「はい隙ありぃ」
「結構
スパァン!! という小気味よい音。大雑把な縦振りをヒョイと避けて、こちらがチャンバラ用のオモチャの刀で真殊ちゃんの尻を容赦なくぶっ叩く。
「お゛ぉ゛あ゛ぁ゛……っ!?」
「だぁから、その雑な振り方やめなさいってば。典型的な運動神経ゴリ押しタイプだよねキミ」
「真殊は昔から
と言いつつ真殊ちゃんの尻をぶっ叩いた所に斬りかかる光冷ちゃんにも対応。彼女と違って隙を無くすように素早く最低限の攻撃で済ませてくるのは、流石は剣道部といったところか。ああ、でも。
「辞めたんだって? 剣道部」
「……はい。私は、あそこに居てはいけないので」
「あぁ〜〜。わかる、わかるよ。普通じゃない力を持ってると、普通に生きてる人と混ざって運動とかするのに引け目が出来ちゃうよねぇ」
「まあ、そんな感じです」
魔力を流せば少しは硬質化するとはいえ、打ち合いには向かない柔い刀をスパンスパンとぶつけ合う傍ら、そんな風に談笑を混ぜる。
どうやら【霊視】持ちの自分が剣道部を続けるのは周りに失礼だと、ズルだと。そんな考えを持ったようで、光冷ちゃんは退部したらしい。
──土日が明け、月曜夕方。放課後に公園で女子高生二人と訓練と称して片方の尻を思いっきりしばく光景は通報不可避であろう。
ありがとう、【人払い】……!
「似たような異能者同士の大会でもあればいいんですけどね…………そういえば、与一さんも剣を振っていたりするんですか?」
「いんやぁ? 俺のはもう、実戦で自然と磨かれていった感じかなあ。本当に何でも使わないと死ぬ環境に放り込まれてきたから」
「ええ……」
怪物の攻撃を受け流せないと死ぬから合気道っぽい武術を会得したし、刃物を使わないと死ぬから刀とかを振れるようになったし、行く先々で先輩に逆らうと死ぬから処世術も磨かれていったし。
「なんか、なんだろう、辛くなってきた」
「し、しっかりしてくださ──「オラァ隙ありぃ! 【潰れろ】ォ!!」
自分で思い出して自分で気が重くなってきていると、いつの間にやら背後に回っていた真殊ちゃんが【呪言】を撃ってきていた。
まあ当然避けるわけだけど、こちらを挟んで対面には剣戟していた光冷ちゃんがいたわけで。
「【韋駄天】」
「……あ、やべっ」
「えっちょっ!? ……
横に大きく、滑るように低く跳んで範囲から逃れた直後、ズン……! と、光冷ちゃんが重圧に潰されそうになって全力で踏ん張っている。
尻を叩かれた痛みで集中できていなかったからか、威力が低かったのは察していたから敢えて止めなかったけど、弱まってて
「ともあれ周りに気を配りまっ、しょう!」
「おぁ────っ!!?」
──スパァン!!
