とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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過去と未来と親と子と 1/4

「えっと、その、大丈夫ですか?」

「…………。いや、すいません。大丈夫です」

 

 深呼吸を挟んで、ボロボロと溢れ出た涙を袖で拭う。桐山悠花……今はまだ東雲だったか。学生だった頃の彼女との再会に感情が制御しきれなかったのは、いまだ未熟がゆえ、ということで流してもらう。

 

「……私のことを、母さんって呼んだのは、どうしてなんですか?」

 

 ……流してもらえなかった。

 

「ッスーーーー。なんと言いますかね。──そう、『に、似てる』。雰囲気……がね、母さんに、似てる。って言いたかった、のかなぁ〜?」

「はあ……なる、ほど?」

 

 しどろもどろで誤魔化すと、母さ──悠花さんは一旦の納得はしてくれたらしい。

 

「それで、さっきの犬? のようなバケモノは、いったい何だったんでしょう。あと、貴方の体からも、鎖と繋がった手が出てきて……」

「あ〜〜、どこから説明したもんかな」

 

 そうか、魔術師じゃないってだけで、この人元から魔力自体はそこそこあるのか。

 グレイを追いたいけど、たぶんもうこの場には居ないだろうし、よりにもよって東雲悠花に猟犬の注意を移したってことは、あいつがこちらの家族関係を把握しているのは確実。つまり────

 

「頼るしか、ないのかぁ……!」

「誰をですか?」

「現時点で俺の現状を理解したうえでこの状況に介入してくれる大変優秀な人が居るんだけどねぇ。それなりに問題もついて回るんだよねぇ」

 

 まず問題その1、携帯がぶっ壊れてる。あと時代が時代だから壊れてなくても使えない。

 小銭はあるから公衆電話から……って、非通知の連絡取ってくれるかなあの人。

 

 そして問題その2、連絡が取れたとして、来てもらえるかどうかがわからない。『未来から来ました、神格も居ます、手を貸してください』と伝えるとして、それで手伝ってくれる人は居ないと思う。

 

「うーん前途多難ってやつだなぁ」

「……あっ!」

 

 深いため息をつくと、ふと悠花さんが

 

「あの! そういえば、まだ貴方のお名前をまだ伺ってませんでしたね」

「確かにね。……名前…………ねぇ」

 

 ……問題その3。悠花さん……この時代の若い時の母さんに、どこまで打ち明けるべきか。

 グレイに未来の母親だとバレている以上、ヤツを始末するまで離れるわけにもいかない。

 

「仕方ないか。俺の、名前は──「与一?」

 

 

 

 と。そこで、不意に、後ろから名前を呼ばれる。こちらの体越しに横から顔を覗かせる悠花さんに続いて振り返れば、そこには二人の男女が居た。

 

「やっぱり与一じゃねえか。なんでここに居るんだ? ……俺らまた幻夢境に居んのか?」

「いやさすがに違うでしょ……うわマジで与一くんだ。真冬は居ないの?」

「……………………。んぬぬぬぬうぅぅうんぬぉおおぉおん……!!」

 

 思わず頭を抱えてしゃがみ込む。そういえば、そうだよな。東雲悠花が居るんだ、この『時間』に父さん──桐山龍一と、真冬の母──有栖川千夏の二人が居るのは当たり前なのである。

 

 そしてこちらの顔と名前を覚えているということは、あの日幻夢境──ドリームランドに精神を連れてこられ、真冬も一緒に親子で共闘した、あの時の二人であるという確信があって。

 

「おーい、与一ぃ〜? どうした〜?」

「あーこれアレだ。あんな感動的な別れ方したのに結構早く再会できちゃって恥ずかしいんだ」

「ははぁん、俺の息子は可愛いところがある」

 

 いや、まあ、否定はしないのだが。それ以上に──この状況で明確に味方だと断言できる人が居ることに、安心感を覚えているのだった。

 

「あの〜〜、ちょっと、いい?」

「あん? ……お前、確か……」

 

 と、そこで。悠花さんが父さんに声を掛ける。父さんは彼女の顔を見て眉をひそめた。

 

「え、と。桐山くんと有栖川さん、だよね」

「お前は……確か…………」

「────。あの、桐山くん?」

「……すまん、誰だっけ」

 

 ──三人でずっこける。

 

「嘘でしょ……クラスメートなのに!?」

「えっクラスメートなのか!?」

「こいつマジ? ……龍一、悠花よ悠花。東雲悠花。あんたの2つ前の席」

「あぁ〜なんか、居た……気がする」

「結構長いこと席近かったのに覚えられてなかったの……!? ──じゃなくて! 学校、早くしないと遅刻しちゃう!」

 

 そういえば、三人は制服姿だったな。外の空気からして時間帯は朝だし、たぶん悠花さんは通学中に猟犬に狙われてしまったのだろう。

 

「そういやそうか。いや、なんつぅかな。奇妙な魔力反応があったから来てみたんだが…………あー、いや。こりゃ学校がどうとか言ってる場合じゃねえか。仕方ねえ学校には行くが授業はサボるぞ」

