とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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赤霧バトルロイヤル 5/5

「与一さんっ!」

「光冷ちゃん。いやほんと、ものすごい助かった。輪切りにならずに済んだよ」

 

 クロから降りた光冷ちゃんが、心配した様子で駆け寄ってくる。視界の奥では老人と人間に戻ったクロが何か話しており、遅れてこちらに歩いてきた。

 

「アレは……【霊視】の先読みを俺の視界に映した? ってことでいいのかな?」

「あっはい、たぶんそんな感じかと。なんか……出来た? みたい? です?」

「テメェも本人もあやふや過ぎねえか」

 

 こちらの肩に担がれた女が言う。そういえば流れで助けちゃってたけど、こいつこっちのこと殺そうとしてきた敵なんだよなぁ……。まあ、それを言っちゃうとあのジイさんも同じなのか。

 

「つーかそろそろ降ろせよ終わったんだから」

「はい」

「ぐえーっ!」

「ざ、雑……」

「いいんだよこれくらいで。だってこいつ俺のこと殺そうとしてきた敵だし」

 

 ポイッと地面に捨てるように落とすと、女が尻から落ちて腰を擦っている。

 

「……まあ、ビルから落ちてきたところから見ていたのでなんとなく分かるんですけど。じゃあ……なんで助けちゃったんです?」

「んまぁ、まあ。……なんとなく?」

「なんとなく……」

「えっアタシなんとなくで助けられたの」

「そりゃそうだろ。お前俺に何した?」

「狙撃して銃撃して銃撃した」

「殺されてないだけマシだと思えよ……??」

 

 自分が間違ったことをしたとは欠片も考えていない態度。そんなんだから魔術師は道徳倫理が終わってるって言われるんだろ……! 

 

「…………。はぁ〜〜〜まあいいや、ちょっと今回のことで話し合いもしたいし」

「そうだな。どこの誰だか知らねぇが、俺やそこの乱射魔とかその他大勢の有象無象を利用しようとした奴は、相当お前にご執心らしい」

 

 と、そこで。クロと一緒にこちらに来たジイさんがそう言ってジロリと睨む。

 

「で、何を話し合おうってんだ?」

「とりあえずお任せで」

「お前自身何も分かってないんだな?」

「分かってたら話し合いなんかしないよ」

「だろうな」

 

 口の端を小さくつり上げたジイさんは、それからスンと顔色を無に戻して淡々と口を開く。

 

「順を追って話すことになるが、まず俺の活動拠点に封筒が飛ばされてきた」

「あァ、それアタシのとこにも来たな。こいつと連れの二人を殺せって書かれてたやつだろ」

「えっ!? 私も!?」

「ってことは真殊ちゃんの方もか。合流を急がないとな……あ、そういえば」

「んにゃ?」

 

 驚愕する光冷ちゃんを横目に、こちらも我関せずで明後日の方向を向いているクロに問う。

 

「クロには別にそういう指令は来てないんだろ? じゃあ俺と同じように誰かと組んでここに来いって指示されてる筈だ。誰と誰がここに来てる?」

「おミャーの知り合いとおミャーの知り合い」

「だから誰と誰だよ!!?」

 

 それはなんとなく分かってるんだって。具体的に誰が来てるのかを聞いてるんだってば。こちらの意図をいまいち悟れていないクロは、数拍置いてようやく理解したかのように思い出そうとした。

 

「え〜〜〜と。ニャーくらいのチビの風の毛玉と、狐の耳と尻尾が生える顔に刀傷のやつにゃ」

「……………………。そっかぁ〜〜……」

「……与一さん? 知っている人なんですか?」

「毛玉の方はこういう事に関わって欲しくない人で、刀傷の方は色々あってあんまり顔合わせたくない人。嫌がらせのつもりかよ……!!」

「まさに嫌がらせだろうよ」

 

 立ったまま上半身を捩って、心底面倒臭い人選であることをアピールするように唸っていると、ジイさんが会話に割って入ってくる。

 

「俺やそこの女はそうでもねぇが、赤霧市に集まった大半は小僧を殺したがっていた三流共。オマケにお前の知り合いを呼び寄せて負担にさせている」

「……つまり?」

「つまり、今回の件に黒幕が居るとして。そいつは俺らの所在地をピンポイントで割り出せる高度な空間魔術の使い手であり、小僧の交友関係を把握している程度にはお前に興味関心があるってことだ」

