とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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赤霧バトルロイヤル 4/5

 ──桐山与一。連盟組織所属の魔術師・明暗丞久に師事する探偵兼魔術師。

 

 明暗丞久含む連盟組織所属の者と手を組み幾つもの魔術的事件の解決に協力、無貌の神に乗っ取られていた春夏秋冬円花の撃退、白痴教教祖の姫島ヒカリの撃退、その他無数の功績アリ。

 

 三流、二流の魔術師にとって、在野の魔術師・桐山与一は、いわゆる目の上の(こぶ)だった。

 

 連盟組織などという世のため人のためを行動方針とした()()()()組織に尻尾を振り、たまたま特殊な力を得ただけの個人に弟子入りなどと媚を売り、魔術師でありながら魔術を極めようとも、神を招来しようとも思わない半端者。

 

 偶然、幸運にも、強い個人がたまたま興味を向けただけの、野望すら持たない凡夫。それが、『裏』における桐山与一に対する評価。

 

 ──そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と悟ったのは、赤霧市の夜に本人を取り囲み、見えにくい衝撃波を放つ魔術【不可視】を全方位から撃ち込んでから一分が過ぎてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

「一発だ」

「……な、に?」

「全員に、一発ずつ攻撃した」

 

【不可視】を超高速移動で避け、その場にいる自身を取り囲む全ての魔術師に拳か蹴りのどちらかを一発入れたのは、時間にして一分。

 重い打撃に体を揺らされたことで動けないでいる男女それぞれを()()()()()()()与一は、ただ淡々と、警告するように言葉を続ける。

 

「誰も、俺の動きを追えていなかった。誰も、俺を傷つけられなかった。この言葉の意味が分かるなら、この場から消えろ。分かっていないなら、掛かってこい。二発目を叩き込んで殺す。次は無い」

 

 言葉を何度も短く区切り、全員に聞こえるように。しかして言葉が紡がれるごとに、体から漏れ出た魔力が空気を軋ませていく。

 

「──舐め、やがって……!」

 

 顎を蹴られて膝をついていた男が一人、立ち上がる。この場の全員は、桐山与一という男を侮っている。彼の言葉が事実であり、誰一人まともに対応しきれなかったとしても、それでもなお格下の存在として侮り、警告されたことにプライドを刺激されていた。

 

「殺せ、殺せ! 殺せ! 連盟組織に与する半端な魔術師モドキを! 殺──「散々な言いようだな」

 

 はあ、とため息。直後、先陣を切って駆け出した男が腰の刀を抜くよりも早く、与一の三節棍の先端は男の頭にめり込んでいる。

 勢いがダイレクトに突き抜けて、三節棍を振り抜く動きに合わせて男の体が地面に轟音を奏でながら倒れ伏し、その頭部は割れたザクロのように裂けた。

 

「……次は?」

 

 この場から消えろ、と言った。しかし、誰も居なくならなかった。すなわち宣言通りに、与一はこれから、この場の全員を殺さなくてはならない。

 子供の連れが居る状況で命を狙われているということは、あの二人までついでのように狙われかねないため。そしてなにより、与一自身が、どこの誰とも知らない他所の魔術師に異様に嫌われていることに対してのストレスを抱えているのである。

 

「なあ、お前らは、俺や連盟組織を毛嫌いしておきながら、明暗丞久や春夏秋冬円花が表で暴れている時は、嵐が過ぎ去るのを待つように閉じこもってる奴らなんだろう? そんな腑抜けの集まりの分際で、よくもまあ俺のことをとやかく言えたものだな?」

 

 魔力が膨れ上がり、反射的に全員が後ずさる。その目に宿るのは、面倒くさいモノを義務感で仕方なく処分する時のような感情。

 

「人を殺すのはストレスだ。でも、お前らのような連中にいつまでたっても嫉妬だの嫌悪だのといまいち原因のわからない感情を向けられるストレスに比べたら……まあ、殺人(こっち)の方がマシだ」

 

 一歩進み、一歩後ずさる。ふと、その内の一人に視線を向けた与一は、闇夜に紛れさせるように大きく外周を経由して【禍理の手】を回り込ませると、足に魔力を流して【韋駄天】を起動した。

 

「っ!? がっ──!!」

「逃げるな」

 

 ズドンッ!! という砲撃のような轟音。『手』に背中がぶつかり足を止められた女の胸に膝がめり込み、肋骨という装甲すらも巻き込み心臓を蹴り潰す。続けてその『手』を足場にして再加速。

