とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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アーカムナイト・『エト』セトラ 3/4

「っは、はァっ、はぁ〜〜っ……!! し、心臓が爆裂しそう……っ!!」

 

 全身を駆け抜けるズキズキとした痛み。暴風の制御が甘く、纏う過程で頬や手の甲に幾つかの切り傷を作りながらも、深月はまだ動いている(ヘビ)を、腕を振るって生成した風の刃で切り落とす。

 

「こ、れで、2匹。仕事は……出来たっすかね」

「んにゃ。ニャーも巻き込む威力だったのを想定できてりゃあ花丸満点だったけどにゃ」

「え。──あ! す、すいませんクロさんっ」

「ふん。こうなるように煽ったニャーにも責任はあるからお互い様にしとくにゃ」

 

 土煙の中から現れたクロに謝りながら、深月も【風纏の王(イタクァ)】を使って煙を晴らす。それから地面に半ばが埋まり、首と尾が切り落とされたトラの死体から、上空に視線を移すと口を開いた。

 

「そういえばさっき、加速するために上に飛んだら見えたんすけど、あっちの方の上空で与一さんと白百合さんが敵と戦ってましたね」

「まぁ〜〜……まあ、流石にニャーは空中戦じゃ分が悪いから混ざれねぇにゃあ。おミャーはどーすんのにゃ? 混ざるなら止めねーけど」

「私は。……私、は」

 

 逡巡を挟んでから、深月は言う。

 

「──やめときましょう。私たちはそれぞれが出来ることをやりました。あとは、さっきのとこに戻って二人が帰ってくるのを待ちます」

「────。わかってんなら、いいのにゃ」

 

 小さく笑って、クロは尻尾をゆらゆらと揺らしながら踵を返す。その後をついていく深月に、ふと同情するように言葉を続ける。

 

「にしても、おミャーも他の女も、あのダンナに惚れてんのは不幸だにゃあ」

「はい?」

「あいつはバケモンにゃ」

「は、はぁ……!?」

 

 さらりと言い放つクロは、深月の驚愕も無視してさらに続けて口を開く。

 

「人を助けるのが生き方の1つになってんにゃ。褒められたいからでもなく、報酬を貰えるからでもなく、助けたいから助けてる。出来るからやってる。あんなん、もはや()()()()()()()()()()()にゃ」

「だいぶ暴論っすよそれ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──誰かが噂している気がする。

 

「うぶぉおぼぼぼぼぼ!?」

「すまん耐えてくれ白百合、お前ならできる」

「むむむっむむ無理ムリ無理です! そろそろ全身の穴から出てはいけない臓器が出てきそうです!」

「戦闘機の上で振り回されてた俺よりマシだろ……ってあっぶねぇ!?」

「おあァ──────ッ!!?」

 

 一瞬鼻に過ったむず痒い感覚を我慢しながら、上空に空間操作で生成した、足一つ分程度の十数センチの正方形──固定した空間を踏み、【韋駄天】で瞬間的に加速して跳ねる形で移動して数分。

 大鷲に鷲掴みされている状態でアクロバット飛行されて全身に負荷が掛かっている白百合は、そろそろ内臓が飛び出す2歩手前くらいに来ていた。

 

 で、こちらとしても。トリから分裂したもう1匹────(タツ)にも追われているわけで。

 斜め上後方から接近しながら、トリを巻き込む勢いで突進してくるのを避ければ、白百合を掴んだままのトリも錐揉み回転しながら避ける。

 

 しかしなんというか、そりゃあ干支モチーフなんだから竜も居るだろうとは想定していたけど、このビジュアルは想定してなかったな。

 

(タツ)っていうか……(ドラゴン)じゃないか?」

 

 雲を散らす勢いで羽ばたく翼、どっしりとした体格と手足、全身の鱗、獰猛なトカゲとでも言わんばかりの爬虫類めいた顔つき。

 まさにゲームやアニメに出てきそうな伝説上の生物・ドラゴンと言っても差し支えないバケモノと戦うことになるとは、不思議なもんだ。……いや、普段から創作上にしか居なさそうな連中と殺り合ってるだろと言われたら反論は出来ないのだけれども。