「そういえば確かに、あの封筒は私たちの直ぐ傍に転送されてきていた……!」

 

 ジイさんの言葉に、光冷ちゃんが思い出す。流れで思い返してみれば、あの封筒は近くに送られてきたもの。アレを空間操作系の異能や魔術で送り込んだということは、あの時点でこちらの動向を把握できていたからピンポイント転送が出来たわけで。

 

 それは、異常だ。異常のはず……なのだが。

 

「なんかもう、封筒が送られてきたのも『まーた面倒なことになったよ』くらいの感覚だったからなぁ。出てきた敵を出てきた端からぶっ飛ばしていけば最後には黒幕までたどり着くもんだし」

「表に出るとこいつみてぇになるんなら、アタシとかジジイが表で事件に関わろうとしないのは正解だったんじゃねえか? って思えてくるよな」

「俺に振るな」

 

 指で毛先を弄っている女が、話題を振ったジイさんに袖にされている。

 ……そういえば、なんだかんだで戦うのを中断したわけだし、聞くべきことがあったな。

 

「今さらだけど、ジイさんたちって名前何?」

「あん? あぁ、アタシは……カガリでいい。どうせ今回の件が終わったらもう二度と会う気ねぇし」

「ジイさんは?」

「……篠原(しのはら)だ。あとは右に同じく」

「そんなに俺と関わるの嫌か?」

「うん」「ああ」

 

 ──力強く頷かれた……! 

 

 ……ともあれ、女と老人、もといカガリと篠原さんの二人に質問を投げかける。

 

「二人にも、その……なんだ。俺たちを殺すようにって指示されたカードが送られてきたんだろ?」

「そうだな」

「会ったことも関わりたくもない相手をわざわざ殺すためだけにこんな所に来たのか?」

「いやまあ、なんつうかなァ」

 

 少し考えるそぶりを見せ、篠原さんに視線を向けてからカガリは続けた。

 

「ジジイも言ってたけどよ、あの封筒はアタシらの活動拠点それぞれに送られてきてるんだわ。お前が皆殺しにした魔術師連中にもそれとなく聞いたからそれは確実。で、それはつまり──()()()()()()()()()()()()()ってことだ。テメェを殺したい殺したくないは別としてな、『参加しなかったら死ぬかもしれねぇから参加せざるを得なかった』が正しいわけよ」

 

【禍理の手】で引っ張った時に落としたライフルを拾いながらつらつらと語るカガリが、傍らに召喚した武器庫にそれを投げ込み入れ物ごと消す。

 

「なるほどな。じゃあ、あんたらだけは俺のことを殺そうとかは思ってなかったのか」

「いや実力に興味があったから殺る気はあった。弱かったらそのまま殺すか〜って思ってたぞ?」

「右に同じく」

「こ、こいつら……!」

 

 それとなく会話から離れている光冷ちゃんが露骨にドン引きしているくらいには、魔術師ってやつは本当にもう碌でもないのだった。いやまあ、ね。あんまり人のことは言えないのだけれども。

 

「しかし、俺を積極的に殺したがる連中はもう居ないし、あんたらとも殺り合う理由もないし。もうこっちの連れを探して帰って終わりでいいんじゃないか? 晩飯に焼肉にでも行かないか?」

「んまぁテメェの奢りなら」

「現実逃避すんな。ここまで来たら首謀者を探し出して殺した方が安心できるだろ」

 

 どうやら篠原さんの方は意外と血の気が多いらしく、杖を握る手にも力が入っている。

 ……というよりは、自分の目的の邪魔をされてイラついている、って感じかな? 

 

「いやぁ、空間操作系能力が得意な奴が相手だと割れたんならこれもう連盟組織案件でしょ。俺経由で丞久先輩とか呼んでくるからさぁ」

「お前は赤霧市を更地にしたいのか? やめとけ馬鹿野郎ここはある種のパワースポットなんだぞ」

「あ(いて)ぇ〜〜っ」

 

 結構強めに杖で脛を殴られた。……いやぁ〜結構いたったたたた痛みが響いてきた……! 