「もしかしてさ、あたしの【呪言】で重圧加えながら筋トレしたら効果あんのかな」
「遠回しに私のこと殺そうとしてる?」
「ん〜まあまあ。これで、ある程度はお互いの弱点がわかったんじゃないかなぁ」
休憩がてら、ベンチに並んで座って話し合う。2度も尻をしばかれた真殊ちゃんと、彼女から【呪言】を食らって唐突に100キロバーベルを持たされたような負荷に苦しんでいた光冷ちゃん。
──彼女らの弱点。それは互いが持つものを、互いに持っていないことにあった。
「真殊ちゃんは光冷ちゃんほど接近戦が上手くない。そして【呪言】の制御も上手くないから、どう使っても範囲攻撃になってしまう」
「え。いや、ていうか、【呪言】ってどうあがいても範囲攻撃以外にはなりようがなくない?」
「キミの魔力操作が下手なだけだよ」
「うぇえ〜〜??」
例えば連盟組織の魔術師や、こちら側のメンバーもだが、物理系具現能力者・言乃葉ミドリの【呪言】をベースとしている【
あれだって、使うときに武器を
【
そもそもの話だが、【呪言】とはあくまでも
言葉の意味を成立させる魔力が発声に伴い飛んでいくのだから、その魔力の射程範囲や速度は本人の魔力コントロールの上手さに比例する筈である。
……まあ、この辺は段階を踏んで教えていかないとな。真殊ちゃんこういう話苦手っぽいし。
「…………。……! そういうことですか」
「あぁ、【霊視】持ちの光冷ちゃんにはわかっちゃうか。本人が行き詰まるまでは言わないでね」
「あ、はい。わかりました」
少し考えてから、光冷ちゃんがおもむろにハッとした様子で口を開く。
そりゃわかるか、真殊ちゃんが【呪言】を撃つ度に口から飛んでいく魔力が見えてただろうからね。
「で、キミは自分の弱点分かってる?」
「ええ、と……剣の腕と【霊視】がある、けど……逆に言えばそれだけ、とか?」
「うーん、80点。厳密には、決め手に欠ける。光冷ちゃんの剣の腕は、正直に言えば常人の中でも上澄みだ。それでも殺し合いには向かない。そして【霊視】は攻撃能力ではない……つまりキミにはどうしても、剣の範囲外への攻撃手段が無い」
接近戦が下手だが【呪言】による範囲攻撃が可能な真殊ちゃん、面と向かっての斬り合いなら強いがその外側への攻撃手段が無い光冷ちゃん。
言ってしまえば、二人で組ませておけばまずその辺の三流には負けない。なんなら二流にも勝てる。ただ、対人戦における心構えや、殺さないにしてもその手前くらいまでは痛めつける必要があることを考えると、この子たちはまだまだ戦力足り得ない。
いや、足らせたくない、か。日本語が変だな。
──結局のところ、子供を殺し合いだの魔術師とのいざこざだのに巻き込ませたくないという、こちらのわがままに過ぎない。
しかし、異能者に目覚めてしまった以上は手遅れだ。いつかは、殺らざるを得なくなる。ならば、こちらが介入出来ている内にさっさと経験を積ませるほうがはるかにマシ……では、あるのだが。
「ま、最後に必要なのは本人の意志かぁ」
「おん?」
「与一さん?」
ベンチから立ち上がって、二人を見下ろす。頭に『?』を浮かべる真殊ちゃんと不安そうに見上げる光冷ちゃんに、こちらも問いかける。
「異能とは別に、キミたちには【強化】と【
「あたしらも魔術使えるってこと?」
「うんそう。ただ、訓練を本格的に始める前に……今週土曜に赤霧市に行く前に、どうしてもこれだけは覚えておいてほしいんだよ」
そう言ってから、間を空けて続ける。
「今回の戦いで、或いはこれからの戦いで、キミたちはどう足掻いても他人を傷つけることになる。場合によっては、相手を殺さなきゃいけなくなるかも。でも、そのことで悩む時は絶対に誰かを頼ってほしい。それは俺でもいいし、横にいる友達でもいい」
──戦いは避けられない。それでも、事前に心構えを取る時間は与えられるし、苦しみを分かち合うことも出来る。これが、せめてもの妥協。
「……分かりました。約束します」
「うっす」
「ま〜こ〜と〜! 真面目に返事する!」
「あいででででで! わかったわかった!」
そんなことを、光冷ちゃんに頬を抓られている真殊ちゃんを見ながら思っていた。
──早くも週末。土曜の夕方、我々三人は電車を使って例の赤霧市に訪れていた。
来て早々だけど、この街……なんというかこう、空気が異質だ。あちらこちらから臨戦態勢の魔術師特有の魔力の揺らぎを感じるのを別にして、この街そのものに曰くがある感じなのである。
