とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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アーカムナイト・『エト』セトラ 2/4

 ──戦い方が巧い。

 

 篠原火毘人(ひびと)は、眼前で巨体のサル、ウシ、イヌを相手取る二人の少女を見てそう判断する。

 

「【呪言】持ちの小娘が撹乱、【霊視】持ちの小娘が隙を突いて攻撃。俺の方には【違えし焔(ヤマンソ)】を警戒して来ないが……そろそろだな」

 

 3匹は気づかない。いつの間にやら、イヌだけが他2匹のサポートを受けられないように孤立させられていることに。その射線上に、指を向けた篠原が熱線を展開しながら立っていることに。

 

「まず1匹」

 

 イヌ型の怪物が耳にしたのは、パシュッ──という音。ほんの一瞬だけ音の壁を突破した熱線が鞭のようにしなり、一拍遅れてヒュパンッ!! という音が爆ぜ、その体は横一文字に真っ二つになる。

 

「ひゅーっ、おっちゃんやるぅ」

「フン。最低威力の熱線を最速で動かす……出来ないわけがねぇだろ、この体になってから最初に編み出した低燃費の技だぞ」

「じゃあ今の感じであと2匹よろ──あっぶな!?」

「真殊ぉ──!! 集中しなさい!!」

「言われんでも……【止まれ】!」

 

 飛び掛かり、拳を振るうサルの剛腕を避け、地面を殴り砕く威力にぞっとしながらも、真殊は続けて突進してきたウシを【呪言】で【止め】た。

 

「──ふッ!」

 

 そこに横っ腹へ光冷が刀を深々と突き刺し、離脱しながらもう一振り【召喚(コール)】してそのままサルの方へと駆け、真殊とすれ違い相手を変わる。

 ゴリラもかくやと言わんばかりの巨体と、体格通りの剛腕。その拳から繰り出されるパンチを、光冷は刀を構えて()()()()()対応した。

 

「────。すぅ──、ふっ」

 

 ──ガゴン! という轟音。それは、刀の切っ先で拳の軌道を逸らし、光冷の真横を通り過ぎて地面を殴り砕く音だった。

 なまじ感情や知性を有しているが故に、人造生物のサルは、自身の攻撃が光冷に当たらなかったことに疑問と怒りを覚える。

 次こそはと拳を改めて振るうが、しかしてその軌道がズラされる。絶妙な切っ先の角度調整を行う技術と、どこに刃を当てればあらぬ方向に拳が弾かれるかを()る異能。剣道では(ズル)に他ならない技術と異能の組み合わせは、しかして命の遣り取りをする実戦ではこれ以上ない真価を発揮していた。

 

「……今の光冷ってたぶん銃弾も見てから斬れるよなァ。……あーはいはい【動くな】!」

 

 サルの剛腕2本による連打を逸らし続ける光冷を軽く引き気味に見ていた真殊は、ウシの突進を何度も【呪言】で止め続けている。

 すると、喉の調子を確かめながら、ニヤリと口角を歪めて言う。

 

「結構撃ち込んでるけど、喉の負担はそんなに無い。ってことはアレだ、アトラクション・ナンチャラみたいな大蜘蛛と比べたら生物としての『格』が下。つまりもうちょい強めに撃っていいわけね」

 

 ちら、と光冷とサル、篠原の位置を確認して、真殊は意図的に【呪言】を解除すると──追わせるように背を向けて走り出す。

 

「へいへいカモォ〜ン」

 

違えし焔(ヤマンソ)】を撃たせるための調整。ウシとサルと篠原を一直線に結ぶ場所までの誘導。ふざけているようで、キチンと最短最速で敵を始末するための行動を取れる程度には、下谷真殊はクレバーだった。

 

「はいもうちょい、もうちょ〜い……よし【止まれ】【動くな】【潰れろ】ォ!!」

 

