「さて、どぉ〜したもんかな」
道路の真ん中で腕を組み、ポツンと一人で立っている少女──下谷真殊は、歩み寄ってくる三人の男に振り返ってニヤリと口角を歪める。
「ナンパっすかぁ?」
「……桐山与一の連れだな」
「そーっすけど」
「桐山与一、上山光冷、下谷真殊。お前たちを殺すことを目的に、我々魔術師は集められている」
「ほーん。誰の指示で」
「さあな」
「『さあ』て」
淡々とした語りに、呆れたように苦笑しながら自然な動きでチョーカーの留め具を緩めつつ、真殊は男の言葉を脳裏で推察する。
自分たちの名前を知っている何者かが、不特定多数の魔術師を呼び寄せて殺させようとしている。その事から、真殊は察した。
──与一さん狙いで、あたしらはオマケか、と。
「まァ、いいや。殺そうとするんならさぁ……殺されもするでしょ」
「……まさか、三人だけだとでも?」
「おん? ……おおうマジか」
三人組の内のリーダー格が向けた視線を辿り横を見ると、ビルの陰からぞろぞろと無数の男女が姿を現す。それら全員がなんらかの武装をしており、たかが高校生相手に
「
「与一さんの評価どうなってんだよ……ったく、殺るとしても巻き込めて七〜八人くらいかァ?」
深呼吸を挟んで、構える。
真殊は最低でも眼前のリーダー格を潰すべきだと考え、一切の躊躇い無く異能を発動。
「んじゃまあとりあえず、【死────
──ね】、と続けようとした瞬間。ひゅるりと、一陣の風が頬を撫でる。
「っ……!!? やべやべやべっ」
不意にぞわりと背筋に怖気が駆け抜け、反射的に【呪言】を解除して伏せた刹那──ズドン!! と砲弾が着弾したかのような勢いで、暴風を纏ったなにかが地面に降り立ち、魔術師たちを吹き飛ばす。
「ったく。いい大人が寄って集って子どもを狙うとは、ダサい真似するじゃあないっすか?」
瞳を緑に輝かせたスカジャンの
「こ、子供に言われた……」
「成人してますが???」
「あっはい」
その幼い体躯を見て声を漏らした真殊にぎゅるんと首を回して顔を向ける少女。風と共に放出──否、彼女の
「……なるほど、魔術師には『普通のやつ』と『与一さんみたいなヤバいやつ』で2種類居るのか」
と、眼前で行われている乱入者により始まった戦闘を見ながら呟く。
少女──成人しているらしい──が暴風を纏い高速移動しては、蹴りによる鈍い打撃音に伴い風に煽られた枯葉のように吹き飛ぶ魔術師を視線の端に追いやりつつ、自身よりも彼女を優先的に仕留めるべきと判断した魔術師を見て喉に手を当てて思案する。
──結局、【呪言】の制御は半端なままかァ。
──つーか光冷の言ってることわけわからん。
──『言葉』であって『声』じゃない?
──【呪言】は声出さないと届かねーじゃん。
──ん? いやでも、あれ?