例えば東京とかは色々なトラブルや事件に巻き込まれる都市だからか、一種のパワースポットのように何かを
それと同じように、この赤霧市には
「うへぇ〜肌がピリピリする」
「うん。あちこちで静かに魔力が揺らめいてる……アレ、全部魔術師なんですか?」
「そうなるねぇ。ところで、二人とも家族にはなんて伝えて出てきたの?」
竹刀袋を背に、カフェの一席で三人共にコーヒーを頼みつつ、三角形になるように等間隔に座る二人を見ながら問いかける。
「ええと、私は普通に『友達の家に泊まりで遊びに行ってくる』とだけ。真殊は?」
「ん? あたしも似たよーな感じ。泊まりを言い訳にして電車で出掛けて夜遊びって不良だよね〜」
「真殊ちゃんはあんまり違和感ないよね」
「あ゛ぁ〜よく言われる」
気だるげに背もたれに体を預け、ぐでぇ……と脱力する真殊ちゃんは、持ってこられたアイスコーヒーを持つとストローを咥えて啜る。
続いてコーヒーを飲んだ光冷ちゃんだったが、彼女は渋い顔をして変な声を出した。
「ん゛ぇ゛」
「あれ? 光冷ちゃんコーヒー苦手?」
「いや苦いの全般がダメなんすよ光冷は。ゴーヤとか粉薬もダメなんだっけ」
「ああ、そうなんだ。ごめんごめん、事前に聞いておけばよかったね」
「い゛え゛、平気です……」
口直しにお冷を飲む光冷ちゃんを横目に、真殊ちゃんがくつくつと笑いながら手を挙げる。
「与一さんの前だからってカッコつけなくてもねぇ〜。すんませーんミルクと砂糖くださーい」
「別にカッコつけてなん……か…………」
ムッとした様子で真殊ちゃんに反論しようとした光冷ちゃんが、はたと気づいたように辺りに視線を向けて、何かを確認してから口を開く。
「──
「────。あらほんと」
「おん? ……ほんとだ」
「魔術だな。コーヒーさっさと飲んじゃおう」
二人に対して特に焦ったようには見せず、それでいて内心では結構焦る。
【人払い】を使われた? それにしては、あまりにも静かに、誰にも気づかれずに行使されたことになる。こちらに一切気づかれないなんてことがあるのか? ──それだけ、事の主犯は格上……なのか。
黒幕が
「夕焼けが落ちて、夜になろうとしてる。たぶんこれを合図に始まるんだろうね」
「……結局、始まると何が起きるんすかね」
「さあ? わざわざ会合なんて書かれてるくらいだ、魔術師と顔を合わせて何かさせたいのは確定してるし……まあ確実に戦闘は避けられないかなぁ」
真殊ちゃんの疑問もごもっともである。カードに書かれていたのは魔術師同士の会合への招待だけ。会合させて、何をしてほしいかは、書かれていない。
──
ともあれ、日が沈みゆく光景を見ながら、そういえばと唯一分かっている参加者の話をする。
「ああそうだ、もし猫耳と尻尾を生やしたクロっていう女の子を見かけても攻撃しないようにね」
「はい???」
「そいつ、俺の知り合いだから」
「え。……おぉ……マジぃ?」
「交友関係、広いんですね……?」
……キミら絶対変な誤解してるでしょ!!
「まあ、あいつ気まぐれだからなぁ。もし参加してたらって話だけどね、『ああこいつか』ってのは一目見て分かるから安心していいよ」
こちらの知り合いに猫娘が居ることに驚愕とドン引きを混ぜたような顔をする二人に、何とも言えない視線を向けられつつ、完全に日が沈みきり──夜の暗さが訪れたことを認識した、瞬間。
「ひとまず建物の陰を移動して視線を遮ろうか、魔術師によっては遠距離攻撃してく────
ぐにゃり。
視界が一瞬、歪む。まばたきを挟んだほんの一瞬の間に、気づけば景色が切り替わっていた。
「……っ! 二人とも!」
咄嗟に二人が立っていた場所に顔を向けるが、そこには誰もいない。
背後にあったカフェの一席も無く、車1台走っていない大通りのど真ん中に立たされている。
そして、光冷ちゃんと真殊ちゃん以外の、敵意と殺意の入り混じった無数の魔力。
「…………あー、なるほど、そういう」
こちらを取り囲む、数十もの男女。
それぞれが武器を持ち、魔力を放出し、こちらたったの一人を殺すつもりで。ここまでくれば、嫌でも自惚れではないと確信できる。
「
──その言葉を皮切りに、無数の見えない衝撃波が全方位から撃ち込まれた。
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