「……ど〜〜〜しろってんですかねコレ」
ゲーミングPCに机を占拠された一室。プロゲーマー・蓮枯深月は、突如として室内に現れた白い封筒と、その中のカードを眺めていた。
──蓮枯 深月様。
──白百合 様。
──クロ 様。
──以上三名を、赤霧市にて行われる魔術師同士の会合にご招待いたします。必ず、上記の三名が揃っている状態で指定場所まで向かってください。
有無を言わさぬ文章に、なんとも言えない威圧感を覚えながら、深月はカードをぴらぴらと波打たせるように揺らして呟く。
「白百合……いつぞやの姫、じゃあないっすよねぇ。急にこんなの送ってくる前例はありますけど。となると、私の知ってる
脳裏に過る嫌な思い出。ビルで神格を連れて現れ、そしてついこの間には人造神格戦で現れ──露骨なまでに桐山与一に好意をぶつけてきた魔術師。
「あの白百合さん、っすよねぇ。あの人とはあんまり顔合わせたくないすけど。んで……クロって誰なんですかね……?」
ため息を一つ、それからカードを改めて読み返して、ゲーミングチェアの背もたれに体重を預けながら首をかしげる。なぜなら、『クロ』という言葉の入った人名にいまいちピンとこないからだった。
「……与一さんに相談したほうがいいっすよねぇ〜。というか私は魔術師じゃないし──」
と、カードを置いて携帯に手を伸ばそうとした深月は、部屋に響くチャイムの音に動きを止める。
ピンポンピンポンピンポンと連続で響く音。知り合いが来る約束などはしていないからと、イタズラか何かだと断じて無視を決め──ピピピピンポンピンポンピンポンピンポーン!! というけたたましい音にやがて額に青筋を立てて席を立つ。
「うるさいな……!」
流石の深月も苛立ちが勝り、文句でも言ってやろうかと玄関に繋がる廊下に足を運ぼうとし──
「────。え」
続けてドアノブが外から動かされ、扉が開けられる。いつでも【
「──なんだ、居るじゃないですか」
「……んなっ!?」
扉を開け放つなりそう言ってくる女性。金髪を風に揺らして深月を見やるその顔は、つい今しがた合わせたくないとボヤいていた張本人のモノだった。
「し、白百合さん……!?」
「居るなら出てくださいよ」
「普通は鳴らしてから出るまでにいくらか『間』があることをご存じでない!?」
「まあ、それはさておき」
「さておかれた……」
許可を出す前に中に入られ玄関まで閉められた深月は、ズカズカと室内に上がる白百合を流れでリビングに案内することになる。
「お邪魔しますよ」
「はいはいどうぞ」
「お邪魔するにゃあ」
「はいはいどう…………ん?」
白百合を案内し、もう一人の少女も案内し、そこで違和感を覚えて振り返る。
そこには、頭にピクピクと揺れる猫耳を生やした、小柄な自身と同程度の身長の少女が当たり前かのように白百合についてきていた。
「あの、誰すか」
「んにゃ。ニャーはクロだにゃあ」
「はぁ、さいですか。……クロ?」
「そこらをうろついてたので捕まえました。私とあなたとクロ、この並びには覚えがあるのでは? あなたの所にも届いたのでしょう?」
そう言って、白百合は、クロの存在に困惑する深月に見せるようにして懐から封筒を取り出す。
それは深月の前に現れたモノと同じ封筒で、顔色から届いたことを察した白百合は封筒を自身の懐に仕舞い直してから椅子に座る。
「あの、ところでツッコミどころが幾つかあるんで順番に処理したいんすけど」
「なんでしょう?」
「まず最初に……なんでここが?」
「人ひとりの個人情報を調べるのに大した労力は必要ないんですよ。あなたは狭い界隈では有名人ですからね、プロゲーマーの蓮枯深月さん?」
「……なるほど」
──絶対表でやれない手段使いましたよね。とは口に出さない程度には、深月は賢明であった。
「次になんですけど……この猫……猫? の括りに入れていいのか分からないのはなんなんすか」
「んにゃ?」
勝手にソファに寝転んでうねうねと体をよじるクロを横目に、白百合はまあ言っても問題ないか、と脳裏で思案して深月に語る。
「────。前提として、
「そりゃまあ、現に会ってますし」
「そこの猫は、別個体の白百合が作った擬態生物です。あらゆる生物の祖──とある神格の雛にあれやこれやして、これが出来たわけです」
「そうなんですか?」
「だいたいそんな感じにゃ」
ピクピクと耳を跳ねさせ、ゆらゆらと尻尾を揺らす。それがアクセサリーではなく実物であるということを理解して、深月は妙な知り合いが増えていっている事実に、げんなりとした顔をした。
「まあ、もう、大抵のことは『そういうものなんだな』で呑み込むしかないわけっすけど……この件は与一さんに相談したほうが──「駄目です」
