とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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かわらぬ挨拶 4A/6

「はい真冬、次いこうか」

「……嫌な慣れ方だよな、これ」

 

 四回目のループ。もはやこの異常事態に慣れつつある現状、隣り合って座ったまま手短に情報交換をして、今回の行動を再確認する。

 

「そっちの事故現場はどうだった? あたしは今回ほなみ連れてビルに行くつもりだけど」

「俺は……もう一回あの事故現場だな。犠牲者の片方は俺たちと同じループ経験者っぽいから、何か知ってることがないかを聞きたい」

 

 それじゃあと言って立ち上がり、前回と同じように事故現場予定となる横断歩道に向かう。

 なんやかんやで遅い足取りながらも、情報が増え、前には進めている。──気を付けていれば死ぬのは自分たち以外、という状況こそが、油断を生んでいるとも知らずに。

 

 何度も友人が死ぬという状況に対する()()。それこそが、この問題を解決するためのアドバンテージであり、慢心であったのだ。

 

 

 

 

 

「こんにちは、お嬢さん。いや……赤坂かなこさん、と言えば伝わるかな」

「…………あなた、確か、前にも」

「桐山与一だ。俺もきみと同じように、この時間を繰り返している」

 

 前回、救急車に担ぎ込まれて傷を手当てされていた女性──赤坂かなこ。彼女も前回の事を覚えていたようで、二度目の挨拶に反応する。

 

「私以外にも繰り返してる人が居るなんて……! あなたは何回目? 私は……4()8()回目よ」

 

 ちらりと手首を確認する彼女と共にそちらを見ると、前回は47だった数字が進んでいた。

 

「俺は今回で4回目。赤坂かなこ、きみは前回の事をどこまで覚えてる?」

「私、は……ちずるを助けようとして、トラックに…………! ちずる! ちずるは!?」

「残念だけど……」

「────」

 

 (かぶり)を振って、かなこの希望を否定する。駄目だったと悟ったのか、暗い表情のまま顔を前に戻し、ループ経験者繋がりで心を許してくれたのかポツリポツリと言葉を呟く。

 

「……ここが一番長いの。待ち合わせ時間を遅らせて、デパートを越えて、ここで──ここを、越えられない。ここが、限界なの?」

「俺は、それを確かめに来た」

「……ちずるを助けるためなら何でもするわ。でも、()()()()()を見捨てるようなことはしたくない。もしも見捨てたこの一回を最後に繰り返しが終わってしまったら? そう考えるだけで、背筋がゾッとする」

 

 その懸念はもっともだろう。()()()()()()()()()()()ループを48回も繰り返していれば、そんな恐怖に縛られるのは仕方のないこと。

 

 早い段階で解決のために途中のループにおける友人の死を許容したこちらからすれば、なにがなんでも金塚ちずるを救おうとしているかなこは貴いものであって愚かなどでは断じてない。

 

「私、ちずると、一緒に……私と彼女は、親友で、お隣さんなのよ。いいでしょ。とても、仲が良いのよ……このあと、ランチして、買い物して、帰る予定なの。たったそれだけ……たったそれだけなの。いつもの休日なのよ」

「そうか。そうだな」

 

 ──『今日』に囚われて、脱出を試みている彼女のメンタルはかなり危うい。

 何か、あともう少し頑張れる理由がないと、これ以上耐えられるかは怪しいところ。

 

「赤坂かなこ、きみは俺がどうにかするから下がってろ、とか言っても聞きやしないだろ」

「当たり前でしょ」

「ならそれでもいい。疑問に思わず、兎に角前回と同じように、金塚ちずるに向かって全力で走れ。そこからはまあ、賭けになるけど」

「……?」

 

 かなこは怪訝な顔をしながらも、言われるでもないとばかりに隣で前を向く。──そう、ここからは賭けなのだ。前回のループでほなみが屋内に居たにも関わらず25分で死んだのは、恐らくこのループでは『特定の時間に起きる確定死』と『その前後で妙なことをした際の強制死(つじつまあわせ)』の二種類が存在するから。

 

 であるならば、これから起きる金塚ちずるの死を無理やり回避したらどうなるか? 

 

「……なんかもうごちゃごちゃ後先考えるのも面倒くせえ……!」

 

 気づけば反対の横断歩道には既に金塚ちずるの姿があり、信号も青に変わり、弾かれたようにかなこも駆け出している。

 

「きゃっ!?」

 

 一歩出遅れた──なんてことはない。むしろ何時も通りに落ち着いて【強化】を使い、数歩の踏み込みでかなこに追い付き片手で担ぎ上げ、更に前へと踏み込む。

 

「えっかなこ!? いやちょっとなになになになにっ!!?」

「っ……説明はあとでするから!」

 

 突然走ってきた友人……を担ぎ上げた何者か、という不審者極まる光景に驚き固まっている金塚ちずるをもう片方の空いた手で担ぎ上げ、人混みを避けるように頭上を跳躍。

 

 ダンッと着地して、ひたすらに人を避けるように再度踏み出そうとした、刹那。

 

「──桐山さん!」

「こういうホラー映画見たことあるな……!」

 

 ガラガラガラン!! という不愉快な金属音。追加で聴覚を強化し、上から降ってきた何かが当たらないコースを位置取ると、さっきまで居た場所を縫い止めるようにして無数の細長い鉄骨が地面にまっすぐ突き刺さっていた。

 

「ひぃええええっ!?」

「っ、足はやっ……!?」

「数少ない取り柄なもんでね」

 

 邪神の寵愛者や訓練を積んだ警察関係者と付き合っていくには、最低限これくらいは出来ないと話にならないのである。普通に死ぬから。

 まあ、丞久先輩は素の脚力でちょっとした軽車両みたいな速さを出すんだけれども。

 

