とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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アーカムナイト・『エト』セトラ 4/4

「え、深月も戦ってたの!?」

「っす」

「俺『無茶するな』って言ったよね!?」

「っすねぇ」

 

 魔力を大量に使ってグロッキー状態の白百合を【禍理の手】で担いでビルの屋上から公園に戻れば、別行動を取ったトラとヘビの相手を深月とクロがしていたという話を聞かされる。

 

「なんでそんな…………」

「そりゃ、まあ。やるしかないからやった。それだけっすよ。いつも与一さんがやってることです」

「……んぐぎぎぎ……」

 

 どことなくムスッとした顔の深月にそう言われて、反論しようとして、言い返せない。

 

「おい小僧、そもそも戦わせたくねぇなら最初から巻き込まねぇように徹底しとけ」

「まあ、はい。それはそう」

「その小娘はテメェにとっての『何』だ? 戦力としても使える認識だったんなら、最初からはっきり言やぁ良かっただろ。『ここは任せた』ってよ。そこの学生二人まで巻き込んでおいてそいつだけは特別扱い、なんて通ると思ってたのか?」

「……篠原さん。そうだな、その通りだ」

 

 この人、他人に興味ないみたいな顔してるけど意外と心に熱いものを飼っているらしい。篠原さんの言葉は、不思議と合点のいくものだった。

 

「ごめんな、深月。これからは、ちゃんと頼るよ」

「っす。そうしてください」

「光冷ちゃんも真殊ちゃんも、悪かった」

「いえ、そんな」

「そりゃそぉ〜だ。今日の晩飯焼肉確定だから」

「はいはい、全員で食いに…………全、員……」

 

 

 

 そこで、気づく。

 

「カガリ、まだ生きてるよな……!?」

「あ、すっかり忘れてましたね」

 

『手』に持ち上げられたままの状態で、興味無さげな顔で白百合が言葉を続け、他の全員も『あ〜忘れてた』みたいな顔をする。こっちの言えた義理じゃないけどキミらも大概だよ……!? 

【韋駄天】でカガリが殿を務めたところに跳んでいこうと足に力を入れた──瞬間。

 

「──今回のMVPはアタシってことでいいんだよなぁ? この、ボケとカス共が……」

「うぉおおびっくりした!?」

 

 ガサガサと茂みを掻き分けた何者かが、そう言いながら背後に現れる。

 それは、左腕が二の腕辺りから千切れ、体のあちこちに傷を作り、銃身がひしゃげたライフルを杖代わりにしている血まみれの女──カガリだった。

 

「ヒツジとウマとイノシシの相手をさせられたけど勝ってやったぞクソがァ……!」

「あの巨体3匹の相手を一人で!?」

「ああ。【武器庫召喚(ウェポンラック)】でありったけの爆薬を取り出して、3匹全員に満遍なく貼り付けて、ついでにビルの支柱も崩して爆殺&圧殺だ」

「逆によくその怪我で済んだな……?」

 

 いや、そうか。あの武器を入れていたやつを盾にすればいいのか。

 ──よっこいせ。と言って公園のベンチに座るカガリは、出血多量で顔を青くしている。

 証拠隠滅を連盟組織に頼んで、あと救急の手配もしないと流石に死ぬな。

 

「深月、携帯貸して」

「んえ? 与一さんのは?」

「さっき無茶な使い方して壊れた」

「おーっとやべやべやべ」

 

 すーっ……と気配を殺して光冷ちゃんの後ろに隠れる真殊ちゃんに関しては、別に咎めるつもりはないのだが。まあ余計なことを言わないならこちらも言うつもりはない。深月に携帯を借りてメールを飛ばして、重傷者が居ることも伝えて魔術師が通院できる病院に送ってもらえるようにしておく。

 

「ほいありがとさん。あと悪い白百合、下ろすの忘れてた」

「いいんですよ暫くこのままでも」

「うーん魔力の無駄遣いだから嫌だ」

 