 十数メートル離れていた男の背後に一秒以下の速度で駆け抜けると、片手に【召喚(コール)】した抜き身の刀を真っ直ぐ胸に突き刺す。

 

 魔術師たちは、与一の速度についてこられない。それも当然だろう。

 

 わざわざ、相手の土俵で面と向かって対応する義理すら存在していない。【韋駄天】による急加速と、都度、武装を【召喚(コール)】することによる手数。

 逆にあらゆる攻撃は全てが避けられるか、【禍理の手】によるガードを貫けない。

 

 ──実際に戦ったことなど一度もなかった相手を、イメージや風の噂で格下だと見下していたがゆえの、慢心のツケを払わされる魔術師たち。

 

 こんなことになるなら、と。そんな後悔をしたところで、それは後の祭りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その女は、たった一人の男が数十もの魔術師を一撃で叩き潰し殺害していく様を、ただただじっとスコープ越しに覗いていた。

 

「正しく烏合の衆だな。なぁんの役にも立ちゃしねぇ、もっと手札暴いてから死ねよな」

 

 ちっ、と舌打ち。同じ招待状で招かれた魔術師の一人であって誰の味方でもないからこそ、彼女は狙撃で横槍を入れようとはしなかった。

 それよりも、戦いが終わったあとに必ず訪れるであろう気の緩みを持っていたからだ。

 

「脚を強化した高速移動に、攻防一体の『手』の生成。テメーがどれだけ強かろうと……脱力しねぇと力み直せねえだろ? ────ここだ」

 

 数秒周囲を見回していた男──与一が、全員死んでいることを確認してふっと息を吐く。

 体から力が抜けた瞬間を見抜いて、女はカチリと引き金を引いた。しかしその刹那、雲の隙間から月光が漏れ、一瞬だけスコープに反射。

 

「っ、しまっ……」

 

 対物ライフルの銃口から50口径の弾丸が放たれた直後に、与一は間違いなく、女の居るビルの屋上をピンポイントで目視している。

 

 スコープの奥で、与一はこちらを見据えたまま、素早く拳を引いて思い切り突き出す。果たして弾丸の接触と、その部位である拳が弾かれ合い、ガゴォ!! と鈍い音を奏でたのは同時だった。

 

「…………。嘘だろオイ」

 

 思わず顔ごと視線を外して虚空を見つめた女は、一息置いて改めて見直す。与一は弾丸とぶつかり合った拳を渋い顔をしながら振っており、痛み自体はあったのだろうと思わせる動きをするが。

 それから女の方を見やり、パクパクと口を動かしてから片手を横に伸ばした。

 

「……あん? …………えーと。い、ま、い、く……か。いやオイ待て、『今行く』?」

 

 口の動きで言葉を読み解き、その言葉の意味を理解して、女の背筋にぞわりと氷を入れられたように寒気が走る。咄嗟にうつ伏せでライフルを構えていた姿勢を解いてその場から離れた直後、【門】を通って上から降ってきた与一の拳が、ほんの少し前まで女が寝そべっていた位置の床を殴り砕いていた。

 

「バケモンかよ、テメェ……!?」

「ライフル弾を弾いたくらいで化け物扱いはやめてくれるか、あんなの少し【強化】が得意なら大抵のやつは方法は別として出来るだろ」

「一緒にすん、なッ!!」

 

 声を荒らげつつ、バックステップしながら腰から抜いた拳銃で発砲。【召喚(コール)】した三節棍を振るい、両端の棒部分で弾丸をカンカンと弾く与一を尻目に、女は後ろ手に盲撃ちしながらビル内に繋がる出入口に入って階段を駆け下りていく。

 

 数階ほど下った女が事前に用意しておいた降下用の装置を腰に繋ぎ、拳銃の残りの弾を窓ガラスに撃ち込みヒビを入れると、そのタイミングで通路を挟み反対の窓ガラスを粉砕しながら与一が侵入。

 

「……あの『手』、繋がってる体を吊るして降りられんのか……!」

 

 言うなれば、子供がふざけて勢いづけた振り子の玉のような軌道で跳んで来たのが与一だ。上から円運動する形でガラスをぶち抜き着地した彼を見て、ノールックで拳銃のマガジンを入れ替えてから、女はヒビを入れた窓に向けて全力で走り出すと──跳躍して体全体で窓を粉砕しながら落下を始める。

 

