一分間その場から動かずに、鞘と柄を握って魔力を込めないと発動できない技。そんな悠長に突っ立っている的を、人造神格が見逃すわけもなく。
「この状態で一分は無理だって!!」
【あっ、こら。動かないの】
「遠回しに死ねって言ってる!?」
上から自分ごと降ってきながら触手を叩きつけてくる人造神格。彼女の落下地点と今いる位置が被っているために、背後に【禍理の手】を飛ばして巻き取る形で後方へと飛んで避ける。
「与一さんっ! ……【
入れ替わりで前に出た白百合が狐の耳と尾を生やし、九つの尻尾の先端それぞれに炎を灯すと、全てを人造神格目掛けて射出。
透明触手で防ごうと前に出して、炎と接触した瞬間──膨れ上がって爆発。けれども煙に包まれた人造神格は、ものともせずに触手で地面を叩いた反作用を利用して高速で接近してくる。
「【禍理の手】! ……白百合、適度に距離を取って魔力玉を主軸にして触手より本体を狙え! そうすれば触手が勝手に防ごうとする!」
「っ、はいっ!」
今度はこちらが白百合を下がらせつつ【禍理の手】を展開。彼女に迫る触手とぶつけて軌道を逸らす……が、衝突した『手』はあっけなくひしゃげるか触れた部分が消し飛んだかのように削ぎ落とされていく。これは確かに、自由に動くプレス機だな。
ともあれ言われた通りに魔力玉を撃ち込んで人造神格の注意を引く白百合を横目に、どうしたものかと悩みながら指で妖刀の柄を小突く。
「さぁて……どうするかなこっから」
【──あの触手、束ねてるわね】
「なに?」
こちらがぼやくように呟くと、返ってきた九十九の言葉は推察を述べたものだった。
【恐らく6本くらいかしら。それを1本に束ねて振るっているから異様な破壊力になってるみたい】
「なるほどな。かといって、ほどけたとしても単純に硬さも6分の1になるとは思えないけど」
「それどころか、硬さも強さも据え置きでそれぞれの速度が6倍になりかねませ────あっぶな!?」
瓦礫を薙ぎ払いながら突っ込んできた触手を、走り高跳びのように背中すれすれで避けた白百合は、尻尾を先んじて地面に刺して姿勢を整え緩やかに着地する。……あの尻尾、刺さるんだ……?
「……ここはやはり、例の必殺の技とやらを使うべきではないでしょうか?」
「お前も俺に死ねって言いたいのか??」
「そうではなく。……ただ、いえ、まあ、その。ある意味ではそうなるのかもしれません」
「はぁ?」
人造神格から視線を逸らさず、しかして指を合わせてモジモジとする白百合は、決心した様子でこちらへと声を投げかけてきた。
「──私が時間を稼いでいる間に、技の
「…………。そうきたか」
会話を遮るように跳躍し、触手を伸ばす人造神格をそれぞれが左右に分かれて避ける。
反射的に妖刀を抜いて斬りかかろうとしたが、それより先に白百合が魔力玉を当てて注意を引く。
「白ゆ……「────」
横目で顔を見やると、白百合は無言で首を横に振った。それはすなわち、先ほどの言葉を証明しようという決意の表れに他ならない。
攻撃を当てた者へのカウンターで標的を定めるプログラムは、攻撃に参加しなかったこちらを狙わず、白百合へと意識も触手も向けて飛び掛かる。
2本の触手を移動に、6本の触手を攻撃に使う人造神格。彼女から逃げながら魔力玉を当て続け、意識を向けさせ続けている白百合の顔には必死さが見え、だからこそ彼女は『信用
「九十九、カウント頼む」
【あら意外。敵を信用するの?】
「……怖いはずだ、
異様な愛情がおぞま……怖くて目を逸らしていたが、この白百合にも意思が、人格が、感情がある。
こちらが、諸々の不平不満や負の感情を、呑み込まなければならないのだ。
「遍在する同一個体への殺しをやめられたんだ。あいつは変われた。なら俺も……なあ?」
【あらあら、成長したのね。お母さん嬉しいわ】
「冗談はよしてくれ」
【私は認めませんよ!!??】
「ほら出た」
半笑いで冗談を言う九十九の所為で、足元の影からにゅっと悪霊が出てきて怒り出す。
「もう本当にそういうのいいから。九十九、今から一分だ、数え間違えるなよ。それと雅灯さん、【禍理の手】を飛ばして白百合の盾にするから半分の制御頼みます。出来ないとは言わせません」
【残り三秒で抜刀できるように、腰を落としてしっかり構えてなさい】
【多くて15本くらいしか動かせませんよ私】
「充分。──白百合!」
「──っ!」
刀を握り直し、腰を落として構え、そのままの姿勢で白百合に言葉を投げる。
「一分後に撃つ! お前を信用して、頼るぞ!」
「!!!!!! はいっ!!♡!♡!!♡」
こちらの言葉に、白百合は、発光するんじゃないかとばかりにパアッと表情を明るくして、腹に響く声量で元気よく返事をしてから戦闘を続行した。
【うおっ声デカっ】
【わかりますよぉ、好きな人に頼られるのってもう本っ当に嬉しいんですから】
「いいから『手』の制御する!!」
ぶわりと背後から【禍理の手】を30本、扇状に展開させて頭上から弧を描いて殺到させ、触手に鎖を絡ませたり硬質な『手』で受け止めたりして白百合に当たりかねない所だけをカバーする。