──深月の言葉を白百合が遮る。
ピシャリとした発言に、さしもの深月でも思わず眉を顰めて言い返す。
「いやいやいや、これはどう考えても与一さんに相談すべき案件でしょ!?」
「深月さん、あなたならわかると思いますけど、まず間違いなく与一さんはこの件に関わります」
「……確かに?」
今度は窘めるような言い方になり、深月はカッとなった思考を冷ますように冷静さを取り戻した。
「──魔術師同士の会合? 嘘っぱちですね。多方面から魔術師を集めてやることなんて、過程はどうあれ結局のところは殺し合いです」
「なんで断言でき……あっふーん」
深月は察する。──この人、多方面から集まった魔術師を皆殺しにしたことあるな? と。
そして、それがなぜ、桐山与一に相談することを拒絶する理由になるのかとも思案すると、心を読まれたかのように白百合は言う。
「与一さんは
「え。…………。…………。無理では?」
数拍の間を空けて、答える。恩人だから、友人だから、愛する者だから、という前提を省き、敵として戦うと想定した場合。どう足掻いても、深月と白百合の脳裏には、勝てるビジョンが浮かばない。
「はい。無理ですね。【
「まァ、あのダンナは殺すのに苦労しそうだにゃあ。なんか妙に頑丈だし。
「なにやってんすかあの人は……」
会話に混ざってきたクロが思い出すように言い、深月の言葉に同意するように白百合が苦笑する。
「まあ、与一さんは明暗丞久のような……枠組みからはみ出しているゲテモノと比べたら、枠の中に収まっている内の最高峰のような存在です。本人は自分のことを精々が中の上くらいにしか認識していないけれど、実際の
「が?」
「ここで言う
「──最後の一線を、理性的に踏み越えられる。ある意味では、
「花の女子高生の評価じゃない気がするんすけど」
突如として送られてきた封筒を手に、下谷家の玄関の前で真殊ちゃんがそう言う。
「俺が許可したとはいえ一切の躊躇いもなく【呪言】を何度もぶっ放した子への評価と考えたらだいぶ適当だと思うんだけど?」
「……うん、まぁ、まあ、まあまあまあ。この話やめませんか? やめましょうよ!」
「自分が不利になった途端に……」
視線を逸らして苦笑しながら話題を切ろうとする真殊ちゃんに、隣で光冷ちゃんが呆れる。
「……んで。来週には赤霧市? ってとこで魔術師同士で集まるぞ〜ってことになったわけっすけど。なんでそこからあたしの評価になるんすか」
「【呪言】を
「これから起きること??」
「…………。なるほど」
小首をかしげる真殊ちゃん。こちらの言いたいことを察したのか、光冷ちゃんは渋い顔をするが、とどのつまりはそういうことだ。
──我々はこれから、赤霧市で魔術師と殺し合いをすることになりかねない。
例え悪党だとか魔術師だとか……いや悪党と魔術師にそこまでの差はないけど。そんな奴らが敵だとしても、彼女らに殺させるわけはいかない。
しかし戦う技術を教えないと、何も出来ないまま死なせてしまう。だが、問題はこの子たちが教えた技術の
「特にキミだぁ、真殊ちゃん」
「えっなんすか」
「いきなりだけど問題、目の前に敵が現れた! さてどうする?」
「【呪言】でぶっ飛ばす」
「うーん。いじょ……異能者としては100点満点の解答なんだけどね、
「与一さん、今なんか、エグい言い間違いしそうになってませんでした?」
……気のせい気のせい。
けれどもまあ、これで確信した。この子は──真殊ちゃんは、人を
【呪言】に目覚めたから、じゃない。彼女は
「…………。参ったなぁ」
「何が?」
「ん〜〜〜、この一週間でキミらを鍛えるスケジュールどうしよっかなっていう悩みがね」
「あの、与一さん。私たちは平日は学校があるので、放課後くらいしか時間が……」
そう言って申し訳なさそうにする光冷ちゃん。学生が巻き込まれると、こういう現実的な予定との兼ね合いが難しいから困るんだなぁ。
「あぁ〜それもあるか。俺も今日と明日は今回の件を纏めて、あとはナイ──電話したあの変なのね? あいつのご機嫌取りもしないといけないから。となると……月曜から金曜の放課後に特訓して、土曜の朝に電車で赤霧市に移動。って感じだね」
「特訓ね。あたしらも洞窟に蹴り込まれんの?」
「いやそれは………………やらないけど」
「『間』が長い時点で欺瞞なんすよね」
ジトッとした目で睨む真殊ちゃんから、こちらも目を逸らす。やらないよ、そんな危ないのは。神格だの怪物だのが居る場所に放り込んで数日放置、なんてやるのは丞久先輩くらいしか居ないよ。
……居ない、よな……?
