とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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夢幻迷猫を追いかけて 3/3

夢幻迷猫(チェシャキャット)】、それはウボ=サスラの雛に遺伝子を取り込ませ擬態させたキメラ生物・クロの異能。

 

 彼女の()()を物理的あるいは概念的に希薄にさせ、壁や地面、あらゆる攻撃をすり抜けたり、姿そのものや存在感を薄めてそこに居ないかのように錯覚させる事もできるだろう。

 

 そしてなにより、【夢幻迷猫(チェシャキャット)】の特殊な点は、()()()異能の範囲に巻き込めるという部分にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──瞬間、通路の方へと、扉ではなく()()()から躍り出た影。姿が僅かに透けている葉子が、背中にしがみついている同じようにうっすらと透けているクロに、手短に言葉を投げかける。

 

「解除っ!」

「あいあい」

 

 通路から出入口の扉を注視していたがゆえに、グールの反応が僅かに遅れ、【夢幻迷猫(チェシャキャット)】の解除と同時に放たれたトレンチガンの散弾が、AK-74を掴んでいる右手を肩口から引き千切った。

 

 けれども他2体が即座に銃口を合わせて発砲。しかし、自身に銃口が向けられた時点で、葉子は矢継ぎ早に次の指示を飛ばしている。

 

「発動!」

「こいつ人使い(あれ)ぇにゃあ」

 

 異能を使うと同時に放たれた銃弾は、二人をすり抜けて後ろの壁を削る。

 それを横目にスライドをガションと動かしてトレンチガンの排莢と装填を行い、再度【夢幻迷猫(チェシャキャット)】を解除させて2発目を手負いの1体に撃ち込む。

 

 熊を撃つのにも使われるスラッグ弾──本来なら無数の小粒を撃つための散弾銃で放たれる大粒の1発は、魔術で複製されたトレンチガンの銃身が破損することも度外視された過剰な発射薬の爆発で銃口から弾き出され、グールの頭部を粉々に粉砕した。

 

「【召喚(コール)】と弾の残りは…………で、…………だから、…………なら……ん?」

 

 残り2体のグールを見据えて、葉子は自身の魔力残量とトレンチガンの残弾を脳内でカウントする。そこでふと、グールたちの持つAK-74に視線を向けて気づく。──()()()()()()()()()()

 

 ──弾切れだ。ここに来るまでと、ここに来てからで、手持ちの弾を撃ち尽くしている。

 

 それに気づいた葉子と、気づかれたグールの行動は同時だった。残りの弾丸全てを片方に撃ち尽くし、トレンチガンの先端に【召喚(コール)】した銃剣を装着。残り1体もまたAK-74を捨てて鋭い鉤爪を振り被り、その鋭い刃で葉子ごとクロを切り裂こうと迫る。

 

 その動き対して、葉子は銃剣付きのトレンチガンを刀のように大上段に構えて待ち受けた。

 

「────、──」

「…………んにゃす」

 

 更に小声でボソリとクロに指示を飛ばし、ドンと踏み込んで一歩前へと動く。

 横薙ぎの鉤爪と、上段振り下ろしの銃剣。一手先に先端が届いたのは、グールの鉤爪(ゆびさき)で、ナイフのように鋭く尖った爪は葉子の脇腹を容赦なく抉る────ことはなく、ぬるりと()()()()()

 

 攻撃が先に届くことを見越した、【夢幻迷猫(チェシャキャット)】による空振りの誘発。爪が体をすり抜けて反対に振り抜かれた瞬間に異能は解除され、改めて実体を得た葉子の手に握られた銃剣付きトレンチガンの刃先が、果たして唐竹割りのように叩き込まれた。

 

 頭からめり込み、首、胸までを真っ直ぐ切り裂いた銃剣が肋骨に引っ掛かり、留め具を外して銃剣だけを残してトレンチガンを引き抜く。それから念の為にと、1発装填してドガン! と轟音を奏でる。

 

 確実なトドメを刺した葉子は、重く息を吐いて力を緩めながらクロを背中から下ろした。

 

「はぁ〜〜〜、緊張した」

「いやいやいや、『あなたの判断で【夢幻迷猫(チェシャキャット)】を使って相手の攻撃を先にすり抜けさせて、こっちの攻撃が当たるタイミングで解除して』とか指示する程度には肝据わってんにゃろおミャー」

「それとこれとは話が別で…………」

 

 と、そこで。葉子が言葉を区切り、はたと思い返して階下に意識を向ける。

 

「与一くん、無事かしら……いえ無事なのはわかっているけど、階段壊しちゃったのよね……」

「与一ぃ? …………。あ、それにゃ名前」

 

 葉子の出した名前に反応したクロ。彼女がそういえばと思い出した直後、ピクピクと耳が音を捉えてビル内から窓の外へと視線を移す。

 