 

「とにかく、そろそろどっかに降ろさないと白百合の尊厳が終わってしまうな……」

【逆に考えてみては? いっそ終わってもいいんじゃないか、ってね!】

「その理論を実践した人が言うと説得力ありますね。やりませんけど」

 

 脳裏に響く悪霊の能天気な声を流しつつ、ちらりと周囲を一瞥し……眼前のビルの屋上が一番近いことを確認。こちらとしても、別にただ追いかけるだけに留めていたわけではないのだ。

 

「仕留める順番は、先ずはトリ、それからタツだ。行くぞ──」

 

 妖刀を抜き放ち、固定した空間を踏み込んで【韋駄天】を起動。全力の加速で、真っ先にドラゴンの方へと飛び蹴りを叩き込む。

 

「九十九、トリを頼む!」

【やれやれ全く、(ひと)使いが荒いんだから】

 

 続けて抜いた妖刀をトリに届くように、【強化】で腕力を底上げして投擲。クルクルと回転しながらトリの頭上を通り過ぎる刀を、しかして出現した九十九がパシッとキャッチして落下する。

 こちらもドラゴンの背中に立ち、瞬間的に魔力を【強化】に注ぎ込んで、限界の少し外側くらいまで膂力を引き上げて──翼の根元を叩く。

 

「お前は少し、大人しくしてろッ!!」

 

 ドゴォッ!!! という鈍い音が背中から響き、ドラゴンは咆哮のような悲鳴を上げて体を仰け反らせると、斜めに滑空するように緩やかにビルの屋上に墜落していく。そこから再度【韋駄天】を起動して墜落するドラゴンの背中から離脱して、九十九に背中に乗られて振り落とそうと暴れているトリの元に向かう。

 

「九十九! 俺がキャッチするから斬れ!」

【はいはい、よっこいしょ】

 

 ──ヒュ、カッ、という2度の斬撃。翼の片方と首を刎ねられたトリは、羽ばたかなくなったことで落下を開始。【韋駄天】を起動した足で固定した空間を踏み砕く勢いで加速し、視界の奥で飛び降りながら、片手間で白百合を掴んだ鉤爪を切り落とす九十九を見て軌道を修正する。

 

【あとはよろしく】

「よぉおいちさぁぁあぁん!!?」

「今行くから待て……!」

 

 空中に投げ出されて風に捲られ、下手くそが投げた紙飛行機みたいな動きで変な角度で回転する九十九と白百合を両手でそれぞれ掴み、ドラゴンを墜落させたビルの屋上へと跳ねていく。

 

「うべっ……た、助かりました」

「このままこいつも仕留めるぞ。九十九、こっちが分身刀を使う。妖刀本体はお前が使っててくれ、さすがにちょっと手数が欲しい」

【仕方ないわねぇ】

 

 視界の端で赤霧市の川に墜落して水柱を作るトリを見送りつつ、三人で屋上に着地してドラゴンと相対する。翼の根元に打撃を叩き込んで飛べなくしておいたのが効いたのか、ヤツは警戒していた。

 

「……さっき殴った感触的に結構硬かった。人造神格を斬った時の()()を撃つことを想定に入れつつ、じゃあまあ、はい。いつものね」

【はいはいいつものね】

「いつ、もの……?」

「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処」

「ざ、雑!」

 

 ──しょうがないだろ普段からこうなんだから。というボヤキを吐くより早く、口から吐き出されたのはドラゴンの放つ炎だった。

 

【チャージ2秒……懐に飛び込みなさい!】

 

 刀を下から縦に振り上げる勢いを使って、九十九が込めた魔力を線状に放ち炎を断ち割る。

王爻怨黎玉藻前(おうこうえんらいたまものまえ)】を起動した白百合と同時に駆け出し、【韋駄天】で加速しつつスライディングして片足を逆手に持った分身刀で切り裂く──が。