「まあそれはさておき。とにかく、今日と明日はゆっくり体を休めておくように。俺は、これから、檀日市にアトラック・ナチャが居たこととか諸々の纏めを作って資料化させたり組織の方に報告にも行って……って感じで、ものすんごい忙しくなるから」
「聞いてるだけで頭痛がしてくるわ」
「……なんだか、大変みたいですね」
「よ〜〜く覚えておくんだよ、大人になるってこういうことだから…………」
その言葉を最後に、憐憫の目を向けられながらも【門】を生成して事務所に戻る。
しかし、なんというか。……彼女らよりも幼い頃に魔術師に目覚めて殺しまで経験した以上は、自分以外の若い世代には平穏に過ごしてもらいたいのだけれど。中々どうして上手くいかないものだなぁ。
──道の真ん中に作られた【門】が閉じて、光冷と真殊が残される。
「なんて哀れな人間なんだ……」
「はぁ。なんだか、嵐みたいな一日だったね。これからどうする?」
「どうするって……帰って晩飯まで寝るけど。【呪言】撃ちすぎて喉いてーし。あ゛〜家にのど飴なかったっけなぁ〜〜」
「いやそっちの『どうする』じゃなくて」
体を伸ばして関節をパキパキと鳴らす真殊に、光冷が頭を振って否定する。
真殊も意味合いは分かっているからか、敢えてすっとぼけた発言をしてから意識を切り替えた。
「異能者として目覚めちゃって、今後の人生をどうするか、ってことでしょ?」
「そう、そっち」
「……招待状のこともあるし、ひとまずは赤霧市のアレコレが終わってから考えればよくない? あたしも光冷も異能者としてはペーペーなんだし」
「今後のことは、与一さんから色々教わってからでも遅くないかぁ。まあ、確かにね」
異能者に目覚める。それはつまり、日常から足を踏み外したことを意味していた。
魔力を知覚し、異能を持ち、非日常を経験した手前、いまさら何もかもを忘れて日常に戻ることは──不可能ではないが難しいだろう。
「……与一さん、かぁ」
「────。あ〜、光冷?」
「……ん。なに?」
と、そこで。ボンヤリと与一が立っていた位置──【門】が現れ、閉じた場所──を眺めていた光冷に、真殊が苦笑いしながら言う。
「いやぁ〜、ね。与一さんはやめといたほうがいいよ。光冷の手に余る」
「…………。なに言ってるの? 流石にそんな、今日会ったばかりの相手にどうとか思わないし」
「いやいや分かんないよぉ? なにせこれから一週間はつるむわけだし」
口角を歪めて笑う真殊に、光冷が呆れた様子でため息をつくが、真殊は更に続ける。
「ま、こればっかりは直感っつーか、あたしみたいな奴なら肌で分かるってやつなんだろうけどね」
「ふうん?」
真殊は言葉を区切って、脳裏で独りごちる。──桐山与一は、纏う空気がどうにも
──最後の一線を、理性的に踏み越えられる。それは果たして、どちらの事なのやら……と。
まあ、なんにせよ。と思考を続けて、真殊は来たるべき来週の土曜を待ち望む。
なぜなら、そこでなら存分に、【呪言】を使って暴れられるだろうから。
「ちなみに真殊ってタイプの人とか居るの?」
「ワイルドスピードのスキンヘッド」
「その条件で絞っても結構居るんだけど……?」
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