「…………うおっ」

「え? ──うわぁあぁあ!?」

「なぁぁぁんでぇ……階段がぁ……壊れてるんですかぁぁぁ……!?」

 

 露骨にドン引きするクロと、つられて窓の外を見て驚愕の悲鳴をあげる葉子。

 なぜならそこには、赤黒い液体にまみれた男──桐山与一がへばりついていたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──窓を開けてもらって上階に侵入し、お互いに上下の階で何があったかを共有。

 それからクロに向き直り、諸々の疑問をぶつける運びとなっていた。

 

「で、だ。なんでクロがここに居る? お前、幻夢境(ドリームランド)に居たはずだろ」

「いやそりゃ、現世(こっち)から向こうに渡ったんだから、帰ってくることも出来るに決まってんにゃ? 別にニャーは幻夢境から出られないなんて一言も言った覚えねーし、単なる勘違いだにゃあ」

「……あ、そうなんだ?」

「んにゃ」

 

 あっけらかんと断言されては、こちらの勘違いを訂正せざるを得ない。しかしそれはそれとして、ならばと別の問題も発生することになる。

 

「じゃあつまり、クロはいつでも戻ってこられるのに、育ての親と妹のところに戻ろうとしないままずっと幻夢境に閉じこもってたんだな」

「……ついこないだまでは、合わせる顔がないってやつだったんだにゃあ。これはマジ」

 

 ふい、と視線を逸らしながらも、クロは罪悪感を抱いた雰囲気で自虐気味に口を歪める。

 

「おミャーと、もう一人の……あの胸が薄い金髪のねーちゃんの、若い頃の親たちと色々やってたにゃ? あいつらを『階段』まで送り届けてから、んまぁ色々と考えることがあったってことにゃ」

「そうか、父さんと千夏さん、送り届けてくれたんだな。……あとお前さっきの本人に言うなよ」

 

 三味線の皮にされるぞ。

 

「ところでネコ……クロちゃん」

「おん?」

「そもそも、なんであなたはグールたちに追いかけられていたの?」

「あ〜……こいつの所為にゃ」

「こいつ?」

「今から()()からちょい待ち」

 

 そう言って、クロは葉子さんの疑問符を横目に腹を押さえながら体をくの字に曲げて嘔吐(えづ)く。

 

「お゛〜〜ん、もうちょい、もうちょい」

「おいちょっと待てお前まさか」

「……うべっ、けっ、けっけっ……け゜っ」

 

 こちらと葉子さんが思わず顔を見合わせて、反射的に一歩後ずさる。

 知ってか知らずか、クロはそのまま喉を嫌な感じに鳴らして、床に吐瀉物を吐き出した。

 

「け゜こ゜っ゜!」

 

「う、うおぉおぉぉ……!!?」

「絵面が……絵面が酷い……!」

 

 おおよそ人間が出せるか怪しい濁点混じりの声と共に、びちゃびちゃと何ともいえない溶けた固形物と液体がぶちまけられ、その中に指を突っ込んだクロが──小さな長方形の物体を取り出す。

 

「おえ。溶けてなくてよかったにゃ」

「……それは……USBメモリか?」

 

 ドン引きしながらも、タオルを【召喚(コール)】してそこに乗せてもらった物体を拭う。それは先端が蓋で隠されているUSBメモリであり、ゆえにこそ、それを盗んで逃げたクロを追いかけ回すのにも合点がいった。

 

「とりあえずこれは連盟組織の方に渡して後のことは任せちゃいますか。それよりもなによりも、俺たちにはやることがある」

「やること?」

「クロ」

「なんにゃ」

 

 小首を傾げる葉子さんとクロに、一度言葉を溜めてから、力強く言う。

 

「風呂に……入るぞッ!!」

 

 グールの返り血で汚れたこちらと、幻夢境での生活が長いことも加味して服と体が使い古したボロ雑巾のように汚いクロ。その洗濯……選択に行き着いたのは、必然としか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──事務所の風呂場。そこで先に体を洗って返り血を落としたこちらは、今度はクロを洗うべく浴室に放り込んだ……の、だが。

 

「あ゛に゛ゃ゛お゛ぉ゛お゛お゛ぉ゛あ゛!?」

「はーい暴れないでくださーい」

「やめやめやめろにゃ馬鹿! 泡が耳に入る!」

「クロが暴れなかったら入らないって」

 

 ……こいつ、めちゃくちゃ暴れる。

 

 猫は風呂、というか濡れることを嫌がる動物ではあるのだが、クロも例に漏れなかったらしい。

 ともあれ、泡立てたシャンプーが既に4回ほど汚れで黒と茶色の混ざったおぞましい色に変色するのを経て、6回目のシャンプーがようやく白さを保ったままクロの髪と体を泡で包み込んでいく。

