とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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視える者と言えぬ者 1/5

 六月初旬、早くも暑さが顔を覗かせているあるとき。事務所に備え付けているデスクのパソコンに、一通のメールが送られてきていた。

 

「お、珍しい。依頼のメールだ」

 

 いや本当に珍しいな、だいたいの場合は事務所に直接来るからサイトの更新を怠けていたのに。

 ……まあ、更新はそのうちね……暇なときにやるとして。早速と椅子に座ってメールを確認すると、そこには珍妙な内容が書かれていた。

 

「えー、と。『突然のメールですみません。探偵さんにお願いすることではないと分かっているのですが、私の身に起きたオカルトじみた問題の相談に乗ってくれそうな所がここしかなかったので、メールを送らせていただきました。探偵さんは、数日前に壇日(だんにち)市で起きた大地震をご存じでしょうか? あの日を境に、私の目に奇妙なモノが映るようになってしまったのです。眼科で検査をしても異常は無いと診断されるのですが、日を追うごとに奇妙なモノがよりクッキリと見えるようになってしまい困っています。どうか私の目を普通に戻す為に力添えをしていただけないでしょうか』……ふぅん。奇妙なモノ、ねぇ」

 

 文章からは切実さが滲み出ているし、イタズラメールではないということは経験で察する。

 けれども、このメールからは、それこそ奇妙な点が一つ存在していた。

 

「う〜〜〜ん。もしもし雅灯さん?」

【はいはぁい、なんでごさいましょ】

 

 不意に床をトントンとつま先で叩くと、影からにゅっと雅灯さんが出てきて後ろに回る。

 肩越しにパソコンの画面を眺める彼女に、気になったことを問いかけてみた。

 

「雅灯さん、ここ数日の間で、()()()()()なんて起きましたっけ?」

【この耐震性バツグンの幽霊ボディに聞くことではないと思いますがねぇ。んまぁ〜〜でも、最近は夜中にテレビつけて見てたりしましたけど、地震速報すら流れてるのを見たことないですよ?】

「ですよねぇ。……()()()()()()()()()()

 

 にも、関わらず。メールの主は大地震が起きたと断言している。これが嘘ではないのなら、すなわち問題は大きく分けて2つのどちらかだ。

 

 ──メールの主に何かがあって地震が起きたと勘違いをした。或いは、地震が起きたことをメールの主以外の全員が認識していない。

 

「起きていない地震があって、奇妙なモノが見えるようになった。まあ間違いなく魔術関連の面倒事でしょうし、断るわけにもいかないか」

【では、参られますか?】

「参られますかねぇ。依頼主も不安を解消したいだろうし、早速行動するとして……」

 

 ちら、とカレンダーを見やる。明日が土曜日だから……朝イチで新幹線に乗れば昼前には着くかな。あとは……そうか、諸々の確認もしないと。

 

「依頼を受けるとして、とりあえず職業と年齢、期日の確認……久々に一人旅かぁ?」

【私をお忘れですかぁ〜?】

「人間一人旅かぁ」

【言い直さないでくださいよっ!】

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日。くだんの町……檀日市に、朝イチの新幹線に揺られて数時間掛けて到着する。

 予定通り昼前頃に駅を出て、メールでやり取りした通りの住所へと足を進めた。

 

【それで、どちらに居る誰さんでしたっけ】

「この先を歩いて数分の民家です。名前は上山(かみやま)光冷(みれい)ちゃん、16歳。この近くの高校に通っている、今年から2年生の生徒だとか」

【ふぅん。未成年が面倒事に、ねぇ】

 

 と、そこで。こちらに続く第三の言葉が背中から響く。足元の影から話しかけている雅灯さんとは別の声──それは背負った竹刀袋に隠した妖刀(つくも)からだった。普段は銃刀法違反を恐れて持ってきていない九十九をなぜ持ってきているかと言うと、単純に駄々をこねられたからである。

 

 都合のいい時だけ事務所に【門】を繋げて引っ張り出すんじゃなくて、たまには最初から持っていけと言われては、持っていかざるを得まい。

 ──決して首元に切っ先を突きつけられて脅迫(おねがい)されて屈したわけではありませんので。

 

 …………ありませんので……! 