 適宜左右を見やり微調整を繰り返して、適切だと判断し、タイミングを合わせて【呪言】の三連打。

 動きを止めたうえで重圧を押しつけ、完全にその場に固定する形で拘束すると、即座にサルと光冷の方へと向かいながら声を荒らげる。

 

「光冷ィ! 隙作る! 信じろ!」

「っ! …………すぅ──っ……」

 

 後ろからの言葉を耳にして、光冷はサルの剛腕を逸らした刀を鞘に仕舞って深く腰を落とす。

 鞘と柄に手を添えると──彼女の纏う空気が一変。魔力が、気配が、殺気が、その全てが細く鋭く刃物のように研ぎ澄まされていく。

 

 けれども、眼前で武器を仕舞うという行いを前に、サルは警戒よりもようやく殺せるという喜びを優先する。結局は、()()()()()()()()半自動の人造生物の限界。『攻撃が当たらなければ一旦引く』という器用な指示までは持ち合わせていない所為で、サルの形をした怪物は光冷という一人の少女に固執し────

 

「【逸れろ】」

 

 ──第三者の横槍で、再度、拳を外される。

 

「──しィッ!」

 

【強化】で高めた瞬発力、【霊視】で捉えた最も斬りやすい部分、本人の素質により抜き放たれる刀の一閃。果たして光冷は、サルの股下をくぐり抜ける形で片足の膝から下を断ち切って見せた。

 

「おっちゃん!」

「ガキにしてはよくやった、伏せろ!」

 

 2匹を纏めて作り出した隙。真殊と光冷が横っ飛びで左右にズザザッと滑り込むように伏せると、背中の上を高速の高温が通り過ぎていく。

 ──その熱が不自然なほど一瞬で消失したのを感じ取り、二人が顔を上げる。そこにあったのは、真っ二つにされ、断面が焼け焦げた2匹の死体だった。

 

「……ふぃ〜〜。なるようになるもんだ」

「し、死ぬほど、疲れた……!」

「ま、よくやった方だな」

 

 深く息を吐きながら座り直す真殊と光冷の方へ歩く篠原は、それとなく二人に目立った外傷がないことを確認してから口を開く。

 

「俺たちの役目は終わりだ。あいつらが戻って来るまでは体を休めとけ」

「え? いやあたしらまだ動けるけど」

「フン。そういうのは立ってから言え」

「はいはいわかった────あれ?」

 

 篠原に言われて立ち上がろうとする真殊だったが、座った姿勢から立ち上がれずに膝が笑う。光冷もまた、一拍遅れてぶわりと滝のような汗を流す。

 

「っ、これ、は……!?」

「うぉおぉ……ダッッッル!?」

「単純に、興奮が冷めて体が疲れを思い出しただけだ。ズブの素人があれだけ動いてあれだけ異能を酷使して、死ぬかもしれない状況に身を置き続けたんだ。意識保ってるだけでも大したもんだぜ」

 

 皮肉気味に口角を歪める篠原が、それから間を空けてカガリが戦っていたであろう方角に顔を向けて考え込むように小さく唸る。

 

「あのカガリとかいう姉ちゃん死んだんかな」

「こら、真殊……不謹慎なこと言わないの」

「どうだかな。生きてるならお前らみたいに動けないでいるか、死んだにしても……幾つか敵のストックは削ったと見るべきか」

「あー、こいつらこれ以上の分裂はしてないからね。ネズミ、ウサギ、イヌ、サル、ウシ、あの姉ちゃんがヒツジ型を仕留めてるとして、与一さんたちがトリの相手をしてるだろうし、あのチビコンビもトラを追いかけていったから……」

「まだ見てないのは、タツ、ヘビ()、ウマ、イノシシの4体ってこと、ですね」

 

 そんな風に敵の残存数を数えていたとき、ふと、全員で逃げてきた方角──すなわち、カガリが居るであろう方角で光が迸る。

 直後、耳をつんざく轟音と衝撃が、赤霧市の一角を駆け抜けていった。

 