 白百合を下ろして【禍理の手】を解除しながら、携帯を深月に返す。スカジャンのポケットに仕舞うのを見て、ふうっと深く一息つく。

 なにはともあれ、ひとまずの戦いが終わった。最後まで黒幕疑いのグレイは現れなかったが────

 

「……普通なら、狙うなら()()だよな」

「なんすか?」

「? 与一さん?」

 

 戦いが終わって、ホッと一息。誰もが(りき)むのをやめて脱力する一瞬。どれだけ実力があろうと、なかろうと、どんな人間でも絶対に生まれる隙。

 敵が狙うなら、その瞬間。それは、つい数十分前にカガリの狙撃を受けた経験があったからこそ出来た、誰よりも一手早い判断。

 

 

 

 

 

 ──果たして、与一が解除した【禍理の手】を再度起動し、2本の『手』で深月と白百合をこちらと距離を取らせるように突き飛ばすのと、上から真っすぐ降ってきた銀の鍵が足元に突き刺さり、少女の姿をしたバケモノが眼前に着地したのは同時だった。

 

「どうも、桐山与一。初めましてかな?」

「……お前が、グレイか」

「っ、あなたは……!!」

「私がグレイだ。ああ、キミとは久しぶりかな。白百合。いつぞや以来だね」

 

 そう言いながらグレイが踵を鳴らすと、鍵を中心に、与一とグレイを外界と隔てるような箱型の空間が形成される。──その刹那、三方向から帯状の炎、暴風を纏う蹴り、束ねて槍のように尖らせた尻尾が容赦なく叩き込まれた。

 

「【違えし焔(ヤマンソ)】」

「【風纏の王(イタクァ)】」

「【王爻怨黎玉藻前(おうこうえんらいたまものまえ)】」

 

 篠原、深月、白百合の異能が叩き込まれ、続けて四方向目に立ち刀を抜いてするりと間合いに入った光冷の上段からの振り下ろしが的確に刻まれる。

 ──が、固定された空間はびくともせず、更に真殊が喉に手を当てて【呪言】を撃とうとし、与一は固定空間の中から手をかざして静止させた。

 

「よせ、全員やめろ」

「【割れ────え、なんで」

「優先順位を履き違えるな」

 

 そう言いながら指を差した方向に視線を辿らせる。そこにいるのは、咄嗟に大型猫の姿になったクロに庇われるように座る血まみれのカガリ。

 早く病院に連れて行かないと、間違いなく死ぬだろうというのは想像に難くない。

 

「こいつは俺がなんとかする。だから──そっちのことは()()()ぞ」

 

 一瞬、ちらりと深月を一瞥しながら言う。この言葉を最後に、足元の鍵がひとりでに動いたかと思えば、与一とグレイの体がぐにゃりと歪み、固定空間内に開いた【門】に無理やり放り込まれる。

 

 漏れ出た閃光に目が眩み、その場の全員が思わずまぶたを閉じる。少しして光が収まった頃、再びまぶたを開けたとき、そこに二人の姿は無かった。

 

「き、えた……!?」

「っ、【霊視】でも追えない……!」

「銀の鍵、空間操作、()()()()……? そうか、あの小娘、色んな気配が混ざっていたが──ベースになっているのはアレか」

「おじいさん。あなたもしや、グレイが何者なのか分かったんですか?」

 

 驚愕する深月と光冷を余所に、篠原が何かを察したように目を見開く。

 不快そうに狐耳をピクピク痙攣させる白百合が問い掛けると、彼は逡巡してから答えた。

 

「あいつは恐らく──ウムル・アト=タウィル。簡単に言えば、ヨグ=ソトースの配下みたいなもんだ。銀の鍵で時空を超えた人間を主の元に案内するような存在だが、本人が鍵を使えば……そりゃあ、ほぼ制限なく時間と空間を弄れるわけだな」

「なるほどつまり、その力があったから、私たちのすぐ近くに直接封筒を送り込めた……と」

「ただ、そうなると、もう俺たちに出来ることはねぇな。小僧に全部やらせるしかねえ」

「おん? なんで?」

 