 無茶な速度での落下により、腰に繋いだワイヤーが火花を散らすが、それよりも問題なのは────躊躇わず窓から飛び降り、垂直にガラスを足場に駆け下りてくる与一だった。ギョッとしながらも、女はリロードを済ませた拳銃を向けて乱射した。

 

「イカれてんのかテメェはぁあぁあ!?」

「俺一人を寄って集ってイジメに来た連中に言われても困るなぁ」

「くっ、そがぁああ!!」

 

 眼前に展開した【禍理の手】をピンと指先を伸ばした手のひらを突き出す形で展開し、与一は弾丸を防ぎながら走っている。

 やがて追いつかれそうになる直前、女はガラスを蹴ることで軌道を変えながらナイフでワイヤーを切断して斜めに落下。【強化】で肉体強度を上げながら身を捩って地面に向かい、ゴロゴロと転がる形で勢いを殺しながらも何とか着地に成功した。

 

「はァ〜〜っ、はぁ〜〜っ……勢いで飛び降りたのか知らねえが……ミンチになりやがれクソッタレ」

 

 命綱無しで飛び降りた与一が、幾ら魔術師としての実力があろうと、【強化】を得意としていようと、この高さからの落下に耐えられるわけがない。

 撃ちきった拳銃とワイヤーを削り切った所為で刃毀れしたナイフを捨てる女は、ホッと一息ついた瞬間、その耳にズザザザザザッ!! という地面を削るように擦る音を捉えてピタリと動きを止める。

 

「……ば、バケモノ…………」

「俺より遥かにバケモノ染みた奴らにビビって表に出てこない奴がよく言うよ」

 

 それが当たり前であるかのようにビルの壁面を高速で駆け下り、ガラスを蹴り跳ね、地面に足から着地した与一。彼を見て、女は口角をひくつかせて傍らにロッカーのような細長いケースを喚び出す。

 

「クソが。【武器庫召喚(ウェポンラック)】、072番!」

「……! なるほど、事前に仕込んでおいた武装を取り出す魔術か。【召喚(コール)】とはまた別の系統だな」

 

 パカッと開いた中からアサルトライフルを取り出す女を前に、与一も【禍理の手】を展開しながら腰を落としていつでも【韋駄天】を起動できるように構える。一触即発の空気が流れた──その時。

 

「…………うるせぇ連中だ」

 

 カツン、という杖の音。

 

「──っ!!」

「……不味い」

 

 続けて強烈な威圧感がその場を支配し、否が応でも声の主に注目させられる。

 二人が反射的に見た方向に立っていたのは、杖を手にビル一階の出入口から出てきた老人。

 しっかりとした足腰で真っ直ぐ立っている、おおよそ杖が必要とは思えない、目測で60代ほどの男だが、その身が放つ圧力が異常だった。

 

「桐山与一、か。興味本位で来てみれば、なるほど確かに危険そうだな。俺とはまた違う神格の加護を宿しているタイプだったか。有象無象共が傷一つ付けられていないのも理解できる」

 

 鋭い眼光が与一を捉え、威圧感に対する警戒心が増していく。少なくとも、今日この日に出会った魔術師の中で、この老人はトップクラスの力を持っている。与一はそう確信して女から老人へ意識を割いた。

 

「どれ、一つ試してやるか」

「……ここはお互い見なかったことにして別れるってのはどうかな?」

「あぁ? おいテメェなに日和ってんだ、こいつ明らかに()()()()()()()()不味いだろ!?」

 

 女が銃を握る手に力を込めるが、与一は止める。どんな異能・魔術を持っているかは不明だが、恐らく広範囲を攻撃できるであろうと経験則で悟っているからこそ、()()()()()戦えない。

 

「だからこそだ、子供を巻き込んでしまう」

「はァ??」

「俺の連れ、二人とも学生なんだよ」

「…………? だから??」

「模範的魔術師め……」

 

 本心から困惑しているかのような女に呆れた態度を見せつつ、どんどん魔力が高まっていく老人を前にして小さく舌を打って構える。

 

「漫才は終わったか? とりあえず……この程度は避けてみせろよ、ガッカリさせるな」

「っ、来る……!!」

 

 圧に伴い、辺り一帯の温度が上がる。

 

 炎系の力を使うのかと思考し、兎にも角にもと【禍理の手】を足元の影から幾つも出して、足に力を入れ────それでも遅かった。

 

 

 

「【違えし焔(ヤマンソ)】」

 

 

 