 ──などと余計なことを考えていると、続けて歩道に建物の上から割れたガラスが雨のように降り注ぐ。前へと幅跳びのように駆けて抜け出したはいいが、二人に当たらないようにとだけ考えていて少し油断し肩にザクリと破片の一つが刺さった。外で他人の死を歪めるだけでこれだ。

 

 一人だけで襲われるならまだしも、民間人二人抱えたままではこれ以上はキツいか。咄嗟にすぐ横のファーストフード店に駆け込み、変な目を向けられる前に二人を降ろしてさっさと奥の席に隠れるように座る。すると、ようやく妙な事態から落ち着けたからか、金塚ちずるはこちらとかなこを交互に見て口を開いた。

 

「な、なにが、どうなってるの?」

「……ちゃんと聞いて、ちずる。今から言うことは、全部本当の事なの」

 

 

 

 

 

「はぇ~……時間が繰り返し……あそこで私が死ぬ……だから、かなこから待ち合わせ場所を変えるメッセージが何度も届いてたんだ」

「……ええ」

「それで、その……お兄さんはどちら様?」

「桐山与一。こう見えて探偵です……いででででっ──やっと抜けた」

「与一さん、怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、普段はこれより酷い怪我ばっかりさせられるから」

「大丈夫じゃないよそれ」

 

 ここまでの行動で完全に信用してくれたのか、かなこは何時の間にやら名前で呼ぶようになっていた。金塚ちずるは抜いたガラスの半ばまでが鮮血で真っ赤であることにドン引きしている。

 

 ──が、まあ、実際のところさほど痛くはない。これも【強化】……厳密には【身体機能強化魔術】と呼ぶ魔術師のよく使う力の応用によるものが大きかった。

 

 骨、筋力、五感、神経などを強くできるこの魔術を使うようになってふと思ったのだ。すなわち、強くできるのなら()()()()()()()()()と。

 

 果たしてこの拡大解釈が功を奏し、今ではわざと神経を鈍らせて痛みを感じにくくしたり、血の巡りを弱めて出血を抑えたり出来るようになったわけだ。……こうしないといけない状況になった時点で負けてるようなものだけど。

 

「赤坂かなこ、次からはこうやって、無理やりでも金塚ちずるを屋内に入れるんだ。事情の説明はあとでもゆっくりできる」

「……そうね」

「今は俺たちで情報収集をして、このループを止める方法を画策しているから、あともう少し頑張るんだ。友達のために……出来るか?」

「──やるわ。何度でも」

 

 ……言い方は悪いが、これで彼女のやる気に燃料を注げた。これで、以降のループではこの二人のケアをする必要はないだろう。

 

「でも、私は繰り返しを覚えられないからなぁ……なんかごめんね?」

「いいのよ、ちずる」

「……あまり聞かない方がいいと思っていたから黙ってたんだけど、なあ、かなこ」

「なに?」

 

 ふと気になったことが頭を過り、今後のためにも、念のためにと確認する。

 

「きみ、()()()()()()()()()()()()のことはどう認識してるんだ?」

「どう? ──どう、と言われても、あれ、どんな感じだったかしら……」

 

 言われてみれば確かに、とでも言いたそうに、かなこは眉間にシワを寄せて指をこめかみに当てる。──そして、この反応で確信した。

 

 ループ経験者は、自分が死んだことを覚えていない。それもそうだろう、何よりも赤坂かなこ本人が証拠だ。彼女は何回も、何回も、横断歩道に飛び出してはトラックに撥ねられている。

 

 当たればほぼ即死、よくて致命傷、そんなループを何度も繰り返していて正気でいられるほど精神が強いとも思えない。

 死んだことを覚えていないのだから、死ぬときの恐怖や痛みなど分かる筈もない。

 ……彼女の手首にある48という数字が、本当の本当に『今回で48回目』だという証拠にはならない可能性が出てきてしまったな。

 

 それこそ、前回までの47回目を100回繰り返していたとしてもおかしくないのである。

 

「いや、いい、変なことを聞いてごめん…………と、ちょっと電話が」

 

 片手で備え付けられたナプキンを傷口に当てながら、片手で携帯をテーブルに置いて通話を繋ぐ。画面には真冬の名前があり、ループ事態になってからの初めての電話に緊張が走る。

 

「もしもし? ビルの方はどうだ?」

【…………】

「真冬? どうした?」

【ごぶっ、ごほっ……悪い、与一】

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、ひゅうひゅうと空気の抜ける浅い呼吸の音と、掠れた真冬の声。対面で一緒に聞いていたかなことちずるもまた、異常事態を察して押し黙った。

 

【……ミスった、たぶん、死ぬ】

「──なにがあった」

【生きてたら、次で話す、とにかく、今から言う、特徴を、頭にいれ、とけ】

 

 ぜえぜえ、ひゅうひゅう、というまるで銃で撃たれたかのような状態の人を思わせる声が、一拍置いてゆっくりと内容を伝える。

 

【白服、女、大量のアクセ……バッグに、古い本……なんか、唱えて、ビー玉、みたいなのが、体に、穴あけた……女も、それで死んで……】

「真冬? ……真冬!」

【……………………】

 

 ばちゃっ、と、()()()()に携帯を落としたような音が鳴り、通話が繋がっているにも関わらず向こうから声が聞こえてこない。

 

 それから少しして、いつもの音が頭の中に響く。いつものように、今度はビルの方でほなみが死んだのだろう。こうして、早くも5回目のループが始まるのだった。

 

 

 

 電話の向こうで、真冬が死んだまま。

 ──カララン、カララン、カララララン。




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