 真殊が会話に混ざるように横合いから顔を覗かせると、篠原は役目を終えたのか魔力の粒子となって消える銀の鍵を見て、呟くように言う。

 

「【霊視】でも追えてねぇってことは、あいつらは今、この『時間』には居ないからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ジェットコースターが頂点から落ちる時のような、内臓が浮く感覚。閃光が迸る周囲の輝きが落ち着いた直後、視界に入ってきたのは……民家の屋根。

 

「っ、う、おぉっ!?」

「よっ、とと」

 

 身をよじって着地すると、同じ屋根に透明触手で勢いを殺したグレイが緩やかに足を置く。

 ……あの破壊しか出来ない筋肉の塊みたいな触手を、あそこまで器用に動かす……か。

 

「……それで、俺をどこに連れてきたんだ」

「う〜〜ん。それじゃあクイズと行こう。第1問、ここは何処でしょう? ヒントは()()だ」

 

 灰色髪の少女の顔で、グレイは笑う。人造神格の体で、グレイは踊る。

 ゆらゆらと体を揺らし、鼻歌交じりに、彼女はヒントと言いながらこちらの後ろを指差す。

 

 グレイに意識を向けて警戒しつつ、視線だけ後ろに向けると──民家の壁の鋭角になっている部分から、煙のようになにかが現れる。

 

 それは不安定な形のまま、犬のような形状に固まると、長い舌をしゅるりと伸ばしてこちらに飛びかかってきた。……こいつは、時間移動をした存在を襲うために(カド)から現れる猟犬。

 

「ティンダロスの猟犬……! お前、俺を巻き込んで過去に飛びやがったな?」

「正っ、解!」

 

 猟犬の針のような舌を避けてから即座に【禍理の手】を2本伸ばして、蚊を狙うように両サイドから挟んで叩き潰す。物理攻撃はほとんど効かない代わりに炎や魔力はよく効くからこそ、魔力の塊でありながら物理干渉が出来る『手』はこの手の相手に強い。

 

「精神だけを時間移動させたりするときは特に猟犬に狙われることはないのだけれどねぇ、こうして生身で移動すると、ティンダロスに住まうこいつらにロックオンされてしまう。難儀なものだ」

 

 ──そう。こいつらは、ティンダロスという名前の生物ではない。ティンダロスという場所に居る知的生命体だ。たまたま形が犬に近いだけで、どちらかと言うと知性の有無で言えば人間に近い。

 

 まあそんな豆知識はさておいて。

 

 腐臭を放つ猟犬に触れたことで臭う【禍理の手】を解除し、いつでも【韋駄天】を発動できるようにする……が、ふと、違和感。

 

「それでは第2問! 時間移動したのは私とキミの二人。であるならば、猟犬も2匹居るのでは? と思ったことだろう。では問題、キミを狙った猟犬は今しがた死んだが、ならば……私を狙う猟犬は、どこに行ったでしょ〜うか?」

 

 どこに……? グレイを狙っているのなら、同時にここに来たお前を狙うタイミングも、こちらを狙うタイミングと同じなはず。

 最初から1匹しか来ていない? いや、おちょくりたいにしても前提が崩れる答えは無いだろう。こういう奴は変なところで律儀だ。

 

 つまり2匹がグレイとこちらを狙っていたことは間違いない。この時間に居るのは確かだ。ならば、どこに行ったのか。

 

 ──と、不意に。静かな住宅街に、思考を遮るような少女の悲鳴が響き渡った。同時に風に乗って、微かに腐臭が漂ってくる。

 

「……? ──! グレイ、お前……!!」

「おやぁ? どうかしたのかい?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて、声のした方に『さあお行きなさい』とばかりに手を差し出しているグレイ。こいつ……やりやがったな……! 