──そう、だよなぁ? だって…………
「……声が【呪言】なら、効果範囲なんて無いじゃん。
ふと、気づく。それこそアトラック・ナチャ戦において、真殊はアトラック・ナチャだけを狙って【呪言】を撃った。多少の巻き込みはあったが、それでも、離れた位置に居たとはいえきちんと声が届いていたであろう光冷と九十九は巻き込まれていない。
声は洞窟内の辺り一面に響いていたはずで、しかし【呪言】は洞窟内全域には発生していない。
それこそがつまり、『言葉』であって『声』ではないという意味に他ならなかった。
「そういうことか……! 【呪言】は言葉の意味を押し付ける異能、効果は声と一緒に放たれた魔力を
人に、壁に、空気に。言葉を、意味を押し付ける。大事なのは、そのための魔力操作。真殊はある種の感覚派であり、ゆえにこそ自分なりの納得感が、時として理屈よりも物事への理解を深めさせる。
「魔力を細く鋭く。
理屈・理論よりも、やろうとしていることへのイメージの類似性。一度理解すれば、コツさえ掴めば、あとは即座に答えへと辿り着く。
「うーん、
するりと、言葉が漏れる。
声というレールに乗って放たれた呪言が、少女の着地を狙い、背後で古めかしい西洋斧を振りかぶっていた女性だけに突き刺さり────ズンッ!! と音が聞こえそうなほどの重圧が発生。
「がっ、あッ!?」
不意打ち気味に食らい、踏ん張ることすらできない女性は自分だけを狙った圧力に潰され、
「……今のは、貴女が……?」
「背中狙われてましたよん」
「ああはい、どうも。……っ」
ピースサインを向けて笑いつつ、視線だけは魔術師たちを見据えて次の【呪言】を誰に撃つかを冷静に定める真殊は、少女が一瞬、
「? どしたん?」
「……いえ」
「その人は子供が戦って、あまつさえ人を殺したくらいで勝手に傷つく繊細な人なんですよ」
「おん??」
と、そこに第三者の声。
少女──蓮枯深月のイタクァの魔力に負けず劣らずの威圧感を放つ女性が、その背に生やした無数の尾一本一本に刺し貫かれた死体を束ねていることに気が付き、二人はドン引きした。
「何してんすか白百合さん」
「貴様……白百合か!」
「…………。白百合……?」
「大正解。増援の第二陣を用意していたみたいですが、そちらは残念。もう来ませんよ」
「くっ、総員撤退「させるとでも?」
リーダー格の男が、女性──白百合の正体を察して、即座に撤退を指示する。しかしそれよりも早く、彼女が尻尾で貫いていた死体を全力で投げ捨て、それに気を取られた一瞬の間に魔力玉を飛ばす。
「全員ここで殺します。逃がしません。あなた方の目的が目的である以上、見逃す理由がありません」
頭頂部の狐耳がピクピクと不機嫌そうに跳ね、尾の先端に火が灯り、無数の魔力玉は深月と真殊を取り囲むその場の全員を更に取り囲むように外周に漂い、街灯に照らされた顔は意外にも穏やかで。
「ふふ、ふふふふ。彼を、殺すだなんて。出来もしないことをやらされて、本当に、可哀想な人たち」
白百合の表情は、憐憫と、嘲笑。それらが混ざった、無慈悲なほどに綺麗な笑みだった。
──数分。たったの数分で、数十人の魔術師たちは皆殺しにされた。残るリーダー格の男が奮闘するも、真殊の【呪言】で足元を爆破される。
「【ハゲ…………間違えた【爆ぜろ】!」
「ぐっ──」
「おぉおおっ、らぁ!!」
「がっ!?」
「はーいオーライオーライ」
足元の爆破に動きを止められ、【
「はいおしまい。思ったより時間が掛かってしまいましたが、まあ許容範囲内」
「っつっても10分くらいだったけど」
「それぞれが個人で動く方が強いのに無理して連携なんてするからこうなるんです。ところで貴女」
尻尾と耳──【
「? なに?」
「【呪言】、凄まじい効力でしたねぇ。ちなみに【ハゲろ】って言ったらハゲるんでしょうか」
「いや試したことないからわからん。まあ……面白そうではあるかァ?」
「なぁにをくだらんこと話してんすかね」
辺りの凄惨な死体の数々を横目に、呆れた顔をした深月が【