 

「いやほんとに(かて)ぇな〜〜っ」

「圧縮……回、転ッ」

「っ、助かる」

 

 斬りつけた刀が半ばから折れ、お返しとばかりに股下をくぐり抜けた先の尻尾で薙ぎ払われそうになるが、白百合が即座に魔力玉を発射して先端を弾く。

 上に逸れた尻尾を避けてから、【禍理の手】を屋上のコンクリート床に射出して突き刺し巻き取る形で離れて、姿勢を直しつつ三節棍を2つ【召喚(コール)】して白百合に投げ渡す。

 

「お前の武装、魔力玉と尻尾と爆発する炎だけだろ。なんでもいいから得物くらい持っとけ」

「どうも。それで、どうします? いつぞやのアレを使うとして……溜めに一分くらい必要だったと記憶しているのですが」

「甘いな、それは前回の戦闘までの知識だ。人間の武器は改善・改良にあるんだよ」

「と、言いますと」

 

 飛べないなりに大暴れするドラゴンの爪や噛みつき、尻尾による薙ぎ払い、火炎放射を三人で捌きながら会話を交わす。──そう、あの日放った『我流立ち居合・閃』は昔考案された古い技だった。

 

 魔力効率や威力・射程・速度を調節し諸々を見直した結果、全てを低下させた代わりに、チャージ時間の短縮や、『立ち止まらなければならない』という制約を取っ払うことに成功したのである。

 

 というか、前回のアレの時点で射線上の全部を真っ二つにするとかいうとんでもなく大雑把な性能してたからな。改良しないと町中で使うときに困る。

 

「まあ35秒くらいの溜めが必要になったけど。それでも動けるだけでもありがたいからな」

「なるほど……どちらにせよあれの足止めは必須、となると……」

「翼を片方だけでも斬れればいいんだけど、九十九、やれそうか?」

【やるだけやってみるけど、これが仮に対あなた用の試練なのだとしたら対策済みでしょうね】

 

 ああ嫌になる。なんでこう、神格の類いがどいつもこいつもこちら一人を狙い撃ちしてくるんだか。

 

 三節棍を捨てて分身刀を作ってもらい受け取り、鞘のみを【召喚(コール)】して納め、腰に持っていきながら脳内でボヤきながら改めてドラゴンを見やる。

 

「…………。俺たちはいったい、いま、なにをやっているんだろうな?」

【冷静になったら負けよ】

 

 なぜこの現代社会のコンクリートジャングルで、ドラゴンを攻略しないといけないんだ。こういう状況を喜べるのは結月くらいだぞ……? 

 

「──! 来ます!」

【三方向に散って! 与一の溜め終わりを見越して動けなくするわよ!】

「頼む!」

 

 と、そこで思考を一旦打ち切り、放たれた炎を避けながら手短に声を飛ばしてそれぞれが集中する。こちらも鞘と柄に手を添えて魔力を込めながら適度に距離を取り、相手の顔の前を位置取っておく。

 

「……目を離せないだろ、これだけ魔力と殺気をダダ漏れにさせていれば警戒せざるを得ない」

 

 ……おそらく、そろそろ翼へのダメージも治って、こいつは飛べるようになる。その前に翼を落とすか、或いは────

 

「あと22秒!」

「念の為、翼を切り落とせないか試しましょう。私が左側を、貴女は右側を狙ってみてください」

【同時にやるわよ。──せー、のっ】

 

 横合いから白百合と九十九が同時に攻める。白百合は魔力玉を薄く潰して高速回転させて射出し、九十九は刀を構えて後ろ足を足場に跳躍。

 言葉通りに同時に円盤状の魔力玉と刀がそれぞれ翼に辺り──ギャリリリリリッ!! と甲高い金属音と共に辺りに火花が飛び散る。

 

【っ、やっぱり対策済みね。翼だけが異様に硬い……妖刀(わたし)で傷しか付けられないのはおかしいわ】

「くっ……与一さん、残りは!」

「あと18秒、白百合は【重力制御】で囲め! 九十九! ちょっと来てくれ!」

 