「えっ、えっ……えぇ!?」

「与一からも話を聞きたいしな。どっかの空き教室で情報共有といこうぜ」

「ま、仕方ないか。悠花〜あんたも来んのよ」

「なんで私まで……」

 

 サボり確定の流れに、悠花さんがガックリとしている。しかし、この状況で一人にさせるのも危ないから、ここは我慢してもらうしかない。

 

 ……それにしても、父さんと母さんが学生時代のことを話したがらなかったのって、こういうところが原因だったりしたのだろうか。

 それとなく抜き身の妖刀を竹刀袋に仕舞いながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──三人が通う高校の空き教室。誰もいないそこに積まれた椅子を引っ張ってきて、膝を突き合わせるように教室の中央に座る。

 

「……ええとつまり、桐山くんと有栖川さんはいわゆる魔術を扱える人で。与一さんは敵と一緒にこの時代に飛んできた未来人で、私は、敵を狙う筈だった時間の猟犬? に襲われてしまった……と」

「だいたいそんな感じですね」

「頭が痛くなってきたわ……」

 

 こちらの事情を聞いた悠花さんが、そう呟いて額を手で押さえる。

 父さんと千夏さんも、あの一件のあとで起きた事態を耳にして面倒くさそうにしていた。

 

「しっかし、悠花もよく受け入れられるわね。こんなのぶっちゃけ妄言の類いよ?」

「う〜ん。まぁ、まあ。こんな真剣な顔で話される以上は、嘘でも本当でも真剣に聞くべきだし」

「それに、悠花はあのキモい色と臭いの死骸……猟犬っつったか? に襲われてるしな。既に奇妙な体験してて信じられねぇはそれこそ現実逃避だ」

 

 スカートのまま椅子に胡座をかく千夏さんの足を下ろさせながら、父さんが悠花さんを横目に言う。これでも信じてくれなかったら伝家の宝刀こと雅灯さんを見せるしか……いや、どちらにせよ見せる必要はあるのか。あとで急に現れたら驚かれるし。

 

 ……もう少し後でいいか。今回の件は、今日中に全部片付くとも思えない。

 それに、父さんたちが学生だった頃の世代と言えば、関連付けられるのは呼声町の大学で起きる事件──言乃葉ミドリが死ぬことになった例の戦いだ。もしこの事件に父さん達が関与していたとしたら、グレイが過去に飛んできたことと、選んだのがこの時代であることが無関係なわけがないのだから。

 

「そんで、そのグレイとかいう女は何がしたくてこの時代に来やがったんだ?」

「あいつに巻き込まれて更に遠い未来から俺の時代に来た人たち曰く、グレイは……過去に遡ってリベンジマッチがしたいらしいです」

「リベンジマッチぃ? 誰と?」

 

 龍一さんと千夏さんの問いに、こちらも考えながら返答の言葉を選ぶ。

 

「さあ。ただ、父さ……龍一さんと千夏さんを幻夢境に連れてきたのもあいつだとしたら、その目的は、恐らくこの時代にピンポイントで飛ぶためのマーキング代わりと考えられます。つまり──」

「……桐山くんと有栖川さんは、これから何かやらかすってこと?」

「悠花、お前、なんつう言い草だぁ〜?」

「アタシと龍一が関係してるなら、まあ……やらかすかどうかって言えばやらかすわね」

 

 悠花さんのバッサリとした物言いに苦笑する二人だが、最悪なことにやるかやらないかで言えば()()側の人間なのである。

 まあ、こちらの推察通りであれば、やらかすのはこれからの話になるのだけれども。

 

「……あ、そういえば与一さん」

「なんです?」

「さっき、登校途中で公衆電話を使ってましたけど、どなたに連絡していたんですか?」

「あぁ、こっちでも活動していて俺たちの味方に出来そうな魔術師に連絡したんですよ。俺の携帯はこっちの時代とは電波が違うので」

「未来の……携帯?」

「こんなんです」

 

 ポケットから取り出す振りをして、【召喚(コール)】で見た目だけのハリボテを作り悠花さんに渡す。自分のは【重力制御】と【呪言】のダブルパンチでバッキバキに壊れたから見せたところで何にもならん。

 

「ああ〜……最近たまにテレビで見かけますね。スマートフォン、でしたっけ。ここまで薄くて大きいのは見たことがないですけど」

「幻夢境では見る機会が無かったが、未来の携帯はこんな感じなんだな」

「すぐ壊れそぉ〜〜」

 

 ──千夏さん、正解。とは口には出さず、ポケットに仕舞い直す振りをして中で魔力に分解。

 

 しかし、なんというか。一気にやることがなくなってしまった。グレイ側のアドバンテージである『これから何が起こるか相手だけが知っている』という状態で、迂闊に動けば待ち受けられる。

 かといって何もしなければ準備時間を与えるだけ。今から呼声町の大学で言乃葉ミドリにコンタクトを取る? グレイからしたらそれが一番の狙い目だろう。だが奴は奴でこちらを巻き込む程度にはこっちにも興味があるはず。……動きづらいんだよなぁ〜。

 