「んなっ……爆発!?」

「……あれ、これ。この爆発さぁ、場所的にあの姉ちゃんの居たとこじゃね?」

「確かにそうみたいだな」

 

 爆風が自分たちの所にまで届くのではとばかりの威力。それを遠巻きに見届けて、視線を斜めに上げていた篠原と真殊がポツリと呟いた。

 

「じゃあ死んだな。間違いなく」

「まあ、あれは死んだわなァ」

「ど、ドライすぎる……」

 

 光冷が二人のさらりとした態度にドン引きしていると、不意に真殊の携帯に着信が入る。

 

「おん? ……あいもしもし〜。あれ、与一さん? えっなに? 【呪言】使って言え? ……いやまあ、やれっつーんならやるけどさぁ」

 

 電話に出るやいなや、真殊は唐突に謎の注文をされる。けれどもとりあえずと、言われた通りに、彼女は【呪言】を言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──誰も居ない赤霧市の道路。車一つ走っていない道路の真ん中を、1匹の怪物と、一人の少女と、1匹の黒猫が全力疾走していた。

 

「なぜ私は……猫とトラと自分の足でストリートレースしてるんすかね??」

【あのトラが無駄に(かて)〜し無駄に(はえ)〜しでニャーとおミャーじゃ火力不足だからだにゃあ。おらキビキビ走れきび団子】

「今イヌもサルも(キジ)も別のとこで別の人と戦ってるでしょうがッ!」

 

 トラを追いかける深月とクロ。後ろでの騒ぎを鬱陶しく感じたかのように、不意にトラの尻尾がぶるりと震え────()()()

 

【──! 跳べっ!!】

「ぬぉおあっ!?」

 

 疾走する速度そのままに斜上前へと跳躍。その直後、二人が駆けていれば居たであろう位置のアスファルトを、伸びた尻尾がえぐるように破壊する。

 雲の隙間から差した月光に照らされたその尻尾を見て、深月は着地しながら驚愕した。

 

「へ、ヘビぃ!?」

【なんかあーいう生き物居なかったかにゃ】

 

 トラの尾がにょろりとした長いヘビに姿を変え、前を走りながら後ろを警戒する。鞭のようにしなる(ヘビ)の連打をくぐり、横に跳び、上に跳ねて避けながら追いかけ続ける二人は会話を交わす。

 

「尻尾がヘビっていうと……キマイラっすかね。ライオンとヤギとヘビが合体したやつで、尻尾がヘビ……まんまこいつなんすけど」

【あのにゃあ毛玉、アレはトラと言って、ライオンではないのにゃ】

「知ってますけど??? ……ヤギ成分足りてないしライオンじゃなくてトラだしで、キマイラ要素3分の2のみかつ片方は猫科違いで絶妙にパチモンなの、マジでほんとになんなんすかね……?」

【黒幕は()()()の文化は知ってる、でも興味はない、って感じにゃね】

 

 大雑把、しかし厄介なことに変わりはない。そう結論付けながらも、深月は先ほどのクロの言葉を脳裏に反芻して苦い顔をした。

 

 ──火力不足。

 

 すなわち技の手札と威力が足りていない。現状、深月に出来るのは【風纏の王(イタクァ)】による高速移動と蹴りによる打撃のみ。

 以前に一度、人造神格戦で太陽と小雪を助ける際に使った風に溶けるような超高速移動もあるが、本人の認識として()()()()()()()()()と発動できず、そもそも攻撃には向かない。

 

「火力は、出せる……には、出せますけど……」

 

 ──出そうと思えば出せはする。しかしそれは、自身の肉体への負担を度外視すれば、の話。

 

 速度とは威力である。速く飛ぶ物体が衝突すれば致命打になりうるのは、歴史上のあらゆる戦いに使われた道具が証明していた。

 