 円盤と刀による斬撃でも浅く傷をつけることしか出来ない状況。しかしもうすぐチャージは終わる。白百合の【重力制御】で潰させてもらえばそれでいいが、それだけで終わるとも思えない。そのため、ダメ押しの一手をここに呼び出すことにした。

 

【で、なぁに?】

「俺の上着のポケットに携帯が入ってる、真殊ちゃんに電話してスピーカーにしてくれ」

【いや、私は携帯なんて使えないわよ】

「ええい、使い方教えるから!」

「やるなら急いでくれます!? ぅあっぶな!?」

 

 がさごそとポケットに手を突っ込む九十九を横目に、魔力玉を線で繋いで三角錐を形作る配置にした白百合が【重力制御】を使いドラゴンを潰さんとしているが、どうやら単純にフィジカルで対抗されているらしく……白百合は両手を力強く握り魔力を込めながら声を荒らげる。

 

 尻尾に溜め込んでいる魔力を爆発的に燃焼させ、【重力制御】で押さえつけようとしているドラゴンを死ぬ気でその場に縫い止めている白百合の頑張りを無駄にしないように、素早く指示を出す。

 

「そう、それ押して、受話器マークのやつね。で、電話帳のとこで……フルネームで登録してるから、さ行の部分をスクロール……あの指で下から上に画面をスライドさせて……それそれ、押してから、その部分でスピーカー、よしこっちに向けてくれ」

【ややこしいわねぇ現代の機械は】

 

 やれやれと呆れたようにしながら、九十九は腕を伸ばしてこちらに携帯の画面を向けてくれる。

 

【……あいもしもし〜。あれ、与一さん?】

「真殊ちゃん、いきなりで悪いんだけど携帯に向かって【呪言】使って言ってくれ!」

【えっなに? 【呪言】使って言え?】

「そう! 今戦ってるやつの動きを完全に止める後押しがしたい! 頼む!」

【……いやまあ、やれっつーんならやるけどさぁ。んじゃ大声出すから気をつけてちょ】

 

 電話の向こうからの困惑気味の声を聞いて、残り秒数を脳内でカウントしながら九十九に言う。

 

「よし。九十九、携帯をドラゴンの方に投げろ! 【呪言】を飛ばしてもらう!」

【……電話越しでも効くの?】

「【呪言】は言葉の意味の押し付けだ、声が届きさえすればどうとでもなる。あとは本人の……出来るという確信さえあれば──」

 

 九十九がヒュンとフリスビーのように投げた携帯が、ドラゴンの足元に滑り込んでいく。【重力制御】に巻き込まれて画面にバキッと亀裂が走るが、耐えた携帯の向こうから、言葉が響き渡る。

 

【んじゃ行くぞ〜……【動くな】ァ!!】

 

 ──ボンッ! と、携帯が電話越しの魔力に耐えきれず破裂し、下から上へと放たれた【呪言】がドラゴンの動きを不自然に停止させる。

 

「……えぇ……出来ちゃうんだ」

【やれって言ったのあなたじゃないの】

「いやほんとに出来るとは思わなくて────ともあれ、撃つぞ! 伏せろ白百合!!」

「はいっ」

 

【重力制御】を維持しながら白百合がバッと伏せると同時に、溜めた魔力を抜刀と共に1本の線として放つ。彼方まで飛んでいくとまでは行かない、威力も落ち、速度も目で追える程度まで落ちた斬撃。

 

 しかして一つの生命を断ち切るのに十分なそれは、伏せた白百合の頭上を駆け抜け、ドラゴンの体を水平に切り裂き、上半分が自重で屋上にずるりと崩れ落ちる様を、その最期を見届ける。

 

 

 

 

 

「……ふう。終わったかな」

【まあ、終わったんじゃない?】

 

 まだ全部のエセ干支を殺し切れたかの確認をするべく、ひとまず全員と合流するためにも、さっきの公園へと戻ることにするのだった。




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