「なんだそれ」
「あいつら、私たちみたいに封筒でカードを送られてきてたみたいっすけど、どうにも内容が同じなんすよ。『赤霧市にて桐山与一、上山光冷、下谷真殊を殺害せよ。報酬は別途、望むものを与えん』……与一さんはともかく、他の二人が誰なのやら」
「私が始末した第二陣増援も同じカードを持っていましたねぇ。ちなみに貴女の名前は?」
「あー、あたし下谷真殊です、よろしく」
「……マジすか」
「まあ。これは偶然」
手に持つカードを左右から覗き込む二人に挟まれながらの会話を交わす深月は、やっぱり参加していたのかと脳裏で気だるげにボヤく。
「そんで、これからど〜すんの? あたしとしては与一さんと光冷と合流したいんだけど」
「ひとまず、それでよいのでは? 私の方でも与一さんと情報を共有したいですし」
「敵になりうるから情報共有しないでおこうとしてたのどこの誰でしたっけ」
「学生を仲間としているならその限りではないだろうという合理的な判断です」
「ああ言えばこう言う……!」
「…………。う~~~ん?」
やいのやいのと言い合う二人を、横から覗き込む姿勢のままの真殊が、視線だけで見上げるようにして眺めている。見られていることに気づいた白百合は、片眉を上げて小首をかしげて問う。
「なにか?」
「…………。あ、やっぱり」
「なにがですか??」
いきなりの脈絡が無い合点のいった反応に困惑する白百合へと、真殊は言葉を続けた。
「いや、あんた白百合
「はいい??」
「この人に一番似合わない職業じゃないっすか」
「うるさいですね……」
フッと半笑いで呟く深月に、眉間に皺を寄せた白百合が返す。それから真殊の顔に視線を向けて、彼女が学生であることと、『先生』と呼ばれたことを組み合わせたことで、大体の事情を理解する。
「去年……あ〜〜……貴女、あれですか、檀日市の……裏が山になってる高校の生徒ですか」
「え。そうだけど」
「残念ですが、私は貴女の知っている白百合ではありませんよ。偶然にも、たまたま、顔と名前が全く一緒なだけの別人です」
「そんなことある!?!?」
「あるんです」
あっけらかんと言い放つ白百合に驚愕する真殊。それを見て、深月は
「白百合さん、ちょっと」
「はい?」
「こっち、こっち来て」
「はあ。真殊さん、少々お待ちを」
「うい」
会話が聞かれないようにと、離れた所に呼ぶ深月についていく白百合は、真殊に背中を向けるようにして道路脇で立ち止まる。
「正直に言ってほしいんすけど」
「…………」
「殺っちゃったんすよね? あの子の学校で先生として働いていた個体の白百合を」
「…………まあ、まあまあまあ」
「なぁんで殺っちゃうんすかね」
何度目かの呆れた顔。片手で顔を覆ってため息をつく深月に、白百合もまた渋い顔で言う。
「仕方ないでしょう、以前までは
「その言い方やめませんかね」
「というか、あの個体は山の中の洞窟でアトラック・ナチャを飼育してたので。殺した方が世のため人のためだったのは確かですよ」
「アト……なんて?」
「大蜘蛛です」
「はぁ」
顔に刻まれた斜めの刀傷を指でなぞりながらそんなことを言う白百合に、やれやれと頭を振った深月は視線で真殊には黙っておくように伝える。
【遍在】による白百合という同一の存在が無数に居ることや、白百合が
それから真殊の方に戻ろうとした辺りで、そういえばと思い出したように問いかける。
「あの、ところでクロちゃんは?」
「知りません。勝手にどっか行きました」
「季語が抜けてますよ」
「俳句を言ったわけじゃないんですよ」
──同時刻。同じように別の地点に飛ばされた光冷は、【霊視】で他者の魔力を痕跡として視認することで、魔術師との接触を避けていた。
「……ふう。このルートなら誰もいないみたいです、行きましょう。
【んにゃ】
建物の陰から道路に顔を覗かせていた光冷が振り返る。その視線の先には、ライオンほどの大きさで、しかしてどの猫科動物にも見えない、闇夜に溶け込むような色合いの黒猫が座っていた。
