振るわれていたのだ。

 

 ウイルスを打ち込み、体内の魔力や細胞と喰い合って消滅している現状、いちいち6本の触手を1つに束ねて振り回そうにも維持が難しい。ゆえに、人造神格に組み込まれているプログラムは判断した。敢えて制御せずにバラして振り回せば良いと。

 

 細くなり、しかして威力はさほど下がらずに、それでいて速度が向上した無数の触手が包み込むように迫ってくる光景を、小雪と太陽は逆にスローに捉えている。思考より先に動く体が触手を捌こうとするが、だからこそ思考は冷静に結果を判断した。

 

「二人とも下がれッ!!」

「避けっ……!」

「きれねぇ……!」

 

 真冬が荒らげた怒声と共に、反射的に致命打を与えうる角度から来る──左上と右上からの接近する触手を押さえようと空間を固定。

 バラけた触手たちがその固められた空間を叩き、ヒビを入れて砕くまでの数秒。その()()で、深月は二人を囲んですり潰そうとしている触手の()()を見抜き、両足にグッと力を込める。

 

「結月ちゃん」

『うぇい?』

「しっかり掴まっててください」

『え────

 

 

 

 ──刹那、結月をスカジャンの中に入れたままの深月の視界が風に溶けた。

 まるで空気と一体化したかのように体が流れ、ほんの一瞬とはいえどこまでも飛んでいけそうな全能感に包まれる。

 触手よりも速く小雪と太陽の元に接近し、二人の服を掴んで引っ張り、果たして軌道上から逃れて三人してゴロゴロと地面を転がっていった。

 

「ぶふぇえぁ!? っ、し、死ぬっ……!」

「うごっ、死ぬ、かと思ったのは私たちですよ」

「悪い蓮枯、助かった!」

「三人とも起きろ! まだ来るぞ!!」

 

 真冬の声に続く、硬いものを殴りつけて砕く音。断続的に固定して盾にした空間が夥しい量の触手たちに破壊される音を聞いて、ハッとした様子で深月と小雪、太陽は起き上がって戦闘態勢を取る。

 

 今まさに自分たちに迫っていた触手を真冬が防いでいたのだと察して、狙いを分散させるように、言葉にせずとも行動して3〜4メートル間隔で離れた。

 

 1本を6本に分離した触手が、合計で60本。それらがバゴンバゴン! と床を叩き、必死に避ける四人の周囲に決して小さくないクレーターが出来ていく。

 

「深月! 今のあと何回出来る!?」

「『たぶん出来そう』って感覚でやったんでわかんないっす! あと今の、誰かに見られてると発動できないみたいなんでどちらにせよ無理!」

「……ちっ、出来ないならしゃーない。っつうかあの研究員、ウイルス打ち込むとこうなるって事前に言っとけよなぁ……!」

 

 額に青筋を立てながら、ストレスから口の端を痙攣させて言う真冬。

 眼前の人造神格(しょうじょ)の背中から伸びて、バラけ、土煙を吹き飛ばしながら辺り一面を薙ぎ払ってくる触手を避け続けることは、事実として不可能だろう。

 

 ──ウイルスが効果を発揮しきるのはいつだ? 彼女の肉体を殺し切れるのはいつだ? 触手の本数は減るのか? それとも増えるのか? 

 この場の全員が似たような疑問を脳裏に浮かべていたとき、その思考を吹き飛ばすかのようにぶるりと身震いした人造神格。

 彼女の背中から、更に20本もの触手が伸びるのを見て──力んだ手足から力が抜けそうになり、皮肉にも考えが一致する。

 

 

 ──ヤバい、これは今度こそ死ぬ。

 

 

 

「【虚空わた(ヴォイドウォー)…………」

 

 真冬の空間移動【虚空渡り(ヴォイドウォーカー)】を使って避けようにも、アレはまずこの場と逃げる先の入口と出口を設定し、空間に【門】を開いて、それからようやく逃げ込める能力だった。

 

 合計80本もの触手が迫る今、それを使って避けるには時間が足りない。しかしやらないわけにはいかず、全員の足元に【門】を作るための座標指定を4つ。しかし間に合わない可能性の方が高い。

 

 けれどもその時、80本もの死が直前に迫る瞬間、フル回転する真冬の思考に逆転の発想が舞い降りる。

 

「……いや、そうか──!」

 

 チャンスは一瞬。

 

 逃げるために構築していた空間操作の座標を、8()0()()()()()()、それぞれを振り下ろされようとしている触手を呑み込む軌道に設定して【門】を開く。

 

「【虚空渡り(ヴォイドウォーカー)】!!」

 

 一拍。ぶわんと耳慣れない音を立てて、空間に黒い穴が開く。振り下ろされた触手の全てが、一斉に穴の向こうへと呑み込まれて行き────人造神格の周囲に開いた【(でぐち)】に殺到。

 

 

 

 

 

 ──結果として、彼女は人を簡単にすり潰せる威力の80本の触手全ての殴打を一身に受ける。

 ()()()()()()()()()()()を避けるというプログラムはされていないがゆえに、避けようとするそぶりすら見せず、全身を自身の力で叩き潰す形で、人造神格は地面に大きな赤い水溜まりを作るのだった。

 

「……冷静に考えられてたなら、初手でこれで終わりだったんだな。あとは……与一たちを待つかぁ」

 

 深く息を吐いて、真冬は【虚空神話(ヴォイド)】を解除しながら地面に尻餅をつく。咄嗟かつ一瞬とはいえ、座標指定の80分割は脳に多大な負担を強いたのか、彼女の耳と鼻からは鮮血が垂れていた。




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