 動けば対応され、動かなければ期間を与えるだけ。居るだけでこっちの動きを制限させる……グレイの存在が厄介すぎる。

 留守電は残してあるから、兎に角()()()が参戦してさえくれれば、戦力バランスはこちらに傾くどころか下手したらあの人単体でグレイを殺せうる。逆に言えば、今動けるこの場の三人だけだと少しばかり力不足かもしれない。

 

「このままじっとしてるのもなんだし、どうせ授業サボっちまってるし。いっそ学校から出ちまってこっちからグレイ捕獲に動くか?」

「グレイ捕獲っつーと宇宙人の方が出てくるわね。アタシは賛成だけ──「桐山くん!!」

 

 ──瞬間、空き教室の出入口の方から、耳に響く少女の怒声が轟いた。

 

「……うげっ、面倒なのが来た」

「面、倒、なのォ……!? 誰のせいで、私が、今、怒ってると思ってるの……!?」

 

 背中を向けて振り返らないまま、声を聞いてから心底ダルそうな顔をした父さんの言葉に反応して、少女は眼鏡を掛けた目元をストレスで痙攣させる。

 

「この人は……!」

 

 反射的に言葉が漏れる。苛立ちを顕にした表情の、堅物そうな雰囲気と眼鏡。この顔を、いつぞやに、こちらも見たことがあった。

 

「なんだぁ? ()()()。お前もサボりか」

「あなた達三人が揃いも揃って、登校したところは見たけど教室に来てないからって、先生に『公欠にしとくから探してきてくれ』って頼まれた私に対してよくもまあそんな言葉が吐けたわね……!」

「ブチギレてんなぁ。あとで牛乳でも飲めよ」

「……? …………!? …………!?!?」

 

 凄いなぁ、あそこまで無言のままキレられるんだな人間って。……父さんの無自覚煽りにこちらを3度見くらいした少女は、ズンズンと大股で教室に入ってくるなり父さんをビシッと指差す。

 

「桐山くん、サボり常習犯の貴方は……まあいいわ。良くないけど。問題は後ろの三人!」

「うおぉいアタシらに飛び火させんな!!」

「有栖川さん、貴女は貴女で桐山くんのサボりに便乗するのをやめなさい!」

「しっ……かたねぇじゃん勉強つまんねーんだもぉん! わざわざ分かってる内容をまた学び直させられるこっちの身にもなれって!」

「し、る、か! 私に言われても困るのよ!」

 

 ギャーギャーと口喧嘩をしている少女と千夏さんを眺めながら、横にちょこんと座って被害から逃れようとして気配を薄めている悠花さんに問う。

 

「悠花さん悠花さん」

「あっはい、なんでしょう」

「父さ──龍一さんと千夏さん、実際のところ、め〜っちゃくちゃ頭いいでしょ」

「……そう、ですね。あの二人が真面目に授業を受けてるところはそんなに見ませんけど、いざ授業に参加すると間違えてるところも見たことがありません。……あ、だからよくサボるのかな」

 

 千夏さんはのちにウイルス研究やらでイギリスにすっ飛んでいくことからも考えられるが、頭のいい脳筋なのだ。意外なことに父さんも頭がいい。

 前に一度、『分かってることを再確認するのは時間の無駄だから授業にはほとんど出てない、最低限だけ通って卒業した』みたいに言っていたのを覚えている。まあ、周りからしたら堪ったもんじゃないよなぁ。現に眼鏡の少女が被害に遭っている。

 

「まったく埒が明かない……東雲さん!」

「ひぃこっちにも来た」

「真面目な貴女がサボるとは思えないからこの二人に巻き込まれたのは察するわよ」

「あ、はい。私は被害者です。二重の意味で

「こらァ〜! 悠花も平等に叱れ〜!?」

「差別だ差別! ウメコは差別をしている!」

「区別と言いなさい! ……それと、貴方!」

「うおっ遂に俺の方にも来た」

 

 少女は、悠花さんからこちらに顔と視線と指を向け──歳上には失礼だと判断したのか手を下ろす。それから人の顔をじっと見てきたかと思いきや、不思議そうに怒気を収めて父さんと見比べた。

 

「貴方……桐山くんの兄弟……いえ、親戚?」

「まあ当たらずとも遠からず。というかこっちも質問していいですかね」

「な、なに?」

 

 座ったまま、眼鏡の少女を見上げて、こちらも質問を投げかける。

 

「あなたの名前、()()()()さんですよね?」

「……ええ、そうですけど。……?」

「いや俺たちなーんも言ってねえぞ」

 

 少女──夏木小梅さん。

 

 彼女は父さん達の方を見て、暗に『私のことを話したのか?』とでも言いたげな表情をして、しかして父さん達は否定する。

 

「俺があなたのことを知っているのは、皆に聞いたからではありません。いいですか、落ち着いて聞いてください。これから話すことは事実です」

 

 ワンクッション挟んで、丁寧に、小梅さんの顔を見据えて言葉を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は未来から来ました。あとついでに言うと龍一さんは俺の父親です」

「頭打ったの???」

「いえ健康体です」

 

 ──信じてもらうのに20分くらい掛かった。




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