前脚で顔を洗う動きをしていた黒猫──クロは、気だるげに返事をしてから、のそのそと光冷の後ろをついていく形で歩き始める。
「あの、クロさん?」
【なんにゃ】
「そちらの仲間は、居ないんですか? 私は気づいたら変な位置に立っていたので……」
【あぁ、空間操作系の魔術かなんかで座標を弄られたんにゃあ。まあニャーの仲間ははぐれたから知らんけど。迷子になられるのは困るにゃ】
「迷子なのは、あなたなのでは……?」
【…………】
クロは返答しなかった。
「……あっちの方から銃声とか爆発音が聞こえてきてますし、もしかしたら与一さんかも」
【与一? ……ふーん、おミャーあのダンナの連れだったのにゃ】
「だ、旦那?」
【苦労人のダンナにゃ】
自身と横並びに歩道を歩くクロの、知り合いの呼び方に何とも言えない顔をしつつ。
光冷が遠くから聞こえていた銃声を辿るように移動してから数分、やがてその銃声が近くのビルの
「──!? あ、あれは……!」
【派手にやってんにゃあ】
道路脇の植え込みに体を隠して顔だけを出し、ビルの上──割れた窓ガラスと共に落下している人物を捉えて思わず声を荒げる。
腰に繋いだワイヤーを命綱にして背中を地面に向けて落下している女性が、上に向けて拳銃を発砲している。その相手は、女性を追いかけるように、当たり前のように飛び降りて、窓ガラスを地面に見立てて駆けている男。そしてその男には見覚えがあった。
「よ、与一さん!?!?」
【まあダンナはあれくらいはやる】
拳銃の弾丸を背中から展開して前に回した禍々しい『手』を盾にして迫り、やがて揃って地面に激突──する、直前。
女性は窓ガラスを蹴って軌道を逸らしながらワイヤーをナイフで切断し、勢いを殺すように大げさにビル前の舗装された石畳の地面を転がっていく。
男──与一もまた、窓ガラスを蹴り砕く勢いで跳躍して斜めに地面に向かい、足の裏で地面を削るようにブレーキを掛けながら着地する。
「……な、なん、ん? ん!?」
【……アホほど頑丈だにゃあ。もしかしたら一番頑丈なのってダンナの靴にゃ?】
まるでビルの上階から落下して着地することは当然であるとでも言わんばかりに、ピンピンしている様子で立ち上がる与一を見て、クロは呆れて光冷は現実を受け入れきれずにひたすらに困惑する。
「……何を話してるんだろう」
女性が傍らに喚び出したロッカーのような細長いケースから銃器を取り出すのを見て、与一が『手』を浮かばせながら走り出せるように腰を落とす。口許が動いているために会話をしているのは分かっていても、その内容が分からず、光冷は【霊視】を使う。
それで見えたところで内容は分からないままではあるが、と。自虐気味に苦笑して【霊視】を解除しようとした、瞬間。
「────。えっ」
【……! 小娘ぇ、絶対出んにゃよ】
二人が落ちてきたビルの出入口から、一人の男が現れる。杖をついて歩く老人。パッと見では、誰もが迷い込んだのかと思うほどに、その動きは緩慢で、戦闘を前にしてはあまりにもゆったりとしている。
しかし、問題は、その男が纏う魔力。
「これ、は……不味い……!!」
彼の体を、コンロの火のような整った魔力の塊が包んでいる。だがそれは、ちゃちな火ではなく、完璧に操作された──膨大な熱量を圧縮した炎。そのことを、偶然にも【霊視】を起動していた光冷だからこそ理解することが出来ていた。
乱入してきた老人には、女性も与一も気づいている。その危険性にも気づいているのか、二人は警戒心を全開にしてその場から動かない。否、動けない。
そんなこともお構い無しに、老人の魔力が動く。魔術か、異能か。その判別は出来ないにしても、光冷の本能的な直感が、アレを食らえば確実に死ぬとけたたましい警鐘を鳴らしており、【霊視】の出力を無意識に上げながらも叫ばずには居られなかった。
「っ、与一さん! 避けて!!」
──果たして、老人の体を中心に、肌を焼き焦がすような『熱』が放たれた。
お気に入りと感想と高評価ください。