とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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夢幻迷猫を追いかけて 2/3

「……ってやべやべやべっ」

 

 クロは自分を追いかけていた何者か──フードを目深に被った集団が、人前であるにも関わらず、当たり前かのようにその手に持っていた突撃銃(アサルトライフル)を彼女目掛けて発砲する。

 

 黒と茶色の……なんだ、紛争地帯とかで使われてそうな外国製の──見たことはあるけど名前が出てこない──ライフルによる連射が、即座に跳躍して避けたクロが立っていた街灯を破壊した。

 

「ったく、人間が居るところでもお構い無したぁ逃げる身にもなれにゃあ」

 

 くるりと身をひるがえして四つん這いの姿勢で音も無く着地したクロは、そうボヤきながら人混みから離れるように別の路地裏へと入っていく。

 

 なんでこんなところに、とか。どうやってここに、とか。そういった疑問は幾つもあるけど、今は何より民間人が居ようとお構い無しに銃を乱射しているあの連中を片付けるところから始めるべきか。

 

 ……それに。

 

「──あいつら、鉤爪があるな。ってことは……アレが集団で武器担いで動いてるのか……?」

 

 6、7……8体か。ライフルを手に、クロを追いかけるフードの集団。

 奴らの特徴的な鉤爪を伸ばした手を見てため息をつくと、葉子さんが小首を傾げて問いかけてくる。

 

「アレ、とは?」

食屍鬼(しょくしき)、いわゆるグール。身近なところで言うと、リオンちゃんの親の片方がアレの同族ですね」

「グール!? アレが、グール……ですか」

「見たことありませんでしたっけ」

「ないですよ、流石に」

 

 かれこれ色々と怪物に出くわしてる覚えがあるけど、そういえばグールは見たことないのか。

 

「あいつら拠点が地下とか墓地なんで、たぶん地下鉄とか使ってるとたまに暗がりで目が合うことがあったりするかもしれませんね」

「い、嫌すぎる……!」

「まあそれはともかく。どうしましょうかね」

 

 携帯で片手間でメールして、連盟組織に通報し(チクっ)て事後処理を丸投げしながら、二人でこそこそとクロを追いかけるグールたちを追いかける。

 

「どうせあとで連盟組織が被害を修復してくれるから暴れられる、とはいえ……人死には出してはいけない。クロもその辺は分かってるから路地裏に逃げ込んだんでしょう、となると────」

「やることは一つ、ですかね」

「ですねぇ」

 

 走りながら、葉子さんと合図せずとも言葉が被る。その意見は、全くの一緒であった。

 ──すなわち、『追いかけて1体ずつ潰して回る』。ただそれだけのシンプルな作戦である。

 

 

 

 

 

 

 

 ──食屍鬼の恐ろしさは、シンプルな身体能力の高さと、知能が低いゆえに『ただ一つのことをやれと言われればそれだけを愚直にやる』という、究極の指示待ち人間とでも言うべき存在であること。

 

 その中から更に知能の高い個体を厳選し、武器や無線の使い方を仕込んだ、魔術師お手製の兵士。

 それが現在、()()()()()()()()()()()()()()かと思えば、(あるじ)の持っていたある物を盗んで逃げた化け猫(クロ)を追っているグール達だった。

 

「にゃーう。おミャーらしつけぇにゃあ」

 

 無人のビルの一角に追い詰められたクロ。彼女は自身を扇状に取り囲むフードの男たち──グールの群れを見て、そう気だるげに言う。

 

【化ケ猫。盗ンダ物ヲ返セ】

「あん? あー……そりゃ無理にゃ」

 

 ガチャ、とコッキングレバーで弾薬を装填したライフルを向けられながら、クロは口を歪めて嗤う。

 

「もうねーのにゃ。食ったから」

【ソウカ。ナラ、殺シテカラ腹ヲ開クトスル】

「へっ、出来るもんならやって────

 

 ──瞬間、容赦なく引き金を引いたグールたちが持つライフルの弾丸が無数に浴びせられる。

 扇状に取り囲む8体のグールの内4体による斉射。ライフル──AK-74による5.45mm弾の30連射は、並の生物を挽き肉に変える威力を持つだろう。

 

「…………。だぁから、無駄だっつうのに」

 

 しかし、微動だにしないクロの体を、それら合計120発の弾丸が()()()()()()()

 クロが避けたわけではなく、グールたちが外したわけでもない。文字通りに、全ての弾丸がすり抜けて、後ろのコンクリートを削るだけで終わったのだ。

 

「【夢幻迷猫(チェシャキャット)】。食屍鬼は馬鹿だから言ってもわからんだろーけど、ニャーは自分っつう存在を希薄に出来るのにゃあ」

 

 ──それこそ物理的・概念的に。と続けて、しかして異能に不備が生じていることに眉を顰める。

 

「やっぱし気配を薄く出来ねーのにゃあ。あんなもん呑み込むんじゃなかった」

 

 うべ、と舌を出すクロ。彼女はなにも、好き好んでグールを相手に鬼ごっこをしていたわけではない。

 

 幻夢境(ドリームランド)から現世に出てきた際に座標がズレたことで魔術師の拠点に現れてしまった時、クロはどさくさで大事そうに持っていたある物を掠め取った。

 咄嗟に呑み込んでしまっていたのだが──どうやらそれが、【夢幻迷猫(チェシャキャット)】で自身の存在感を薄める際のノイズになってしまっているようだった。

 

 さてどうしたものか、と。段々と逃げるのも面倒になり、()()にシフトするかと思案していた時、不意にグールの内の1体が足元に視線を向ける。そのグールは8体の中でも特に知能が高く、必然的にリーダーとして纏め役を担っている個体だったのだが。