 

「まぁ〜〜それはさておき。問題はやっぱり、本人しか知覚していない謎の地震かなぁ」

悪霊(みやび)の方は浮いてるから分からないにしても、事務所に飾られてる私なら、妖刀(ほんたい)が揺れるからそういうのはわかるけど……地震なんて、それこそここ数日起きてないわよ】

「それも、このあと本人に聞けばわかると思うけど。……わかるのかなぁこれ」

【聞いてみないことにはなんとも?】

【どちらにせよ、会ってみないとでしょ】

 

 ですよね〜。と呟きながら、歩を進めて数分。やいのやいのと小うるさい悪霊と付喪神の駄弁りに付き合いつつ、目的の家の前に到着する。

 

「さて、これから一般の方とお話するんだからそろそろお口チャックしてくださいね」

【はぁ〜い】

【……ん。ねえ与一、ちょっと気になったことがあるのだけど────】

 

 ふと、九十九がそう言ったのと同時に、こちらもインターホンを押してしまった。

 

【いや、いいわ。この懸念の答えは、たぶんすぐに判明すると思うから】

「……ん??」

『────。どちら様、ですか』

 

 何を言っているのか、と問う前にインターホンの向こうから声が届く。ここで九十九に声を掛けると不審なため、意識を家の方に向け直す。

 

「ああ、はい。先日メールをいただいた、桐山探偵事務所の者です。俺は桐山与一です、そちらは……依頼者の上山光冷さんですか?」

『……はい。いま、そちらに出ます』

 

 ブツ、と音声が途切れて沈黙が訪れる。それから1分くらいで、玄関の鍵がガチャリと捻られ扉が開かれると、中から私服姿の少女が現れた。

 

 Tシャツにズボンのラフな格好をしており、緩いウェーブのかかった黒髪をおさげにして前に垂らしている少女──光冷ちゃんは、玄関の扉に隠れる形で伏し目がちにチラチラと視線を向けてくる。

 

「キミが、光冷ちゃん、でいいのかな」

「あ、はい。……あなたが、桐山……与一、さん? ありがとうございます、こんな……イタズラみたいな変な依頼なんかを受けてくださって」

「気にしなくていいよ、最近はそれ専門みたいになりつつあるからね」

「え?」

「んやぁ空耳空耳」

 

 斜めを見上げて誤魔化して、咳払いを挟んでから話題を本題に切り替える。

 

「それで、だ。光冷ちゃん、キミの言う奇妙なモノが見えるっていうのは、今もなのかな」

「……いえ、今日はなんというか、一定のスパンで見えたり見えなかったり、切り替わる感じです」

「昨日までは常時だった?」

「はい」

 

 そう問いかけると、光冷ちゃんは目元に指を這わせて呟くように言う。

 昨日までは常に異常な状態で、今は切り替わる……と。もしかして、ここ数日で魔力が消耗したのが原因か? とすると奇妙なモノが見えるのは異能によるもの? ……ってことはもしかして────

 

「…………っ、来ました、これです……!」

 

 ──不意に、光冷ちゃんが顔をしかめて目元を手で覆う。すると彼女の顔の辺りに魔力が集まっていき、()()()を発動するために活性化した。

 

「目に魔力が集まってるな。やっぱりこれは異能だ、確か……そう。【霊視】だったか」

「れい、し? それが、私の身に起きている、この妙な感覚の正体……?」

 

【霊視】。見えないものが見えるようになり、あらゆる痕跡が追えるようになり、魔術的な隠蔽を見破れる、目視に特化した特殊能力。

 十数年前に、東京の方で魔術で再現した霊視を使う厄介な魔術師団体が居た……という話は聞いたことがあるけど、天然の【霊視】持ちは連盟組織ですら片手で数えるほどしか知らないのだとか。

 こんなところで天然の【霊視】持ちに、それも連盟組織やその他魔術師連中よりも先に出会えるとは。そう考えて内心でホッとしたのも束の間。

 

 

 …………あれ、【霊視】持ちがこちらを目視するの、マズイんじゃないか? 

 

 

「──っ、あ、ひっ」

 

 などと、考えたのも遅く。

 

「あ、あぁ……!?」

 

【霊視】を発動した状態でこちらを見た光冷ちゃんは、驚愕と恐怖に顔を歪めて後退りして、扉から弾かれたように玄関の靴箱の横に尻もちをつきながら座り込む。……見えて、しまったかぁ……! 

 

「あー、まあ、その、ね。悪い奴らじゃないんだよ。俺も、この人たちも」

 

 しゃがみ込んで、目線を合わせながら。苦笑しつつも、なんとか笑いかけるようにして光冷ちゃんに語る。まあ、そりゃあ、怖いよなぁ。

 ──よりにもよって、唯一頼りになると思って来てもらった探偵が悪霊に取り憑かれていて、付喪神が宿った刀を袋に入れて背負ってるんだから。

 

 おそらく、彼女から見たこちらは、複数の魔力が混ざり合った膨大な魔力(エネルギー)が体から漏れ出ているように見えていることだろう。

 

 

 

 …………うーん、悪夢かな?




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