【へっ。毛玉ぁ、おミャーあれにゃ? おミャーがツガイになりたがってるダンナに余計な心配させたくねーから全力だせねーんにゃろ】

「…………まあ、そういうことになりますね」

 

 発言の節々にツッコミを入れたくはあったが、そんな状況ではないからと、深月は否定しない。

 

【フン。バカだにゃあ。心配かけたくねーから小綺麗なまま戦いたいってんにゃら、じゃあダンナはなんなんだって話になるだろーが】

「与一さん……?」

【おミャーは、あのダンナが、周りに心配させたくないからって気を遣って小綺麗な格好を気にするような戦い方をする人間に見えんのかにゃあ?】

「────」

 

 はた、と。深月は気づかされる。言われてみれば確かにそうだな、と。

 

【泥臭く血なまぐさく行けにゃ。それが、人間(おミャーら)怪物(こいつら)の違いのはずだにゃあ】

「……そうっすね。私はいつの間にか、与一さんに褒めてもらうために……いや、カッコつけたかったんすね。──与一さんが、カッコいいのは、あの人がそう振る舞っているからじゃない」

 

 ゴウ、と暴風を纏い、深月の瞳が更に深く妖しく翠に輝く。彼女の中で、方向性が定まったのだ。

 

「──ただ与一さんは、誰よりも何よりも先に、自分が血反吐ぶち撒けてでも戦うと決めただけ。だから私は……あの人の、ように────!!」

 

 刹那。道路の真ん中、ビルとビルに挟まれたその場の空気が消え、無音無風のなかで──姿が掻き消える速度で深月が駆け出し、ビルの外壁同士の間を跳ねるようにして速度を貯めていく。

 

【へいへ〜い、鬼さんこちらってにゃあ」

 

 それを横目で見届けながらも走る速度を上げてトラを追い抜いたクロが、十数メートル前で振り返りながら人間に姿を戻す。

 ゆらゆらと尻尾を揺らし、街灯に照らされたクロは、つま先でトントンとアスファルトを叩きながら、今にも轢き潰さんと迫るトラに言う。

 

「──【夢幻迷猫(チェシャキャット)】は、自分や触れている対象の『存在』を薄めることができる。存在感を薄めたり、物理的に薄めたり、消えたり、透けたり。さて問題、ニャーは今、()()()()()()でしょお〜うか?」

 

 その問いに、トラは答えない。疑問にも思わない。ただ目の前にいる敵を殺すために、飛び掛からんとして強く深く踏み込み──

 

「【夢幻迷猫(チェシャキャット)】」

 

 ──ガクン、と。トラの体が不意に()()。まるで底なし沼に埋まったかのように、アスファルトに体の下半分が深々とめり込んでいた。

 

「壁をすり抜けられるんだから、そりゃあ、地面にすり抜けさせることだって出来るに決まってんにゃあ。ま、『地面全体に触れてる』って認識をしないといけないからめっちゃ疲れるんにゃけど」

 

 頭と上半分だけ露出した体で悶えるトラを前に、心底疲れ切ったような顔で大粒の汗を垂らすクロは、【夢幻迷猫(チェシャキャット)】を解除して埋まった下半分を地中に固定してから上を見やる。

 

「お膳立てはしてやったにゃあ」

 

 上空、ビルよりも上。暴風を纏う人影が、その言葉を合図にして、隕石もかくやと言わんばかりに高速の垂直落下を開始。

 ぐんぐんと加速していく光景を見て、威力を察したのか、クロの表情に焦りが混ざる。

 

「うおっやべやべやべ……!」

 

 

 

 

 

 ──果たして、クロが咄嗟に【夢幻迷猫(チェシャキャット)】を発動するのと、上空から落下してきた深月の蹴りがギロチンのようにトラの首を切断し、着地しながら暴風を撒き散らすのは、ほとんど同時だった。




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