こちらから殴れば標的が変わるが、向こうの攻撃を受け止めることは攻撃にはならない。
魔力を鞘と刀に流し込み、眼前で立ち位置がころころ変わる戦況をじっと眺めながら、雅灯さんと分担して『手』によるガードを適宜差し込むと、白百合の動きにも変化が訪れるのが分かった。
「あいつめ、人造神格の触手を使った移動方法を尻尾で真似てるのか。意外とやるな」
人造神格が触手を地面に突き刺して体を浮かばせる動きや、地面を叩いた反作用で跳躍する動きを真似て、白百合の動きから
【話に聞くに、昨日の今日手に入れたばかりの力なんでしたっけ。慣れるのも一苦労でしょうねぇ】
こちらの右側──抜刀の邪魔にならない位置に居る気遣いは出来ている──に姿を出して、【禍理の手】の制御に四苦八苦しているのか両手の指を無意識にうぞうぞと動かしている雅灯さんが言う。
【……残り十秒。気をつけなさい、射線上にあの子が居たらもろとも真っ二つよ】
「分かってる」
【……七、六、五】
それから続けて九十九が言うと、流れでゆっくりとカウントダウンを開始する。
こころなしか妖刀に込めた魔力が、鞘の中から刀を押し退けて飛び出そうとしているのではないかと思えるほどに、圧縮されて溜め込まれているのを感じる。狙いを定めるためにと前を向き、意識を人造神格に向けたことで──
「なん、だ────」
ぎゅるん、と。数秒前まで攻撃を当てていた白百合ではなく、こちらへと人造神格の首が向けられ、一拍遅れて触手が向かってくる。
……まずい、そうか、人造神格は一定以上の魔力を込めた者が意識を向けると、防衛反応でカウンターを入れるようになっている……!!
真冬たちの推察は聞いていたのに、この最後の最後でヘマをやらかすか、馬鹿野郎ッ!
しかし構えは……解くわけにはいかない。こうなったら触手を喰らおうが全力で振り抜く。相打ちになってでも抜刀を叩き込んでやる。
「与一さん!」
けれども、想定外が一つ。こちらに向かってこようとした人造神格を、あろうことか白百合が尻尾を触手と体に巻きつけ、自分すらも後ろからしがみつく形で押さえ込み、動きを止めようとしていた。
「私ごと、斬ってください!!」
「──出来るわけが」
「与一さん」
脳裏に響く、四、三、二、というカウントダウン。そんななか、するりと、白百合の声が耳に届く。
「大丈夫です、
にこりと笑いながらの言葉と同時に、一、とカウントされ、こちらの体はごく自然な動作で妖刀を鞘から抜き放ち、横一文字に振り抜いていた。
「【我流立ち居合・閃」】
思わず口を衝いて出た言葉が、刀身に宿る九十九の声と重なる。
しゅるりと結んだ紐をほどくような音が世界に響き渡り、間を置いて白百合と人造神格は胴体を中心に二つに割れ、背後のビルが同じようにズレて倒壊し、一瞬だけ見えた魔力の線が霧散して消えた。
──超高速の魔力を線にして飛ばす必殺の抜刀を、押さえ込んだ白百合と押さえ込まれた人造神格が、避けられた可能性など一切無い。
命を断ち斬られ、術式の維持も出来なくなったことで透明触手がボロボロと崩れて消え去り、肉体すらも崩壊して消えていく。その場に残された、もろとも斬り捨てることになってしまった白百合の遺体もまた────
「……はい?」
──煙が晴れると、そこには千切れた2本の尻尾だけが残される。その傍らには無傷の白百合が、7本の尻尾を揺らしながらあっけらかんと立っていた。
「なるほど、身代わりの術は尻尾2本分の魔力を消費する……と。迂闊には使えませんね」
「お前……生きてたのか」
「でなければ、もろとも斬らせようなんて判断は絶対にしませんよ? 【
くつくつと笑いながら、さらりと手札を明かして、切り離されたことで消滅してゆく尻尾2本を横目に、白百合は深く呼吸をしてから続ける。
「これで、今回の戦いは終わったんですよね?」
「…………。はぁ〜〜〜、まあ、そうなるな」
死んでなくて良かったという感情と、余計な心配をさせやがってという感情が混ざり合い、なんかもう、誰も死んでないならいいやと諦めた。
「白百合、右手、上にしな」
「? ……はい?」
ともあれ終わりは終わり、勝ちは勝ち。今回の頼れる協力者が疑問符を浮かべながら右手を上げる光景に小さく笑って、こちらもまた、右手を上げて──パチンと強く叩いて口を開く。
「お疲れさん。さっさと皆でここ出ようか」
「────。はいっ、そうですね!」
叩かれた右手を見ていた白百合は、それがハイタッチであると、労いの動きであると、仲間だと認められたのだと、数秒の困惑を挟んで理解したらしい。
離れた位置での戦いが終わっているであろう真冬たちと合流するべく歩き出したこちらについてくる白百合は、顔を見ずとも背中越しに上機嫌だとわかる。
──昨日の敵は今日の友、とは少し違うかもしれないけれども。頼れる相手と共闘できたことは、紛れもない事実なわけで。
……でも別に、そうそう頻繁に会いたいわけではないんだけどなぁ、などと。
そんなことを考えていた所為で、また近い内に鉢合わせることになるのだが、それはまた別の話。
『完』
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