 

「パワースポット、というと、曰く付きの街なんですか? この……赤霧市って」

「いててて。……まあ曰く付きといえば曰く付きかなぁ。と言っても厄介な事件が発生しやすいとか、そういう意味合いだけどね。それこそ東京とかもパワースポットみたいなもんだよ」

「で、特に赤霧市みたいなとこは特別なんだよ。ここはアメリカのマサチューセッツのとある都市と似ていると言われててな」

「アメリカの?」

 

 気になったように会話に混ざってきた光冷ちゃんに、篠原さんが言葉を返す。

 

赤霧(あかぎり)は今の呼び方だ。一昔前まで、この街は例の都市のように赤霧(あかむ)……アーカムと呼ばれていて──」

「──んにゃ。お勉強タイムは中断しろにゃ」

 

 篠原さんに、横合いから顔を覗かせたクロがそう言って話を無理やり打ち切らせる。

 と、その直後。離れた位置から、こちらへ向かって、何かの破壊音が断続的に響いてきた。

 

「……なんか来てねぇかァ?」

「すんげぇ足音。なんかのバカでかい獣だにゃ」

「光冷ちゃん」

「はい、【霊視】で視てみます」

 

 伊達メガネ越しの異能の行使。ある程度の制御が出来るようになったからか、魔力を抑える術式があっても【霊視】をきちんと発動できている。

 瞳に魔力が灯り、音の方向へと視線を向けた光冷ちゃんは、困惑したように顔を顰めて言った。

 

「……ええ、と……?? 見覚えのある魔力が一つ、これは真殊です。あとの二つが……すみません、膨大かつ異質で、暴風のような魔力と、背中に九つに魔力が分かれている……ような感じです」

「なんだろうもの凄い見覚えがある」

 

 たぶんその魔力の持ち主、片方がプロゲーマーで片方は自分殺しが趣味の人だと思われる。

 

「それで、その三つの魔力を、巨大な魔力の塊が追いかけている状況です。すごい勢いで…………うわっ不味い建物壊しながらこっちに来てる!!」

「あぁそう……。じゃあもう少し広いとこに行こう、みんなもうちょい下がって下がって」

 

 杖をついて歩く篠原さんを先頭にして後ろに下がらせて、轟音の原因が近づいてくるのを耳と肌で感じ取り──無人のレストランを粉砕して現れた。

 

 

 

「ぐっ──ぬぉおおおっ……ぉがっ!?」

 

 ──それは、大型トラックのような大きさの巨大なヒツジに押し込まれる形でビル内に叩き込まれていく、顔に刀傷の女性の姿だった。

 

 まさしくトラックがビルに突っ込んだような事故もかくやと言わんばかりの光景。目の前で横切ったそれを見送ると、遅れて上空から暴風をブレーキにした誰かが近くに着地してこちらを見てくる。

 

「うおっ、与一さん!?」

「おっ与一さんじゃん。光冷も居るし、いやあ合流できてラッキーラッキー」

「ごめんツッコミどころが多いんだけど……なにがどうしてこうなってんの???」

 

 スカジャンをはためかせる少女──深月が、巨大ヒツジにビルに叩き込まれた刀傷の女性──白百合の方をちらりと見てから、こちらの後ろにいるカガリと篠原さんを警戒しながら答えた。

 

「正直なところ、なにがなにやら……まず、いきなりバカでかいネズミに襲われたんすよ。で、三人がかりでなんとか倒したら、次はウサギになって、それも倒したらイヌになったりサルになったりして……今はヒツジになってます。ちなみに全部あのサイズ」

「なんで……??」

「いやわかんないんですって。あ、それとイヌは頭が2つあります」

「それイヌじゃなくてオルトロスだね」

「あとサルもドラミングしてきました」

「それサルじゃなくてゴリラだね」

 

 情報が異様すぎて何一つ理解できない。……でもなんか、なんだ、その動物の選出には妙な既視感がある。などと考えていると、ビルから頭を抜いたヒツジが、そのご立派な巻き角の先端をこちらに向けて後ろ足をガツガツと踏み鳴らして威嚇してきていた。

 