 ──老人の体を軸に、赤やオレンジを混ぜたような明るい色合いの、土星の輪のような帯状の『線』が無数に放たれる。技の起こりの、初速の時点で殆どブレて見える速度。恐らく【韋駄天】を後出しで起動したところで避けきれるか怪しいのは想像に難くない。

 

 異様なほどに冷静な思考で、与一はこれから輪切りにされて死ぬ自分を客観的に捉えている。速すぎるがゆえの諦め……ではない。何故なら。

 

「……? …………?? ……っ!?」

 

 パチリとまばたきを挟んだ次の瞬間、輪切りにされた自分と横の女が無傷の状態へと戻ったからだ。否、戻ったのではない。

 

「なん、だ。まさか、()()……のか?」

 

 瞳に灯る自身のモノではない魔力。それは、訓練中に何度も感知してきた、上山光冷の【霊視】の魔力と全く同じモノだったのだ。

 ()()()()()()()()()()()光冷の【霊視】が、どういうわけか、与一の目を通して数秒先を見せた。──そう、たかが数秒後の未来を。

 

「【違えし焔(ヤマンソ)】」

「っ──伏せろ!」

「んなっ、ぎゃんっ!?」

 

 咄嗟に女の脇腹を蹴って無理やり転ばせた与一は、半ば脊髄反射で数秒前に視させられた未来通りの熱線を、下に打ち付けた【禍理の手】の反作用で跳ねる形で避け、空中で身を捩り、縦横斜めと乱射された熱線をギリギリのところで全て避けきって着地。

 

「くっ、おぉっ!?」

「……ほう?」

 

 地面に打ち付けるのに使った【禍理の手】とを繋ぐ鎖状の物質が焼き切られているのを横目に、受け身を取ると同時に別の『手』を射出して転ばせた女の襟首を掴み引きずる形で引っ張る。

 

「ぐえぇえ!?」

「逃げるぞ!」

「逃がすと思うか?」

「なに? ……っ!」

 

 肩に担いで【韋駄天】を起動しようとした与一が気づく。老人と自身を囲むようにして、既に熱線が展開されていたことに。

 ジリジリと肌を焼く熱線に顔を顰める与一は、一縷の望みに賭けて声を荒らげた。

 

「なあジイさん、あんた、もしかして子供を焼き殺す趣味でもあるのか?」

「あ?」

「俺の連れの学生がこの近くに隠れてる。このまま殺り合えば、確実に巻き込むことになるぞ」

「…………」

 

 その言葉を聞いてか、与一と女は熱線の温度が少しだけ和らいだような感覚を覚える。

 

「ンな趣味は無い、が。どちらかといえば、咄嗟の出任せの可能性の方が高いわけだがな」

「……そりゃそうだ」

 

 熱線で囲って逃げられなくした状態で、老人は人差し指と中指だけを伸ばした手を与一に向けて魔力を高める。周囲の熱線の所為で、回避方向が絞られている状態で、【霊視】の先読みが無ければ避けられない速度で撃たれては──今度こそ死ぬ。

 

 さてどうしたものかと、あまり掛けられない短い時間で必死に思考を回していると。

 

【──はいストーップ、おミャーらそこまでにしろぉい。このケンカはニャーが仕切るにゃあ】

 

 トン、と。軽やかな足取りで、熱線の内側──与一たちと老人の間に大型の黒猫が割り込む。

 与一は見覚えのある姿に驚き、女と老人は喋る黒猫の乱入に驚く。

 

「今度は珍獣かよ」

【な、な、なんと。珍獣だけじゃないのにゃ】

「……ど、どうも〜……」

「…………。嘘じゃなかったのか」

 

 銃口(ゆびさき)を黒猫──クロに向けた老人だったが、その背に気まずそうに乗っていた少女が降りたことに気づいて、視線を逸らしながら杖をカツンと鳴らす。

 すると、周囲の熱線が消え、夜の空気が流れ込むようにして辺りを冷やしていく。

 

「チッ。仕方ねえ、ここは俺から引いといてやる。流石にガキを焼くのは寝覚めが悪い」

【ま、そうしとけにゃ。ニャーならおミャーの熱線すり抜けて喉笛噛み千切れるし」

 

 黒猫形態から人間の姿に戻ったクロがそう言うと、老人は、人間にもなれる光景に一瞬だけ目を見開いて、呆れたようにため息をつくのだった。

 

 

 

「……どいつもこいつもビックリ人間かよ」




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