 

 やっとかぁ。と内心で呆れつつ、両手で耳を塞いでいるクロの上からシャワーを浴びせて泡を洗い流す。ようやく終わった風呂から出て、バスタオル数枚で体を包んで全身の水気を吸わせていると。

 

 

「うにゃ〜……勘弁しちくり」

「でも、スッキリしただろ?」

「そりゃそ〜にゃけど。……あ、そうだ。さっきまで着てた服、どこにゃ」

「ん? そっち」

 

 腰にタオルを巻いて下半身を隠しているのを尻目に、捨てたほうが良いだろうとしか思えないボロ布の服の所在をこちらに聞くクロ。

 ふと脱いで置かれていたそれを見つけたクロがおもむろにズボンの方に手を突っ込んで、ポケットの中から一枚の封筒を取り出して見せてきた。

 

()()が、ニャーがそもそもなんで現世に戻ることにしたか、の理由にゃ」

「手紙? 誰からもらったんだ?」

「知らんにゃ、空間操作かなんかで、ウルタールに居たニャーの前に()()()()()モノなんだから分かるわけねーのにゃあ」

「突然……?」

 

 ピラリと指で挟んで揺らされている手紙は、シンプルな白い封筒。しかしてクロが指先でカリカリと引っ掻いても、封されていないのに開けないでいる。

 

「たぶん、いつかのどこか……来たるべきタイミングでないと開けないのにゃあ。そんでもってこれは勘だけど────この手紙を送ってきた()()と、あの時おミャーらの親をこっちの時間軸の幻夢境に引っ張り込んだ()()は、同一人物かもにゃあ」

「……なる、ほど、ねぇ」

「──与一くーん、クロちゃーん」

 

 クロからの進言。そこにある勘に基づいた推察。それらをひとまず置いておき、浴室に入ってきた葉子さんの手に握られた服屋のレジ袋を見やる。

 

「クロちゃんのお洋服、買ってきたのだけど……サイズ合ってるかしら」

「……というか、肉体を変異させるときって着てた服は何処に行ってるんだ?」

「あ~、と。すっげぇ簡単に言うと、一回着た服を細胞レベルで取り込んで、覚えた物質を服状に再構築してるような感じにゃ」

 

 ──つまり皮膚の上に皮膚を着てる感じ。と続けて、クロは葉子さんから渡されたパンツとスポブラを身に着けて、その上にシャツとズボンを着込んで髪を服の中から外へバサリと広げた。

 

「う〜〜ん……新品にゃ。どうせあとで取り込むことになるけど」

「そりゃあ、買ってきたばかりだからね。……それでクロちゃん、サイズはどう?」

「ばっちし。あっちのは捨てといてくれにゃ、ボロ過ぎ汚すぎでリサイクルもムリだろうし」

「そうしておくわね。あ、それと爪も切っちゃいましょう? そのままだと、引っ掛けて割れたりして痛いことになっちゃうわよ」

 

 着替えた服の匂いを嗅いだりしていたクロは、手紙を尻ポケットにねじ込むと、長く伸びてあちこちがヒビ割れた爪を葉子さんの用意した爪切りで切ってもらう。一通りの手入れが終わって、短くなった爪をまじまじと眺めてから、彼女は愉快そうに耳をピクピク痙攣させて口角を緩めながら言う。

 

「……んじゃまぁ、そのうちこの手紙関連とかで顔合わせるだろうけど、一旦はおサラバにゃ」

「そうかい。なんかあったら迷わず頼れよ」

「にゃす。つってもにゃ、おミャーらには今回でデカめの借りが出来ちまってるし、むしろなんかあったら手伝ったるにゃあ」

 

 にやりと笑い、ふすふすと鼻を鳴らして魔力を全身から薄く流すクロは、最後にこちらに向き直って口を開くとからかうように続けた。

 

「じゃあにゃ、苦労人のダンナ」

 

 その言葉を最後に、クロは例の異能──【夢幻迷猫(チェシャキャット)】で床をすり抜けて姿を消した。

 残ったこちらも、葉子さんに出てもらってから着替えてリビングに戻る。

 

 

「……さて、一連の問題は、同一人物の犯行の可能性か。まさかとは思うが……」

 

 脳裏にちらつくこれまでの事態の繋がり。それらの黒幕がある一人の犯行によるもの、だとしたら。

 

「──グレイとの決着は、近そうだな」

 

 グールとの戦闘と、早い時間からの風呂により、疲れた思考でそう結論づける。

 ……連盟組織にUSBメモリも送ったし、一度軽い仮眠を挟んでおこうかな。

 

 なにはともあれ、問題が起き、問題が片付き、そして新たな面倒事に繋がったらしい。

 いつものことだな、と。そう独りごちて、葉子さんに一言挨拶をしてから寝室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

『完』




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