「……流石の俺でも、あの巨体と真っ向から押し合うのは苦労するぞ」

「出来ないわけではないんすね」

「あっそうそう、光冷光冷、あたしピンポイントで【呪言】送れるようになったわ」

「それは凄いけど今話すことじゃないよ!?」

「おい無駄話するな、来るぞ!」

 

 後ろで篠原さんが声を荒らげて指を向けるが、この距離と範囲では我々も巻き込む。それを察して舌打ちして──刹那、ヒツジの横っ腹に、ビル内から放たれた無数の火の玉の爆発が巻き起こる。

 

「げほっ……ラム肉風情が……! 焼いて食べますよ、全く……!」

「あ、白百合さん生きてた。なんかあの人もすげぇ頑丈だよなぁさっきもゴリラにぶん殴られてたけど尻尾でガードしてたし」

 

 崩れた壁の中から、多少の擦り傷はあれど殆どダメージが無さそうな白百合が出てくる。あの爆発する火の玉、尻尾から出せるんだ……? 

 

「まあアレくらいで死ぬなら俺が殺ってるしな。白百合! こっちに来い!」

「──はい♡!♡!!」

「なんか今の声めちゃくちゃ甘ったるかったな」

「あいつは俺が強く指示するとあんな声が出る」

「ヤバ……」

 

 カガリと真殊ちゃんが軽く引いているが、それが見えていないかのように、オマケとばかりに火の玉を幾つか顔に炸裂させた白百合が尻尾を地面に打ち付けた反作用でこちらへと跳躍してくる。

 

「白百合、情報交換は逃げながらやる。そこのジイさん尻尾で抱えて走れ!」

「わかりました、ほら行きますよお爺さん」

「…………。今は何も言わないでやる」

 

 何か言おうとした篠原さんだったが、白百合の尻尾にくるりと巻かれながらも何も言わないでおくという大人の対応をしてくれた。

 こちらも光冷ちゃんと真殊ちゃん、クロ、深月を先に行かせて前を走らせて、白百合と篠原さんを続かせ、殿を務めようと足を止めたのだが。

 

「おい、お前は行け。アタシが残る」

「は?」

「良いから行けって、銃火器を複数扱えて継続的に遠距離攻撃で気を引けるアタシが適任だ」

 

 傍らに武器庫を喚び出したカガリが、そう言いながら開いた中から秋山さんが使うような6発装填のグレネードランチャーを引っ張り出す。

 

「話は聞いてた。色々と動物に切り替わるんだろ? ネズミにウサギ、イヌ、サル、ヒツジ……あとはなんだ? ウシとウマとイノシシと他色々か?」

「……! そうか、干支か!」

「恐らくそういう制約で作られた魔術的な生物だ。きっちり殺しきれば切り替えられない、とかだろうな。──さっさと行け! あのビックリ人間どもはお前じゃねえと纏められねえだろ!」

「……すまん、頼む!」

 

 くそっ何も言い返せない。しかしそもそも元は敵、ここで相手と共倒れしてくれるなら──と、そこまで考えて、頭を振って思考を切り替える。

 馬鹿野郎め、()()()()()()。今はもう、仲間として扱っても良いくらいだろうが。

 

「……死ぬなよ」

 

 この言葉を最期にしてほしくはない。本当に、生き延びてくれと、そう願っての言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……へっ。死にたいわけじゃねえっつーの」

 

 グレネードランチャーを構えたカガリが独りごちる。眼前を埋め尽くす巨大なヒツジ。

 ──しかし先ほどの火の玉の爆発には怯んでいたのを見るに、ある程度の威力は効くはずだ。

 

 そう思案して、銃口を構えたカガリは、ヒツジの体がブレるのを見て目を見開く。

 

「あん? ……はぁ!?」

 

 そして、次の瞬間には、その身が複数に分裂していた。ヒツジの横には、ウマとイノシシ。

 どちらも大型トラックのように巨大な体躯をしていて──3体を前に、さしものカガリですら冷や汗を垂らして声を震わせる。

 

「…………確かに居るだろうとは思ったけど、複数で来いとは言ってねぇだろ……!!」

 

 ──果たして、赤霧の夜に、けたたましい銃声と爆発音、そして地響きのような足音が響き渡るのだった。しかしそのことを、魔術で【人払い】された住民たちが知ることは、決して無い。

 

 

 

 

 

『続』




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