 

【……? ナンダ────

 

 刹那、ボゴォ! と床から手が飛び出したかと思えば、両手でグールの両足首を掴み、そのまま階下に引きずり込むように落下させられる。

 

【ヌオォォォォォォォォォ……!?】

 

「は?」

「──逃げますよッ!」

「……へ? いやちょっ、うにゃおう!?」

 

 続けて、上からロープ降下で窓を破り部屋に侵入してきた帽子(キャスケット)を被った女性に、クロは不意打ち気味に小脇に抱えられる。

 そのまま流れで駆け出した女性──楠木葉子は、片手に連盟組織製の特殊合金による防弾シールドを【召喚(コール)】し、背後からの銃撃に備えながら上階に続く階段へと素早く移動していった。

 

 それを見て、3体のグールが弾倉を交換しながら我先にと追いかけていく。怪物としての身体能力が即座に階段に追いつき、葉子と彼女が抱えたクロの後ろ姿を捉えた────瞬間、駆け上がり通り過ぎた階段が、背後で爆発して崩落する。

 

 けれども爆風の中から飛び出したグールたちは構わずAK-74を発砲し、葉子は【強化】を発動して防弾シールドを握る手に力を入れた。

 

「……あわよくば1体くらいは、と思ったけど……即座に気づいて前進したのね。グールは知能が低いと聞いたけど、いわゆる戦闘IQは高いのかしら」

 

 ガガガガガガガガンッ!! と連続して着弾する弾丸は、防弾シールドを貫きはしなくともそれを持つ手にダメージを蓄積させていく。

 小さく舌を打って、葉子は相手の弾切れに合わせて盾を捨てると、その手に手榴弾を【召喚(コール)】して口でピンを引き抜き、レバーを外して間を空けてから後ろ手に放り投げて近くの部屋に入り込む。

 

 

 

 ──ドンッ!! という轟音と、部屋まで届く小さな揺れを感じつつ、クロを下ろした葉子はテキパキと次の武装を【召喚(コール)】しながら問いかけた。

 

「ネコちゃん、無事?」

「脇に抱えられてゆっさゆっさ揺れて吐きそうなこと以外は概ね無事だにゃあ」

「それについては本当にごめんなさい」

「別にいいけど。で、おミャーはなんにゃ、あのグール共とは別口の魔術師にゃ?」

「そう、とも言えるわね」

 

 あちこちがヘコんだ防弾シールドを捨て、肩掛け紐を繋いだトレンチガン、換えの弾倉と拳銃をぶら下げたベルトなどを手慣れた動作で身に着ける葉子を前に、クロは逡巡して口を開く。

 

「おミャーら、ニャーのこと知ってんのにゃ?」

「もう一人の方は、ね。詳しいことは全部終わって合流してから聞いてほしいのだけど、まあ一応……あなたとは会ったことがあるそうよ?」

「あん? 会ったこと? …………あ〜〜〜、そういやなんか、こないだ幻夢境(むこう)で一悶着あったにゃあ。あん時の……えー、あー、まあ、んまぁまあまあ」

 

 ──やべぇ名前忘れた。とは口には出さず、視線を斜めに逸らしてモゴモゴと誤魔化す。

 

「……まあ、今回以外で一度も現世に戻ったことないし……少なくとも()()は関与してねぇ筈にゃあ」

「ん?」

「いやなんも。そんで、たぶんさっきの爆発でもグールは殺せてねぇけどにゃ、殺るってんならニャーの能力も貸してやらんでもないにゃ」

「能力──あなた、異能持ちなの?」

「にゃ。簡単に言うと、存在の希薄化だにゃ。物理的にすり抜けたり、存在感を薄くしたり」

「ふぅん。…………」

 

 それを聞いてから少し考える素振りを見せる葉子に、クロは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「おいこら。『じゃあその異能で逃げればよかったのに』とか言いたそうな顔やめろにゃ」

「思っ……てない……わよ?」

「欺瞞にゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──時は戻って数分前。残った4体のグールは、リーダー格のグールが足元から階下に引きずり込まれて出来た穴へと近づこうとする。

 しかしその直後、穴の奥から鈍く重いドボォ……!! という打撃音が響き、逆再生するかのようにして、穴の中から天井へと赤黒い何かが弾き飛ばされ、自重で床に落下してべチャリと潰れた。

 

 全身を殴り砕かれ、踏み潰されたトマトのようになっているそれは──つい先ほど引きずり込まれたグール()()()()()

 

「…………はぁ〜よっこいせ」

 

 続けてその死体を作った張本人が、穴の縁に手を置いて体を持ち上げ這い上がってくる。

 赤黒い液体であちこちを濡らした男────桐山与一が、深いため息と共に不機嫌そうに呟く。

 

「……おおぁぁ。雨ガッパ着とくんだった」

 

 長いため息を吐ききると、与一は自身を警戒して後ずさるグールたちを一瞥して眉を顰める。

 

「8体居て俺が1体倒して……ここに居るのが4体だから、葉子さんの方には3体行ったのか。勝てる……よな、クロが戦力になるか怪しいけど」

 

 廊下の奥から聞こえてくる爆発音を耳にして苦笑しつつ、与一はグールたちに向き直ると、自然な動作で【強化】しながら口を開く。

 

 

 

 

 

「──ひい、ふう、み、よ。……一対一を四回やればいいだけだから、まあ、実質タイマンだな?」

 

 果たして、あっけらかんとそう言いながら、ギシリと強く握り拳を作るのだった。




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