 

「ま、私くらいにもなれば出来ちゃうんだよねぇ。猟犬のヘイトを他人に移すくらいの()()()()()は」

「っ、ぐっ、ぬ……!」

「私はこのまま一旦逃げさせてもらうけれど……このまま睨み合ってていいのかい? いま猟犬が狙っているのは、何の力もない一般人だよ」

「────。くそっ!!」

 

 グレイの狙い通りに、振り返って【韋駄天】を使う。使うしかない。屋根を踏み砕いて一気に加速し、腐臭を辿って場所を特定。

 電柱を足場に跳躍し、誰が狙われているかを確認。住宅街のブロック塀に囲まれた丁字路にへたり込んだ少女が、煙のような膿を押し固めた怪物──ティンダロスの猟犬に追い詰められている。

 

「っ、ひ、ぃ……」

「──そこまでだ」

「…………え……?」

 

 間に割り込むように着地し、【禍理の手】を真っ直ぐ打ち出して、手のひらで押し出す要領で突っ張る。そのまま鷲掴みにして距離を取り、アスファルトに数回叩きつけて仕留め切り、多少は臭いがマシになったのを確認してから少女に向き直った。

 

「大丈夫かな」

「ぁ、えっと、はい」

「立てる? ほら、掴まって…………」

 

 手を差し出して、制服姿の少女の手を掴み立たせてあげようとして。手のひらをそっと握った、その瞬間。──なにか、異様な感覚に襲われる。

 

 これは……なん、だ。なんで、どうして、こんなに、この人のことが()()()()んだ……? 

 

「ありがとうごさいます。その、いきなりのことで、なにがなんだか……」

「────。キミは……」

「ああ、すみません。申し遅れました」

 

 ──心臓が鼓動を速める。それは、もう二度と会えない人と再会したがゆえの、急激な緊張によるもの。少女はこちらを見上げて、こちらの知っているよりも十数年は若い顔で、自己紹介をした。

 

 

 

 

 

「私は東雲(しののめ)悠花(はるか)と言います。改めて、助けてくださってありがとうございました。貴方は、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 

 桐山悠花。旧姓、東雲悠花。見覚えのある顔、聞き覚えのある声。手から伝わる体温。脈動。匂い。雰囲気。優しい目元。危ない目に遭った自分よりも、助けたこちらを慮る精神性。

 記憶が、思い出が、魂が、今目の前にいる少女が血の繋がった──死んだ母親と同一人物であると確信させる。……させるのだ。

 

「…………母さん」

「へ?」

 

 思わず口を衝いて出た言葉を、果たして誰が止められようか。責められようか。だって、だって……この人は何も悪いことなんてしてないのに。

 魔術師だった父さんと違って、本当に、本当に何も、してなかったのに。死んだんだ、殺されたんだぞ。ダメだ、不味い……感情を、抑えられない。

 

「えっ……ぅえぇ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

 これ以上の失言を避けようとして、必死に口をつぐみ。そして、別の出口を求めるかのように──涙が溢れて、頬を伝っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──灰色の髪を揺らして、愉快そうに口角を歪めるグレイは、そんな光景を遠巻きに眺める。

 

「さて、私も私で計画を進めなければ。大学で暗躍中の昔の私の計画をまんま乗っ取って、そのうえで……今回こそは、前回邪魔をした奴らを殺す」

 

 すう……と目尻を細めて、鋭い雰囲気のままに、透明触手を左右に振りながら更に言う。

 

()()()()()()()()()()()()所為で割り込んできたあいつらの邪魔さえなければ……言乃葉ミドリだけだったなら、問題なく殺せたんだからな……」

 

 やれやれ、と頭を振って、グレイは懐から銀の鍵を取り出すと、何もない空間に突き刺してガチャリと回し──【門】を開く。

 

「言乃葉ミドリ、桐山龍一、有栖川千夏……そして今回は、念の為に夏木小梅と東雲悠花も始末するとしよう。いやぁ、手間が増えると楽しいなあ」

 

 カラカラと笑いながら、グレイは【門】の向こうに体を滑り込ませて姿を消す。【門】が閉じたあと、残された鍵は自壊して、そこには何も残らない。

 

 ──けれども確かに、未来から遡り、2度目の戦いを仕掛けようとしている人の形をした神格の執念が、過去の歴史を新たに分岐させようとしていた。

 

 

 

 

 

『続』




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